鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第壱〇伍話──悪夢の記憶:捌

「煉獄!?」

 

 夢乃が慌てて駆け寄ろうとする。だがその距離は一向に縮まることなく、いくら走ろうと彼の下にたどり着くことは出来ない。

 

「煉獄!?」

 

 彼の背後に影が忍び寄る。

 癖のある長い黒髪の──

 

「煉獄、逃げろっ。闘うなっ」

 

 ただの一太刀すら届かなかった相手、上弦の壱。

 その鬼が杏寿郎の背後にいた。

 

「煉獄!」

 

 鬼の方へと振り返り、抜刀しようと杏寿郎が身構える。

 だが彼は、日輪刀を抜かずに……振り向いた。

 その顔には笑みが浮かび、そして苦悶の表情へと変えながら落ちていく。

 

「れんっ……ぁあぁ、い、嫌あぁぁーっ」

 

 ようやく彼の下へと到着した時には、夢乃の腕の中に杏寿郎の頭があった。

 

 見開かれた焔色の瞳が、じっと見つめている。

 

 なぜこうなった?

 なぜ奴がここに現れた?

 なぜ自分は何もできなかった?

 なぜ煉獄は死んだ?

 なぜ

 なぜ

 なぜ

 

「煉獄、煉獄、煉獄ぅ」

 

 腕の中の頭をぎゅっと抱え込み、その場に蹲ってむせび泣く。

 再び目を開くと、そこに愛しい者の頭はなかった。

 

 面をあげる。

 

 焔の羽織を纏った煉獄杏寿郎が、笑みを浮かべて彼女を見つめていた。

 

 上弦の壱のことなどすっかり忘れ、差し出された手を掴もうと腕を伸ばす。

 

「煉獄? 奴の首を斬ったのか?」

 

(奴──奴とは誰だろう?)

 

 その疑問は次の瞬間にはかき消された。

 

「ごふっ」

「煉獄!?」

 

 駆け寄ろうとするが届かない。むしろ彼との距離が離れている。

 

「煉獄っ、煉獄!」

 

 背後に人影。癖のある長い黒髪の、上弦の壱。

 

「嫌、ダメッ。殺さないで!」

 

 杏寿郎が振り返り、笑みを浮かべて──その首が落ちる。

 

 ピシッ。

 

 ガラスにヒビが入るような音がする。

 再び杏寿郎の頭を抱え、今度は声を上げ泣きじゃくった。

 

 何度も何度も繰り返される。

 そのたびに記憶は白紙にされるが、悲しみと喪失感はどんどん蓄積されていった。

 

「れん……ご、く……ダメ。逝かないで……もう、誰も、私から……うばわ、ないで」

 

 躯となった杏寿郎の頭を抱え、何度目になるか分からない悲鳴を上げる。

 目を開けば、そこにはまた、生きた杏寿郎が待っていた。

 

「れんご……お前も、結局私を置いて逝ってしまう」

 

 差し出されたその手を取ろうとしなければ、これ以上の悪夢は見ずに済むかもしれない。

 どこかでそんな思いが芽生え、夢乃は腕を伸ばすことを止めた。

 そして瞳を閉じ、自身に向かって諦めろと言い聞かせる。

 

 ・

 ・

 ・

 

「でもね夢乃。人は誰だっていつかは死ぬの。それはあなただって同じよ」

 

 聞こえてきたのは懐かしい声。

 何十年も前に死別した、数少ない友と呼べる存在だった。

 その友は老婆となり、なにかと彼女に説教をすることが多くなっている。

 

「深香恵(みかえ)、何を言っている。私は──」

「あなたもよ。あなたも、いつか必ず死ぬ時が来るの」

「……はぁ。まぁ、その時は鬼舞辻無惨が死ぬ時だな」

「そうね。その時が早く来ることを、私は願っているわ」

 

 そうでなければ、この目の前の親友が長い時をずっとひとりで生きることになる。

 間もなく自分は死ぬ。鬼に喰われるわけでもなければ、病でもない。

 老衰だ。

 同期の鬼殺隊の者たちは、もう誰ひとりとしてい生きていない。

 ほとんどの者が隊士であった頃に死に、残った者も現役時代に受けた傷が元で長い木は出来なかった。

 

「私は早くから隊士としてやっていけないと悟って、隠として裏方に回ったからここまで長生きで来たわ」

「まだ80かそこらだろう」

「もう80よ。ね、夢乃。私はもうじき死ぬの」

「……」

 

 死を口にすると、夢乃はいつも嫌な顔をした。

 目の前の親友が死ぬことは分かっている。その時が近いことも。

 だがそれを口にはしたくない。耳にもしたくない。

 また自分ひとりだけが置いて逝かれるのだから。

 

 深香恵もそんな夢乃の気持ちを知っているからこそ、言わずにはいられなかった。

 

「夢乃。人との繋がりを絶つのは止めて」

「ん? 急に何を」

「あなた、私がいなくなったらひとりぼっちになるつもりでしょう?」

「……別に、珠世さんがいる」

 

 深香恵が大きなため息を吐く。

 

「じゃあどうしてその人とは時々しか会わないの? そうじゃなくって、常にあなたの傍にいてくれる人を見つけなさいっていう意味よ」

「いや、全然分からない」

「はぁぁぁ……夢乃、恋人を作りなさい。ともに生きてくれる人と。それが例え僅かな時間だろうと、あたなの悲しみや寂しさを埋めてくれる相手をね」

「は? え? いや、え、深香恵。どうして突然、そんな話になるんだ?」

 

 おかしい。彼女との最後の出来事は、こんな感じだっただろうか?

 いや、それよりむしろ、何故自分はこれが深香恵との最後だと知っているのだろうか。

 

 夢乃は混乱しはじめる。

 

「突然? でもそろそろ覚悟するべきじゃないの?」

「覚悟って、何を覚悟しろと」

「あの人と、一緒に生きるってことを」

 

 あの人?

 あの人とは誰なのか。

 不思議と、考えずとも答えとなる人物の姿が脳裏に浮かぶ。

 

 焔を思わせる色の髪と瞳を持ち、太陽のように明朗快活に笑う男。

 煉獄杏寿郎の姿が自然と浮かんだ。

 

「バ、ババ、バカ。そそ、そんな男はいないっ」

「夢乃、怖がらないで」

「わ、私は怖がってなどいないっ」

「人はいつか死ぬ。それは決して変えられない事実よ。普通に生きている者だって、必ず別れる時がくるのだもの。怖がる必要はないの」

 

 愛した相手と同じ瞬間に死ねる人間なんていない。

 どちらから先に逝き、どちらかが看取る。

 それは当たり前のことなのだと、深香恵は諭す。

 

「だから夢乃、好きならそれでいいの。後の事なんて、その時になって考えればいい。別れの時が来ても、その時に悲しめばいい。そうなる前から悲しみ、避けてしまわないで欲しいの」

「深香恵……みんなが私を置いて先に逝ってしまう。お前だってそうだろう? この先もずっと、置いて逝かれ続けなければいけないの?」

 

 夢乃は懇願するように、親友へと縋った。

 逝かないで欲しい。それが無理であれば、自分も連れて行って欲しいと、そう願うように。

 だけど深香恵は首を振る。

 

「それはダメ。お館様とも約束したのでしょう? それに、今はあなたを待っている人がいるもの」

「あいつだってそのうち私を置いて逝ってしまうのだぞ!」

「そうかもしれないし、そうならないかもしれない。その時になって見ないと分からないでしょ? だからね、夢乃」

 

 ──の!

 

「だから今を大事にして」

「今?」

「そう、今。いつかどちらかが先に死ぬことになって、その時には悲しみが溢れるかもしれないけど。でも今が二人にとって幸せだったら、それでいいと思うわ」

「今が幸せなら……今が……」

 

 ──めの!

 

「さぁ、彼が呼んでるわ。聞こえているでしょう?」

「彼……か……」

 

 夢乃が振り向く。だがそこに誰の姿もない。

 だけど確かに聞こえる気がする。

 いや、聞こえる。

 

「人が死んで悲しいと思うのは、誰だってそうよ。あなただけじゃない」

「分かってる。そんなこと分かっているっ」

「悲しい時は泣いていいの。そうして大好きだった人のことを思い出して」

「でも……でも深香恵」

 

 床の上に腰かけた深香恵が、柔らかな笑みを浮かべる。

 その姿は二人が初めて出会った頃の、鬼殺隊隊士になって間もない頃の姿。

 

「夢乃。あなたは私の事を忘れていないじゃない。柳田くん、松岸くん、琴子ちゃん、さきちゃん。みんんあのこと、ちゃんと覚えててくれているでしょ?」

 

 だから大丈夫だと彼女は言った。

 

「さぁ、行って。そしてあなたの気持ちに素直になって」

「深香恵……」

「二人で鬼舞辻無惨を倒してね。その時にはきっと、あなたがあなたに戻れることを、私は祈ってるから」

 

 最後の深香恵がもう一度、夢乃の名を呼んだ。

 

「夢乃」

 ──夢乃!

 

 ハッとして、目を開くと杏寿郎の姿があった。

 その姿は先ほどと同じ、幼い少年のままだ。

 

「どのくらい意識が飛んでいた?」

「数分もない。大丈夫か?」

 

 数分。もっと長い時間、悪夢を見ていた気がすると夢乃は思った。

 そして気づく。

 杏寿郎を見下ろす角度が上がっていることに。 

 

「ん? 元に戻った?」

「うむ! 気づいたら戻っていた。君だけ戻るとは、ずるいな!」

「そういう問題か……」

 

 杏寿郎越しに鬼が見えた。

 恨めしそうな瞳をこちらに向けている。

 

(気づかれたか? 早く仕留めなければ)

 

 自分が鬼であることに気づかれれば、無惨に知られることになりかねない。

 

「煉獄、斬れ」

「承知!」

 

 杏寿郎はその言葉を待っていたかのように飛び出した。

 

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