鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第十九話:大食漢だった

「お前は、馬鹿なのか?」

 

 杏寿郎の耳にそんな言葉が聞こえて来た。

 ざっざっと雪をかく音がして、それから杏寿郎は引っ張り出された。

 

「ゆ、ゆめ……の……」

「ん? どこも怪我をしていないようなのに、何故ぼろぼろなのだ、お前は」

 

 夢乃は身を屈め、怪訝そうに杏寿郎を見下ろす。

 その時、ぐぅーっという腹の虫が鳴った。

 

「ま、まさかお前!?」

 

 がばっと立ち上がり、信じられないものでも見るような目で杏寿郎を見下ろす。

 杏寿郎は眉尻を下げ「不甲斐ない」と苦笑いを浮かべた。

 

「鬼と戦わずして、空腹で死ぬのかお前は」

「いや、まだ死んでいない」

「そのまま死んでしまえ」

「ならば何故俺を助けた?」

「ぐっ」

 

 そうだ。放っておけばよかったのだ。

 声が聞こえた時、それが杏寿郎であることはすぐに分かった。

 一度は無視して進みはしたが、その後雪が崩れる音がして代りに杏寿郎の声が途絶えると不安に駆られて引き返してきたのだ。

 

 関わらない──

 そう決めたのに自然と体が動いていたのだ。

 

「け、剣士が敵とまみえることなく飢え死になどと、な、情けなくて同情しただけだっ」

「そうか。はは、は……」

「お、おい? 煉獄、おい?」

 

 雪から引きずり出されようと、杏寿郎の体力はとうに限界を迎えていた。

 空腹だけではない。

 この凍てつく寒さの中で、どんどん体力が奪われていた。

 

「きょ……杏寿郎と……」

「まだ言うか、それを」

 

 夢乃の抗議の声は杏寿郎には届かなかった。

 意識を失った杏寿郎を見て、夢乃は慌ててその場に座り込む。

 

「まったく……なぜこんなことに……おい、しっかりしろ! 煉獄の者が雪に負けてどうするっ」

 

 杏寿郎を揺するが目を覚まそうとはしない。

 ならば仕方ないと、うつ伏せで倒れた杏寿郎をなんとか支え上げて引きずっていこうとするが──

 

「ガァッ──」

「痛っ。鎹鴉か」

「鬼ィー。鬼ィーッ」

 

 鎹鴉は杏寿郎を守ろうと、夢乃の手をくちばしで突く。

 白い手から血が零れ落ちるが意に介さず、杏寿郎の襟巻をぐるぐるに巻きつけ鴉を身動き取れなくしてしまった。

 

「カァーッ」

「静かにしないと、また雪に埋もれるぞ?」

「カ」

 

 そして黙った。

 

「良い子だ。大人しく……こいつの首に括りつけるか」

 

 襟巻を後ろから杏寿郎の首に巻き付け固定させると、夢乃は彼の腕を自らの肩に回して歩き出した。

 

「重い……くそ」

 

 鬼となっても怪力を得られたわけでもなく、ふらつく足で夢乃は雪の上を歩いた。

 歩いて、やがて彼女が今ねぐらとしている小屋へとたどり着いた。

 

 

 

 

 

 パチ、パチと爆ぜる音を耳にして、杏寿郎の意識は戻って来た。

 音のほうへ視線を向けると、そこには亡き母の後ろ姿があった。

 

「母上?」

 

 その後姿がびくりと震えた。それからゆっくりと母が振り返る。

 いや、振り返ったのは夢乃だ。

 

「……死に損ないめ。ようやく起きたか」

「いや、す、すまない。母と見間違えるとは、三途の川が少し見えたからかもしれ──」

 

 言いかけて杏寿郎はごくりと喉を鳴らす。

 パチパチと音のする囲炉裏には、串焼きにされた魚が刺さっており、土鍋からはいい香りが漂ってくる。

 

「鬼殺の者が飢え死になど、冗談にもほどがある」

「面目ない……」

 

 もう一度ごくりと喉を鳴らす。

 杏寿郎が見つめる先では、夢乃が椀に雑炊を掬っていた。

 それをぐいっと杏寿郎に差し出す。

 

「保証はせん」

 

 保障とは味のことだろうか。

 そんな風に考えながら杏寿郎は頷いた。

 手渡された箸で──

 

 ガツガツと食べ始めた。

 

「お、おい? 火傷をするからゆっくり」

「うまい!」

「は?」

「はふはふっ。うまい!」

「え?」

 

 一口食べれば「うまい!」といい、また一口食べては「うまい!」と声を上げる。

 その光景を、夢乃は珍獣でも見るような目を向け見つめた。

 

「うまい!」

「……ぅ」

「うまい!」

「……さぃ」

「うまい!」

 

 何かが切れる音がした。

 

「うるさい黙って食え!」

「ぅ……」

 

 突然鬼の形相で夢乃が声を荒げる。

 すると杏寿郎はハタとなって縮こまった。

 

 ぽそりと雑炊を口に運び、それから小さく「うまい」と呟く。

 

「っ! お前は……お前は黙って食事も出来ぬのか」

「いや、これはその……癖のようなもので。だがしかし、静かな食事よりも賑やかな方が一段とうまくなるのだ。それに」

 

 杏寿郎は手に持つお椀に視線を落とす。

 みじん切りにした野菜と、それにほぐした鶏肉だろうか。

 それらを米と一緒にことこと煮込んだ雑炊は、冷えた体によく効く。

 

「無言で食事をすれば、作ってくれた者に申し訳がないだろう? うまいのかまずいのか、きっと気になっているはずだ」

「……それ、は……そうだが」

「うむ! うまいからうまいと言うのだ! それは作り手への感謝の気持ちでもある!!」

 

 感謝の気持ち故に、杏寿郎は素直な感想を口にする。

 そう夢乃に話した。

 屈託のない笑顔で。

 

 その笑みにつられ、夢乃は僅かに頬を紅潮させる。

 が、少し気になった。

 

「一つ……マズイ場合は?」

「うむ! まずい!! と正直に伝えるのだ!!」

「お前……鬼だな」

「いや、俺は人間だが?」

「そういう意味じゃない」

 

 首を傾げる杏寿郎に、夢乃は諦めにも似たため息を吐き捨てた。

 それからいい具合に焼き上がった魚を手に取る。

 

「静かに食べろ。大きな声などだせば、どこで雪崩が起きるか分からないのだぞ」

 

 とは少し大げさなのだが、先ほど既に杏寿郎は自分の声のせいで雪に埋まっている。

 杏寿郎はやや真剣な眼差しでそれを受け取ると、一口かぶりついてから小さな声で「うまい」と言った。

 それを見て夢乃が再びため息を吐く。

 

(言わなきゃ気が済まないのか、この男は)

 

 綺麗に魚を平らげると、脇に置かれた皿に骨と串を置いて雑炊をすする。

 その雑炊も平らげると、もの欲しそうに椀を見つめた。

 

「はぁ……ん」

 

 ため息を吐き、夢乃が手を差し出す。

 その手に杏寿郎がお椀を乗せると、彼女は土鍋から再び雑炊をよそった。

 差し出されたお椀を見て、杏寿郎の表情がぱぁっと明るくなる。

 

(犬か)

 

 夢乃はそんな気がした。

 だがこの犬──

 

「うまい! おかわり!!」

「え」

 

 大食漢だった。 

 

「うまい! おかわり!!」

「えぇ……」

 




毎日複数話更新していましたが、お仕事の都合が入りまして1日1話更新となります。
もしかすると2日に1話となる可能性もあります。
(まだ書き溜めが7話ほどありますが)
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