鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第二話:最悪な形

「うぇ……汚い……それに臭い」

 

 山中まで逃げてきた女は、ここに来て鬼の返り血を浴びていたことに気づいた。

 首を刎ねた時、頭側は凍結させたが胴まではそうしなかった。そのせいで返り血を浴びたのだろう。

 

「早く落とさなければ染みになる」

 

 女は耳を澄ませ、水の流れる音を探した。

 近くに川のせせらぎを聞きつけ、そこに向かって疾走する。

 

 数度呼吸する間に目的の場所へとやって来ると、女は着物を脱いで川の水で返り血を洗い流した。

 

「消えるかな?」

 

 本来ならぬるま湯を使うべきところなのだろうが、ここにはそんなものはない。

 仕方ないと、女は着物を何度も揉み解して洗った。

 その甲斐あってか、染みは目立たない程度には落ちたようだ。

 

 だが女はそれでも気に入らないようだった。

 洗った着物に顔を近づけ、その匂いを嗅ぐ。

 

「鬼臭い。はぁ……そろそろ買い替え時か」

 

 さて、かれこれ何年この着物を着ているだろうかと、女は首を傾げた。

 

「今度、呉服屋に行くか」

 

 それまではこの臭う着物を着なければならない。

 絞った程度では当然着られる訳もなく。

 

(どこかで火を焚いて乾かすしかないな)

 

 どうせならと、袴も脱ぎ捨て同じように川の水で汚れを洗い流した。

 

 ひと段落すると、次は乾かすための場所探しだ。

 人が訪れることのない場所──そして日光から身を隠せる場所を見つけなくてはならない。

 

 夜の夜中に山をうろつく者などいないので、女はその姿のまま歩き出した。

 少し山奥に行けば、日中でも陽の当らない場所もあるだろう。

 枝を拾い集め火を点け、傍で着物を乾かすしかない。もしくはどこかの枝にぶら下げ、夜が開け太陽が出て、再び陽が沈むまで待つか……。

 

 そう考えていると、女はわずかな気配を察知して駆け出した。

 

(追ってきた!?)

 

 何故──と思うよりも先に、その気配が先回りしたことに気づいて踵を返す。

 が、それも間に合わなかった。

 

 目前に現れたのは、あの派手な髪色をした煉獄家の剣士。

 立ち止まろうとしたが、それよりも前に目の前の剣士が動いた。

 

 女の首を鷲掴みしようと、煉獄の手が伸びる。女は体を仰け反りそれを躱すと、代りに後ろへ倒れ込んでしまった。

 

 図らずも、倒れた女の足が煉獄の足に絡み、彼もまた倒れることに。

 

 どさっと、柔肌の上に覆いかぶさるようにして倒れた煉獄は、その暖かさに違和感を抱く。

 

(鬼にも体温があるのか?)

 

 目の前には着物に隠された山があった。

 煉獄は直感的にこれが女の胸である──ことを理解できるはずもなく。

 だからこそ思わず掴んでしまった。

 

「ぃ──っ」

「む? 柔らかい」

 

 そう。それは柔らかかった。

 はてこれはなんだろう?

 そう思って煉獄は、女の上に跨る姿勢で起き上がった。

 

 そして知った。

 

 先ほど掴んだそれが、女の胸であったことを。

 掴まれた女の鬼は顔を真っ赤に染め、口を真一文に閉じて煉獄を睨んでいる。

 そこに殺気があったわけではない。

 だが相手は鬼であるのだからと、煉獄は反射的に女の両腕を抑え込んだ。

 

「は、離せ!」

 

 と言われて離す者も早々いない。

 

 だが煉獄は押さえつける力を、思わず緩めてしまった。

 そしてぽつりと声が漏れる。

 

「美しい」

 

 ──と。

 

 その言葉を聞いて、抵抗する鬼の力も弱まった。

 

「は?」

 

 どこか呆けたような声を出した鬼は、痛々しいものでも見るような視線を煉獄に送る。

 

「うむ! 美しい鬼だ。鬼でなければ惚れていただろう」

「は?」

「鬼の女。お前に聞きたいことがある」

「は?」

「お前は何故、鬼殺隊の剣士を食わなかったのだ。いや、何故彼の腕を繋げたのだ?」

 

 煉獄は女を押さえつけたまま、大きな眼で女に問う。

 

 暫く沈黙が続くと、煉獄は再び口を開いた。

 

「俺の名は煉獄杏寿郎という。お前は本当に鬼か?」

「……違うといったら?」

「それは有り得ない。お前からは鬼の気配がする。ただ他の鬼より随分と小さな気配のようだが」

 

 小さい。そう言われて女はカチンときた。

 それは他の鬼より自分が劣っている。そう言われているような気がしたからだ。

 それに、鬼かどうか尋ねておいてその言い草はなんなのだと。

 

「──け」

「うむ! 聞こえないな!!」

「……どけ」

「いや、それは無理だ!」

「変態」

「え?」

 

 さすがの杏寿郎も、その言葉には驚いた。

 何故自分が変態呼ばわりされるのか、それが分からない。

 

「助平」

「なに!? お、俺がすけべ──」

 

 と言いかけた所で、確かに今の自分のこの状況はそうかもしれないと首を傾げた。

 僅かに頬を染め、杏寿郎が女の上からおずおずと下りて立ち上がる。

 女も着物で前を隠しながら立ち上がり、それから不意に足を蹴り上げた。

 

「──がっ」

「変態助平!」

 

 女が蹴ったのは杏寿郎の、男としての急所だった。

 そこを鍛えることは不可能に近く、杏寿郎は前かがみになって痛みに藻掻くしかない。

 

「ま、待てっ」

 

 手を伸ばすが、女は既にそこにはない。

 気配がどんどん遠ざかってゆく。

 

「ま、待てっ。お、お前は何者だっ。何故人間を助ける!?」

 

 闇に向かってそう叫ぶ杏寿郎だったが、その声は既に相手には届いていなかった。

 

 

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