鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第二十三話:ありがとう

 杏寿郎に任務が舞い込んできたのは師走の終わりごろ。

 

「すまぬ、千寿郎。今年の大掃除には参加できそうにない」

「大丈夫です、兄上。お手伝いの方も来てくださいますし……兄上こそ、お気を付けください」

「んむ! 行ってくる、千寿郎。父上の事、頼んだぞ」

 

 こくりと頷き、千寿郎は兄の出立を見送った。

 

 今度の任務は古寺に現れたという鬼の退治だ。生家から二日の距離にある街道から少し奥まった場所に建てられた古寺で、今では住職がひとりだけ──という鎹鴉の情報ではある。

 その古寺に鬼が出るのであれば、答えは限られているだろう。

 

(喰われたか、和尚も鬼と化したか)

 

 逃げ伸びているのであれば、その情報も鎹鴉がもたらすはず。

 それがないということは、そういうことなのだ。

 

 途中の村で一泊し、翌日の夕方には目的の古寺へと到着した杏寿郎は、さっそく寺の中へと足を踏み入れた。

 寺の中には明かりが灯ってはいたが、()の気配はどこにもなく。

 

 だが、蝋燭の灯りの向こうには人の影が浮かび上がっている。

 ぽくぽくと木魚を叩く音も聞こえれば、その影は住職に見えなくもない。

 

 杏寿郎は左手を腰の刀に乗せ、それから声を掛けた。

 

「すまぬが道に迷った! 出来れば一晩泊めて頂きたい!!」

 

 すると木魚を鳴らす音が止まった。

 影がするりと動き、障子が開かれた。

 

「それはそれは、お困りでしょう。どうぞ、中へお入りください」

 

 柔和な笑みを浮かべた住職が出てきたが、彼は杏寿郎を見ても眉一つ動かしていない。

 杏寿郎は鬼殺隊の隊服を着ていたので、鬼であれば慌てふためくはず。

 だが住職は穏やかだった。

 穏やかに笑って杏寿郎を招き入れる。

 

(この顔に人を騙そうとする意志のようなものは見えない。気配は鬼だというのに……)

 

 既に住職が鬼と化していることを、杏寿郎は見抜いている。

 だがここで住職を斬って終わりではない。彼を鬼に変えた者もいるはず。

 

 杏寿郎の喉がごくりと音をたてる。

 

 もしここで鬼の始祖、鬼舞辻無惨と遭遇することになったらどうなる?

 柱という高みにも達していない自分が、果たして無惨を倒せるのか。

 その答えが出るよりも前に、住職によって案内された離の部屋へと到着した。

 

 血の臭いが充満する。

 そして何かがどくんと動いた。

 

 足元だ。

 足元の畳が脈打ったのだ。

 

「それでは旅の方。この部屋でどうぞお休みください。ここから眺める朝陽は、とても美しいですよ」

 

 床の畳、襖、天井。すべてがぐにゃりと揺れる。

 

「住職!?」

 

 はめられた!?

 そう思ったが、天井から伸びた太い触手のようなものは住職の体を突き飛ばす。

 

「鬼殺野郎を連れてくるとはどういうことだ!! 寺のガキどもがどうなってもいいっていうのかぁ」

 

 鬼の声だ。

 だがどこから聞こえてくるのか、杏寿郎の耳でも分からない。

 いや、この部屋全体から聞こえてきているのだ。

 

 この離だけ、他とは造りが異なる。

 

「炎の呼吸、弐ノ型──昇り炎天!」

 

 杏寿郎に襲い掛かろうとした触手は、下から上にかけて弧を描く斬撃で軽く薙ぎ払われる。

 

「うぎゃあぁぁぁっ。熱い、熱いイィィィーッ」

「手応えが軽いな。はてさて、いったいどこに頸があるのやら」

 

 などと言いつつ、杏寿郎は集中して辺りの気の流れを読む。

 四方全てから気配はするが、一番強いのは──

 

「下か!」

 

 そう言ってぴょんと宙に浮くと、息を吸い込む。

 

「炎の呼吸、参ノ型──気炎万象!」

 

 ぼぼぼぼぼぼっと炎が湧き、そして畳に向かって罠を放つ。

 上段構えから一気に振り下ろし、一番鬼の気配の強い場所へと叩き込む。

 

「ぎぇああぁあぁぁぁっ! 嫌だ、嫌だあぁぁぁ。俺はもっと、もっと人間が喰い、た……」

 

 床下には確かに鬼がいた。

 だがその体は半ば床板と同化し、人の姿をほとんど残していなかった。

 そして鬼の傍らにはいくつもの白骨が転がっているのが見える。

 

「おぉ、おぉぉ……」

 

 鬼によって吹き飛ばされていた住職が戻って来ると、その白骨死体にすり寄り涙する。

 

「やはりここにいたのか。ここだろうと思っていたのだ」

 

 鬼と化した住職が骨を抱える姿を、杏寿郎は表情を崩さず見つめていた。

 やがて住職が振り返り、骨を丁寧に運び出す。

 

「私はこの古寺で住職をしておりました。口減らしに捨てられた、この子たちの世話をしながら、つつましく暮らしておりました」

「……その遺骨は子供たちのものか」

 

 住職は頷く。

 運び出した骨はひとまとめにされ、寺の裏にあった穴へと埋められた。

 穴は既に用意していたようだ。

 その横には同じく、土が盛り上がり何かを埋めた痕跡があった。

 

「こちらはわたしが喰ってしまった子が眠っております」

「……そうか」

「一月ほど前のことです。夜遅くに怪我をした旅の方が、一晩の宿を求めてやって来たのは」

 

 寺で暮らす子供のひとりが、その旅の者を招き入れた。

 そして──喰われた。

 

 住職は懇願し、自分を喰ってもいいから子供たちだけは助けてくれと言った。

 鬼はそれを受け入れた。

 

 だが腕一本喰ったところで気が変わり、鬼は住職に自らの血を飲ませたのだ。

 

(無惨以外の鬼でも、人を鬼に変える力があるのか?)

 

 そして住職は鬼と化し、怯える子供をひとり……喰った。

 泣き叫ぶ子供の声で住職が自我を取り戻し、だが飢えにあがなえずそのまま喰い続け、やがて骨だけが残った。

 

 半狂乱となった住職は鬼に掴みかかったが、鬼同士の争いは不毛でしかない。

 お互い息の根を止めることはできないのだから。

 

 だが住職に血を分けたことで鬼は弱ってもいた。

 そこで鬼は取引をしたのだ。

 

「ここにやってくる旅の方を、鬼が同化した部屋に泊めろと。子供と同じ数だけ人を喰らえば、この子たちを返してくれると……約束したのです」

「鬼が約束を守る訳がなかろう」

「分かってはいても、わたしにとってはそうするしかなかったのです」

 

 そして杏寿郎が到着するまでの間に、三人の旅の者を鬼に喰らわせた。

 きっと戻って来ることはない。そう思っても、藁にも縋る想いだったのだろう。

 

 杏寿郎の姿を見たとき、ようやく現実を受け入れる気になったのだと話す。

 

「風の噂に聞く、鬼を滅する者があなたさまなのだろうとすぐに分かりました。悪夢を終えるには、これが一番なのだろうと」

「……到着が遅れてすまない」

「いえ……あなたもまだお若い。そんな若者に、嫌な役目を追わせてしまい、仏の道を行くものとしては情けないばかりです」

 

 そう言って住職は経を唱えた。

 自らのためなのか、それとも死んだ子供たちのためなのか。

 

 杏寿郎は炎刀を構える。

 チャキっという音に、住職は軽く頷き、だか経を止めることはなかった。

 

 背を向け経を唱える住職の姿が、一瞬だけ氷月夢乃の姿と被る。

 刀を振り下ろすのを躊躇う。

 

 が、

 

 一閃──

 

 やや間があって、住職の頸がぽとりと落ちる。

 それでも経を読む声は途切れない。

 

 ゆっくり、ゆっくりと塵と化す住職は、最後に「ありがとう」と言い残し消えた。

 

 住職が消えゆく姿を、杏寿郎は無意識のうちに涙を流し見つめていた。

 

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