杏寿郎が湯治場を離れる前日の夜。
夢乃もまた暗がりにまみれて町から離れた。
向かう先は東京府、日本橋。
百年を生きた夢乃は、まさにこの国の発展を実感している。
(私が人であった頃は、夜になれば野外を歩く者などいなかったのに)
だが今はどうだ?
田舎の村や小さな町ではまだ電線の整備が出来ていない所も多々ある。
しかし日本橋や浅草、東京府の中心部は夜になろうと明々と光が灯っていた。
鬼は陽の日差しを浴びることで体が焼け死に至るが、蝋燭の火や蛍光灯の光はなんともない。
「さて、呉服屋は……」
結局なんだかんだと落した刀が気になって、呉服屋に行く心の余裕がなかったのだ。
それが手元に戻ってきたことで安堵し、ようやく町に出てくることが出来た。
用事はそれだけではない。
今日は珠世の下を訪れ、血液の検査をすることになっていた。
手近な呉服屋を見つけては店内へと入り、採寸をして着物と袴を頼んで店を出た。
もちろん、女物の着物ではなく男が着るそれを依頼してある。
店の者は不思議そうな目で夢乃を見たが、これも仕事なので文句の一つも言うことはない。
店を出てからは町の中をただぶらぶらと歩くだけ。
夜でありながら明るく照らされた通りには、未だ人で賑わっている。
その中を夢乃は、ただの一度も人とぶつかることなく歩みを進める。
やがて塀の上に猫の姿を見つけると角を曲がって路地を進む。
懐に手を伸ばし、そこから折りたたんだ紙を取り出した。その紙を額に当てると、夢乃の姿はすぅっと消える。
消えはしたが、彼女は猫の姿を追って歩き続けていた。
猫は一軒の家屋へと入ると、僅かに塀のきしむ音がした。
その音が合図だったかのように、戸口が開かれる。
中から出てきたのは白い肌の少年──愈史郎だった。
「遅かったな」
愈史郎がそう言うと、夢乃は額に当てた紙を外して姿を現す。
珠世と愈史郎が暮らす場所は時代と共に転々とするが、常に鬼に見つからぬよう結界が張られている。
簡単には見つからない場所だ。
それは夢乃にしても発見できないので、こうして愈史郎の目を与えられた動物が案内してくれるのだ。
更には追跡されないよう、夢乃自身も愈史郎の作った紙を額に当てて姿を隠して移動をする。
「すまない。呉服屋に寄っていたから」
愈史郎は首を傾げる。見た所彼女の着物に破れたようなあとはない。
「もう何十年も着ているのだ。そろそろ着替えたっていいだろう」
「なるほど。なら今度はもう少し今風にするといいんじゃないか」
「今風……今風ね」
そんな会話と共に二人は家の中へと入っていく。
中では珠世が検査の準備をしていた。
「こんばんは、珠世さん」
「こんばんは、夢乃さん。呉服屋さんへ行ったのですってね」
どうやら愈史郎との会話がここまで聞こえていたようだ。
夢乃は躊躇いながら、珠世に「今風とはどんな?」と尋ねた。
その問いに珠世も眉尻を下げ、困ったような表情になる。
(思った通りだ! 夢乃はきっと珠世様に尋ねると思ったんだ。あぁ、困っている珠世様も美しい)
この少年は珠世のことしか考えてはいない。
そして表情が変わるたびに「美しい」と見惚れているのだ。
「今風……どうかしら……。私はずっと着物ですし」
「あ……そ、そうですね。珠世さんも私と同じで、ずっと着物でしたね」
「えぇ。でも……私は男装はしていませんが」
そう言って珠世が笑う。
もちろん愈史郎は幸福に包まれたような顔で珠世を見ていた。
「愈史郎のように洋服を着てみてはどうです?」
「いっそ男物の洋服を着ればいい。上背があるから着れなくもないだろう」
「洋服、ねぇ……」
ここに来るまでにそういう服装の男たちは見てきた。確かに動きやすそうではあるが、それを着た自分をどうにも想像できずに否とは言えない。
「やはり今まで通りでいい」
「ふふ、そうですね。だけど夢乃さん。あなたはとても綺麗な方ですし、きっと女物の和装もとても似合うと思うのですよ」
「動きにくい。邪魔になるだけだ」
邪魔になるとは袖のことを言っている。
刀を振る時、女物の和装の袖は邪魔になるだけ。だから彼女は幼いころからずっと男装を続けてきた。
別に男のふりをしているわけではない。男の恰好をしているだけだ。
「ところで珠世さん。着物が出来上がるまで、暫く厄介になりたいのだけれど」
「えぇ、もちろん構いません」
「え!? で、でも夢乃。お前、どこかの宿に泊まればいいじゃないか。お金がない訳じゃないだろう?」
「邪魔をして悪かったな、愈史郎」
夢乃はニィっと笑う。それは杏寿郎の前では決して見せないような、悪戯っぽい笑みだ。
「宿に泊まったところで、日中は出歩けないのですから不信がられます。愈史郎、彼女はここにお泊めするのが一番なのですよ」
「くっ。珠世様がそう仰るのなら」
「では、愈史郎。すみませんが、彼女の部屋の用意をしてちょうだい」
「はぁ……はい」
肩を落としとぼとぼと部屋を出ていく愈史郎を見送り、それから珠世は注射器を取り出した。
慣れたもので、夢乃もさっさと左腕を差し出し待ち構える。
何年、何十年経とうが注射の傷みには慣れない。
ちくりと刺す針の傷みに顔をしかめ、終われば安堵の吐息を漏らす。
注射ごとき恐れては、首を刎ねて貰う時に泣き言を言いそうだ──そんなことがふと夢乃の脳裏に浮かんだ。
自分の首を刎ねる。その剣士の姿は、何故か杏寿郎だった。
何故、奴の顔が浮かぶ?
驚きを隠せなかった夢乃に、珠世がそっと声を掛けた。
「どうしたのです? なにか……なにかいいことでもありましたか?」
「い、いいこと? いや、なにも。なにもない」
いいことなどあるはずがない。
最悪だ。常に悪夢を見せられているような暮らしが、もう百年と続いている。
極々たまに、喉の渇きを覚えて山で動物を貪ることもある。
決してうまくはないそれを、だが喰わねば飢えが極限状態となって人を襲うかもしれない。
だから喰うのだ。
生暖かく、ぬるりとした血肉。
異形の鬼のようにそれを貪る醜い自身のことを思い出せば、いいことなどあるはずもない。
「ない。いいことなどなにも。あるとすれば、無惨の屍を見下ろすときぐらいか」
「……そうですね」
それから珠世はいくつかの質問をする。
数カ月に一度、こうして夢乃は珠世の下で検査を受けていた。
鬼舞辻無惨の血を分け与えられた鬼の中で、その量がもっとも少ない夢乃は、他の鬼とは少し違った。
珠世は薬や自身の肉体を改造することで、僅かな人の血で飢えをしのげるようにした。愈史郎は彼女が作った鬼なので、同様に人を喰らう必要はない。
だが夢乃は最初から人の肉を必要としなかったし、求めることもない。
鬼であれば日輪刀で頸を斬り落とされない限り死ぬことはなく、体を欠損してもある程度時間が経てば再生する。
力のある鬼であれば、その再生速度も速い。
しかし夢乃には再生能力がなかった。
代わりに鬼血術を使って再生することはできる。
逆に言えば、鬼血術でできることはそれだけだった。
だからこそ思い出しただけで腹立たしくなる。
──他の鬼より随分と小さな気配のようだが。
杏寿郎の言葉だ。
確かに夢乃は
怪力でもないし、異形にもならない。最弱の鬼だ。
それでも鬼に勝るのは、人であった時からの鬼殺の技があるからに他ならない。
元々が武士の家に生まれ、生家は剣術道場を開いていた。
門下生も十分におり、道場としてはそこそこ人気があった。
人気があるということは、実力も伴うということ。
女として生まれてきたものの、夢乃は琴や茶を学ぶよりも剣の道を選んだ。
そして気づけば十二の歳になる頃には、父を超えていた。
天武の才があったのだろう。
ただ女ゆえ、武士にはなれなかった。
それでも培ってきたものは、鬼殺隊となってから真価を発揮することになる。
彼女は鬼殺隊隊士となって二年で、その階級を
下弦の鬼すら倒す実力があり、しかし上弦の鬼黒死牟に、瞬きする間にも倒されてしまった。
そして意識を失っている間に、鬼舞辻によって鬼に変えられたのだ。
そんな過去の記憶を思い出し、夢乃は唇を噛む。
必ず鬼舞辻を倒す。
そう誓いながらも、それが果たして自分に可能なものなのかと不安を感じ得ない。
もし……
もしも奴ならば……
あの派手な焔色の髪の男であればどうだろうか?
真っ直ぐ前を見据える淀みなき眼を持つ男のことを、思わずにはいられなかった。
本日、鬼滅の刃 無限列車編の二回目に行ってきました。
実は鬼滅の刃はキッズステーションかなにかで一挙放送しているのを見て
「あぁ、面白いね」とkindleで買って読んだぐらいで
特に推しキャラとかもなく物語を純粋に面白いと思っていただけなんですね。
んで、まぁアニメ映画も久しく行ってなかったのでちょっくらいくか!
ってノリで見に行って・・・
えぇ。
堕ちました。
煉獄さんに堕とされました(敢えてこっちの漢字で)
僅か二週間でグッズ探しまくり、他サイトでの連載作品そっちのけで二次創作書きはじめたりしちゃうほどに。
マジやべーよ煉獄さん!
そんな訳で、頑張って無限列車編煉獄さん生存ルートまで猪突猛進!!
(でも長くなりそうです^^;)