鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第三十六話:この男と出会うまでは

「…………は?」

 

 たっぷり間をおいて、夢乃は顔を引きつらせながらそう返すのがやっとだった。

 カナエはにこにこと微笑み、もう一度「お友達になってくださいませんか?」と尋ねる。

 

「全ての鬼が望んでそうなった訳ではない。私は、そう思っていました」

(当たり前だ。誰が望むものかっ)

 

「きっと、望んでもいないのに鬼となって、きっと悲しみの中で人を喰らっているのでしょう」

(何を言っている)

 

「頸を斬ることでしか、彼らを救えないなんて……悲しすぎます……他に救える方法は? 人に戻せる方法はないのでしょうか?」

「無い! 他に方法などない! 救う必要もない! 憐れむ必要もない! 人に戻る方法など……どこにもない!!」

 

 カナエの手を跳ねのけ、夢乃は彼女に迫る。

 胸倉を掴み、そして鬼の目で睨んだ。

 

「お前は鬼殺の者だろう! 鬼は人を喰う! それ以上でも以下でもないっ。今この時にも誰かが犠牲になっているのだぞ、鬼の手で!」

「でも──貴女は人を襲わない。そうなのでしょう?」

(この娘は危険だ……。煉獄はまだいい。人を喰わない私と、他の鬼との分別がちゃんと出来ている。鬼に対して躊躇なく刃を振れる。だがこの女は……胡蝶カナエは違う。全ての鬼を憐れみ、救いたいと願っている)

 

「私は、お前の友にはならない」

「何故ですか?」

「私が鬼で、お前が人間だからだ。お前が鬼舞辻無惨を倒してくれたなら、その時は友になってやろう」

「それは無理です。鬼舞辻を倒せば、貴女も……」

 

 夢乃は掴んだ手を放し、カナエを突き放す。

 

「そう。そうだとも。だから私とお前は、永遠に友にはなれない……胡蝶カナエ。お前は鬼殺隊を辞めるべきだ」

「……それは出来ません」

「辞めろ。お前は……お前には無理だ」

(優しすぎる)

 

 その言葉は口にはせず、夢乃はすぅっと夜の闇へと溶け込むようにしてその場を離れる。

 

 カナエは夜の闇をじっと見つめ、それから悲し気に語った。

 

「鬼になりはてて尚、貴女は日輪刀を振るっているではありませんか。なのに私には辞めろと仰るの?」

 

 その返事はない。

 代わりに、遠くからカナエを呼ぶ声が聞こえて来た。

 

「──さん。カナエ姉さんどこ!?」

「しのぶ。ここよ」

 

 普段ではあまり出さない大きな声で、カナエは妹のしのぶを呼んだ。

 ほどなくして木々の間から小柄な少女が現れると、姉の僅かな異変に気付いて駆け寄った。

 

「姉さん? どうしたの」

「ううん、どうもしないわしのぶ」

「嘘。泣いてるの? あ、また鬼に同情して、可哀そうだとか思ったんでしょ!? もうっ、鬼の同情なんかしちゃダメだって、言ってるじゃない。鬼は人を喰うだけの存在なのよ」

 

 つい今しがた、鬼の女に言われたばかりのことを、妹のしのぶにも言われてしまう。

 しのぶのそれは、姉を心配してのこと。

 ならばあの鬼の言葉は──

 

(私を、心配してくださっているから?)

 

 そのことに僅かな希望を抱きながら、同時に悲しみに襲われる。

 

(人としての心を残したまま、鬼として生き続けることはどんなに辛いことなのかしら)

 

「姉さん?」

 

 夜の闇に憂いを帯びた眼差しを向ける姉に、しのぶは不安になる。

 

「さ、任務は終わりましたから、蝶屋敷へ戻りましょう。カナヲたちが待っているでしょうし」

「それなんだけど……さっき鎹鴉がやって来て」

「あら。もしかして次の任務ですか?」

「そう……しかも、他に何人も隊士が集まって、大規模な討伐隊が結成されるみたいなのよ」

 

 しのぶは不安そうにそう話す。

 今回の任務は、たまたまカナエが担当する地区だったことと、蝶屋敷からほど近かったことであてられた任務だった。

 

 次の任務も花柱の担当地区ではあるが、大規模討伐隊が結成されるとあれば、相手は──

 

「十二鬼月かしら……」

「だ、だったら私がぶった斬ってやるわ! それで姉さんのように、柱になるのっ」

「ふふ。姉妹で柱になるなら、離れ離れにならなきゃね」

「え?」

「だって、柱はそれぞれ、担当地区があるんですもの」

 

 それでは困る──と、しのぶはさっそく柱になることを諦めた。

 自分は姉の隣に立って、姉をずっと守り続けるのだと決めているから。

 

「しのぶ、行きましょう。救える者を、救うために」

 

 柔らかな笑みを浮かべる姉を見て、しのぶは思う。

 救える者とは、人のことなのか。その中に鬼すらも含まれているのではないか──と。

 

 どこまでも優しすぎる姉を想い、しのぶはその背を必ず守り抜くと心に誓う。

 どんなことがあろうとも……

 

 

 

 

 

「胡蝶殿が、夢乃に友になろうと申し出た?」

 

 再び陽が暮れて、次の朝陽が昇る前に夢乃は駒澤村のあばら家へと戻って来れた。

 明け方、まだ陽が昇る前に稽古着姿で杏寿郎がやって来て、その時に胡蝶とのやりとりを話したのだが──

 

「おぉ! 友人が出来たのか夢乃!」

「そんな訳ないだろう!」

「む? 断ったのか?」

「当たり前だっ。馬鹿か? 鬼とお友達? なれる訳ないだろうっ」

 

 と、半ば八つ当たりのように怒鳴られ、杏寿郎は頸を傾げる。

 

(何故友になれないと決めつける。君ならば人を襲わないし、受け入れてくれる者がいるなら甘んじることも出来よう)

 

「お前とは違うんだ」

「ん? 俺と違うとは?」

 

 夜明けが近いこともあり、今日は鍛錬をする気もないようで縁側に座ったまま夢乃は動こうとしない。

 間もなく陽が昇ろうとする東の空を見つめ、夢乃は「ふぅ」っと息を吐く。

 

「お前は……区別が出来ている」

「区別?」

「……私と、他の鬼との区別だ。他の鬼に対しては容赦ないだろう。同情も、憐みの気持ちも」

「する必要がない! 人を襲い、後悔の念に駆られた鬼ならば少しぐらい同情しよう。憐れと思って、苦しまぬよう一思いに頸を刎ねてやるぐらいのことはしてやる!」

 

 その言葉に嘘偽りはなく、そこがカナエとは違うのだと夢乃は言う。

 

「彼女は全ての鬼を等しく憐れんでいる。もし私が彼女の手を取り、友となれば……私と他の鬼との区別がつかず、人を襲う鬼に対して気が緩めば……」

「なるほど。どの鬼とも親しくなれると思ってしまっては、確かに危険だな」

「胡蝶カナエは……彼女は、鬼殺隊にいるべきじゃない」

「しかし、胡蝶殿は柱にまでなった実力者だ。ちゃんと弁えているだろう」

「だと、いいのだけれど……」

 

 そう言って立ち上がると、夢乃は疲れたように屋敷の中へと足を向ける。

 ふと立ち止まり、振り返って杏寿郎を見た。

 

「お前……その格好で寒くないのか?」

「少し寒いな!」

「……さっさと帰れ」

 

 稽古着一枚でここまで走って来たものの、体を動かしている時にはよかったが止まれば冷える。

 ややこわばった顔で即答した杏寿郎は、吹く風に身を震わせた。

 

「うむ! 夢乃も無事に戻って来たことだし、今日のところはこれで帰ろう!」

 

 くるりと踵を返して、それでいてまたすぐくるりと向き直る。

 とんっと駆け、夢乃の下までやってくると身を乗り出し、ぐいっと顔を近づける。

 

「俺を心配してくれるのか、夢乃?」

「……いや、全然」

 

 鬱陶しい。そんな表情すら浮かべる夢乃に、杏寿郎はしゅんとなる。

 

「帰る……」

 

 いつになく元気のない声でそう言うと、今度こそ杏寿郎は雑木林を抜けて帰宅の途に着いた。

 

 杏寿郎の背中が見えなくなると、ようやく夢乃が動く。

 手で口元を抑え、今さらながら顔と、そして耳までも真っ赤にさせる。

 

「馬鹿」

 

 そう呟き、夢乃は陽を避けるために屋敷の奥へと入って行った。

 

 畳の敷かれた座敷牢で蝋燭に火を灯し、腰を下ろして壁にもたれかかる。

 そして己の右手をじっと見つめた。

 

 あの時差し出されていた、胡蝶カナエの手を取っていたら──

 本当に友になれたのだろうかと。

 

 遠い昔に失ったものを

 

 再び手にすることが出来たのだろうかと。

 

 だが同時に、再び失う悲しみも思い出す。

 

 誰もが夢乃を置いて死んでいった。

 

 鬼に殺された者、

 病に倒れた者、

 そのどちらにも命を刈り取られることなく生きながらえた者も、必ず訪れる死。

 

 夢乃が鬼と化して尚、「私たち、ずっと親友だから」と言ってくれた者もいた。

 

深香恵(みかえ)……妙な子がいた……お前のように、鬼と友達になろうなんてする子が……だけどその子、他の鬼に対しても同じような態度を取りそうでね。だから、払いのけたんだ」

 

 差し出されたあの手を。

 

「それに……どうせ、深香恵のように私を置いて、みんな死んでしまうんだ。だからいらない。必要ない。友なんて……いらない」

 

 鬼に殺されることもなく、健康で、長生きをしたかつての親友も、寿命には勝てなかった。

 親友であった深香恵との別れは三十年と少し前に済んでいる。

 夢乃が唯一関わって来た人間だ。

 それは人であった時からの繋がりだったため、捨てきれず、そして彼女もまた夢乃を捨てることなく友でいてくれた。

 

 その深香恵がこの世を去ってからは、夢乃はずっとひとりであったし、ひとりでい続けるつもりであった。

 

 煉獄杏寿郎。

 

 この男を出会うまでは。

 

 膝を抱え、夢乃は身を縮めて震える。

 

「深香恵……」

 

 親友の名を呟き、浮かぶのは胡蝶カナエの姿だった。

 

 あの手を取るべきだったのだろうか──

 あの優しすぎる剣士に、もっとしっかりしろと諭すために。

 

 

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