夕暮れ時。まだ西の空が赤く染まる時刻に、鬼殺隊隊士らは動き出した。
神輿が町にある間はそれぞれの組に分かれて巡回をし、万が一鬼が町に来ていないかと警戒する。
が、やはり鬼は現れず。
「俺と宇城枝、それから米三の三人で神社に先行しよう」
残りの四人が祭り神輿と一緒に神社を目指す。
参加者の中には酒が入り、千鳥足になっている者もいる。行列から遅れてひとりになったところを、鬼に襲われる可能性もあるだろう。
「祭りを中止させて、さくっと鬼を狩るほうが楽なんだろうけどなぁ」
「そうだな! だが俺たち鬼殺隊は公の組織ではないし、鬼の存在を知らない、信じない者も決して少なくはない。話したところで信じて貰えねば、祭りの中止も不可能だからな!」
「特に町の人間は鬼なんて信じませんよね。田舎のほうが、案外信じている人もいたりするんだよな」
都会に行けば行くほど、殺人事件は日常茶飯事になっている。
鬼ではなく、人同士の争いで出る変死体だってあるぐらいだ。
そこに本物の鬼が現れて人を喰らい、遺体を残して捨て去っても、それが鬼の仕業だとは誰も思わないのだ。
「せっかくの祭りなのだ! 知らない人らには、楽しい思い出だけを残してやろうではないか」
「……そうだよな。誰にも……あんな思いはさせたくない」
この町で生まれ、祭りを知る隊士がぽつりと漏らす。
家族と共に母方の祖父の家へ遊びに行って、そこで鬼に襲われ家族全員失った。
同じ思いを他人に味合わせたくはない。
その思いで鬼殺隊へと入ったのだ。
そんな青年──宇城枝の肩を杏寿郎が叩き「その通りだ!」と鼓舞する。
杏寿郎を含めた三人が神輿行列に先立って出発する。
神社までは提灯を掲げた柱が点々し、道に迷うことはない。
速足で駆け、周囲に注意を払うが鬼の気配はなし。
「やっぱり神社かな?」
「神主さんが住んでいるんだろう? もしかして襲われてもういないんじゃ」
「その可能性は十分あるだろうな!」
同時に、神主が鬼だという可能性も杏寿郎は考える。
以前退治した、寺の住職だった鬼のことを思い出す。
世話をしていた子を喰って後悔し、自らの死を望んだ住職のことを。
神輿の執着地点である神社のある山の麓までやって来ると、三人は長い階段を見上げた。
「この先か?」
「そ。ここ上るの結構大変なんだよ。二百段ぐらいあってさ」
「うへーっ。勘弁してほしいなぁ」
「うむ! よい鍛錬になりそうだな!!」
なんなら駆け足気味に上っていく杏寿郎を見て、残りの二人は顔を見合わせため息をつく。
杏寿郎は階段を上りながら、近づく気配に視線を向けた。
階段の両脇は杉の木が立ち並び、その隙間から見慣れた人物が顔を覗かせる。
「夢乃、来ていたか」
「今来たばかりでまだ上には行っていないが……」
「気配はあるのか」
夢乃が無言で頷き、すぅっと下がる。
後ろから必死に追いつこうと、二人の隊士が駆け上がって来たからだ。
「そんなに走っていると、バテで鬼どころではなくなるぞ? ここで少し休もう」
「いや、でも──」
「休もう!」
「あ、はい」
杏寿郎に気圧され、二人はその場に腰を下ろす。
「神輿行列はまだだな?」
「んー……あぁほら。あの辺りに動いている灯りがあるだろう? あれが神輿だ」
「子供もいるから、移動は遅いんじゃないか?」
「その方が都合がいい。この上に鬼がいれば、先に倒しておきたいしな」
既にいることを知っている杏寿郎は、階段の先を鋭く睨む。
すると休んでいた隊士が立ち上がり「もう大丈夫です」という。
「うむ! 君たちも早く、全集中の呼吸を会得するといい。このぐらいの階段であれば、苦になることもなく上れるようになるぞ!」
「呼吸かぁ……育手のじーさんに習ったけど、まだ上手くできないんだよな」
「焦ることはない! 毎日鍛錬を積み重ねれば、必ずや会得できる日が来る!!」
「れ、煉獄も、やっぱり努力してきたのかい?」
「うむ! 俺は幼いころから父に修行を付けて貰っていたから、君たちよりは恵まれた環境だったかもしれないがな。だが努力なしで強くなれるものではない!」
鬼狩りの家系に生まれたから、何もせずに強くなれる──なんてことはない。
努力をしてやっと呼吸法を使いこなし、全集中が出来るようになり、そして常中が使えるようになった。
「最初は俺だって何も出来なかったさ。そんなのは当たり前だ。出来なくて当然!」
「そ、そうなんだ。煉獄家っていえば特別だって、みんなが言ってたけどさ」
「でも逆に重圧心とか、半端なさそうだよな。周りの期待に応えている煉獄は、やっぱり凄いよ」
「俺が? 周りの期待……どんな期待を寄せられているのかは知らないが、俺は俺の責務を全うするだけだ。そろそろ二人とも、集中だ」
頂上まであともう少しの所までやって来ると、杏寿郎は左手を柄に置いた。
それを見て二人も身構える。
やがて階段の最上段まで上り、鳥居を潜るとそこに人影があった。
「おや? 神輿がもう来たのか?」
「いや! 我々はただの見物客だ。神輿が遅いので、先にやって来た」
「あぁ、そりゃあ子供の足に合わせて歩いてるからなぁ、仕方ないさ」
そう言って朗らかに笑う老人と、他に四人の姿が見える。
杏寿郎も明朗快活な笑みを浮かべるが、その瞳の奥には闘志を宿す。
(しまった……一体ではなかったとは)
杏寿郎らに笑顔を向ける老人と、他に三人は確かに人間だった。
だが目の前にいる五人の中で一番若い、三十代半ばの男の気配は人のものではなかった。
更に鳥居の上。神社の周りの木の上など、気配がいくつも感じられる。
新米隊士二人も気づいたようで、その顔色は青ざめていた。
(恐らく初任務なのだろう。いきなり群れた鬼との遭遇とは、なかなかの試練だな)
守るべき者は四人、そして後ろに二人。
人に交じる鬼の頸を撥ねようとすれば、隠れているつもりの鬼たちが飛び出してくるだろう。
遅れれば誰かが犠牲になるかもしれない。
(冨岡を待ちたいところだが、彼が到着するときには神輿行列も一緒だ。面倒なことこのうえないな)
ふぅっとため息を吐く。
鬼の気配の中に夢乃のものはない──ように思える。
思ったよりもその数が多く、鬼としては気配の弱い夢乃のそれは辿れない。
もし近くにいるのであれば加勢をしてくれるだろうが。
「お、鬼だ……」
どうしたものかと思案する間に、新米隊士の宇城枝が呟く。
はっとなって杏寿郎が振り返り、よせと言わんばかりに頸を振る。
が、彼はそんな杏寿郎のことなど見ていなかった。
緊張のためか、肩で呼吸をしながらその目はただ一点を見つめている。
人に交じって祭りの準備をする鬼だ。ただその鬼をじっと睨んでいる。
「みなさん、逃げてください。今すぐ、ここからっ!」
「くっ。米田っ、警戒! 鬼は複数体だぞっ」
「え?」
杏寿郎が刀を抜き、町人のふりをする鬼の頸を狙った。
恐らく元々町人だったのだろう。祭りの準備をするうちに襲われ、命乞いをし、鬼となったのかもしれない。
宇城枝が叫んだことで、鬼はすぐさま老人を盾にしようと首を鷲掴みして杏寿郎へと向かって放り投げる。
杏寿郎にとって最も面倒な状況になった。
老人を受け止め直ぐに脇へとやったが、鬼は宇城枝に向かって腕を伸ばす。
その掌には杭のように骨が伸び、宇城枝の喉を狙っていた。
宇城枝とて最終選抜で藤襲山での七日間を生き残った者だ。
咄嗟に刀でそれを弾くと、鬼の腕を掻い潜って一太刀浴びせた。
が、傷は浅く、鬼にとってさしたるダメージすら与えられない。
だが、僅かな隙を生むことは出来た。
「炎の呼吸、弐ノ型──昇り炎天!」
宇城枝の脇から回り込むようにして杏寿郎が技を放つ。
「ぎっ」
刀を押し返そうと腕を伸ばすが、それを真っ二つに切り裂き、勢いはそのままに頸を刎ねた。
「ひっ。人殺し!?」
「お前ぇら、な、なにしやがる!?」
鬼だと気づけない町人たちは、杏寿郎らが人殺しだと勘違いして叫ぶ。
「ち、違うっ。俺たちは──」
「構うな米三! 四方に気を配れっ。次、来るぞっ」
ずしんっと音がして、木の上で気配を殺していた鬼たちが地に下りる。
ぎょっとする隊士たちの反応が遅れ、米三が鬼のひとりに蹴り飛ばされた。
「がはっ」
「米三あぁぁ!?」
「宇城枝っ、町の人を守れっ。優先事項だ!!」
隊士よりも一般民の命を優先する。それは鬼殺隊にあって当然のことだった。
それに──杏寿郎には見えていた。
米田が咄嗟に受け身を取り、最小限のダメージに留めたことを。
(なかなかやるもんだ。ならこちらは──)
「炎の呼吸、壱ノ型──不知火」
ぐっと足を踏み込み、業火のごとく地を蹴る。
一瞬にして一体の鬼の頸を刈ると、二匹目に狙いを定める。
が、
「血鬼術──鉛泥の雫」
ぽたりと鬼の指先から血が滴る。
すると途端に、周辺の土がどろりと崩れた。
「炎の呼吸、参ノ型──気炎万象!」
杏寿郎は咄嗟の判断で技を繰り出し、上から下へと圧を叩きつけた。
その衝撃で杏寿郎の体がふわりと浮く。
そこへ別の鬼がやって来て、杏寿郎に襲い掛かろうとした。
「てめっ。人の獲物を!?」
「はっはーっ。んなもんは殺ったもん勝ち──」
「炎の呼吸、参ノ型──気炎万象! 肆ノ型──盛炎のうねり!!」
空中で体勢を変えるために技を出し、そして飛び込んで来た鬼を螺旋に舞う炎で焼き切る。
と同時にまだ原型を留める鬼の背を足場に、杏寿郎は跳躍した。
(体がいつになく軽い……羅刹の訓練のおかげか?)
呼吸は常中までで、羅刹は使用してはいない。
使うな──というのが夢乃からの指示だからだ。
だが明らかにこれまでとは違う。
反応速度の早さと、それに対応しきれている肉体。
確実に力をつけている、と杏寿郎は実感できた。
着地したのは泥沼の血鬼術の範囲外。
「け、血鬼術──鉛泥の雫!」
再び血鬼術を使う鬼を見て、すぐさま杏寿郎はその術の範囲を理解した。
(先ほどは血の一滴で約一間(約1.8M)ほどが泥のようになったが、今度は血の量が増えたにもかかわらず、その範囲は同じ……血の量は関係ないということか)
とはいえ、そこかしこを泥の沼と化されては至極厄介。
「くはははは。どうだ、近づけまい! 血鬼術──」
「壱ノ型──不知火!」
鬼の血が地に落ちるよりも先に、杏寿郎の炎刀が唸る。
勝ち誇ったかのように笑う鬼の頸が、薄っすらと雲のかかる夜空へと舞った。