鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第四十四話:待機命令

 二日過ぎて、伊黒の鎹鴉が指令を持ってやってくると彼は煉獄家を後にした。

 その晩、杏寿郎は桜並木に立ち寄ってから山林のあばら家へと向かう。

 

 あばら家の縁側には、月明かりと蝋燭の灯りを頼りに本を読む夢乃の姿があった。

 

「夢乃!」

 

 呼ばれた夢乃が面を上げると、その表情がほころんで見えたのは杏寿郎の目の錯覚か。

 

「夢乃。千寿郎を救ってくれてありがとう。君がいてくれなかったら、弟はどうなっていたか……考えただけでぞっとする」

「いや……間に合いはしたが、しかし怪我をさせてしまった。怖い思いをしただろう。もう少し早く気づいてやれれば、追われることもなかっただろうし」

「その点は俺も同じだ。もう少し早く帰ってやれれば、千寿郎には怪我をさせずにすんだのだから」

 

 そう言って杏寿郎があるものを差し出す。

 真っ赤な、てらてらと光る林檎だ。

 

「林檎飴?」

「うむ。桜並木に出ていた屋台で買って来た。花見には行かないと言うから、せめて……な」

 

 少し照れくさそうに林檎飴を夢乃へと差し出す。

 ほうっと頬を高揚させ、夢乃がそれを受け取った。

 

「実は俺の分もある」

「もしかして、自分が食べたかっただけなのか?」

「はははははは。否定はしない」

 

 杏寿郎も縁側に腰かけ、それから林檎飴に噛り付く。

 

「ん。甘い!」

「そりゃそうだろ……」

 

 そう言いながら、夢乃はそっと一口舐めた。

 

(林檎飴なんて……幼い頃に家族で出かけた縁日以来だ)

 

 もう百年以上も前のことだ。

 人であった頃。家族がまだいて、幸せだったころのことを思い出しながら飴を舐める。

 

「ん、甘い」

「そうだろう!」

 

 夢乃の呟きに応えた杏寿郎は、バリバリと音を立てて表面に塗られた飴にかぶりつく。

 バリバリシャリシャリと、杏寿郎はあっという間に林檎飴を完食してしまった。

 

「ぷっ。林檎飴って、そんな風にして食べるものだったか?」

「ん? 食べ方があるのか?」

「いや、どうかな」

 

 そう言って夢乃は少しだけ歯を立てて飴を齧り取る。

 

「よし! 鍛錬だ!! 君はゆっくり食べていてくれ。俺は羅刹の訓練をやる」

 

 夢乃は声には出さず、飴を舐めながら頷いた。

 

「なんとなくだが、コツを掴んだと思う」

「正義の炎じゃないだろうな?」

「そ、それとは違う! いや、ある意味違わないのだが」

 

 そう言って集中し、深く呼吸を始める。

 常中状態になれば、次は更に制度を高めて心の臓に意識を持って来た。

 

 その状態で腕立て伏せを開始。

 

「激しい運動ではダメだというが、これぐらいならいいのだろう?」

 

 これまた夢乃は頷いて応える。

 

「実はもう家でやっているんだがな! 最初は数回で苦しくなっていたが、最近は百回は続けられるようになった!!」

「……体力馬鹿だな」

「体力には自信があるぞ!」

 

 上下運動を繰り返すうちに、ふと杏寿郎の背中に重みがのしかかる。

 林檎飴を食べながら、夢乃が杏寿郎の背に乗ったのだ。

 

「夢乃?」

「重りがあったほうが鍛錬になるだろう。ほら、集中」

「む……」

 

 集中──と言われて、杏寿郎はそうしようとするが集中できない。

 背中に伝わる柔から感触と、何より夢乃が杏寿郎の背中や腰に触れているのだから集中など出来ようはずもない。

 

「集中」

「ぐ……集中! ふぅー……ふぅー……」

 

 上下する杏寿郎の背中で、夢乃が林檎飴を舐める。

 触れられていないことで多少は集中できるようになった杏寿郎は、再び常中状態に。

 繰り返し繰り返し、呼吸の精度を上げていくことで羅刹の領域へと近づいた。

 

(体温が上がり始めた……本当にこいつは羅刹を会得する寸前まで来ているのか。教えてまだ二カ月だぞ?)

 

 その才能に驚愕しつつ、同時に妬みもする。

 

 幼いころからお手玉や毬で遊ぶよりも、竹刀を振ることを好む少女だった。

 武士の娘として、幼いころからどこぞに嫁がせようとする親戚もいたが、決まって「弱い男の下へは嫁ぎません」と言い放ち、そして相手を伸してきた。それも十か十一の年齢で。

 そのたびに縁談を持って来た親戚が、「女の身で剣士など、馬鹿な真似は止めろ」と。

 

 女だから──

 女のくせに──

 

 そう言われることが、夢乃にとっては屈辱でしかなかった。

 そして、そう言われるからこそ余計にがむしゃらに、自分を追い込むほどに鍛錬を続けて来た。

 

(男のお前なら、そんな罵声を浴びることもないのだろうな)

 

 それが羨ましくも思う。

 

(もしかすると、煉獄なら始まりの呼吸の使い手であった方が見ていたという……透き通る世界が見えるようになるのかもしれない)

 

 その昔、水と風の柱から呼吸法を学び、そのどちらの才能を持ちながら僅かに相性が合わず、まったく縁のない炎の呼吸を試してみてはと言われ弟子入りしたことがある。

 同期でもあった当時の煉獄家嫡男から指南書を借り受けた時、うっかり当時の煉獄が別の書を渡してしまったことがある。

 何も知らず読んでいると、それが煉獄家の先祖の日記だというのが分かった。

 

 そこに書かれていた内容が、始まりの呼吸──日の呼吸の使い手についてのもの。

 

 指南書ではないと気づいてすぐに書を閉じ返却したが、透き通る世界のこともその時に知っている。

 

 そっと、背中越しに杏寿郎の心の臓の付近に手を添える。

 

(けれど痣が発現してしまえば……長生きは出来ない……痣を発現させることなく、無惨を倒せるほどの力を身につけられれば)

 

 常中・羅刹の会得は、そのまま痣の発言には結びつかない。

 そうであったなら夢乃に痣が現れるはずだし、彼女の師であった人たちにも痣が出ていたはず。

 だが痣の発言者は久しく、それこそ百年以上現れていない。

 痣のことは産屋敷家が所有する、鬼殺に関する書物に記載されていた。

 羅刹を会得した者には痣のことが伝えられてはいたが、大正のこの時代に羅刹を知る者すらいない。

 

(今では産屋敷家ご当主のみが知る事柄なのだろうな)

 

 そして小一時間。

 

「ご馳走様」

 

 そう言って夢乃は杏寿郎の背中から下りる。ようやく林檎飴を完食したらしい。

 と同時に力尽きた杏寿郎が地面に突っ伏した。

 

「湯の温度は……あっつ」

「む、大丈夫か?」

「沢で水を汲んで少し温めないとな。待っていろ」

「や、俺も行こう」

 

 そう言って立ち上がるが、足元がおぼつかない。

 

「待機命令」

 

 ビシっと指を差し、杏寿郎に座って待っているよう指示をする。

 しゅんとして、杏寿郎は大人しくその指示に従った。

 

 夢乃が桶を手に、沢からあばら家までを行き来して水を汲んでくる。

 最初の二杯は風呂に注ぎ込んだが、その後は大きなたらいに移して予備の水に。

 

「私は中にいるから、あとは自分で好みの温度に調節しろ」

「分かった。すまんな、夢乃。いつもその……先にいただいて」

「お前の方が汗をかいているだろう」

 

 そう言って夢乃はいつの間にか用意したすのこを五右衛門風呂の近くに置く。さらに五右衛門風呂へと続く道のように二つ三つ並べると、籠をひとつぽんと置いた。

 

「この上で脱ぎ着すれば汚れずに済むだろう」

「おぉ! いつの間にこんなものを」

「暇だったから……作ってみた。まぁこのぐらいは、な」

 

 伊達に百年もひとりで生きてきた訳ではない──と、自慢気に言って屋敷の中へと入って行く。

 杏寿郎は笑みを零しながらその後姿を見送った。

 

 

 

 

 

「夢乃、上がったぞ。湯が冷めぬよう火を焚いておいた。俺は帰る。ゆっくり入ってくれ」

 

 玄関先でそう声を掛けると、奥から「分かった」と短い返事が帰って来る。

 その声を聞いてから杏寿郎は帰路へと着いた。

 

 その杏寿郎の気配が遠ざかってから、夢乃は寝間着を持って表に出る。

 帰ったと分かっていてもすぐに袴を脱ぐ気になれず、しばらくは縁側でぼぉっと通りへと出る道を見つめた。

 

 最初こそ草木でどこが道だかも分からなかったものだが、杏寿郎がやってくるたびに雑草を、そして小さな立ち木を伐っていくものだから今では歩くのに支障のない道が出来ている。

 陽が暮れると夢乃は、自然とその道が見える縁側に座るようになった。

 

 縁側に腰を下ろし、空を見上げ、月明かりと蝋燭の火を頼りに書物を読む。

 杏寿郎が任務で留守にしている間、駒澤村から近い町に出かけて買い集めた本だ。

 ひたすら時間を潰すのに、本は大いに役立っている。

 中には西洋医学の書も混じっているが、これは珠世から借り受けたものだ。

 

 血鬼術の効果を最大限生かすために医学を学んでいるのだが、おかげで少ない血の量で傷の再生が行えるようになっている。

 ただこの術は傷の再生にのみ特化しているため、病を治す類ではない。

 また毒による治療も行えない。 

 

 ふぅっとため息を吐き捨て、夢乃がようやく着物を脱ぎ風呂釜へと浸かる。

 

「何故だろうな……治癒に特化した血鬼術なんて……どうせなら鬼を滅ぼせるような術であればよかったのに」

 

 湯舟の中でそう呟きながら、夢乃は夜空の月を見上げた。

 

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