鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第四十二話:ところで千寿郎

 少し前──

 

 駒澤村の桜並木の近くを、杏寿郎は速足で歩いていた。

 自宅まであと少しのところだが、今帰っても夕食には間に合わないだろう。

 腹を空かせたまま帰宅すれば、優しい弟のことだ、夕餉の支度をしてくれるに違いない。

 が、それでは弟に申し訳なく思うし、何より支度が済むまで空腹が我慢できるかどうか。

 

「飯屋で何か買って帰るか」

 

 そう思って、桜並木近くの飯屋までやって来た。

 ここでは弁当にして持ち帰りもできるので、たまに利用している。

 

「親父っ。直ぐに用意できる定食を五人前頼む!」

「おや煉獄の坊ちゃん。今帰りかい?」

「うむ! この時間なのでな。家に帰ってから支度をするより、買って帰ったほうが早い」

「うちで食っていけばいいだろうに」

「はははは。少しでも早く千寿郎に顔を見せてやりたいからな」

 

 といいつつ、店頭販売用の饅頭を見つけ、これも勘定にと言って一つ摘まむ。

 そんな中、ひとりの男が慌てたように店へと入って来た。

 

「ば、化け物だ。化け物が出た! 親父、化け物──あ、あんた。煉獄さんところの」

 

 男は杏寿郎を見つけ、慌てて駆け寄った。

 

「俺は煉獄杏寿郎だが、何があった?」

 

 男の慌てように杏寿郎は胸騒ぎを覚える。

 

「あんたんところの弟だ」

「千寿郎? 千寿郎がどうした!?」

「その子が化け物に追われていたんだ。村の西のほうに向かって走っていくのを、この目で見たっ」

「化け物……まさかっ」

 

 杏寿郎は脇に立てかけた刀を手に立ち上がった。

 

(鬼の気配はしなかった。ここから遠いのか?)

 

 村の西と言えば、家がそちらの方角にある。

 もしやと思い、まずは家へ向かいながら千寿郎の名を叫ぶ。

 

「千寿郎おぉぉっ。どこだ千寿郎!」

 

 その声は離れた場所にいた千寿郎にもしっかりと聞こえていた。

 

「あ、兄上の声だ。お、お帰りになったんだっ」

 

 それまで大人しく夢乃の背におぶされていた千寿郎が、逸る気を抑えられずに顔を上げ身を乗り出した。

 が、すぐにはっとなって下ろしてくれとせがむ。

 

「は、早く行ってください。兄上は鬼殺隊の者なんです。兄上はとても強いんですっ。もし、もし見つかったら……兄はあなたを斬らねばなりませんっ」

「……それで、君は私を逃がそうと?」

 

 斬られることなどまずありえない。

 だが杏寿郎と夢乃が顔見知りなど知らない千寿郎にとって、そんなことは知る由もない。

 

「お願いです。行ってくださいっ」

 

「千寿郎おぉぉぉ」と叫ぶ声が、じょじょに近づいてきているのが分かる。

 その声に夢乃は噴き出しそうになるのを抑え、背負った千寿郎を静かにおろしてやった。

 

「立てるかい?」

「は、はい。なんとか。俺はここで兄上を待ちます。行ってください」

「ん、分かった」

 

 最後にもう一度、夢乃は千寿郎の頭を撫でる。

 遠い昔、弟にそうしてやったように。

 

 撫でられている千寿郎も、嬉しそうに目を細めて夢乃を見た。

 その時、彼女の瞳に自分ではない誰かが映っている気がして、そしてとても悲しい瞳だと思って心を痛める。

 

「千寿郎おおぉぉっ。どこだあぁぁーっ」

「はっ。もうすぐそこまで来ています。早くっ」

 

 夢乃は頷き、たんっと飛びあがった。

 民家の塀に飛び移り、そこから屋根へと駆け上がる。

 すぐにその姿は、千寿郎の目から消えた。

 

 夢乃は民家を一軒越えるとすぐに道へと下りて、聞こえてくる声の主の下へと急いだ。

 

「おい、煉獄」

「せ──夢乃っ。千寿郎を見なかったか!?」

「見た。というかさっきまで一緒だった。とりあえず音量を下げろ」

「む。一緒だったとは? 無事なのか? 千寿郎が化け物に追われていたと聞いた。無事な──」

 

 静かにしろとでも言うように、夢乃は杏寿郎の口元に指を立てる。

 

「怪我をしていた。だが血鬼術で塞いでいる。今はかすり傷ひとつない」

「そ、そうか……すまない、夢乃。俺がもっと早くに戻っていればこんなことに……いや何故千寿郎はこんな時刻に?」

「そこまでは知らん。だが、あの子は他の者を巻き込むまいと、頑張ったようだぞ」

 

 夢乃も最初から見ていたわけではない。

 鬼に追われている子供が男女とぶつかり、庇うようにして鬼に突進した時からだ。

 その話を杏寿郎にかいつまんで話し、その時に千寿郎が傷を負ったことを伝えた。

 

「ただあまり突っ込むな。傷はないのだし、あの子は私とお前を合わせようとしたくなかったようだからな」

「俺と夢乃を? 何故」

「お前は鬼殺隊の者で、私は鬼だ。お前と出会えば、頸を刎ねられると思ったのだろう」

「俺が夢乃の頸を? そんな訳──いや、千寿郎は知らないのだから、そう思っても仕方のないことか」

 

 夢乃は頷き、とにかく千寿郎の話に合わせてやれと言う。

 

「む? そういえば、千寿郎はお前が鬼だと気づいたのか?」

「血鬼術を使ったのを見ているが、たぶんそれ以前に気づいていただろう。幼くとも煉獄の血が流れているのだからな」

「うむ! 千寿郎も立派な煉獄家の男児だからな」

 

 どこを見ているのか分からない視線で胸を張る杏寿郎を見て、夢乃は内心「兄馬鹿」と思う。

 同時に自然と顔が緩み、笑みを浮かべる。

 

「早く行ってやれ」

「そ、そうだった。千寿郎はどっちに?」

「あの家の向こう側だ」

「ありがとう夢乃。この礼はかならずや!」

「今夜は来るな。弟の傍にいてやれ」

 

 杏寿郎は駆け出し、そしてくるりと身を翻して夢乃に向かって手を振る。

 ため息交じりにその姿を見送り、夢乃は踵を返して山林へと引き返す。

 その夢乃の背に杏寿郎が、

 

「髪をほどいたのだな! 似合っているぞ」

 

 と声を掛けた。

 

 振り返ることなく、だが夢乃は顔に熱を帯びるのを感じて駆け出した。

 

 

 

 

 

「千寿郎!」

「あ、兄上っ」

 

 ゆっくりと歩いていた千寿郎は、兄の声が間近に聞こえて初めて駆け出した。

 ふらつき、足がもつれて倒れる寸前、兄が千寿郎の体を抱きとめる。

 

「千寿郎っ。大丈夫だったか?」

「は、はい。俺は無事です」

 

 千寿郎は咄嗟に、引き裂かれた着物を隠すようにして腕を組んだ。

 怪我がないことは知っていたが、着物の破れ具合や血で染みになった部分を見て、思った以上に深手だったことを知る。

 

「こ、これは……これは俺の血ではありませんっ」

「お、お前の血ではないなら、いったい誰の」

「お、鬼です!」

 

 鬼?

 と、杏寿郎は首を傾げる。

 

「そうです、鬼です! じ、実は先ほど、鬼と遭遇しまして」

「知っている。村の者が知らせてくれて、それでお前を探して急いで戻ってきたところだ。許せ千寿郎。実は兄は少し前には駒澤村に戻って来ていたのだ」

「え、そうだったのですか?」

 

 それから千寿郎は、鬼が出て逃げる間に鬼殺隊の者に助けられたと話した。

 

「その方は任務の途中だったそうで、もう発たれました」

「そ、そうか」

「はいっ。それで、この血は鬼の返り血でして」

(そう来たか。まぁ話を合わせておこう)

「うむ! よく頑張ったな、千寿郎。兄はお前を誇りに思うぞ」

 

 え? ──と、千寿郎は目を丸くする。

 兄は満面の笑みを浮かべ、弟の頭を撫でた。

 

「お前は村の人を助けようと、そして巻き込むまいと人のいない方へ鬼を誘導したのだろう?」

「そ、それは……はい……」

「うむ。立派だったではないか千寿郎」

 

 ぽむっと、もう一度杏寿郎は弟を撫でた。

 その手は暖かく、そして──

 

(あの人と兄上は、同じ手をしている)

 

 千寿郎はそう思った。

 

「よし! 千寿郎、俺がおぶってやる!!」

「え? で、でも」

「足元がおぼつかないではないか。遠慮するな。さぁ!」

 

 杏寿郎が背を向けしゃがむと、少し躊躇いながらも千寿郎は兄の背に身をゆだねた。

 すっくと立ちあがった杏寿郎は、すたすたと歩き出す。

 

「お、重くはありませんか、兄上」

「む? 重くはないぞ。軽いものだ!」

「そ、そうですか」

(やっぱり兄上は力持ちだな。だけど……同じ(・・)だ。兄上も、あの方も……背中が温かい)

 

 その温もりに安堵しながら、千寿郎は空を見上げる。

 

(あの人は、何故この村に……たまたま通りかかっただけなのか、それとも……)

 

 鬼は一定の縄張りを持つ──とは千寿郎も聞いたことがある。

 自分を襲った鬼がこの村を縄張りにしていたのか、それともあの女の鬼がそうだったのか。

 どちらにしても、兄や柱である父が気づかないはずはない。

 

 どちらも流れ者の鬼だったのだろうか、と千寿郎は考える。

 

「ところで千寿郎」

「は、はい、兄上」

「うむ。気のせいだろうか、お前は自分のことを『俺』と言ってた気がするのだが」

「へ? え、や、それは……も、もう九つになりますからっ。お、俺も……その、男らしく、あろうか、と、思いまして」

「はっはっはっは。そうか、千寿郎もそんな年頃になったか」

 

 杏寿郎は笑い、同時に腹の虫が鳴った。

 

「兄上、お食事はまだだったのですか?」

「うむ。任務からそのまま戻って来たからな。飯屋で弁当を頼んでいたのだが、出来上がる前にお前が化け物に追われていると聞いて駆け出してきたのだ」

「そうだったのですね。あ、でも注文なさっているのでしたら」

「取りに行かねばな。千寿郎は? もう夕食は食べたのか?」

 

 千寿郎は首を振り、帰宅途中だったことを告げる。

 帰宅が遅くなった理由も話せば、杏寿郎も叱るに叱れない状況になっていた。

 

「ではお前の分も注文するか。これから帰って夕餉の支度は大変だろう」

「じゃあ、そうします。ち、父上の分も、何か買って帰って差し上げないと」

「そうだな。では父上の分と、あと母上にお饅頭を買って帰ろう」

「はいっ」

「よし! では走るぞ!!」

 

 そう言って杏寿郎は駆けた。

 

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