鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第三十七話:蝶が舞う

 三月も終わりに差し掛かり、桜の蕾も花開く季節──

 

 杏寿郎は弟の千寿郎を連れて蝶屋敷へとやって来た。

 父、槇寿郎に飲ませるための、二日酔いの薬を処方してもらうためだ。

 その辺の医者が処方する薬よりも、蝶屋敷で処方して貰うものの方がよく効くというのは隊士の間では有名な話だ。

 

「ごめんください! どなたかいらっしゃるだろうか!」

「ご、ごめんください」

 

 大きな声の杏寿郎に対し、千寿郎は控えめに声を出す。

 千寿郎の声はまだしも、杏寿郎の声が届かない訳はない。

 

 だが返事はなく、むしろ静かすぎる蝶屋敷に杏寿郎は首を傾げた。

 

「おかしいな。誰も出て来ぬとは」

「人の気配がありませんんね」

「うむ。裏に回ってみよう」

 

 二人は表玄関を出て、建物の裏手へと回る。

 そこには怪我を負い、暫く療養が必要と判断された隊士を看護するための建物がある。

 窓を覗けば、怪我で休んでいる隊士の姿が見えた。

 

「少しよいか!」

「ひえっ。だ、誰ですか?」

「うむ! 鬼殺隊隊士の煉獄杏寿郎という!」

「れ、煉獄っ。あの炎の呼吸の?」

「あのというのがどのかは分からぬが、確かに俺は炎の呼吸を使う! で、胡蝶殿はご在宅か? もしや任務でいらっしゃらないのだろうか?」

 

 そう問う杏寿郎の言葉を聞き、怪我を負って休んでいた隊士の顔色が変わった。

 

「胡蝶さんは……花柱様は……」

「胡蝶殿が、どうした?」

 

 問うても、隊士は大粒の涙を浮かべ語ろうとはしない。しないが、それによって杏寿郎は悟る。

 

「そうか……胡蝶殿は」

 

 杏寿郎のいつになく小さな声に、千寿郎は心配になって兄の袖を掴んだ。

 

(よもや夢乃の危惧していたことが、現実になろうとは……彼女にどう伝えるべきか)

「兄上……」

「ん。また日を改めよう」

 

 千寿郎は小さく頷き、兄の手に引かれて踵を返す。

 蝶屋敷の門を潜ろうとした二人の背中に、声を掛ける者がいた。

 

「煉獄さん? どうかなさいましたか、煉獄さん」

 

 二人は同時に振り向き、そこにはどこか能面のような表情の──胡蝶しのぶが立っていた。

 十四歳という若さで鬼殺隊へと入り、柱である──いや、柱であった姉のカナエと共に鬼を滅してきた、気の強い少女だ。

 だがそこにいた彼女は、杏寿郎が目にしていたしのぶではない。

 

 いつも眉を吊り上げ、姉に言い寄って来る、いや、言い寄ってなくともただ近くを通るだけの男に対してまで威嚇するような視線を送っていたしのぶは、どこにもいない。

 

 穏やかな笑みを浮かべているようで、まったく笑っていないしのぶがそこにいた。

 

「しのぶ殿……」

「お聞きになられましたか? 姉のカナエが、殉職しました」

 

 しのぶの口から殉職という言葉が発せられた時、千寿郎は咄嗟に兄の手をぎゅっと握りしめた。

 そんな千寿郎の姿を見て、しのぶは目を細めて愛でるように笑う。

 

「弟の千寿郎君ですね。噂には聞いていましたが、本当にそっくり」

「しのぶ殿。この度はカナエ殿のこと、お悔み申し上げます」

「お、お悔み申し上げます」

 

 深々と頭を下げる杏寿郎と千寿郎に対し、しのぶは「ありがとうございます」とだけ応えた。

 それだけだった。

 

(しのぶ殿、いったい何故あのような口調に? あれではまるで、姉のカナエ殿ではないか)

 

「どうかなさいましたか、煉獄さん?」

「い、いや」

「ふふ。おかしな煉獄さん。あ、同情はしていただかなくて結構です。いつかはこうなる時も来るだろうって、私にだって分かっていましたから」

 

 笑みを浮かべてそう話すしのぶは、だがしかしよく見ればその目の下は赤く腫れぼったい。

 

 泣いて、泣いて、泣き腫らして。

 これ以上涙が出てこないというところまで泣いて、

 

(最愛の姉のように振舞うことで、悲しみを克服しようとしたのか。まだ十四だというのに……)

 

 こうなる時が来ることを覚悟していたような口ぶりも、きっと偽りなのだろうと杏寿郎は思った。

 

 もしかすれば自分も同じように、鬼に敗北して命を失うかもしれない──とは、どこかで思っていても考えたくないことだ。

 死ぬということは、隣に立つ最愛の弟をひとりにしてしまうということでもある。

 そうなればきっと、目の前に立つ、今にも壊れてしまいそうな少女と同じになってしまうだろう。

 

 その思いは千寿郎も同じで、笑みを浮かべながらも悲しみに心を壊してしまいそうなしのぶを目にし、兄を失う恐ろしさを実感している。

 

「それで、ご兄弟でお越しになった理由はなんですか?」

「う、うむ。その、父上の……」

「あぁ、酔い冷ましのお薬ですね。直ぐに処方しますから、少し待っててください」

「い、いや、また日を改めて」

「待ってて、くださいね?」

 

 そう言ったしのぶの顔は確かに笑っていたが、しかし杏寿郎の目には怒りと悲しみに震えているようにも見えた。

 

「仕方ない。あちらで待たせて貰おう」

「は、い……」

 

 二人は屋敷の縁側に腰を下ろし、それからしのぶが戻って来るのを待った。

 暫くして、庭の方から駆けてくる足音が聞こえてくる。

 

「杏寿郎さんっ」

「愁蔵っ」

 

 大粒の涙を浮かべてわぁっとやって来たのは、杏寿郎が助けてここに預けた少年だった。

 

「杏寿郎さんっ。カナエさんが……カナエさんがあぁぁぁぁ」

「愁蔵。泣くな、愁蔵。しのぶ殿に聞こえるだろう。男のお前が泣いてどうする」

「だって、だって……。あんな優しい人が死んじゃうなんて、俺……俺やだよぉ。また姉ちゃんが死んだみたいで、嫌なんだよぉ」

「妹のしのぶ殿が気丈に振舞っているのだ。お前も堪えろっ」

 

 とは言ったものの、あのように口調すら変貌させてしまったしのぶの姿は、見ていて心が痛む。

 

「あれ? そっちのちっこい杏寿郎さんは?」

「ん? あぁ、千寿郎だ。俺の弟だ」

「は、初めまして。弟の千寿郎と申します」

「わっ。俺より小さいのに、しっかりしてるなぁ。それに杏寿郎さんそっくりだ」

「よ、よく言われます」

 

 愁蔵は着物の袖で目を擦り、涙を拭って千寿郎へと手を差し出す。

 

「俺、愁蔵っていうんだ。ここで働かせて貰ってる」

「よ、よろしくお願いします」

 

 互いに握手を交わす子供たちを見て、杏寿郎はふいに二人を抱き寄せた。

 

「あ、兄上?」

「杏寿郎さん、どうしたんだよ」

「うむ、いやなに。ちょっとな」

 

 暫く二人を抱きしめた後、再び縁側に腰を掛けた。

 

「カナエ殿は……殉職だと聞いたが。愁蔵は何か聞いたか?」

 

 遠慮がちに杏寿郎が尋ねると、愁蔵は「鬼に負けたって」と答える。

 

「なんかじょうげ……なんかそんな鬼が出たんだってさ」

「上弦の鬼か?」

「そうそう、そんなの。物凄く強い奴なんだって……柱でも、誰も勝てたことのない鬼だって……」

 

 上弦の鬼を打倒した柱はほとんどいない。

 それだけ上弦の鬼とは絶対的な強者だとされている。

 

(そうか。カナエ殿は上弦の鬼と出くわしたのか)

 

 ギリっと唇を噛み、自然とその手は腰に差した剣の柄を握る。

 

「このお屋敷には鬼はいませんよ、煉獄さん」

 

 穏やかな口調でそう言いながら、しのぶは奥の部屋から包みを持ってやって来た。

 

「ぬっ。しのぶ殿」

「そんなに殺気立っては、千寿郎君と愁蔵が怯えます」

 

 言われて二人の子供に視線を向けると、怯えてはいないが不安げな表情を浮かべているのが見えた。

 

「す、すまぬ、二人とも」

「杏寿郎さん、カナエさんの仇を討ってよっ」

「うむ。任せて──」

「それはダメです、煉獄さん」

「ぬ?」

 

 その時の口調は、杏寿郎の知る以前のしのぶの声だった。

 そしてその時のしのぶの顔は、夜叉のようだと杏寿郎は思った。

 

「それはダメです。それは……私の役目なのですから。邪魔しないでください」

「……しのぶ殿」

 

 杏寿郎がまっすぐ彼女の目を見つめると、しのぶは慌てて目をそらし、それから先ほどまでのような笑みを浮かべた。

 

「さ、お薬ですよ」

 

 その姿が痛々しく、小さな体は今にも崩れ落ちそうだと。

 杏寿郎は包みを持ってやって来たしのぶの頭に手を伸ばした。

 伸ばして、そして撫でた。

 

 目を見開ききょとんとしたしのぶは、姉より大きなその手の温もりを受け──

 

 そして、

 

 本人も気づかぬうちに、涙を流していた。

 

「頑張り過ぎるな、しのぶ殿。君はひとりではない。ひとりではないのだから、抱え込み過ぎないことだ」

 

 杏寿郎はそう言って、しのぶの頭を撫でた。

 撫でられているしのぶは訳がわからず、ただ悲しくて、悔しくて、温かで優しくて。

 いろいろな感情が濁流のように押し寄せ、制御しきれなくなり、その場を逃げるように離れた。

 

 投げ捨てられた薬の袋を手に、杏寿郎はしのぶが立ち去ったほうを見て頭を下げる。

 弟の千寿郎も、その目に涙を浮かべて兄と同じように頭を下げた。

 隣で愁蔵はわんわんと声を上げて泣く。

 

「泣くな、愁蔵。お前がしのぶ殿たちを、しっかり支えてやらねばならないのだぞ」

「だって、だって……しのぶさん、かわいそうだよ」

「兄上、兄上ぇ。兄上は千を置いて、逝ってしまわないでください。死んだりしないでください」

「杏寿郎さんは、絶対上弦の鬼ってのと戦わないでくださいよぉ」

「「わぁぁん」」

 

 声を上げ泣きじゃくる子供二人に、杏寿郎は眉尻を下げて困ったように笑う。

 

「俺は死なない。相手が誰であろうと、俺は死なぬ!」

「本当ですか、兄上ぇ」

「うむ! 約束だ、千寿郎」

 

 杏寿郎はそう言って、右手の小指を出した。

 その小指に千寿郎も自分の小指を絡める。それから愁蔵を見て、

 

「愁蔵さんも、兄上と約束してください。僕と愁蔵さん、二人で約束すれば、兄上もきっと破れないから」

「分かった! 千寿郎のためにも、約束してやるよ」

 

 お兄さん風を吹かせる愁蔵の姿に、杏寿郎は胸を熱くしながら二人と約束のまじないを交わした。

 

「約束だからね、杏寿郎さん」

「うむ! なら君は、ここの人たちを元気づける約束をしてくれるか?」

「う……」

「男だろう!」

「わ、分かったよっ。お、俺がみんなを、頑張って支える」

「頑張ってください、愁蔵さん」

 

 千寿郎も笑顔で応援する。

 二人の子供たちの目にはまだ光るものが残ってはいたが、健気に笑みを浮かべてお互い元気づけた。

 

 それから煉獄兄弟は蝶屋敷をあとにする。

 門を出るとき、二人は最後にもう一度、深々と頭を下げた。

 

(カナエ殿。どうかしのぶ殿を見守ってやってください)

 

 面を上げ、隣に立つ千寿郎の手を優しく握る。

 千寿郎もぎゅっとその手を握り返し、そして二人は歩き出した。

 

 その時、

 春の訪れを感じさせるような、温かな風が舞った。

 




ということになりました。

カナエさんのお話は、実は入れる予定がなかったのですが・・・
ご感想をいただいて、書いてみようかなと思って入れたエピソードです。

ifなので生存ルートをご希望する方もいらっしゃったと思いますが
原作の、本編がスタートしてからの「胡蝶しのぶ」という人物を作り上げるのに、この出来事は必要不可欠だと思いまして。

もし
カナエさん生存ルートだった場合。
原作のしのぶさんは生まれたでしょうか。
例え姉が重傷を負って鬼殺隊としてやっていけなくなるほどだとしても、生きていればしのぶさんの覚悟というものはなかったと思います。
植物状態とかでもそう。
たぶん姉をこんな風にした鬼に復讐するよりも、生きている姉の傍にいることを選ぶんじゃないかなぁと。

最終決戦の時のしのぶさんの覚悟は、カナエさんの死失くしては完成しないでしょう。

この先も「生存させられない」キャラは登場します。
生存させるキャラもいますが、全部が幸せのままではいられない・・・
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