「兄上。綿入れはどうしたのですか?」
帰宅した杏寿郎を見て、弟の千寿郎はまっさきにそう尋ねた。
「うまっ──う、うむ。実は途中の川に落としてしまってな」
「あ、兄上にけがはなかったのですか!?」
川と聞いて顔色を悪くする弟を見て、杏寿郎の胸が痛む。
「大丈夫だ! 綿入れを落しただけだからなっ」
「そ、そうですか。それじゃあ新しいものを用意しないといけませんね。あぁ、今季はこれで三着目……」
「ふぐっ……すまない千寿郎」
「いいですよ。兄上が無事ならそれで」
にっこり笑みを浮かべる千寿郎を抱きしめ、杏寿郎はもう一度「すまない」と呟く。
それから二人で夕餉の支度をし、同じく二人でそれを食す。
今日は父である槇寿郎の酒の量は多くはない。だが親子が三人、揃って食事をしたのは何年前になるか。
母である瑠火が存命であった頃は誰よりも正義感に熱く、それ故に過剰とも言えるほど任務をこなしてきた。
だからこそ父のいない食卓が当たり前であったし、それ以上に千寿郎には当時の記憶などない。
記憶にあるのは、酒を浴びるように飲み、機嫌が悪いと杯を投げつける父の姿。
その分、兄である杏寿郎が休暇の時には、必ず一緒にいてくれる。
千寿郎にとってそれだけで嬉しかった。
が、その兄の様子がどことなくおかしい。
「兄上、明け方に持って行った掃除道具。どこへ持っていかれたのですか?」
「んぐっ。あ、あれはだな……その……」
「山林のお屋敷ですか?」
「んぐっ。ごふっ、ごふごふっ」
千寿郎があまりにも鋭すぎて、杏寿郎は思わず咽る。
そんな兄の様子を見て、千寿郎は眉尻を下げて苦笑いを浮かべた。
「あまりお聞きしない方がいいですか?」
そう尋ねてくる弟を、兄はじっと見つめた。
「すまん、千寿郎。人を……匿っている」
「人を? もしかして、鬼に狙われているとかですか?」
それには頷くことが出来ず、とにかく知られてはならない──そこに匿っている者が誰かのかも、所在も。
故に千寿郎にも、
「誰にも話してくれるな。たとえ父上にも。約束、できるだろうか?」
「はいっ。その方の安全が第一ですっ」
そう話す千寿郎の頭を、兄は手を添えわしゃわしゃと撫でまわす。
「わぁっ、兄上止めてください。髪がほどけてしまいます」
「はははは。俺は千寿郎が優しい子に育ってくれて嬉しく思うぞ」
「ふふ。でも兄上、僕は一度見たっきりですが……酷いのでは?」
「うむ……酷いな」
二人の箸が止まる。
千寿郎は掃除を手伝いに行ってはいけないのだろうと思うし、杏寿郎は弟が手伝うと言い出すのでないだろうかと戦々恐々だし。
「あ、兄上おかわりありますよ」
「ん、では貰おう! うまい!!」
千寿郎はほっと胸を撫でおろす。
一月ほど前にはため息をついてばかりだった兄だが、ここのところ元気になった気がする。
そして今日はまた、それこそ以前通りの兄に戻ったと。
(もしかして匿っているっていう人……伊納尾さんが言っていた、兄上の……)
そう考えたが、それは口には出さなかった。
もし違っていては恥ずかしいし、何より隠さねばならない人のことを詮索したくはない。
が──
「兄上、明日はいろいろ買いに行きましょうね」
「うまっ──ん?」
千寿郎がむむっと眉尻を上げ、兄を見上げる。
「ぼろぼろのお化け屋敷なんですよ? ちょっとやそっとお掃除した程度じゃ、どうにもなりませんからね」
「む、むぅ……」
「僕はお手伝いしませんから、兄上がしっかりしてください」
「う、うむ。任せておけ!」
「とりあえず明日、必要な物があったら一緒に買いに行きましょう。きっと畳もぼろぼろでしょうし」
千寿郎よ。ぼろぼろすぎてさっき穴を開けてしまった……とはいえず、張り替えようものならいったい畳が何枚必要かと考えるとさすがに杏寿郎も「いや、張替えはいい」と答えた。
「いいのですか?」
「あぁ。ハッキリ言って、全部張り替えることになりかねない。だからいい。だが……そうだな、あのままでは体も痛かろう」
座敷牢の中は土間と変わらない。そこに布団を敷いただけでは、休もうにも休めないだろうと。
(畳を二、三枚だけ敷くか。あとは立て付けの悪い雨戸を修繕して)
それから殺風景な室内に何か飾ってやるのもいい。
そんなことを考えながら、飯を口に運ぶたびにうまいうまいと口ずさむ。
「んむ。では千寿郎、明日は共に買い出しに出よう」
「はい!」
杏寿郎はにぎりめしと、夕餉に出した煮物を持たされていた。
「では兄上、お気を付けください」
「うむ。千寿郎は遅くならないうちに休むのだぞ」
杏寿郎が山林のあばら家に行く準備をしていると、千寿郎がやって来てこれを持たせたのだが。
(しかし夢乃は食べるのだろうか?)
というのも、鬼殺隊のなかでは鬼の食事といえば人間だとされている。
元は人間であった彼らも、鬼となってから人が口にする食事は摂らない──とされているからだ。
それでも弟が持たせてくれたのだ。彼女が食べなければ自分が食べればいい。
どうせ夜食が必要になるだろうし、そう思いながら杏寿郎はぼろ屋敷へと急いだ。
月明かりの下を進む杏寿郎の目に灯りが映る。
どうやら屋敷前で火を焚いているようだ。
「夢乃!」
名を呼ばれた本人は屋敷の中なのか姿が見えない。
が、直ぐに戸口から出て来て、その手には板を持っていた。それが二枚、一枚を杏寿郎に向かって投げる。
「雪かき」
「うむ! 確かにこのままでは鍛錬どころではないな!!」
「……民家が近くないとはいえ、もう少しお前の声の音量は下がらないのか?」
「努力しよう!」
するつもりはないらしい。
頭を振り諦めたように夢乃が雪をかきはじめる。
杏寿郎が到着する前から作業はしていたようで、戸口を中心に三間(約5.5メートル)ほどは雪がすかされていた。
夢乃はいつぞやの雪山で杏寿郎に渡したのと同じ、火で熱した石を手拭いて包んだものを彼に渡す。
それから二人で一時間ほど雪かきをし、ようやく剣を振るえる範囲を確保した。
「それで、どうするんだ? 今さら基本の型なぞ習う必要もないだろう」
「うむ! 全力で剣を交えよう!!」
杏寿郎がすらりと刀を抜く。それに合わせて夢乃も抜刀する。
二人は構えた瞬間に距離を縮め肉迫する。
キィィーンっと鉄と鉄とがぶつかり合う音。
が、夢乃は勢いを殺し僅かに刀を引いた。
勢いが勝っていた分、杏寿郎は引く力に流されバランスを僅かに崩す。
しかし寸でのところで留まり、すぐさま反撃に──の前に、夢乃が再び押した。
いったん引いたものが再び押す。
ギギギンッと刃と刃が擦れ、白刀が杏寿郎の眉間をかすめようとする。
「くっ──」
「躱すか……いい反射神経だな」
杏寿郎は刃を仰け反って躱したが、そこへ夢乃の手が伸び、脇腹をくすぐった。
「ぶわっはっはっはっは。や、やめっ」
仰け反った姿勢で杏寿郎が倒れる。
「はい、死んだ」
そう言って夢乃はくすぐるのを止め、途端に杏寿郎は姿勢を崩して背中から倒れた。
「むぅ……もう一本!」
倒れた状態で足を振り上げ、ひょいっと起き上がった杏寿郎は既に構えていた。
来い──とばかりに夢乃が手招きをする。
杏寿郎は嬉々として、その誘いに応えるよう疾駆した。
日付変更と同時にkindleで外伝が読めるだろうか・・・
ジャンプ本誌で読んでいないので、どういう経緯で柱になったのか知らないんですよね^^;
そのうえで──
柱合会議でカナエさんはいたのか。不死川さんとは初対面だったのか。
蜜璃ちゃんはどのタイミングで登場したのか。
この辺りの謎が解けるといいなぁと。
時系列整理するだけで大変なのです。