「本当に鬼が出たのか?」
「煉獄がそう言ったんだ。た、たぶん間違いないさ」
「煉獄が、か。だ、だったらそうなんだろう」
旅籠に残っていた隊士五人は、怯えながらも支度にとりかかる。
そしてすぐさま出ていくが、彼らが到着した時にも門は閉まったまま。
二人が腕を組み、一番身軽な隊士を持ち上げる。
ひとりがようやく中に入って門のかんぬきを開け、全員が学び舎へと入ると門を閉じた。
一般市民が気づいて中に入って来るのを防ぐためだ。
「し、静かだな」
「けどなんか、ぴりぴりした感じがしないか?」
「抜刀しとくぞ」
「「おう」」
勇気を振り絞り、五人は抜刀の後に奥へと進む。
敷地内にはいくつか建物もあり、どこに鬼が潜んでいるのかも分からない。
ぴりぴりする──と話す者の、そのぴりぴりがより強くなる方角へと向かうと、奥の三階建ての建物前へとやってきた。
正面の扉は閉まっており入ることが出来ず、どこかから入れないものかと隊士らが捜していると──
きぃーっと音を立てて扉が開いた。
身構える五人。
だが扉から出てきたのは九つか十の少年六人ほどだった。
「な、なんだ子供か。驚かすなよ」
「鬼に追われて出てきたのかもしれない」
「そ、そうだな。おい、君たち大丈夫か?」
隊士の問いには答えず、子供たちは彼らの下へと駆けてくる。
その手をよく見れば鋏だの鍬だの鎌を持っていることもすぐに気づけただろう。
だが隊士らはまさか子供たちが自分らを襲ってくるとは思わず、ひとりが斬られた。
「ぐああぁぁーっ」
屋根裏では煉獄杏寿郎が四本腕の鬼と対峙していた。
そこへ聞き覚えのある隊士の悲鳴が聞こえてくる。
「げひひひひひひ。仲間がガキどもにやられたようだな」
「いったいどうやって子供たちを取り込んだのかは知らないが、無垢な子供たちを惑わすとは許せん!」
「ひひゃーっはっはっは。惑わすだぁ? 何言ってんだ。これはなぁ、ガキどもの方から懇願してきたんだぜぇ」
「黙れ! 戯言を抜かすなっ」
チャキっと音がして杏寿郎が駆ける。
一瞬にして間を詰めるが、鬼もただ待っているだけではない。
四本の腕を伸ばし、杏寿郎の持つ赫き日輪刀を奪おうとする。
この刀に頸を斬り落とされなければそれでいいのだ。腕だろうと足だろうと、胴ですら両断されようと鬼は死なない。
もちろん、杏寿郎がみすみす刀を奪われることもなく。
「炎の呼吸、壱ノ型──不知火!」
伸びる腕を瞬足で駆けながら切り刻む。
が、斬った傍からの再生が早い。
(十二鬼月か!? 十二鬼月であれば、目に数字が浮かぶというが──)
それを確認しようにも、ここは暗すぎる。
そこで杏寿郎は今現在の位置を確認した。そして鬼を誘導させ、ある場所で再び壱ノ型を使う。
「炎の呼吸、壱ノ型──不知火!」
「しつっこい!」
ぐっと足を踏み込み、鬼もろとも壁をぶち破って外へと飛び出した。
「おいおい、ここは四階の高さがあるんだぜぇ? 鬼の俺は平気だが、お前ぇーはどうなんだよ!」
「問題ない!」
そう言って杏寿郎は桜の木にしがみつく。
彼が確かめたのは、寄宿舎に入るために上った桜の木の位置だった。
そして桜の木に着地した杏寿郎は、月明かりの下で鬼の目を確かめる。
だが数字は刻まれていなかった。いなかったが、傷の再生速度からしてそれに匹敵する鬼かもしれないと判断。
地面へと着地すると、同時に構える。
「お前に時間をかけている訳にもいかんのでな。他にも鬼がいるようだし」
「ふひっ。気づいてやがったか。勘のいい鬼狩りだ」
四本腕の鬼がそういうと、奴の影がごこごこと音を立てて盛り上がる。
そこから出てきたのは二体の鬼だった。
「集合してくれたようだな。手間が省けて助かる」
「こちらこそ! 雑魚剣士どもを連れて来てくれてありがとうよ!」
「なにぃっ?」
更に鬼の気配が増え、杏寿郎の背後から二体、そして仲間の隊士、子供たちが現れる。
「す、すまない煉獄」
「なんで子供が……なんで鬼の味方してんだよくそっ」
「げひゃひゃひゃひゃ! いるもんなんだぜぇ、世の中にはなぁ。俺たち鬼にせっせと生きた人間を貢いでくれる奴らがよぉ」
耳障りな声に、杏寿郎の怒りが込み上げる。
眉間に血管が浮かび、その瞳はより一層赤みを増したように見えた。
「は、早くこいつら喰っちゃってよ!」
「そうだ。早くしないと大人たちが気づくだろっ」
子供たちは口々に叫ぶ。
「へっ。心配すんな。この辺り一帯は俺様の血鬼術で他所に音が漏れないようなってんだから」
「なるほど。道理で他の者たちが誰も起きて来ぬわけだ」
「おっと。刀を捨てろ。でなきゃお仲間が死ぬぞ?」
「捨てずとも殺すのだろう」
「さぁ、どうかな? ちょうどここにも飽きてきたところだ。てめーらが来たってことは、全員ぶっ殺しても次の鬼殺隊がくるんだろう?」
当然だと、杏寿郎は短く答える。
「そうだよなぁ。だったらこういうのはどうだ? てめーひとりが死ね。そうすりゃ残りは助けてやってもいい。いや、てめーも助けてやってもいいぞ。その両腕はいただくがな」
「腕?」
「そうだ。てめーは嫌な臭いがする。生かして置けばあの方に仇す存在になるだろう。だが鬼狩りが出来なくなりゃあ関係ねぇ」
「なるほど。俺の両腕を斬り落とし、無力になるなら見逃すということか」
鬼はにんまりと笑って頷いた。
両腕を差し出す気は杏寿郎にはない。ないが、後ろには人質となっている隊士が五人いる。
ひとりは腹を斬られ重傷だ。早急に治療をしなければ出血死するだろう。
(鬼は全部で五体。あの四本腕以外の鬼は大したことはなさそうだ。問題は子供たちか)
相手が人間である限り、どのような理由があるにせよ斬る訳にはいかない。
杏寿郎が刀を振るえば鬼が盾として利用するだろう。
一瞬だ。
一瞬だけでも奴らの注意を引き付けられるなら、あとは彼らがきっと──
「いいだろう。この腕、貴様にくれてやる!」
杏寿郎は刀を地面に突き立て、左腕を差し出した。
(一本はくれてやる)
だが差し出すのは利き手ではないほう。
どんっと背中から突き飛ばす手に押され、咄嗟に右腕を体の下に隠すようにして倒れた。
隣には斧を手にした少年が立つ。後ろには鬼が一体、杏寿郎の背中を足で踏みつけていた。
「ふ、ふふ。いいの? この人の手、斬ってもいいの?」
「あぁ、いいぜ。ずばーんってやりなぁ。お前は確か、医者を目指してるっていったよなぁ? だったら人間の骨を断つ勉強にもなるだろうよ」
「べ、勉強。勉強なんだね、これ」
(くっ。歪んだ目をしている。そもそもこの子らは何故鬼にくみするのだ)
「一つ聞いていいか?」
「あぁん? 今さら怖気ついたのか?」
「そんなことはない。ただ聞いておきたいのだ。何故子供たちが自ら鬼にくみするのかをな」
そう言うと杏寿郎は傍らに立つ少年を見上げた。
「少年、何故鬼の味方をする?」
「……邪魔な奴らを喰って貰う為さ。俺んちはずっと医者だった。もっと西洋医学を学ぶためにここに入れさせられたけど、勉強が難しくってついて行くのがやっと……」
「けどよぉ、ここは実力主義でよぉ。試験の点数順に教室分けされて、頭のいいガキには優先して勉強を教えて貰えるんだとさぁ」
勉強が出来なければ、そもそも医者にすらなれない。
途中の試験では最低順位の子から退学にもさせられると、鬼はペラペラ喋る。
ここにいる少年らは成績が下の方の者だったり、あともう少しで上位に行けるのだが他に成績優秀な子がいるせいで上がれなかったりする子供たちだった。
「このまま成績順位が下がったら、父さんに家を追い出されるんだ……俺、医者になりたい訳じゃないのに、ならなきゃ勘当されるんだ」
「僕も……」
「ボクもだ」
「だからぁ、優秀なガキを俺たちが喰ってやってんだ。優しいだろぉ?」
(なるほど……ある意味あの子らは俺と同じということか。煉獄家の者として、生まれて来た時から歩むべき道が決まっていた俺と。だが──)
「だったら自分の実力でのし上がればいい! 何故そうしない。何故自ら学んで勉学に励もうとしない!」
「うるさい! 勉強したって、もうこれ以上成績なんか上がらないんだ!!」
「諦めるな少年! 努力の積み重ねは、必ずや自分を成長させる! 努力をせずして成長などあり得ないのだっ」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!! もう斬り落とす。今すぐ斬ってやる!!」
「おー、やれやれ。見届けてやるぜお前の覚悟」
鬼がはやし立て、少年は手にした斧を振り上げた。
杏寿郎がぐっと歯を食いしばる。同時に全集中、常中による呼吸を行う。
切断された箇所の止血をすぐに行うためにだ。
そして体の下に隠しておいた右手を抜き、すぐさま仲間の隊士へ合図を送る。
全員が自分に注視している間に抜け出し、鬼の頸を斬れ──と。
(きっと誰かが見てくれているはずだ)
そう信じて杏寿郎は堪える。
「うああぁぁっ!」
ぶんっと振り下ろされた斧は杏寿郎の左手首に突き刺さった。
「ぐっ──」
一撃で手首を斬り落とすことができず、斧は骨に食い込み止まってしまった。
「も、もう一度……」
少年がそう言って斧を引き抜くと、そこからどくどくと血が漏れ出る。それを見て少年は後ずさり、鬼は苛立たしそうに頭を掻いた。
「ちっ。なんで叫ばねぇ。なんで痛いって言わねぇ」
「……ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
「なんで泣き叫ばねぇーんだよ!」
鬼は不快をあらわにし、そして何かの合図を送る。
すぐに杏寿郎の背後でごとりと音がして──ひとりの隊士の首が転がり落ちた。
「きさっ──まあぁぁぁぁ!」
「ひゃっはー。その顔だ、その顔が見たいんだよ俺はぁ」
「つ、次こそは──」
少年が再び斧を振り下ろす。次は杏寿郎の左足だ。
ぶつっと音がして、今度は左足首が見事に斬り落とされた。
「っ──」
「おぉ。やったじゃねえか。よし、今度はお前の邪魔をしていたガキを喰ってやるよ」
「ほ、本当ですか! あと二人、二人いなくなれば俺は上位の教室に上がれるんだっ」
「そうかそうか。よぉく頑張ったもんなぁ」
杏寿郎は痛みに堪え、それから後ろを見た。
誰も動かない。動いていない。
首を斬り落とされた仲間の骸か、足を斬り落とされた杏寿郎を見て蒼白になっているだけ。
(動けっ。動けっ、動けぇ!)
そして動いたのは、彼らの背後にいる鬼だった。
ぐらり──と揺れる鬼には、どれも頸がない。
宙を舞い、雪の結晶がちらつく。
神速の速さで剣を振るったのは、鬼の剣士──氷月夢乃だった。
「子供たちを取り押さえろ!!」
一言そう吠えると、夢乃は続けざまに刀を振る。
「氷の呼吸、参ノ型──氷月斬り!」
「増援? いや、お前はっ」
咄嗟に鬼は腕を自らの首に巻いて守ろうとする。その分、腹ががら空きとなって吹っ飛んだ。
すぐさまくるりと踵を返し、夢乃は杏寿郎の下へと駆ける。
まずは完全に切断された足を掴み、切り口にぐじゅりと押し当てた。
「ふっ──」
「馬鹿なことをするっ。他にやりようはなかったのか! 血鬼術──治癒再生!」
関わりたくないと願っているのに、何故こうも顔を合わせるのか。
夢乃は苛立ち、それと同時に安堵する。
間に合って良かった──と。
「な……かったと、思う。いや、お前が来てくれて、助かった……」
「じっとしていろ。完全に繋がるまで少しかかる」
だがその間にも、夢乃にふき飛ばされた鬼は立ち上がろうとしていた。
「夢乃。先に、やつの頸を」
「……分かった。自分で押さえていろ」
「お、俺たちが時間を稼ぐ! その間に煉獄の治療をっ」
そう言って四人の隊士が前に出る。
子供たちは何人かは倒れ、残りは頸のない鬼を見て泣きじゃくっていた。戦意はもうない。
彼ら四人でどのくらい時間が稼げるか。夢乃がやってしまう方が一瞬で終わる。
それでも彼らの気持ちを汲み、そして時間が経てば経つほど再生に支障をきたすので血鬼術に専念した。
「足は私が押さえているから、お前は左腕が落ちないように掴んでいろ」
「すまん……どのくらいかかる?」
「お前がちゃんとじっとしているなら、一分で繋がる。右腕は後回しにするのか?」
杏寿郎が頷く。それから呼吸を整え、じっと待った。
一分が長い。
止血の済んだ左腕を手拭いで巻き、傷が広がるのを防ぐ。
その間に鬼の攻撃でひとりの隊士が吹き飛ばされ、気を失った。
残り四十五秒──ひとりが刀を持つ腕を骨折して蹲る。
残り三十秒──残った二人のうちひとりは刀を折られ、その刃先が足に突き刺さった。
残り十五秒──
「う、うわあぁぁっ」
隊士は逃げ出した。
「おいおい、誰が逃がすっつったよ」
それを追う鬼。
彼は逃げたのではない。逃げることで鬼が追いかけてくれば、そのまま距離を保ちつつ時間稼ぎをするつもりだった。
「げひゃひゃひゃ。鬼殺つっても、大したことはねぇなぁ。くひひひ。こいつら全部喰って、そんで下弦の鬼に入れ替わりの血戦を挑めるなぁ」
(やはり十二鬼月に匹敵する鬼だったか)
唇を噛み、杏寿郎は鬼の姿を追う。
まだかまだかと足の再生を待ち、そして──
「繋がった」
夢乃がそう言葉を発した瞬間、杏寿郎は駆けた。
(違和感はなし──見事な血鬼術だ。感謝する、夢乃)
だが左腕は負傷したままだ。手拭いで固定しているだけで、刀を握れる状態ではない。
逃げ惑うふりをした隊士の進路上に杏寿郎がたどり着くと、
「あとは任せろ!」
そう言って深く呼吸した。