赤木尾に来て二日。
集まった隊士の数は杏寿郎を含めて七名だが、うち三名は入隊したての新米隊士だった。
「まぁ甲の隊士が二人もいるんだ、平気平気、心配するなって」
新米ではない隊士の言葉だ。二人は
「冨岡も甲だったのか。それは心強いな!」
「……別に……(俺なんて大したことはない)」
「よし! 人数も増えたことだし、今夜から二人一組で捜索を続けよう! それで、組み合わせだが……」
杏寿郎がてきぱきと組み合わせを決める間、冨岡はそれを黙って聞いていた。
最後に杏寿郎が、
「これでいいだろうか?」
と富岡を見る。
見られた当の本人は、何故自分に聞くのかと不思議そうにしていたが、とにかく頷いて見せた。
「よし、では三組に分かれて捜索しよう。陽が暮れるまでまだ時間がある。今のうちにみんなしっかり体を休めよう!」
「「はいっ」」
冨岡と杏寿郎が新米隊士一名ずつと組む。己の隊士二人と残ったもうひとりの新米隊士とが組み、これで三組出来上がった。
「冨岡。いろいろ勝手に決めてしまって申し訳ない」
「……いや」
「君は思うに、だいぶんと、かなり、いやそうとう口数の少ない男だと思って」
「……否定はしない」
「だからこちらで決めてしまって、あとから足りない部分があれば言って貰えればと思っている」
「……それでいい」
と、こんな感じで二人はやりとりする。
その二人が、他が休んでいる間に町へと繰り出した。
「この二日間でだいたいの場所は探したと思うのだが、鬼の気配がまったく掴めないな!」
「まだ行ってない場所も……」
「……どうしたものか」
「……どうするか」
二人はやや遠い目になって、夜の繁華街のある方角を見た。
もうすぐ十七になる男と、十七になって数カ月の男の二人である。
客引きの女ひとり見ただけで逃げ出すほど初心な男に、娼館の立ち並ぶ通りは刺激が強すぎた。
「とはいえ、あそこに隠れているのであれば行くしかあるまいな」
「他に……一応確認してからでも」
「いや! 昼間のこの時間であれば、客を探す女性らもいないだろう!! 店も閉まっていることだし、今なら堂々と歩けるぞ!!」
「今……今から……」
「そう! 今からだ!!」
やや顔を赤らめながら杏寿郎は娼館の立ち並ぶ通りへと向かった。
その後ろを冨岡が慌てて追う。
しかし杏寿郎の言う通り、真昼間のこの時間に客引き女はおらず。
通りを歩く人の数は意外と多かったが、店があればそこに品物を降ろす商売人もいるし、ただ通り過ぎるだけの者もいた。
通りに入ってからというもの、冨岡はもちろんだが杏寿郎も口を開くことなく、真剣な眼差しを辺りに向けている。
集中し、どこかに鬼が潜んでいないかと探しているのだ。
通りを過ぎてから、二人は顔を見合わせもう一度来た道を引き返した。
今度は狭い通りにも足を運び、くまなく気配を探す。
が、見つからない。
「むぅ。なりを潜められると、さすがに見つからんか」
気配を殺され、離れていればさすがに杏寿郎とて鬼に気づけない。それは冨岡も同じである。
夜であれば鬼の活動は活発になり、気配もいくぶん探しやすくなるのだが……。
(夜ここを歩くのは、いろいろとしんどいな)
などと思いながら、杏寿郎は昼間の捜索を断念。
「よし、冨岡。俺は少し……散歩にでてくる!」
「……分かった(そういえば何故俺はこの男と巡回に?)」
首を傾げながら冨岡は返事をし、杏寿郎は足早にどこかへと行ってしまった。
太陽が出ている時間帯なので、杏寿郎の探し人もどこかに身を隠しているはず。
そう思って町をあちこち歩きまわっては見るが、なかなかその気配を探せないでいる。
「やはり昼間に探すのは無理があるか」
見つからないように、ではなく、太陽を避けてじっとしている鬼を探すのは至難の業だ。
しかし陽が暮れてからでは他の隊士の手前、夢乃を探すわけにもいかない。
(鎹鴉に探させるか)
杏寿郎は口笛を吹いて暫くしたのち、鎹鴉がやって来る。
「カァ」
「すまんが夢乃を探してくれないか? 来ているのか来ていないのか、それが分かればいい」
「夢乃ォ、長屋ッ。長屋ニ身ヲ隠シーテイルッ」
「長屋? そんな所に……案内を頼む」
バササっと羽ばたき舞い上がる鎹鴉の後を追って行くと、町の中心部からかなり離れた場所へとやってきた。
(無断侵入だなこれは)
と、長屋の様子を見て察する。
無断で長屋を使っているのであれば、訪問しない方がいいだろうと考え仕方なく踵を返した。
鎹鴉は関係ないとばかりに随分奥まった長屋へと飛んでいく。
(あそこか)
場所を見届け、杏寿郎は長屋から離れた場所で待った。
暫くして鴉が戻って来る。
腕を伸ばし、そこに鴉を留まらせると「なんと?」と尋ねる。
「本当ニ赤木尾カァ? ト言ッテイルゾ杏寿郎」
「本当に赤木尾なんだろうな?」
「……報告デハココダ!」
ふむ──と唸り、それから宿へと引き返す。
ここまで鬼の気配がないのは不思議なのだが、そういえば──と鎹鴉に確認をした。
「夢乃はいつ赤木尾に?」
「杏寿郎ガ到着シタ日ノ明ケ方近クダ」
「昨夜も出歩いていたのか?」
「知ラナイ!」
だが到着していたのなら、鬼を探していただろう。
だが自分も、そして富岡、他の到着していた隊士も気づいていない。
(夢乃の気配は小さいが、冨岡なら俺同様に気づくはず)
杏寿郎は一目見て、冨岡義勇の力量を認めていた。
立ち振る舞いや細かな動作で、ある程度分かるものだ。だからこそ鎹鴉を使って夢乃に注意を呼び掛けたのだが。
(夢乃も動き回っているから、見つからなかったのか?)
だとしたら、この町にいるだろう鬼も同じように動き回っているのか。
(動き回られるのも厄介だな)
宿へと戻りながら辺りを見渡し、少しでも鬼の気配を探ろうと集中する。
そんな時、杏寿郎の耳に笛の音色が聞こえて来た。
「祭りか?」
音に誘われ行ってみると、子供神輿の準備をしている場に遭遇する。
杏寿郎は近くの子供に何の祭りかと尋ねると、
「あっちのお山にある神社に、豊作祈願をお参りするんだよ」
と教えてくれた。
「お山の神社……」
「ほら、あの山だよお若いの。まぁ山と言っても、神社までは階段でずっと行けるがね」
と、神輿の準備をしていた大人たちも教えてくれる。
だがその大人たちの表情は、どこか重くも感じられた。
「何か不安でもあるのだろうか?」
「ん? あぁ、あんた、他所から来た人だね」
杏寿郎が頷くと、世話好きそうな中年の女性がやってきてぺらぺらと喋り出す。
「ここ一カ月ぐらいでねぇ、山菜取りだ祭りの準備だので山に入った人たちが、何人か熊に襲われてねぇ」
「熊に?」
「そうなんだよ。いやね、見た人はいないんだよ。襲われた人はみんな、その……」
ここで女性は杏寿郎に耳を貸せと言うように合図をし、杏寿郎はやや腰を落とす。
耳元で囁かれたのは「喰い散らかされてたんだよ」という、なんともおぞましい言葉だった。
「それにね、ここから山まで歩いて十五分ぐらいなんだけどね。その間に提灯をぶら下げて足元を照らすんだけども、その柱を立てる作業をしていた人もね、二人襲われちまって」
「一度人間の味を占めた熊は、人食い熊になるって話は聞くけども……まさかこんな近くに出るとはなぁ」
「猟銃持ったのが山に入ったけど、全然見つかんなくってよぉ」
「まぁ祭りは子供も大人も、何十人も集まって大声で騒ぐから大丈夫だろう」
確かに相手が熊であれば、それで逃げるかもしれない。
だが──
(熊ではなく、町の人を襲ったのが鬼であればどうだ?)
考え、そして一つの結論を出す。
「なるほど……山か」
「赤木尾に鬼が出るって言ってたのに、山かよぉ」
「いや、あの山も住所で言えば赤木尾になってます。神社は……確か神主さんがひとりで住んでいるような小さいものですよ」
新米隊士がそう話し、杏寿郎は感心したように彼を見た。
「調べたのか?」
「あ、いえ。俺、ガキの頃はこの町に住んでまして。あ、でも東地区だったんで、神社の祭りには参加したことないんですけどね」
「地区によって参加不参加があるのか?」
「えぇ。神輿の祭りは同じなんですけどね、要は最後に周る場所が違っていて──」
赤木尾の町には東西南北の地区に分かれて、それぞれ神輿を担いで町内を練り歩く祭りがある。
神輿は最終的に神社に奉納されるが、西地区以外からだと遠く、祭り当日ではなく後日納められることになる。
「つまり、祭り当日である今夜は──」
「西地区の者だけが神社に行きます。大人や子供合わせて、たぶん三十人ぐらいいるとは思いますが」
町の中に屋台は出るが、神社までの道中にそれはない。
辺りを照らすのは提灯だけだが、今年は
「でも、三十人もいたら襲ってきますかね?」
「鬼が単体であれば襲ってはこないだろうな。例えばひとりふたりになるような状況があるのであれば襲ってもこよう」
「うげ……それって鬼が複数かもってことですよね?」
「はっはっはっは。心配するな! こちらも複数なのだから、なぁ、冨岡?」
突然振られた冨岡は焦り、ただただ頷くしかなかった。
「とにかく、今夜の神輿祭りには俺たちも同行しよう。ただ町を空にするのもどうかと思って……」
むぅっと考え込む杏寿郎を見て、珍しく冨岡が口を開く。
「町は……人通りが増えるのだろう?」
「え、ええ。普段は夜になると家から出ないような人たちも外に出てきますし、屋台もありますから」
「大勢が賑わう場所で人を襲うより、少しでも人数の少ない方を選ぶだろう。祭りの参加者とて、常に全員がまとまって行動するとも限らない」
冨岡が随分と長く話すものだから、一同唖然として彼の言葉を聞いていた。
杏寿郎だけが嬉しそうに頷き、「では七人で!」と補足する。
「祭りは何時から始まるのだろうか?」
「あ、夕方からですが、まずは町を練り歩くので、西地区の神輿が神社に向かうのは二十時頃からです」
「念のため、神輿が町にある間は巡回をするべきだろうか?」
一同を見渡し、彼らが頷くのを確認して杏寿郎は冨岡を見る。
お互い頷き合い、それまで体を休めることに。
「祭りかぁ……子供の頃の思い出が、まさかこんなことになるとは」
「辛いな……しかし! 鬼を倒せば来年からまたよき祭りとなろう!!」
「はは、そうですね。あー、俺。この祭りが終わると誕生日なんですよ」
この日は四月二十五日。まもなく五月になる。
それをふと思い出し、杏寿郎はぽんっと手を叩く。
「よもや! では俺と近いという訳か」
「あ、そうなんですか。俺、来月の一日なんですよ。それで十八になるんですけどね」
「そうか! 年上だったのだな!! 俺は十日で十七になります!」
「え? いや、急に敬語とか止めてくださいよっ」
「あなたも年下の俺に対して敬語なのだから、こちらも敬語を使わねば申し訳ない!!」
「い、いや、わかった。分かったよ。敬語使わないから、普通に、ふつーっに」
あたふたとする新米隊士を見て、笑みを浮かべると「分かった!」と返事をして杏寿郎はこれまで通りの口調で話す。
その様子を冨岡は部屋の隅から眩しそうに見ていた。