鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第四十一話:いつか鬼殺隊に

「……あ?」

 

 振り下ろすべき自らの腕がないことに気づかない鬼は、何故今も目の前の少年にその爪が喰い込んでいないのかを不思議に思う。

 ぼたぼたと血の滴る音がして、ようやく気付く。

 

「あぁ? なんで俺の腕が……俺の腕があぁぁっ」

「うるさい奴だ。鬼ならば腕の一本や二本、どうということはないだろう?」

 

 音もなく、ふぅっと女が現れる。

 鬼は反応すら出来ず、声がして振り向いた時には既に女の姿はなくなっていた。

 

「よく頑張ったな」

 

 先ほどとは打って変わり、穏やかで優し気な声は千寿郎へと向けられる。

 懐から手ぬぐいを取り出し、それを千寿郎の腹に押し当てた。

 

「押さえていなさい。強く、ぎゅっと」

「ひゅー……ひゅー……」

 

 千寿郎は苦しそうに呼吸をしながら、それでも頷き、自らの手で腹を抑える。

 それを見て女は、千寿郎の頭に手を置き優しく撫でてやった。

 

(燃えるような焔色の髪と瞳……煉獄の者。ならこの子が──)

 

 煉獄の弟か、と。

 

「き、貴様ぁぁぁ。貴様が俺の腕おおぉぉぉっ」

「なんだ。まだ再生出来ていないのか」

「貴様も鬼だろうっ。人の……俺様の獲物を横取りするなぁぁっ」

 

 鬼の言葉に千寿郎がはっとする。

 

(鬼? この人が……鬼?)

 

 千寿郎にとって信じられない言葉だった。

 だが見つめる先に立つ女からは、確かに人ならざるものの気配を感じる。

 それが煉獄家に生まれたものの持つ本能ともいうべきものだろう。

 

 それでも信じられない光景が、今千寿郎の前にある。

 

 鬼を屠るための刀──日輪刀。

 その日輪刀を振るう鬼は存在しようとは、これまで一度も考えたことがない。

 そんな話を父や兄から聞いたこともなかった。

 

 だから、今まさに宙を舞う鬼の頸も、どこか幻のように見えた。

 

 頸を刎ねた夢乃は、鬼の最後を確認することなく千寿郎の下へと戻って来る。

 まだ鞘に納めていない刀から鬼の血を振り払い、それから自らの手に差す。

 

「血鬼術──齢譲再生」

 

 真っ赤な血が霧となって、千寿郎の傷口にまとわりつく。

 

「けっき、じゅ、つ……あなたは、ごふっ」

「傷が塞がるまで喋るな。喋ればその分腹に力が入って、出血が増す」

 

 優しくいたわるような声。柔らかく微笑むその表情。

 それを見て、聞いて。

 千寿郎は彼女が鬼であることを信じられず、けれど煉獄の本能が鬼だと告げる。

 

(鬼? 鬼なの? 人を、僕を救ってくれた? 何故。どうして……どうしてこんなにも、優しい感じがするのだろう)

 

「ひゅー、ひゅー、ひゅー」

 

 痛みと出血から、千寿郎の呼吸が荒くなる。

 

「呼吸」

「こ、きゅう……」

「あぁそうか。そうだね……ゆっくり。ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐くんだ。ゆっくり」

「ひゅー……ひゅぅ……ふぅ……」

「そう。ゆっくりだ。大丈夫、君は死なせやしない。それに、ほら」

 

 夢乃はそっと、千寿郎の腹に手を置く。

 一瞬びくりと体を震わせた千寿郎だが、痛みを感じないことに気づいた。

 

「痛く、な……い?」

「もう塞がった。あとは額の傷だな。こっちは治癒再生でいいだろう。血鬼術──治癒再生」

 

 千寿郎は信じられないといった様子で、破れた着物の隙間から手を入れ、その下にあるはずの傷に触れた──が、そこに傷はなく、皮膚に触れただけ。

 

「無くなっている……」

「そういう術だからね。ただ失った血はすぐには戻らないけれど」

 

 夢乃は千寿郎の頭を撫で、額の傷も塞いだことを伝える。

 それを確認するように千寿郎は額に触れてはみるが、綺麗に消えていた。

 

「こんな遅い時間に、子供が出歩くものじゃない。まぁ子供に限った話ではないが」

 

 夢乃の視線の遠くには、提灯で飾られた桜並木が見えていた。

 

「立てるか?」

 

 夢乃が手を差し出す。

 その手を千寿郎がじっと見つめ、そして面を上げて彼女を見た。

 

「鬼は怖いか」

 

 悲し気に微笑む彼女を見て、千寿郎は慌てて首を振る。

 

「こ、怖くありませんっ。千は……ぼ──お、俺は男です。男で、煉獄の者ですっ。だから」

 

 強がって見せようと、千寿郎はいつもと違って男らしく、自分を「俺」と呼ぶ。

 その強がりが分かったのだろう。夢乃はぽんっと、その頭に優しく手を乗せた。

 困ったように、そして優しく夢乃は笑みを浮かべる。

 

「そうか。だけど無理はだめだ。恐ろしいと思う心は、決して悪いことではない。自らを偽り、虚勢を張る方がよくない」

「……で、も……怖く、ありません。あなたからは、兄上のような優しい感じがするから。怖く、ないです」

 

 恥ずかしそうにそう言う千寿郎を見て、思わず夢乃も目を見開く。

 

「そ、そう……。いやでも、鬼は怖がるべきだぞ。和んでいては、喰われるぞ?」

「はい。あなた以外の鬼ならば──ぁ」

 

 言って、千寿郎の瞳から止め処もなく溢れ出す。

 

「ぁ……うぅ……」

 

 がくがくと震えだす千寿郎を、夢乃はそっと抱き寄せる。

 

「頑張ったね。よく頑張った」

「うっ、うぅっ」

「吐き出してしまいなさい。大丈夫。ここには君の兄上も、父上もいない。声を聞く者もいない。いるのはただの鬼だ。人ではないし、気にせずに吐き出してしまいなさい」

「うっ、うぐ……うぁ……う、うああぁぁぁぁっ」

 

 きゅっと着物を掴み、千寿郎は咳を切ったように声を上げて泣いた。

 

「こわ……怖かった。怖かったです。こわかっ……あぁぁぁっ」

「怖くとも、君はよく頑張った。怪我をしようとも、他人の命を守ろうと立派に鬼と戦った」

「うあぁぁ。でも、あに、兄上のように、ひっく、鬼を、ひっく」

「君は兄上とは違う。君は君のやり方で頑張ったのだから、それでいい」

 

 泣きじゃくる千寿郎の背中を、夢乃は優しく叩く。

 暫くそれを続けていると、千寿郎の声は少しずつ小さくなっていった。

 千寿郎はきゅっと着物を掴んだ手から力を抜いたが、幼いながらに女性にしがみついて泣きじゃくった己を恥じ、顔を真っ赤にして伏せてしまった。

 

「もう、いいのかい?」

「……は、はい。その、ご、ご迷惑を、おかけしました。ひくっ」

 

 まだどこか収まらないのか、千寿郎はむせび泣くようにして喉を詰まらせる。

 そんな千寿郎の頭を優しく撫で、それから夢乃は彼を離して背を向けた。

 

「貧血状態だから、家まで背負って行ってあげよう。ただ門から先は、頑張ってひとりで歩くんだぞ」

 

 そう言いながら夢乃は髪をほどく。

 普段は一本にまとめ結いあげているが、背負うなら髪が邪魔になることを知っているから。

 ずっと昔に弟をそうやっておぶって、髪が顔に掛かってこそばゆいと言われた記憶があるから。

 

「そ、そこまでしていただかなくても、ぼ──俺、ちゃんとひとりで」

「子供なら甘えていなさい。それとも鬼に背負われては、どこかに連れていかれるんじゃないかと不安かな?」

 

 少し悪戯っぽく言う夢乃に、千寿郎は顔を真っ赤にして「そんなことありません」と語気を荒げる。

 それから彼女の背中にもたれかかると、肩をしっかり掴んだ。

 

(あ……小さい……兄上の背中より、ずっと小さい)

 

 そんなことを思いながら、千寿郎は彼女の背中におぶさった。

 

「ん? 意外と重い」

「す、すみません。やっぱり僕──俺、自分で歩きますっ」

「暴れると余計に重くなる」

「す、すみません」

 

 しゅんっとなって大人しくなると、顔を埋めるようにして夢乃の背にしがみついた。

 

「本当に、大丈夫ですか?」

「ん」

「あの……ありがとうございます。助けて頂いて」

「……君は、案外物怖じしない子だね。鬼の存在を知って、私が鬼であることを認識して、なのにこの状況を意外な程素直に受け入れている」

 

 だって──と、千寿郎は彼女の背中で呟く。

 

「兄上と、同じ匂いがします」

「煉獄と?」

「兄をご存じなのですか?」

「あ、いや……鬼殺隊の煉獄と言えば、炎の呼吸の使い手というのはな」

 

 さすがに顔見知りだとは答えられず、咄嗟に嘘を口にする。

 

(鬼殺の者が鬼と繋がっているなどと知れたら、奴は隊律違反でどうなることか)

 

「そう、ですか……あ、そこを右です」

「ん」

「あの……」

「なんだ?」

 

 千寿郎は顔をうずめ小さく、

 

「日輪刀……」

 

 千寿郎の言葉の意味を理解し、夢乃は答えた。

 元鬼殺隊隊士だった、と。

 

「隊士……」

「もうずっと昔のことだ。鬼に敗北し、気づけばこのありさまだ」

「そんな……戻れないのですか? 鬼になってしまったら、もう──」

「戻る術があるなら、とっくにそうしている。ほら、次はどっちだ?」

 

 小さく「真っ直ぐ」と答えると、千寿郎はきゅっと夢乃の肩を握った。

 

(この方はきっと、長い間ずっとおひとりで戦ってきたんだ。ずっと、ひとりで鬼と……鬼になっても、なお戦い続けていらっしゃるんだ)

 

 もし兄の杏寿郎がそうなったなら。

 自分はいつまで傍にいてやれるだろうかと考える。

 その時は自分も鬼になって、共に──とも。

 

 でもそれはきっと兄自身が許さないし、兄は鬼になったら呆気なく自決するだろう。

 そうしない道を選んだのか、そうできないのかは分からない。

 だけど自分を背負う鬼の女は、現に今こうして生きている。

 

 きっとそれはとても辛いことなのだろう。

 

 そう思うと、自然と千寿郎の瞳に涙が浮かんだ。

 

「ぅ……ひっく」

「どうした? 傷が痛むのか?」

 

 千寿郎は首を振る。

 

「うぅ……ぁぅ……」

「何故泣く?」

「だ、って……つら、すぎます。ぅっ、うぅ」

 

 千寿郎が泣く理由が自らにあると知り、夢乃は困ったように笑う。

 

「私の代わりに泣くのか? だったら泣く必要はない」

「でもっ」

「お前は優しい子だな。その気持ちだけ、ありがたく貰っておこう」

「ではっ。ではせめて……ぼ、俺も、お手伝いします」

「手伝う?」

 

 夢乃は足を止め、後ろの千寿郎へと振り返る。

 

「俺も、いつか鬼殺隊に入隊します。そして鬼を倒しますっ。お、俺ひとりじゃ……頼りないけれど……でも兄上がいますっ。兄上はとても強いんですっ。それから、それから……とってもカッコいいんです!」

「カ、カッコ……いい?」

「はいっ。あ、信じてませんね。本当なんですからっ。兄上は強くてカッコイイんですっ」

(強くてはいいとして、カッコいい……ねぇ)

 

 ふと、屈託のない笑顔を浮かべた杏寿郎の姿を思い出す。

 すると不思議と胸が熱くなり、頬にも熱を帯び始めるのが分かる。

 それを振り払い、夢乃はいそいそと歩き出した。

 

 

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