鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第二十九話:共に歩めることを

「炎の呼吸、弐ノ型──昇り炎天!」

 

 隊士を追いかけていた鬼に向かって、焔が下から上へと昇る。

 

「んんん? なんでてめー、立ってんだ? あぁ? 足生えてんじゃねーかっ」

「失礼だな貴様は。俺は鬼と違って欠損した部分は生えてこない」

「じゃーなんでその左足はくっついでんだよ!」

「知る必要はない! 炎の呼吸、参ノ型──気炎万象!」

 

 弧を描いた炎は、あと一歩のところで鬼を逃がす。

 

「危ない危ない。ったく、まだガキに毛が生えた程度だってのに、恐ろしい火力だぜ。やっぱてめーはここで殺して喰っておかなきゃなぁ」

「貴様に喰われてやる筋合いはない! おおぉぉっ!!」

 

 鬼の腕が伸び、子供たちが手にしていた武器を掴む。

 四本の腕に四つの刃。

 その全てが杏寿郎を狙って伸びてくる。

 

「くっ」

「ぎひゃひゃーっ。そうらどうしたどうしたぁ?」

「煉獄!?」

 

 先ほどまで鬼から逃げていた隊士が駆け寄り、なんとか助太刀しようとするが、それが逆に足手まといとなる。

 ギリギリの攻防ではあったが、ひとりであれば攻撃もなんとか躱せた。

 だがそこに隊士が割り込んできて、伸びる腕の軌道が見えなくなったのだ。

 

 刀を構え立つ隊士。

 彼に向かって伸びたのか、杏寿郎に向かって伸びたのか分からない鬼の腕が刀を構える隊士のソレを──折る。

 と同時に杏寿郎が自分の前に立つ隊士の後ろ襟を掴み、横に放り投げた。

 

 死角から突然飛び込んでくる鎌が、杏寿郎の脇腹を捉え、だが落ちた。

 氷柱に弾かれ、それは鬼の頭上に回転しながら落下する。

 

「あぁ? ──な、なんだこりゃ!?」

 

 落下する鎌を避けようともせず、鬼はそれを脳天に受けた。

 だが問題はここからだった。

 

 死角から攻撃したにも関わらず、杏寿郎は何の迷いもなく飛び込んでくる。

 真っ直ぐ見据えた焔の瞳から逃れようと鬼が後ずさろうとしたがそれは叶わず。

 鬼の足元は氷によって地面と縫い付けられていた。

 

 そのことを理解し、反応するまで僅か一秒足らず。

 だがその一秒さえあれば、杏寿郎にとって十分な時間だった。

 

「炎の呼吸、壱ノ型──不知火!」

 

 ぐっと足を踏み込むことにより、一瞬の跳躍が可能となる。

 目にもとまらぬ神速で杏寿郎は鬼の頸を──撥ねた。

 

「あ…あぁ……なんで、なんでこうなった……俺ぁガキに頼まれて喰ってやっただけ、なのに……」

「貴様がいなければ、あの子らもああはなっていなかっただろう」

「俺の……俺のせいだっていうのかよ」

「……そうだ」

 

 すぐに断言できなかったのは、子供たちが自ら進んで鬼に取り入っていた事実があるから。

 それでも、鬼がいなければ狂うことはなかったのだろう。そう思えばこそ、憎むべきは鬼となる。

 

「いやだぁ……死にたくねぇ……やっと、やっと血戦を申し込めるところまで来たってのに……こんなところで、死に……た……」

 

 風が吹き、塵と化した鬼が夜空に舞う。

 それを見送ることもなく、杏寿郎は踵を返した。

 振り返るとすぐ後ろに夢乃が立っており、彼女は小さく「余計だったか?」と尋ねて杏寿郎の左手を取った。

 

「いや、助かった」

「そうか……。血鬼術──治癒再生」

「ふむ。以前使っていた血鬼術とは違うようだが?」

「……寿命の前借なしの術だ。怪我ばかりする馬鹿も世の中にいるからな。そのたびに寿命の前借をしていては、再生中に死んでしまうだろう。だから……術式を新しく作り直してみた」

 

 手拭いをほどき、あらわになった傷を優しく包み込むようにして手を重ねると、杏寿郎の傷がみるみる塞がっていく。

 

「動かしてみろ」

「うむ」

 

 傷が塞がり、杏寿郎が拳を開いて閉じてと動かす。

 

「痛みはない。違和感もだ」

「ならいい。血鬼術で音が漏れぬようにしていた奴も早々に死んで術が解けている。そろそろ騒ぎを聞きつけて人がやって来るだろう」

「撤収するべき……だな」

 

 杏寿郎は地面に転がる隊士の頸を見た。

 涙を浮かべ、絶望したような瞳がじっと杏寿郎を見つめる。

 杏寿郎は何かを言おうとして夢乃を見た。だがその前に彼女が答える。

 

「死者をよみがえらせる術はない。たとえ鬼舞辻無惨であってもな」

「そう、か……すまない」

「向こうの奴らは医療班に治して貰え。命に係わる傷でもない」

 

 最後まで時間稼ぎをしていた隊士は、蒼白な顔で二人を見つめている。

 特に外傷もなく、彼だけが唯一無事と言えよう。

 

 杏寿郎はここでしまったと思った。

 夢乃が血鬼術を使うさまを、彼らは見ていた。それが血鬼術だと気づかなくとも、切断された足を繋ぐ術なんて人が使えようはずもない。

 どうしたものかと思案していると、隊士のひとりがこう切り出した。

 

「俺は……鬼殺隊を辞めるよ」

「なに? それはいったい──」

「今回の事で分かったんだ。俺、全然ダメだって。鬼殺隊に入って二年経つのに、未だに階級は壬なんだ。よくここまで生き残れたなって思う」

 

 杏寿郎もまもなく鬼殺隊となって二年になろうとしているが、彼の階級は丙。上から三番目だ。

 対して壬は下から二番目の、しいて言えば昇進していないにも等しい。

 

 誰もが昇進できるわけではない。その前に命を落とす隊士もいる。

 

「階級など気にする必要は──」

「そうじゃないんだっ。俺は……俺はあんたみたく強くなれないんだ……これ以上」

「……」

「しかもさ。俺たち、必死になって人を守ってんのに、なんなんだよあの子らはさ」

 

 自ら進んで同じ学び舎の子らを鬼に差し出す少年たち。

 意識のある子らも、鬼は討たれて呆然としている。ぶつぶつと誰それがどうとか、自分は悪くないだとか呟いている。

 

 守るべき者が、討つべきモノに味方する。

 その現実に隊士の心は打ち砕かれた。

 何のために自分たちは命を張っているのか。なんのために仲間は死んだのかと。

 

 その気持ちが分からない訳ではない。だが杏寿郎は心を打ち砕かれることなく、真っ直ぐ自分の行くべき道を進む。

 

「そうか。考えて出した答えであれば、きっとそれがいいのだろう。これまでよく頑張った」

 

 鬼殺隊を辞めるのは彼だけではなく、骨折した隊士も、自らの刃を足に差した隊士も同じ考えだと話す。

 恐らく気を失っている者もそうだろう。

 

 実のところ彼らは揃って、杏寿郎がこの町に到着するまえから話していたのだと説明してくれた。

 命あってのものだね。

 鬼への復讐よりも、死んだ家族の分まで生きるべきじゃないか──と。

 

(それも一つの答えだろう。誰も責めはしない)

 

「ここで見たこと、俺たちの胸にしまっておく」

「え……」

「だいたいさ、信じて貰えると思うか? 人を助ける鬼なんて……さ」

 

 隊士は背を向け立つ夢乃をじっと見つめた。

 鬼独特の瞳さえ見なければ、決して鬼とは思わないその立ち姿。

 

 それから杏寿郎を見て、手を差し出す。

 その手を杏寿郎はしっかり掴んで握った。

 

「隠がそろそろ来るだろうからさ、煉獄は先に行けよ」

「あとは俺たちが上手いこと誤魔化しておくさ」

「そうか……では、さらばだ!」

 

 最後は杏寿郎らしい、明朗快活に笑顔を送って彼らと別れた。

 

 その時には既に夢乃の姿はなく、杏寿郎は彼女の気配を辿って追った。

 通りからは騒ぎを聞きつけ集まる人の足音も聞こえ、それとは反対の方角へと足早に向かう。

 そして目的の人物を見つけ、駆けて行って横に並んだ。

 

「思えば俺は、君に助けて貰ってばかりだな! はははははは」

 

 言われて「そういえば」と思わなくもない夢乃は、小さくため息を吐き捨て足早に立ち去ろうとする。

 だが杏寿郎を置いて行けるほどの歩幅もなく、なんなく追いつかれた。

 

「助けて貰ってばかりで不甲斐なし! しかし君は本当に強いな!!」

「……どうも」

「そこでだ! 考えたのだが、よければお願いできないだろうか?」

 

 また面倒なことになるぞ、と夢乃は思った。

 ちらりと隣を歩く杏寿郎を見れば、らんらんと輝く瞳で見つめてくる。

 

 ほんのりと、

 夢乃は自分の顔に熱を帯び始めたのを感じて視線を逸らす。

 

 関わるな──そう言ったはずなのに、と。

 

(空気の読めない馬鹿め)

 

 いったい何を頼まれるのか、聞いたところで全力で断る。

 そう考えた夢乃であるが、杏寿郎の口からは思いがけない言葉が出て来た。

 

「夢乃! 俺に稽古をつけてくれっ」

「は? け、稽古?」

「そうだ! 俺は君に稽古をつけて欲しい!! 先ほどの戦いでもそうだ。想定外の事がおき、俺は危うく死にかけた。それを救ってくれたのは君で、そうなることを見越してのことだろう?」

 

 夢乃は無言で杏寿郎を見た。

 

「俺はこの何年か、独学で炎の呼吸を学んで来たが、伍ノ型から先はまだ未収得だ」

「……お前の父親は炎柱じゃないのか」

「柱ではあるが、父上は訳あって任務を行っていない」

 

 その言葉の意味を夢乃はすぐに理解した。

 恐らく心が折れてしまったのだろうと。実力のある者ほど、自分の限界に気づくものだ。

 

「ひとりでの鍛錬には限界を感じていた。やはり強者と刃を交えてこそ、力をつけられる。そう思うのだがどうだ!」

「私に聞くな」

「しかし夢乃も剣士だろう。なら俺の気持ちも理解できるのではないか?」

 

 確かに──とも思う。

 夢乃自身、鬼となってからはずっとひとりで鍛錬を続けているが、この百年で自分の実力が伸びた気はしていない。

 

「共に強くなろう! 弱き人を守れるように。そして、鬼舞辻無惨を倒すっ」

 

 杏寿郎の迷いなき瞳を見つめ、夢乃は震えた。

 鬼舞辻無惨を倒す。

 それは彼女の本懐であり、その為だけにこの百年間生きて来た。

 

 自分では到底叶えることの出来ない御業。

 

 だが……

 この男ならもしや──と思わなくもない。

 

 初めて出会った時には、この男は自分よりも強者だろうと思っていたが、それは潜在的な能力であり、今現在は夢乃よりも劣っているかもしれない。

 その力を最大限まで引き出せれば、きっと無惨を──

 

「本当に……本当にお前が無惨を滅ぼしてくれるのか!?」

 

 詰め寄り、夢乃は杏寿郎の胸に飛び込む。

 隊服を掴んで、鬼気迫る勢いで懇願する。

 

「お前が奴を倒してくれると言うのか……私を……この永き呪縛から解放してくれるのか?」

 

 鬼である夢乃は、始祖たる無惨が滅べば一緒に塵と化す。

 彼女はそれを望み、そして杏寿郎は望みたくはない。

 

 喉を詰まらせ、それでも杏寿郎は答えた。

 

「あぁ。必ず俺が奴を倒す。そして夢乃……君を救おう」

 

 その時まで共に歩めることを、杏寿郎は願った。

 

 




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