鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第三十三話:火照った

「五右衛門風呂?」

「うむ! 子供の頃に千寿郎と一緒に使っていたものだ」

 

 翌日の夕刻、杏寿郎が自分の体重とそう変わらない重さの鋳鉄製の五右衛門風呂を抱えてやって来た。

 それをあばら家の軒先にどんっと置くと、満面の笑みを浮かべて夢乃を見た。

 見られた本人は「もしかして自分は臭っているのか?」と不安に駆られる。

 

「毎晩ここで鍛錬をしていると、戻ってから風呂を沸かすのが大変でな!」

「……はぁ」

「だから鍛錬中にここで湯を沸かし、汗を流して帰りたい!!」

「そこ、声を大きくして言う必要があるのか?」

「特にない!!」

 

 ではなぜ大声を出すのかと、尋ねる気すら夢乃には既にない。

 

「それにな、このぼろ屋敷には風呂がない。君にも必要だろうと思ったのだが」

「……まぁ、あれば確かに、嬉しい……と思う」

 

 思う──ではなく、正直嬉しい。

 彼女はいつも沐浴しかしていない。寒いこの季節であれば鍋で湯を沸かし、それを使うことはあったが風呂には滅多に入ることはできなかった。

 たまに珠世のところへ行った時や、湯治場まで出向いて温泉に浸かることはあったものの、一年でそれらが何回あるか。

 

 毎日風呂に入れる。

 鬼となろうが、夢乃も女。嬉しいに決まっている。

 

「よし、では水汲みからだな!」

「井戸はあるが、使えないぞ。枯れている訳ではないが、濁っているから」

「む……むぅ?」

「向こうに沢がある。そこから水を汲んで使ってきているのだけれど……」

 

 そう言って夢乃は五右衛門風呂を見た。

 いったい何往復すれば水が溜まるのだろうかと、さっそく不安に駆られた。

 

「よし! では水汲みからだな!!」

「……するのか」

 

 ため息を吐き捨て、夢乃はあばら屋から桶を持ち出した。

 

「二つか?」

 

 そう尋ねる杏寿郎に、夢乃は頷く。

 それ以上の数が必要になることなど、普通はないだろうと答える。

 

「確かに。よし、では俺が汲んでこよう! 君はここで待っているといい」

「いいと言ってもお前、沢の場所は?」

「うむ! 知らないな!!」

 

 知らないことを自慢するかのように胸を張る杏寿郎。

 それを見て夢乃は頭を抱える。

 

 もう一度屋敷から、今度は少し小さめの桶を手にして戻って来た。

 彼女が無言で雑木林へと入っていくと、杏寿郎は桶を二つ手に持って後を追う。

 暫く歩くと水の音が聞こえ、斜面を少し下れば小川が見えた。

 

 杏寿郎は抱えた桶に水を汲み、片手に一つずつの持ってそのまま平然と斜面を登りだす。

 

「うむ。これはいい体力造りになりそうだ」

「だったら常中を使った状態でやれ」

「む。それはいい! ふぅ──っ」

 

 カっと目を見開き、杏寿郎は一気に駆けた。

 そして水を駄々零しにしていく。

 

「はぁ!? よ、よもやよもやだ。はははははは」

「……馬鹿」

 

 水をだばだばと零す杏寿郎の横を、夢乃は桶を持ってすたすたと追い抜いていく。

 一つしか持っていないとはいえ、その桶には水をなみなみに汲んでいる。それを一滴も零さず、斜面を登って行った。

 五右衛門風呂へと到着する頃には、杏寿郎の持つ桶の水は半分以下にまで減り、夢乃の持つ小さな桶で汲んだ量よりも少なくなっていた。

 

「むぅ……不甲斐ない」

「どすどすと走るからだ。もう少し上体をぶらさず、安定した姿勢を保て」

「分かった。よし、次だ!」

 

 そうして斜面を駆け下り、沢で水を汲むと杏寿郎は走った。

 今度は上半身を揺らさないよう気をつけ、それでも時折水を零して駆け上がる。

 

「むぅ……やはり零れてしまうな」

「体幹を鍛えろ。あと常中を使っているからといって、力み過ぎだ」

 

 地面を蹴る力が強ければ、当然振動も大きくなり水が零れる。

 何往復もして、杏寿郎は結局一滴も零さず水を運ぶことができなかった。

 

「よもやよもやだ……はぁ……」

「水汲みごときでため息をつくな。薪の用意をするから手伝え」

「よもやぁ」

 

 斧を手渡され薪を切り、抱えて持って来た五右衛門風呂の窯に投げ込んでいく。

 

「全集中」

 

 夢乃の凛とした声が響いた。

 

「よも……む?」

「全集中」

 

 もう一度そう言われ、杏寿郎は呼吸を深めた。

 

「常中」

「ふぅ──」

「もっと深く」

「……ふぅ」

 

 薪と呼ぶには大きすぎる丸太を置き、夢乃は杏寿郎の胸元を指先で小突いた。

 

「ここだ。常にここを意識しろ。自分の体の中に炎が燃えていることを想い描き、その炎を絶やすな。可能な限り、大きな炎を燃やせ」

「炎……」

「常中も忘れずに。常中しつつ、炎を絶えず燃やすんだ」

 

 言われて杏寿郎は、己の胸に炎が燃え様を想像する。

 実際の炎ではない。

 人の意思、そして生命力のことだろうと解釈し集中する。

 

 より深く、重く呼吸することで肉体への負荷が掛った。

 その状態で巻き割を続け、終わっても「続けろ」という夢乃の一言で止めることは出来ず。

 

「いつまで?」

「今日はずっと」

 

 とは言ったが、昨夜のように打ち合いを始める訳でもなく。

 ただひたすら呼吸の精度を上げる訓練のみが続いた。

 

 杏寿郎に負荷をかけるために手拭いで鼻と口を塞ぎ、呼吸をしづらくさせ、あとは腕立て伏せに腹筋と基礎運動を続けるのみ。

 たったそれだけのことだが、いつになく杏寿郎は疲労感を覚える。

 

 風呂がいい具合に温まる頃には、全身汗まみれとなり、ようやく常中の解除を許可された。

 

「ふぅ、ふぅ……一休みしてから……」

「そうだな。今入れば、のぼせて沈むだろう」

「ぷはぁー……あの呼吸は、なんなんだ?」

 

 夢乃は五右衛門風呂の温度を確認するように手をつけ、やや熱かったのかすぐに引っ込める。

 それから地面の上に倒れ込む杏寿郎の下までやって来ると、その場にしゃがんで彼の胸元を小突いた。

 

「全集中、常中の羅刹」

「羅刹? 聞いたことがないな」

「口伝でしか残されていない呼吸法なのだが、私が人であった時代でもそれを正しく伝えられる者はほとんどいなかった」

 

 それが水柱と風柱、それと育手に二人いたぐらいだと話す。当時の炎柱も羅刹を会得しようと努力はしていたが、なかなかうまくいかなかったとも。

 何分正しい方法というのがなく、人によって会得する方法も違う。

 弟子に伝えたところで、会得できるかまったく不明だった。

 

「私は水柱様から教えられたが、その方法では会得できなかった。風柱様からも指導を頂き、結局その方法でもダメ。ただなんとなく、コツというか……」

「君が羅刹を会得した方法が、先ほどの炎を燃やすということか?」

「んー……それは会得したあとだろうか。羅刹を会得した後に、そう感じたというか」

 

 結局は人それぞれのせいで、口伝も長い年月の間に失われ、今では羅刹の存在すら鬼殺隊には残っていない。

 

「ちなみにそれ。戦闘中には使えないから」

「なに!? で、では何のためにっ」

 

 がばっと起き上がった杏寿郎は、眉尻を下げて抗議する。

 

「基本的には常中の延長線に過ぎない。基本的な身体能力を向上させる呼吸法だ。ただ全身への負荷を掛けるから、戦闘中に使うとすぐにばてる」

「なるほど。ではなんとしても、会得しなければな! ふんっ」

「……いや、汗を流すんじゃなかったのか?」

「よもや! そうであった!!」

 

 ぴょんと飛び起きた杏寿郎は、袴の帯に手を掛け解く。

 

「い、今そこで脱ぐのか!?」

「ん?」

 

 慌てたような夢乃の言葉に杏寿郎が振り向くと、彼女はいそいそとあばら家へと駆けこむところだった。

 それを見て初めてはっとする。

 

 普段は弟の前だろうと構わず脱ぎ散らかすため、気にも留めなかったのだろう。

 

 恥じらいながら逃げるようにして屋敷へ駆けて行く夢乃を見て、自分が今、女性の前で全裸になろうとしていたことにようやく気付く。

 

 ずるりと落ちた袴。

 

 それをいそいそと拾い上げて帯を締め、それからきょろきょろと辺りを見渡した。

 

「み、見ていませんかー? 誰も、いないよなー?」

「いいからさっさと入ってしまえ!」

「はっ。夢乃が見ている!?」

 

 屋敷内から聞こえた声に驚き、杏寿郎が叫ぶ。

 

「だっ、誰が好き好んでお前の湯あみなど、覗くものか馬鹿っ」

 

 屋敷内からガタガタという音と、そして悲鳴にも近い夢乃の声。

 どう解釈したものかと杏寿郎は考えたが、やがて汗で濡れた肌にひんやりとした夜風が当たって寒さを感じると、いそいそと着物を脱ぎ棄て湯舟の中へ。

 

「ふぅ……温かい」

 

 湯気の立ち上る空を見上げ、杏寿郎は息を吐く。

 

(常中に上位があろうとは……会得方法も個々によって違うため、口伝も途絶えてしまった訳だな)

(それを極められれば、俺ももっと……)

 

 強くなれるだろうか問う。

 いや、強くならねばと自らに課せ、そして集中した。

 

 心の臓を──心を燃やすように。

 

 集中。

 

 そして。

 

「おい、煉獄。煉獄! お前、いつまで風呂に──」

 

 あまりにも静かすぎて心配になった夢乃が顔を覗かせると、五右衛門風呂から上半身を乗り出し、ぐったりとした杏寿郎の姿があった。

 

 慌てて夢乃は駆け寄り、あわあわとしながら杏寿郎を風呂から引きずりだす。

 そのまま屋敷の中、座敷牢までなんとか運び込むと、体を拭き、布団へと寝かせた。

 

「お、お前っ。湯舟の中で羅刹の練習をしただろう!」

「うむぅ……」

「馬鹿っ。あれは体温を上昇させるから、ただでさえ体がのぼせたような状態になるというのに。風呂の最中に使えば頭に血が昇って当然だろうっ」

「そ、それをはや……うぐっ」

 

 それを早く言ってくれ──と言おうとして、杏寿郎は気持ち悪さに身を縮めた。

 火照った体を冷ますように、夢乃が脇に置いてあった本を一冊手に持って扇子代わりにあおいでやる。

 

「羅刹は訓練以外では使うな。剣の打ち合いの時にも使うな。普段通りの生活の中で使い、体に負荷を掛けるだけに留めろ」

 

 杏寿郎は無言で頷く。

 

「羅刹を会得出来れば、あとは自然と常中の効果も倍増する」

 

 再び頷く。

 

「はぁ……最初に話しておかなくて……その……悪かった」

 

 頬を染め、真っ直ぐ杏寿郎を見つめそう言う夢乃。

 その顔を下から見上げ、杏寿郎の体は冷めるどころか尚火照った。

 




大正時代って、ググってみると下着のことはあまり見つけられませんでした。
都会のほうだと女性はコルセットが出始めていたようですが。
でも着物と洋服がごちゃ混ぜになっている時代なんですよね。
下着を付けていない女性もたぶんいたのでしょう。
男性は・・・やっぱり褌ですよね!?

褌!
褌煉獄さん!
ふんど──吐血しそう

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