鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第三十二話:願わくば

「食事か? それは出来るが……」

「そうか! ではこれを」

 

 結局、夢乃から一本も取れないまま夜が更け、小腹が空いたと杏寿郎が休憩を申し出た。

 弟の千寿郎が作ってくれた握り飯と煮物を取り出し、食べることは出来るのかと夢乃に問うての答えだ。

 

「鬼は人間以外は喰わないと、鬼殺隊では教えている」

「私もそう教わった。が、別に人でなくても動物の血肉だって食べるぞ。どの鬼も」

「そうなのか?」

 

 受け取った握り飯を口に運びながら、夢乃は頷く。

 彼女自身、血鬼術を使い血が少なくなった際には喉の渇きを覚え、動物の血肉でそれを凌いでいる。

 

 が、血鬼術さえ使わなければ、使ったとしても出血量が大したことがなければ血肉を求めることもない。

 普通に人と同じ食事で十分なのだ。

 

 だがこれは夢乃がそうであって、他の鬼では真似は出来ない。

 

「無惨の血が少なすぎるからな。たぶんそのせいで、人であった頃の食事でも体がもつのだろう」

 

 そんな話を、彼女は夜空の月を見上げて呟く。

 その横顔を杏寿郎はじっと見つめ、それから少し嬉しくなった。

 

「そうか。夢乃は鬼ではあるのだろうが、そうでない部分も多いのだな」

「そうでない? いや、私は鬼だが」

「はははははは。だが人は喰わぬし、鬼は狩る。そんな鬼、俺は生まれてこの方聞いたことがない!」

「……生まれてというが、せいぜい十五か六だろう」

「うむ! 十六だ!! もっとも、もうすぐ十七になるがな!!」

 

 と、胸を張って応える。

 百年の時を変わらず生きて来た夢乃にとって、十五も十七もそう変わりはない。

 特にこうして握り飯を嬉しそうに頬張る姿は、実際の年齢よりも幼く見える。

 

(十七か……私が、人ではなくなった年齢だな)

 

 夢乃は遠き日のあの屈辱を思い出す。

 

 

 

 

 

「夢乃……君はまだ(きのえ)ではないけれど……」

 

 産屋敷家92代目当主である籐哉は、かしずく夢乃に向かって穏やかに、そして悲し気に声を掛ける。

 

「親方様。されど今は甲の隊士は煉獄しかおりません。彼は東の地に巣食う下弦の鬼を追っている身。さすがに駆け付けるには遠すぎます。それにもう一、二体の鬼を葬れば、私の階級が(きのと)から甲に上がるのでしょう?」

「うん、そうだね。だから君に頼むしかないんだ。君にならやれる──そう信じているよ」

「お任せください、親方様。必ずや十二鬼月、下弦の参を倒してまいります」

 

 そう言って夢乃は立ち上がった。

 

 甲──鬼殺隊階級では最上位であり、柱はここから輩出される。

 だが今は炎の呼吸の使い手、煉獄しかいない。他の甲はこの半年の間に全て、十二鬼月によって惨殺された。

 負の連鎖を断ち切るためにもと、新たな柱の選出は必要だった。

 

(煉獄は今回の任務で柱になるのはほぼ間違いないだろう)

 

 そして自分も必ずや任務を全うして柱に──そう思うと、自然と歩みは早くなる。

 

 何人もの隊士の命を奪った下弦の参。

 それを前にしても臆することなく、夢乃は見事に鬼の頸を取った。

 

 そこまではよかったのだ。

 下弦の参を滅して油断をしていたわけではない。

 

 本当に──

 それは突然だったのだ。

 

 振るった刃を鞘に納めるよりも先に、重くのしかかるような殺気を感じてすぐに反応した。

 だからこそ絶命は免れ、地獄のような苦しみを得ることになる。

 

 刀というには長く、そして枝分かれした刃によって夢乃の腹は深く切り裂かれた。

 

「かっ──」

「躱すか……いい反応だ」

 

 この深手で躱したと言えようか。

 唇を噛みしめ、自らに深手を負わせた相手を見ようと顔を上げる。

 真っ黒な──漆黒の長い髪の男は、その顔に瞳が左右それぞれ三つずつあった。

 

 感情があるのかどうかすら分からないその表情に、夢乃は憎悪をむき出しにして睨み返す。

 切り裂かれた腹から臓物が零れださないよう片手で押さえ、呼吸による止血を試みる。

 

「無駄だ。その傷で呼吸を使ったところで、止血は不可能。時期に死ぬ」

「……の前に……貴様も、道ずれにする! 氷の呼吸、参ノ型──氷月斬り!」

「氷……初めて聞く呼吸だな」

 

 渾身の一撃を、漆黒の鬼は刀を軽く一振りした程度で薙ぎ払う。

 その薙ぎを夢乃も一瞬の判断で身を翻したが、完全に軌道の読めない太刀筋によって背中に傷を負う。

 それでも夢乃は攻撃の手を緩めなかった。

 

 負ける。

 自分はここで死ぬ。

 

 そう悟って尚、あがいた。

 

 あがいて、あがいて。

 

 けれど彼女の白銀の太刀はついぞ届かず。

 

「かはっ──はぁ──はぁ」

「女。お前は弱い。弱いが、見込みはありそうだ。あの方の為に──にな──」

 

 漆黒の鬼の言葉を、夢乃は最後まで聞くことが出来なかった。

 その場に倒れた夢乃の意識は既になく、あとは心の臓はその活動を終わらせるのを待つのみ。

 

 だがそうはならなかった。

 

 誰かの声が遠くで聞こえた気がする。

 

「分け与える血は──そうだな。一滴だ」

「一滴、でございますか?」

「そう。限りなく人に近ければ、陽の光を克服するやもしれない」

 

 そうして夢乃は血を与えられた。

 鬼舞辻無惨の血を。

 

 ビクンっと体が大きく跳ね上がり、そして六つ目の鬼によって切り裂かれた腹と背中の傷が塞がっていく。

 だがそれも途中で止まってしまい、体の痙攣もなくなってしまう。

 そのまま夢乃は動かなくなった。

 

 ピクリともしない夢乃の頭を無惨は踏みつけたが、それでも反応はなかった。

 

「失敗か」

 

 興味なさげに無惨は呟くと、踵を返してその場を離れる。

 蘇らないのであれば、このまま捨てておけばいい。

 鬼の血が混ざったその時点で、蘇ろうとなかろうと、陽の光を浴びれば塵と化すのだ。

 

 漆黒の鬼──黒死牟も主の後を追うように踵を返す。

 二人は振り返ることなく、夜の闇へと消えて行った。

 

 それからしばらくして、夢乃が息を吹き返すとも知らず。

 

 

 

 

 

「──乃。夢乃!?」

「んぁ……なんだ、煉獄?」

「いや、なんだと言われても……ぼうっとしていたのは君なのだが」

 

 顔を覗き込む杏寿郎の顔は、心配そうに眉尻が下がっている。

 その顔についた米粒を見つけ、夢乃は思わず噴き出してしまった。

 

「な、なんだ人が心配してやっているというのに!」

「人を心配するよりも先にだな、煉獄。その頬に付けたお弁当を、どうにかするべきじゃないのか? それでは恰好もつかんだろう。ふふ」

「弁当──あっ」

 

 頬に触れて気づいた杏寿郎は、慌ててそれを摘まんで口に含んだ。

 その時には耳まで赤く染め、唇を尖らせた。尖らせたが、すぐにほぉっと緩む。

 

 くすくすと笑う夢乃の顔を見て、杏寿郎もつられて笑った。

 

 だがそれは長くは続かず、先に口を開いたのは夢乃だった。

 

「煉獄。お前、そろそろ帰れ」

「む?」

「夜が更ける。遅くなる前に帰ってやらねば、弟が寂しがるぞ」

 

 彼女はそう言って、夜食を包んでいた布を折りたたみ杏寿郎へと渡す。

 

「続きはまた明日だ。そうだな、明日は少し変わった呼吸法を教えてやろう」

「呼吸法? よもや常中とは言わないだろうな? それなら俺も──」

「常中だ。だが少し違う。まぁ明日教えてやるから、今日は帰れ」

 

 杏寿郎はむぅっと唸り、物足りなさそうに夢乃をじっと見つめた。

 が、相手は既に杏寿郎を見ておらず、袴の埃を払ってボロ屋に引き上げようとしている。

 

「あ、明日だな! 明日、教えてくれるのだな!!」

「ん、明日な」

 

 振り返り、夢乃はふぅっと笑った。

 その姿を見て、杏寿郎は熱を帯びたように顔が赤く染まる。

 

(願わくば、その笑顔がいつまでも続くように……)

 

 だがそれは、決して願ってはいけないものだと分かってはいても、そう願わずにはいられなかった。

 




煉獄さん外伝を読みました。
杏寿郎さんが柱になる前って、槇寿郎パパは一応「柱」として在籍していたのですね。
当作品では柱引退設定にしておりましたが、その辺りを修正しました。
外伝に沿った形にしようと思いまして。

ただお館様と初対面風だった外伝ですが、そこは現状のままでいきますorz
きっかけをくださった耀哉様ですので、ここを変えると改稿が面倒くさくなってしまいますし。


という訳で、煉獄さん18歳での柱就任ですね。
今現在、物語では16歳のまま。年が明けているので五月になれば17歳ですが、まだまだ柱まで長そうです。
そして蜜璃ちゃんの登場はもう少し先に延ばさなきゃならなくなってしまいました。
他の柱とは会議の場で初対面のようですし(しのぶちゃんに関しては怪我をすれば蝶屋敷にいくので顔は合わせていてもいいだろうと解釈して)

それぞれ絡ませるのにもまだまだ先になりそう。
早く柱までいきたいよぉ。
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