鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第四十三話:風呂に入ろう!

「兄上、小芭内さん。あっち、あっちが空いてます」

 

 そう言って千寿郎はござを抱えて走り出す。

 千寿郎が鬼に襲われた事件の翌々日、伊黒が煉獄家に到着し、翌日の昼にこうして三人揃って桜並木へとやって来た。

 

 一本の桜の木の下に千寿郎はござを敷き、兄の杏寿郎が重箱をそこに置く。

 

「だいぶん散り始めたな」

「ここ最近、ずっとお天気が良かったですから。だけど今年も無事、お花見が出来て良かったです。小芭内さんもご一緒してくださいましたし」

 

 千寿郎はそう言って朗らかに笑う。

 いつも兄と二人だけだったが、今年はひとり増えたことを心から喜んでいるようだ。

 そんな千寿郎を見て、他人に対し冷たくあしらう癖のある伊黒も、自然と顔が緩む。

 

 育った環境のせいで人を信じようとはしない伊黒だが、煉獄兄弟には心を許している。

 この二人と過ごした時間はそれほど長くはないが、伊黒にとって心の救いになったのは間違いない。

 

「とろろ昆布のおにぎりも作ったんです」

「千……俺の好物を知っていたのか?」

「はいっ。あ、えっと、お好きでしたよね?」

 

 と、首を傾げ見上げるように千寿郎が尋ねる。

 その問いかけに伊黒は黙って頷いた。

 

「よかったぁ。うちで一緒に暮らしていた時、頂き物のとろろ昆布を出したら、凄く嬉しそうに召し上がっていたから好きなのかなと思ったんです」

「いや、あの時は……初めて食べたんだ」

「よもや!? 小芭内はうちに来て初めてとろろを食べたのか。俺も横で見ていて、凄く好きなのだろうと思っていたのだが」

 

 そんな風に言われ、伊黒は内心気恥ずかしさを感じて視線を逸らす。

 隣ではせっせと重箱を開いている男──杏寿郎がいて、彼の表情はいつになく嬉しそうだった。

 

「三人前にしては、相変わらずの量だな」

「あはは。兄上がおひとりで五人前以上は食べますから」

「鍛錬をしていれば、君だって腹が空くだろう?」

 

 と杏寿郎に同意を求められるが、鍛錬をしたからといって五人前六人前をぺろりと平らげる気にはならないと伊黒は思う。

 重箱を広げ終わる前に、杏寿郎の腹から虫の音が聞こえてくるがこれもいつものことだ。

 

「うむ! どれもこれも美味そうだっ」

「薩摩芋の天婦羅もありますよ、兄上」

「わっしょい!」

「まだ食べていないだろう……杏寿郎、お前もしかして外でもその口癖、出ているのか?」

 

 と、薩摩芋を食べるたびに「わっしょい!」と掛け声の出る杏寿郎のことを心配する。

 

「出る!」

「……どうにかならないのか、その口癖は」

「ならないな!」

 

 頭を抱えそうになる伊黒と、苦笑いを浮かべる千寿郎。

 それから三人は背中合わせに座って、千寿郎が朝から頑張って作った弁当を食べはじめた。

 

 伊黒小芭内は口元を隠すように包帯を巻いている。

 その包帯の下には酷い傷があり、それを見られたくないから……ではなく、それを見て他人に不快な想いをさせたくないために巻いていた。

 煉獄兄弟に対しても同じ気持ちを抱いており、それを理解しているからこそこの兄弟も伊黒に気を遣わせまいと、食事の時にはこうして三人、背中合わせになって取るようになった。

 伊黒がたまに煉獄家に立ち寄った時も、自然とこの形で食事を摂る。

 

「杏寿郎、にぎりめしを一つ取ってくれ」

「分かった! 一つと言わず五つ持っていけ」

「いや、ひとつで……」

 

 伊黒が差し出した取り皿に、どんどんどどどんと杏寿郎は握り飯を置いて行く。

 きっちり五つ置くと、更にそこへ煮物やきんぴらを乗せて行った。

 

 ずっしりと重くなった皿を見て、伊黒がため息を吐く。

 包帯をずらしてもそりもそりと食べるが、この皿に乗ったものを、果たして食べきれるかどうか不安でしょうがない。

 そんな伊黒の斜め後ろでは、もりもりと食べていく男がいる。

 そしてその反対側の斜め後ろに座る幼い少年もまた、意外なほどよく食べる。

 

 兄の前では目立たないが、実は千寿郎も年相応の子にしてはよく食べる方なのだ。

 といってもこちらは同年代の子の倍ぐらいの量だろうか。

 やはり剣の稽古だなんだのと体を動かすため、食べる量は自然と多くなる。

 

「しかしこの村に鬼が出たとはな」

「うむ。俺も驚いたが、あちこち彷徨っていた鬼なのだろう」

「で、でももういませんしっ、この話は終いにしましょう。せっかくの花見なのだし」

 

 と、千寿郎は焦ったように話す。

 確かに自分を襲った鬼が何故この村にいたのかは知らないが、あまり深く追求しては助けてくれたもうひとりの鬼のことがバレないかと心配になって。

 

「うむ、そうだな! 鬼の話はこれで終いにしよう。それはそうと小芭内、鏑丸の元気がないようだが?」

 

 杏寿郎はいつも伊黒の首に巻き付く蛇を、心配そうに覗き込む。

 

「元気がないわけじゃない。本来蛇は冬眠するものだが、鏑丸はそれをせず、ずっと俺の傍にいる。そのせいで春になっても、暫くは動きが鈍いままなだけだ」

 

 白蛇の鏑丸は年中、伊黒の傍にいる。

 冬になっても冬眠をせず、ずっと伊黒の下にいるため寒い季節はあまり動かない。ついでに春先もまだ動かない。

 活発に動き出すのはもう少し先の事だ。

 

「ふぅーむ。鏑丸も大変なのだな」

「あぁ……うっ……あんだけたくさんあった料理が、もうこれだけに」

 

 振り向いた時に、杏寿郎の横に置かれた重箱が見えた。

 杏寿郎の周りには重箱が三段置かれていたが、既にほぼ空である。

 自分は先ほど杏寿郎に盛られた握り飯その他がまだ残っているというのに。

 

(相変わらず底なしの胃袋だな)

 

 そしてこっそり杏寿郎の横にある重箱に、とろろ昆布の握り飯を入れるのだった。

 

 

 

 

 

 煉獄家には道場がある。

 花見を終えて戻って来ると、伊黒は久々に杏寿郎へ剣術の指南を頼んだ。

 

「左? なぜ左で竹刀を握る?」

「む。すまん。癖を克服するためなのだ」

「癖?」

 

 伊黒と打ち合う時、杏寿郎は竹刀を左手で持って構えた。

 それが気になった──というより、気に食わなかった伊黒がやや不機嫌そうに尋ねた。

 

「俺は右に対して、左の腕力がかなり劣るようだ。そのせいで両手で刀を構えた時、どうにも左に振り切れないでいてな」

「それで左で剣を握るようにしたと?」

「実戦では利き手を使うが、鍛錬時には左の腕力をつけるためにな。すまん小芭内、付き合ってくれないか?」

「まぁ……そういうことであれば……俺は手加減しないからな」

「それで頼む!」

 

 そうして始まった打ち込みは、利き腕ではない方で竹刀を握る杏寿郎が押され気味に。

 だがそれでも二本に一本は杏寿郎が取ることができ、小一時間打ち合って二人はその場に大の字になった。

 

「杏寿郎、お前、いつになったら柱になるつもりなんだ?」

「小芭内、唐突だな君は」

「唐突なものか。槇寿郎様はもう……任務には就かれていないだろう」

「……あぁ。父上はここ半年ほどは、まったく任務に出られていない。出られていないし、本部からの指示も来なくなった」

 

 隠しても仕方がない。それが本当のことなのだからと、杏寿郎は伊黒に素直に話す。

 それを聞き、伊黒はため息を吐き捨てた。

 

 伊黒は槇寿郎に感謝しているし、尊敬もしている。

 何せ彼の危機を救ったのが槇寿郎であったし、身寄りのない伊黒を一時期とはいえ引き取ったのも槇寿郎なのだから。

 

 当時はまだ妻の瑠火は健在であった。あったが、伊黒が煉獄家に来て数カ月足らずでこの世を去っている。

 槇寿郎が酒に溺れるようになったのはそれからだった。

 伊黒は良くも悪くも、槇寿郎の陽と陰のどちらも目にしている。

 最愛の妻を失い自暴自棄になっていく槇寿郎の姿は、見ていて伊黒ですら辛かった。

 

 それをずっと見続けている煉獄兄弟はもっと辛かろうと。

 

「早く柱になれ、杏寿郎」

「……今はダメだ」

「今は? 何故ダメなんだ。お前にはその資格が既にあるんじゃないのか?」

 

 鬼殺隊の柱になるための条件はいくつかある。

 その一つが「鬼を五十体倒すこと」であるが、杏寿郎がそれを達成していると伊黒は思っていた。

 

「いや、まだその資格はない。数えてはいないが、きっとまだなはずだ」

「だから『今は』ということか?」

「いや……俺は弱い。今の俺では柱として力不足だ」

(せめて彼女から五本のうち三本は取れるようにならねば)

 

 十二鬼月、下弦の鬼を倒す実力を持つ夢乃だが、上弦の鬼の前では一方的にやられたという旨を聞かされている。

 下弦の鬼と渡り歩いた彼女に勝てて初めて、自身もその領域に踏み込めると杏寿郎は考えている。

 

「もっと強くなって、そして十二鬼月を倒せる実力を身につけてからだ。それまでは、俺は柱にはならない」

「……今、空席になっている柱が多い。時々耳にする。いくら柱が選出されても、次々に十二鬼月に狩られると」

 

 長く柱の座に就く者は多くはない。

 槇寿郎は現柱の中では古参であり、十年以上も職務を全うしてきた。

 最強の柱とまで言われたこともあったが、今では見る影もない。

 

 現在在籍する柱は、先の岩柱と、それから音柱。杏寿郎の父槇寿郎が炎柱で、彼に次いで年長の水柱と続く。最近になって風柱が新たに加わったので、合計で五人だ。

 花柱であった胡蝶カナエが亡くなっていなければ六人であったが、柱は最低でも九人は必要とされている。

 

「水柱様も引退を考えているという」

「なに!? しかし現水柱様には継子がいらっしゃらないのでは?」

「あぁ。継子だった隊士が、冬に殉職したばかりだし……だが候補はいるそうだ」

 

 その候補とは伊黒と同じ十七歳の、やたら口数の少ない隊士だという。

 

「そうか。なら安心だな。しかし、一時とはいえ、君も水柱殿の下で修業したのだ。水柱へのあこがれはあるのではないか?」

「俺は水の呼吸の使い手じゃない。まぁ水の派生ではあるけれど。だいたい俺が柱になんて、なれる訳ないだろう。この汚れた血の流れる俺が……」

「そんなことはない!」

 

 ガバっと起き上がった杏寿郎は、身を起こして伊黒を見下ろした。

 

「君の成長は著しい。最初にこの家に来た時のことを思えば、天と地ほどの差がある! 君はきっと柱になる。俺はそう信じている!!」

「……お前のほうこそ、必ず炎柱になると俺は確信している。お前はそういう男だろう?」

 

 問われて杏寿郎はにっと笑う。

 

「まだまだ力不足だが、いつか必ず!」

 

 そう言って杏寿郎は伊黒に手を差し出した。

 その手を掴み、伊黒が起き上がる。

 

 丁度その時、

 

「風呂が沸きました。兄上と小芭内さんは先にお入りください」

 

 と千寿郎が現れる。

 

「よし、では風呂に入ろう! せっかくだ、千寿郎もどうだ? 久しぶりに三人で」

「いいですね。でも俺、夕餉の支度もありますし」

「心配無用! 俺たちも手伝うさ。な、小芭内?」

「既に勘定に入れられているのか……まぁいいけど」

 

 三人が風呂で汗を流し、その後夕餉の支度へ。

 杏寿郎は隙を見て鎹鴉を呼び、夢乃への言付けを頼む。

 

「今日も行けそうにないと、そう伝えてくれ」

「カァーッ」

「しーっ」

 

 きょろきょろと辺りを確認し、千寿郎も伊黒も気づいていないことを確かめる。

 鎹鴉はこくこくと頷くと、夕焼けの空に向かって飛び立った。

 




煉獄さん家のお風呂は大きいと思うの。
といっても3~4人入れるぐらい。
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