時は大正時代。
今だこの世の闇に人喰い鬼は存在していた。
それは同時に、鬼殺隊もまた存在しているということ。
「ぁ……ぁ……嫌、だ……こんなところで……死んで、たまる……か」
「くふふふ。いいなぁ、その顔。いいよぉ。憎悪と絶望にまみれたその顔、たまんないねぇ」
商家に巣食う鬼の殲滅任務を受けた隊員は三人。
しかし今立っているのはひとりだけ。残りの二人は既にこと切れている。
生き残った隊員もまた、刀を握るべき両の腕は既にない。
横たわる仲間の屍と一緒に、地面に転がっている。
「く、来るな……来る──」
鬼殺の男は恐怖と出血により、そのままぱたりと倒れてしまった。
「……え……そこで気絶する? えぇ……もっと最後の瞬間まで、俺を楽しませてくれ──」
鬼の言葉はそこで終わった。
鬼はぐるりと首を回し、背後の戸口に立つ者の姿を捉える。
立っていたのは袴姿で腰に刀を差した女だった。
「妙な匂いだな。お前、その刀……まさか俺の獲物を横取りしようってん──」
「氷の呼吸。壱ノ型──
刹那、空気が凍る。
凍てつく冷気は刀から発せられ、神速によって放たれた一閃により鬼の首は宙に舞うと同時に凍り付いた。
ごとん。
転がる鬼の首と、灰と化して朽ちる肉体。
氷漬けとなった頭は、まだ辛うじて灰になるのを免れている。
その目は恨めしそうに剣士を睨みつけ、やがて氷が解けるのと同時に崩れ落ちた。
「……遅かった」
剣士は吐き出すようにして呟いた。
彼女の足元には黒い隊服を着た鬼殺の剣士二人と、そしてこの家の住人であっただろう者たちの無惨な屍が転がる。
唯一息のあった剣士もまた、両腕を失っていた。
「出血が多い……だけど今ならまだ──」
女は息のある剣士の両腕を拾い、持ち主の腕にぐじゅりとくっつける。
「血鬼術──
空いた手で刀を持ち、自らの腕に傷をつける。その傷口から流れ出た血は、即座に霞となって男の腕にまとわりついた。
切断面が再生され、片方の腕が繋がる。
それが終わると女は、直ぐにもう片方の腕も同じようにして繋げた。
「あとは増血を」
そこまで言って女は素早く身を翻した。
一瞬前まで彼女の首があった場所には、赫く燃える刃が光る。
「うん! 躱されたか。なかなかやるな、鬼」
「……派手な頭……煉獄」
「ぬ? 俺のことを知っているのか」
新たに現れた鬼殺隊の剣士は、部分的に赤の混じる黄色い色をした派手な髪をしていた。
それはまるで燃え盛る炎を思わせる。
対する氷の女剣士は漆黒に、右の横髪ひと房分だけ雪のように白い髪の持ち主だった。
「お前のことなど知らぬ」
「しかしお前、確かに煉獄と言っただろう」
「……そんな派手な頭は、煉獄家にしかいない」
ぽんっと手を叩き、確かに──と煉獄は思った。
この髪色は煉獄家の者にのみ現れる。炎の呼吸の使い手たる煉獄家の者の証とも言える色だ。
しかし奇怪なのは、何故それを鬼がしっているのかということ。
煉獄からは女の顔は見えない。屋内には奥の部屋に蝋燭の火があるだけで、それを背にして立つ鬼の顔は見えなかった。
異形ではないように見えるが、それが人でないことを、煉獄は本能で理解する。
だがこれまでの鬼と、どこかが違う。
そうは思うが、
「まぁいい。鬼は滅するのみ! 炎の呼吸、壱ノ型──不知火!」
赫い刃に炎が宿る。
男が駆けだすと同時に、女も動いた。
「氷の呼吸、弐ノ型──
炎と氷が交わい、そして爆発にも似た現象が起きる。
一瞬にして溶かされた氷は水蒸気となって、屋内に充満した。
「む! 逃げるかっ」
「そこの剣士──放っておけば死ぬぞ」
煉獄の耳元でかすかに声がした。
彼ははっとして振り返るが、既に鬼の気配は遠ざかった後。
それを追おうとはしたが、ふと鬼の言葉が気になり足元を見た。
無傷であるにもかかわらず、全身血だらけで気を失っている剣士が目に入る。
その首元に触れ、剣士がまだ生きていることを確認した。
(あの鬼はいったい……)
何をしていたのだろうか?
煉獄は真っ先にそう思った。
次に思ったのは、何故この男はこれほどまでに血まみれなのかということ。
どこにも怪我の後はない。だが隊服もぼろぼろだ。
(どういうことだ?)
水蒸気もすっかり消え、鬼が出て行ったであろう戸口を見つめる。
やがて外から人の声がし、煉獄が見つめる戸口から隠の者が顔を覗かせた。