鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第四十八話:冨岡義勇

「水の呼吸、漆ノ型──雫波紋突き」

 

 静かな声が夜の闇に響く。それと同時に鬼の頸が舞った。

 

「来たか冨岡!」

「神社の階段を上るよりも前に女の鬼が襲って来た」

「女の?」

 

 それはもしかして夢乃の事だろうかと、杏寿郎は一瞬不安になる。

 

「み、神輿行列の参加者は?」

「他の隊士に護衛をさせ、町に引き返させた」

「鬼は?」

「……逃げられた。それを追ってこっちに来たのだが……随分と想定外な状況になっているようだな」

「うむ。よもやこれほどの鬼がいようとは、思ってもみなかったな!」

 

 逃げられたと、唇を噛んで言う冨岡に対し、杏寿郎はほっと胸を撫でおろす。

 

「ひ、ひぃぃっ。化け物だ。なんで、なんでこんな化け物がっ」

「助けてくれっ。助けてくれえぇっ」

 

 ようやく事態を理解した町人四人が悲鳴を上げ助けを乞う。

 彼らの下にも鬼が一匹迫ろうし、それを宇城枝と米田の二人が辛うじてしのいでいた。

 二人には浅い傷がいくつもあり、既に鬼を一体、協力して屠っている。

 対峙する一体を、どうにかこうにかして首を刎ねるが、背後から鬼が強襲。

 

「炎の呼吸、壱ノ型──不知火!」

 

 二人の耳に声が聞こえるのとほぼ同時に鬼の頸が飛んだ。

 

「よく頑張った! 君たちのおかげで、町の人たちは無傷だ!! もうひと踏ん張りだ、共に頑張ろう!!」

 

 そう言って二人を鼓舞し、彼らの前に立つ。

 冨岡もすぐに駆け付け一体葬ると、杏寿郎に視線を送って互いに頷き合う。

 

 新米隊士二人の体力は既に限界が近い。その後ろには町の者もいる。

 その六人を挟むようにして立ち、二人だけで残りの鬼を退治することに。

 

「鬼は残り十二。君と俺とで六ずつ! 行けるか、冨岡」

「問題ない」

「よし!」

 

 杏寿郎が刀を構え、真っ直ぐ前を見据えて──不敵に笑う。

 それに腹を立てた鬼が奇声を発して襲ってくるが、これをあっさり返り討ちに。

 更に踏み込んで突撃の構えをすれば、そうはさせまいと鬼が二体襲って来た。

 

「炎の呼吸、肆ノ型──盛炎のうねり!」

 

 攻防一体の技で鬼を跳ねのけ、確実に頸を落す。

 

「残り三!」

「残り二だ」

「よもや!? むぅ、後れを取ったか。はぁっ!」

 

 もう一つ、鬼の頸が舞う。

 

「ひっ。こいつら……強ぇーっ」

「くそっ。牙羅罵様だ。あの人に助けを──」

 

 悲鳴のように叫ぶ鬼の頸は、冨岡の蒼い刃によって両断された。

 それを見て残った三体の鬼が脱兎のごとく駆け出す。

 

「逃げるかっ」

「待て煉獄っ。(まだ他に鬼がいるかもしれないから)鬼は俺が追う」

「しかしっ」

「(お前より)俺の方がまだ体力も余っているし、何よりあの女の鬼が気になる。あの女……ただの鬼ではない気がする」

 

 それだけ言うと冨岡は逃げた鬼を追って神社の奥、木々が生い茂る山へと駆けだした。

 

 鬼は残り三体。だが最後に冨岡が斬った鬼の言葉にあった牙羅罵(がらと)という名の、別の鬼がいることは明白。

 しかもその鬼に助けを求めようとしたあたり、先ほどまでの鬼たちとは別格の強さを有しているはず。

 

 だが、冨岡の言ったことにも一理ある。

 

(他にまだ鬼が残っていれば、俺がここを離れることで──)

 

 新米隊士は既に立っていられないほど体力を奪われている。精神的にも限界だ。

 重症ではないにしても、細かい傷が無数にある。

 

「くっ」

「私が行く。お前は二人の手当てをしていろ。もうすぐ神輿を引き変えさせていた隊士も到着するだろう」

「夢乃!?」

 

 声が聞こえ、それからぽんっと杏寿郎の頭に何かが乗せられる。

 それを手にした時には、夢乃の姿は既に山へと消えていた。

 

 頭に乗せられたのは巾着袋で、中には応急処置用の医療品が詰め込まれていた。

 

「頼んだぞ、夢乃」

 

 胸騒ぎがする──そう思って、杏寿郎は唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

「水の呼吸、壱ノ型──水面斬り」

「ひぎゃあぁぁぁっ。が、牙羅罵……さ、ま」

 

 追った鬼の最後の一体を倒した冨岡は、それでも警戒を解くことなく身構えたまま集中する。

 牙羅罵と呼ばれた鬼が、すぐ近くまで来ていることを肌で感じた。

 

 ピリピリと刺さるような気配に、冨岡が喉を鳴らす。

 

「はぁん。一般隊士か? ちっ、しけてんなぁ。柱を連れて来いよ、柱ぁ」

 

 音もなく現れた鬼は若く、神主が着る装束を身にまとっていた。

 

「お前があの神社の神職の者か」

「あぁ? 俺が神職かって? んな訳あるか。神主は喰っちまったからな、誰も変わりがいないんじゃかわいそうだからよぉ。ケヘヘヘ」

 

 つまり神主は既に鬼に喰われたあとだった。

 

「んで、お前は一般隊士だろ? 知ってるぜ、俺。十二鬼月を倒せば、確か柱になれるんだっけ?」

「……」

 

 鬼が目を見開くと、そこに『下禄』という文字が見えた。

 十二鬼月、下弦の禄。それがこの鬼の正体だ。

 

「じゃあさ、お前が俺を倒せば、めでたく柱になれるってことだ」

「俺は……柱に相応しい人間ではない」

 

(煉獄のような男こそ、柱に相応しい……俺は……ただ生かされているだけで、強くなどない)

 

 仲間を気遣い、励まし、勇気づける。そんな煉獄杏寿郎こそ柱に相応しいと思った。

 自分にはないものを持つ男こそ。

 

 だが今目の前にいる鬼を、だからといって彼のところまで連れて行き、さぁ首を刎ねろという訳にもいかない。

 

「俺は柱に相応しくはない。だがお前はここで──斬るっ」

「はっはーっ。やれるもんならやってみろ! 血鬼術──鬼爆葬送!」

 

 鬼が手を伸ばし、何かを掴むように拳を握った。

 

 どんっと、冨岡の胸元が爆ぜる。

 

「がはっ──」

「ひぃーっひっひ。痛いだろう? 苦しいだろう? 俺の可愛い虫たちが発破となって、お前を襲うんだぜ」

「虫?」

 

 冨岡は胸を押さえ痛みに耐え辺りを見渡す。

 ぶぅーんっと翅虫が冨岡の周辺を飛び交う。見た目はただの虫だが、飛び肩が不自然だ。明らかに冨岡の周りをぐるぐると回っている。

 

 幸いなのは隊服が凌いでいることだろう。多少のほころびはあるだろうが、破れてはいない。

 

(殺傷能力は低いのか。それとも──)

 

 術の威力も自在なのか。

 痛みに耐え、冨岡が刀を構え呼吸を整える──が、僅かに動いた途端、ぼんっ、ぼんと爆ぜる。

 

「くはっ」

「ぎゃははははははは。お前が動けば可愛い虫たちに飛び込むよう命令してあんだよ!」

 

 虫は小さく、数も多い。

 その動きを完全に把握するのは難しい。目の前の虫を避けようとすれば、別の虫が飛び込んでくる。

 攻撃しようと動いても、結果は同じだ。

 集中砲火を浴びれば、ただでは済まない。

 

(それならそれで……俺はいい。奴の頸さえ撥ねられればそれで)

 

 死をいとわず、生きることになんの執着もない。

 それが冨岡義勇という男だった。

 

 自分が死んでも、代りになる者はいくらでもいる。むしろ自分こそが死ぬべきだったのだと、あの日、最終選抜が終わりを迎えた日からずっと思い続けていた。

 ここで下弦の鬼を倒して死ぬのなら、少しは彼らのためになるだろう。

 

(それとも、この鬼は煉獄のために残しておくべきだったか?)

 

 そして一歩、踏み込む。

 ぼぼぼんっと何匹もの虫が冨岡に触れ、爆ぜる。

 鬼殺隊隊服は特殊な繊維で作られており、弱い鬼の斬撃程度は防ぐことができる。

 翅虫の爆発威力もそれに等しいのか、隊服を破るほどではない。

 が、爆破の衝撃は確実に冨岡へとダメージを与えていた。

 更に隊服で守られていない部分には傷をつくり、頬に血が滲む。

 

 それでも冨岡は気にせず鬼へと跳躍し──

 

「水の呼吸、捌ノ型──滝壷」

「ハッ! 正面から突っ込むとはなぁっ。血鬼術──鬼爆大葬送!」

 

 鬼の右手がぱっくりと開き、そこから(イナゴ)の群れが飛び出してくる。

 

 小さな翅虫の何十倍もの大きさの蝗。それが全て爆弾であるならば──

 

(奴の頸に届けばそれでいい。それで……)

 

 光を失くしたその瞳を鬼に向け、冨岡は刃を振るう。

 その刃が鬼へと肉薄する直前──

 

「氷の呼吸、祇の型──氷柱一閃!」

 

 凛とした声を共に、冨岡と鬼との間に氷柱が出現した。

 

 

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