「すまん、少し眠っていてくれ」
「ぇ──」
怪我を負った隊士と、もうひとり無傷であった隊士の意識が刈られる。
「よし! 頼む、夢乃」
呼ばれて夢乃が木の陰から現れた。
「問答無用で手刀を打ち込んだな」
「そうするのが一番早いだろう?」
農村に現れた鬼を討伐せよ。
それが鎹鴉からの指示された杏寿郎の任務だったが、やって来てみれば他にも隊士がおり、協力して鬼を狩ったのだが一人が負傷した。
他の隊士がいたため夢乃は遠巻きに見ていただけだが、怪我の手当てをするのに杏寿郎は隊士を気絶させてしまっている。
呆れたようにため息を吐いてから、夢乃は血鬼術を使用した。
「怪我は少し残すぞ」
「うむ。出血死しない程度で頼む」
「応急処置は必要か? 包帯や止血剤の薬とかは持っていないのか」
「包帯は持っている! だが止血剤はない!! 彼らが持っていないか、探してみよう」
負傷した隊士はなかなかに重症で、深い傷が多い。
血鬼術でそれを塞ぎながら、もう少しというところで術を止める。
それから隊服を脱がせ、杏寿郎が持って来た布を当てて包帯を巻いて行く。
「手慣れているようだな?」
「……母方の祖父が町医者だったし、道場では怪我人が出ることもよくあったからな」
怪我人を出している張本人が自分であったことは、この際伏せておく。
「そうか! 君のおじい様は医者だったのか!! それで、君は道場に通っていたのか?」
「通ってない。うちが剣術道場を開いて──おい、包帯を巻くからこの男の体を起こせ」
「よしきた」
苦しそうに顔をしかめる隊士の体を起こし、夢乃が包帯を巻くのを手伝う。
一通り手当てが済むと、あとは任せたと夢乃が立ち上がる。
脱がされたままの隊服は杏寿郎が着せてやる。
ふと、先日のことを思い出す。
「俺があの時、着物を脱ごうとしたら慌てたというのに、こういう時は男の裸を見てもなんとも思わないものなのか?」
振り向きざまにそう尋ねたが、夢乃からの反応はない。
それどころか彼女は眩暈がするのか、ふらついて木にもたれかかっていた。
「夢乃、大丈夫か?」
夢乃は差し伸べられた手を払い退ける。
「夢乃?」
艶のある髪の隙間から、銀色の瞳が杏寿郎を睨んだ。
「夢乃、その目は……」
はっとなって、夢乃は目を隠すように片手で覆う。
「色が変わっているときは、私に近づくな」
そう語る彼女の口元には、鋭い牙が見え隠れする。
いつにも増して、鬼の気配が強いと杏寿郎は思った。
「大丈夫か夢乃」
「……心配するな。この程度で人を襲おうなど思わないから。もし人を襲おうとしたら、遠慮せずに首を──」
「断る!」
どんっと胸を張る杏寿郎を、夢乃は恨めしそうにちらりと見た。
それからため息を吐き捨て、よろよろと山のほうへと歩き出す。
「休んでから駒澤村に行く」
「分かった! 気を付けろ、夢乃」
夢乃は一瞬だけ足を止め、それからまた歩き出す。
夜明けまではまだ遠く、彼女は山へと入るとあるものを探した。
木々を見上げ、目的のものを見つけると音もなく幹を駆け上がる。
眠っている山鳥を気づかれることなく捕まえ、その首元に刃を突き立てた。
その時になって初めて、山鳥は自分が捕まっていることに気づき、そしてバタバタと羽ばたく。
夢乃は山鳥の首元に吸い付き、溢れ出る血を飲んだ。
いつも思うのは、不味い──ということ。
だが不味かろうと、飢えや乾きは癒される。
じゅるじゅると血を啜った後は、羽を毟って皮を剥ぐと、その生肉に喰らい付いた。
一羽を丸ごと平らげると、夢乃は木から下りて日差しを避けられる場所を探す。
(戻るのは明日の夜からだな)
山を登り、狩猟用の小屋でもないかと探してみるが、先に見つけたのは人だった。
髪の長い女だ。
外見だけで言えば、夢乃と同年代だろう。
その女は気配を殺していたはずの夢乃を、その目で捉えた。
(鬼殺隊の者かっ)
そう思った時には女は目前に迫り、腰の刀を抜いていた。
(早いっ)
「貴女に恨みはありません。ですが……鬼ならば──」
死ね──ということだろうか。
ならば甘んじて受け入れてやろう。
少し前の夢乃ならばそう思っただろう。そして抵抗することなく、頸を差し出したかもしれない。
だが、ふいに浮かぶのは煉獄杏寿郎の顔。
(気を付けろというのは、こういうことか? 煉獄)
などと口元を引きつらせながら思ったものの、反射的に鬼殺隊の女の攻撃を躱した。
だが予想外だったのは、女の攻撃が途中から勢いを失ったことだ。
「貴女……本当に鬼ですか?」
「は?」
「とても……そう、貴女の目はとても、人間らしく見えます」
「人間らしく?」
女はいきなり刀を鞘に納めた。その行動にさすがの夢乃も戸惑う。
杏寿郎とて今ではああだが、初対面ではいきなり殺しに掛かってきたのだから。
「貴女のその口元の血……人のものではないのでしょう?」
言われて口を拭えば、確かに僅かに血が付いていたようだ。
夢乃は答えず、女をじっと睨む。
長い黒髪に、頭の左右には大きな蝶の飾りをつけた、女の鬼殺隊隊士だ。
独特な羽織りは、まるで蝶の翅を思わせる。
「そう。鬼は人を食べなくても、生きていけるのですね」
「人の血だと言ったら?」
「それは嘘ですよね? だって人を喰らう鬼であれば、私の質問に間を置かず答えるか、もしくは襲い掛かってくるもの」
なかなか洞察力の鋭い、賢い隊士だ──と夢乃は思った。
様子からすると、もしや柱なのかもしれないとも。
すると女のほうから名乗ったではないか。
「私は胡蝶カナエと申します。花柱を務めさせていただいております」
「柱、か……変わった柱もいたものだ」
「ふふ、時々そう言われます」
そう言って笑うカナエの瞳はどこまでも優しく、夢乃は不安さえ感じる。
「確かにこの血は人のものではない。だが鬼である限り、人を襲いもすれば喰うこともある。今はたまたま、空腹ではなかっただけだ」
「獣をお食べになったのに、空腹ではないのですか?」
「ちっ」
頭の回転の早い奴め──と、夢乃は舌打ちする。
それを見てカナエは微笑み、夢乃へと歩み寄ろうとした。
だが一歩動いたところで立ち止まった。
「お友達ですか?」
「喧嘩を売っているのなら、買ってやってもいいが?」
夢乃とカナエ、二人が身構える。
(他にもいたのか? いや、たまたま偶然、縄張りが隣り合っていただけか)
どうやらこの山には鬼がいたようだ。そしてその鬼を、胡蝶カナエが討伐しに来たらしい。
「私の役目ですので、貴女はそこにいらしてください」
そう言ってカナエが舞う。
それはまるで蝶のようで、女性らしい美しさを持っていた。
木々の上で鬼とカナエが対峙するのを見上げながら、何故か彼女が心配でならない夢乃がいる。
(鬼に対し怒りも憎しみも持っていない。彼女は……憐れんでいる?)
鬼と対峙するカナエの表情は、夢乃の目には悲しみを浮かべているように見えた。
(柱ならばあの程度の雑魚の頸、簡単に刎ねられるだろうっ。何をちまちまやっているんだ)
カナエは鬼に語り掛けているようだった。
夢乃がいる場所からその内容までは聞き取れないが、とにかく何かを話しているように見える。
もちろん鬼のほうはカナエの話になど耳を傾けていない。
喰らいたい。
ただそれしか頭にないのだ、あの鬼は。
やがて二つの影が移動をし、夢乃もそれを追う。
開けた場所に出たかと思えば、すぐそこは谷になっており、そこから落ちれば人の身であれば助かりはしないだろう。
「お話、していただけないのですね」
「しゃっらぁぁーっ。その綺麗な顔、全部綺麗に喰ってやるよぉ!」
花びらが舞い、それと同時に鬼の頸が月夜に浮かぶ。
「へげ? なんで、俺の体があんな下のほうにあるんだ?」
それが鬼の最後の言葉となった。
崩れる鬼の体を、カナエは受け止めようとして足を滑らせる。
「あっ──」
「馬鹿が!」
一瞬にして崖へと駆けた夢乃は、刀を抜き、地面に突き立てそれを支えにカナエの手を掴んだ。
掴んで、そして引き寄せ、後ろへと放り投げる。
さすがにカナエもこれには反応できず、思いきり地面に顔面を打ち付けた。
「いったぁーい」
「痛くて当たり前だ! 斬った鬼の体なぞ、その辺に捨てておけばいいだろう!」
「でも……せめて最後ぐらい、誰かが弔ってあげなければ」
「馬鹿かお前は! 自分で頸を斬っておきながら、弔ってやるだと?」
「おかしいですか?」
おかしいに決まっている。
この女は何を真顔でそんなことを言っているんだ?
馬鹿なのか?
タイプは違えど、まるで煉獄のような女だ。
と、夢乃は込め込みを抑えてそう考える
「ふふ。助けてくださり、ありがとうございます。貴女も、おかしな鬼ですね」
柔らかい笑みを浮かべ、カナエは嬉しそうにそう語る。
「貴女が人を襲わずにいられるのは、どうしてでしょう?」
「随分とぶっちゃけた質問だな」
「ぁ、すみません……でも、今まで誰からも、貴女のように人を襲わない鬼の話を聞いたことがなかったもので」
(そりゃ話さないだろう。話したところで信じて貰えないのだから)
実際これまで、命を救った鬼殺隊隊士はいくらでもいる。
ほとんどの場合、相手の意識がない状態で傷の再生を行ったが、中には直接鬼から救った者もいた。そんな時には顔を見られることもあったが、多くは夢乃を鬼と知らずに感謝する。
が、勘の鋭い、煉獄やカナエのように実力のある者はすぐに気づく。
それでもこれまで、表立って彼女の存在が鬼殺隊に知られていないのは、誰もが口を閉ざしているからだろう。
「あの……もしよろしければ」
そう言ってカナエは手を差し出す。
「私と、お友達になってくださいませんか?」
あぁ・・・ついにカナエさん出しちゃった。