鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第五十話:くるくると回転する朱色の傘

「入れ替わりの激しい下弦ですから、恐らく穴を埋めるために補充された鬼でしょう」

「まぁそうだとは思った。発破の威力が低かったし」

 

 東京市内を夜な夜な歩き回り、十二日目にしてようやく猫の茶々丸を見つけることができた。

 茶々丸の案内で珠世の今の住処へと案内され、採取した鬼の血を預けたのが小一時間前だ。

 

「愈史郎は?」

「今はお使いに出ています。まもなく戻る頃でしょう。ほら、噂をすれば」

 

 どどどどどどっと、階段を駆け下りてくる音がした。

 そして戸がバーンっと開かれ、愈史郎が物凄い形相をして登場した。

 

「誰だ! 俺がいない時を狙って珠世様に近づく不届き者は!!」

「私だ」

「なんだ夢乃か」

 

 突然興味無さそうにテンションの下がる愈史郎。

 

「珠世様、荷物を置いてきますね。ついでにお茶にしましょう」

 

 愈史郎の態度がころりと変わる。

 笑みを浮かべ奥の部屋へと向かう愈史郎と、夢乃はくすりと笑って見送った。

 

「相変わらずだな、愈史郎は」

「ふふ。夢乃さんも休んでいかれては? 今夜はこれから雨になるようですし」

「雨なら今しがた、降り始めましたよ珠世様」

 

 声が聞こえたのか、奥から愈史郎の声が聞こえる。

 ややして彼がティーセットを手に戻って来た。

 

「今夜はどしゃぶりだぞ」

 

 と、愈史郎は夢乃にも紅茶を差し出した。

 

「砂糖は三つだったよな」

「ん」

「お子様」

 

 ぽつりと愈史郎は呟き、淹れたての紅茶に角砂糖を三つ入れた。

 かき混ぜ、それから夢乃へと手渡す。

 

「君に言われたくはないなぁ」

「さ、珠世様」

「ありがとう、愈史郎」

 

 微笑む珠世を見て、愈史郎は天にも昇る気持ちでいる。

 そんな姿を見て、夢乃の顔もほころんだ。

 

(珠世さんが愈史郎と鬼に変えて十八年ぐらいだろうか……あの頃と何も変わらない姿にも、そろそろ慣れてきたのだろうな)

 

 病で長い間伏せっていた愈史郎は、どの医者からも「長くはない」と言われていた。

 それでも諦めきれなかった親が、どこからか連れてきたのが珠世である。

 彼女を見た時、愈史郎は一目で心を奪われた。

 

 病に蝕まわれ、苦しい思いをし続けるぐらいならさっさと死んでしまいたい──そんな風にも思っていた愈史郎が、生きたいと願ったのはこの時が初めて。

 生きて珠世の傍にいたい。

 悲しみに満ちた彼女に、笑顔を取り戻させたい。

 そう願い、愈史郎は珠世に懇願した。

 

「俺を鬼にしてください。珠世様と同じ鬼に!」

 

 珠世も最初こそ拒んでいたものの、いつしかそれを受け入れ愈史郎を鬼に変えた。

 

 で、愈史郎は幸せになった。

 病で苦しむこともなければ、珠世の傍にずっといられるのだから。

 

 愈史郎が鬼になって数カ月後に夢乃と出会っている。

 

「うわっ。凄い降りようですね」

「そうですね。夢乃さん、こんな雨ですもの、泊まっていって」

 

 地下室にいても聞こえるぐらい雨の音は大きく、珠世が心配そうに眉をしかめる。

 普段であれば無言の「帰れ」コールを送る愈史郎も、流石にこの雨では追い出す気もないようだ。

 

「部屋、用意してきます」

 

 そう言って愈史郎が立ち上がる。

 その後姿を見送り、夢乃は紅茶をすすりながら思い出す。

 

 ──二週間以内に戻ってはこれないものだろうか?

 

 そう言った杏寿郎の言葉を。

 

「珠世さん。やはり帰ります」

「けれど……いえ、貴女の帰りを待ってくださる方がいるのですね」

「ん……い、いや、別に珠世さんが思っているような相手では──」

「ふふ。私がどんな風に思っている、というのかしら?」

 

 艶やかに笑みを浮かべ、悪戯っぽく尋ねる。

 余計なことは言うまいと夢乃は決め、立ちあがって愈史郎の後を追う。

 

「愈史郎、愈史郎! 部屋の用意はいい。もう行くから」

「行く? おい、外はどしゃぶりだぞ。濡れるし、袴も汚れる」

「うん。でも明後日までに戻りたいんだ」

「……ちょっと待ってろ。前に買ったたっつけ袴があるんだが、着ていないんだ。お前にやるから、それに穿き変えろ」

 

 愈史郎が奥からごそごそと袴を持って来て差し出す。

 

「それよりはまだ濡れる面積が少なくて済む」

「あ、ありがとう……いいのか?」

「いいから着替えてさっさと帰れ」

 

 押し付けるように袴を渡すと、愈史郎は珠世のいる部屋へと行ってしまった。

 

 

 

 

 

「それでは気を付けて」

「明日もきっと雨だぞ。運が良ければ日中にも歩けるかもな」

「雨雲が分厚ければな。愈史郎、ありがとう。珠世さんも傘、ありがとうございます」

「いいのよ、気にしないで」

「そうだ! その傘は珠世様には似合わない!! だから心置きなく持って行って、それからぶっ壊してくれ」

 

 愈史郎の様子から、どうやらこの朱色の傘は男の患者からの貢ぎ物かもしれない。

 そんな風に考えながら、思わず笑みが零れる。

 

「じゃあ、次は……年末ぐらいかな?」

「えぇ、その時にはまだここにいると思うから」

 

 頷き、夢乃は珠世から渡された傘を差して一歩外に出た。

 降りしきる雨が傘に落ち、激しく音を立てる。

 

 改めて振り返って頭を下げると、夢乃は帰路へと着いた。

 

 さすがにこの豪雨だ。

 普段であれば街灯が完備されているここ東京市内では、この時間帯であっても人通りは多い。

 だが今、通りを歩く人の姿は僅かでしかなかった。

 その雨の中を西に向かう。

 

(愈史郎に袴を貰って正解だな)

 

 既にたっつけ袴もずぶ濡れ状態だが、普段着の袴に比べて膝下は細くなっている分、濡れる面積は少ない。

 普段着の袴であれば、水を吸えば重くなって歩くのもおっくうになるほど。

 それでも歩くたびに袴が肌に張り付き、不快なことに変わりはない。

 

 時折雨宿りをしつつ西を目指し、ついには夜が明けた。

 が、雨はいぜん止む気配はなく、分厚い雲に覆われた空はまるで夜のようだった。

 

(うん。これなら日差しを避けて隠れる必要もなさそうだ。雲の流れをよく見ながら歩いて行こう)

 

 鬼になってから、日中に外を出歩くことなどほとんどなくなった。

 今日のように分厚い雲に覆われた日であれば陽光も届かず、そんなときだけ外に出ることはあった。

 

 太陽の日差しはなく、暗いことに変わりはない。

 だけど日中だというだけで、夢乃の気分は晴れ渡っていた。

 

 そのせいもあったのだろう。

 

 昼前に駒澤村に入ったのだが、近づくまで気づけなかった。

 

 前方からやって来る二人が、煉獄兄弟だったことを。

 

 そして杏寿郎も気づかなかった。

 普段と違うたっつけ袴姿に、そして傘を差していたので顔が見えなかったのだ。

 

 真っ先に気づいたのは弟の千寿郎だった。

 

「ぁ」

 

 呻くような小さな声を上げ、千寿郎は兄の着物の裾を掴んだ。

 

「どうした、千寿郎」

「いえ、あの……(どうしてこんな時間にあの人が……そうか、日差しが出ていないから出歩けるんだ)」

 

 千寿郎は前から歩いて来る人物が、己を救ってくれた鬼の女だと気づいた。

 兄はまだ気づいていない。

 でもこのまま進めば確実に気づいて、そして──

 

(兄上があの方の頸を撥ねてしまう……それは……嫌だ)

「あ、兄上!」

 

 千寿郎はわざと大きな声を出し、前からやって来る鬼の女に気づかせる。

 そして千寿郎の願いは叶い、夢乃はその声で傘を上げ、二人の姿を確かめた。

 

(煉獄……と弟の千寿郎? しまった、これは……面倒ごとになりそうだ)

 

 と思ったが、気づいているのは弟のほうだけだと理解して、慌てて踵を返す。

 だが間の悪いことに、杏寿郎がこの時になって夢乃に気づいた。

 

「ゆめ──」

 

 呼び止めようとしてハっとなる。

 隣には千寿郎がいて、その千寿郎が必死な形相で自分の袖を掴んでいるのだ。

 

「せ、千寿郎」

「兄上! か、買い物忘れがありますっ。戻りましょうっ!!」

「か、買い忘れ?」

「そうです! 今日必要なんです!! 明日は兄上の誕生日ですから、兄上の好物をたくさん作りたいんです!!」

「そ、そうか。う、うむ、分かった。では引き返そう」

 

 弟が必死に自分を彼女に近づけさせまいとしていることが、杏寿郎には分かった。

 それは自分と夢乃とが知己であることを千寿郎は知らない。知らないからこそ、鬼殺隊である兄と、鬼である夢乃とを合わせたくないのだ。

 そうだと分かっているからこそ、杏寿郎は弟に合わせてやることにする。

 

 千寿郎に手を引かれ踵を返し、それからちらちを後ろを振り返る。

 大粒の雨の向こうに、くるくると回転する朱色の傘が見えた。

 

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