鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第五十二話:五月十日

 五月十日。

 十七回目の誕生日を迎える煉獄杏寿郎は、日の出と共に任務へと向かう羽目になった。

 

「千寿郎、せっかく俺の好物をと準備をしてくれていたのにすまない」

「いえ……帰って来られた時に、また作りますから」

「うむ! きっと直ぐに片付けて戻ってこよう」

 

 杏寿郎はそっと小さな背中に手を回し、優しく手繰り寄せた。

 

「いつも寂しい思いをさせてすまない。兄として……不甲斐ないばかりだ」

「そんなっ。そんなことありません兄上」

 

 ぱっと顔を上げ、千寿郎は兄の羽織を掴む。

 

「寂しくない……訳じゃありません」

 

 本当ならこの時、千寿郎は「寂しくはありません」と言おうとしたのだが。

 千寿郎自身も驚くほど本音が零れた。

 

 無理をするな。虚勢を張る方がよくない──誰かにそう言われたからかもしれない。

 

「でも! 俺は兄上を信じています。どんな過酷な任務だろうと、兄上はかならず帰って来て下さると。だから……安心して待っていられるんです」

「千寿郎……。あぁ、兄は必ず帰って来る。お前の下にな」

「はい! あ、でも……兄上はその……想い人の下へもお戻りになられるのですよね」

「む!? いや、その……千寿郎……俺の想いは……」

 

 歯切れの悪い兄の態度に、千寿郎はなんとなく察する。

 

「その方はきっと、兄上の良さを理解していないのです! 兄上はこんなにも優しくて、強くて、カッコいいのに!!」

「は、ははは」

「それにしても、いったいどこのどなたなのですか兄上。俺が行って兄上の良さをたっっっくさん、お話して聞かせますよ!」

「いや、千寿郎……それはちょっと……はっ! そ、そろそろ出立せねば。では、行ってくる」

 

 妙に気合を入れる弟に若干気圧されつつ、杏寿郎は逃げるように歩き出す。

 その背中に向かって、千寿郎は慌てて石を打ち鳴らした。

 

「行ってらっしゃいませ、兄上!」

 

 どうかご無事で──そう、千寿郎は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

「柱との合同任務?」

「うむ! だから今回、君はここで待っていてくれ!!」

「頼まれてもついて行くわけないだろう。しかし祝いの日もあったものではないな」

「うむ。鬼殺隊となったからには、任務が第一だからな。仕方のないことだ!」

 

 杏寿郎は任務のことを伝えに夢乃の下を訪れていた。

 

 任務なのだから仕方ない。

 そう言いつつ、杏寿郎は何かを期待するような視線を彼女へと送った。

 まっすぐ焔色の瞳に見つめられ、察した夢乃がため息を吐く。

 

「あー、はいはい。おめでとうおめでとう」

「投げやりだな!」

「残念ながら私に、昨今の『誕生日祝い』の習慣はないのでな。そもそも個人の誕生日がどうのこうのというのは、明治になってからだろう」

「そうか。君は数え歳のほうだったな」

 

 江戸の時代には、正月を迎えることで全員が一歳年を取るという数え方をしていた。

 この大正の時代では、個人の生まれた日を誕生日とすることが浸透し始めたばかり。

 夢乃にとってそれは馴染みのない習慣でもあった。

 

「いいからさっさと出立しろ」

「むぅ。冷たいな君は。弟子が可愛くないのか」

「……自分で弟子可愛いなんて言って、恥ずかしくないのか? 十七だろう? ん?」

 

 夢乃が首を傾げ、杏寿郎の顔を覗き込む。

 覗き込まれたほうは耳まで真っ赤にさせ、唇を尖らせそっぽを向いた。

 

 不貞腐れる杏寿郎の頭に、ぽむっと夢乃の手が添えられる。

 

 ぽんぽんっと軽く二度ほど、その手が上下する。

 それだけで拗ねていた杏寿郎の心がほぐされていった。

 

「うむ! では任務に行ってくる!!」

「柱がいるのなら、厄介な鬼かもしれないな」

「心配してくれるのか!」

 

 杏寿郎はくるりと振り返り、大きな目をきらきらと輝かせた。

 次に頬を染めそっぽを向くのは夢乃の番。

 

「い、いいから早く行けっ」

 

 そう言って彼女は屋敷の奥へと引っ込んでしまう。

 それを見届け、杏寿郎は「行ってくる!」と声を掛けてから屋敷をあとにした。

 

 林を抜け出したところで鎹鴉が合流する。

 

「杏寿郎オォー! 柱、柱ァーッ」

「柱がどうした!」

「新シク、水柱、任命、サレターッ!」

 

 杏寿郎は歩みを止めず、「そうか!」と声を上げる。

 特に驚いた様子もなく、その水柱が誰であるのか、既に分かっているようだった。

 

「つい先日、水柱様が引退を考えているという話を小芭内に聞いたばかりだが。これであの方も安心して退役出来るだろう!」

「カーッ」

「冨岡は強い! もっともっと強くなる男だ! 鬼殺隊の士気もきっと上がることだろう!」

「……カ、カァ」

「なんだ! 元気がないな!!」

 

 杏寿郎の鎹鴉は知っていた。

 冨岡義勇の鎹鴉から、冨岡という人となりを。だからこそ、隊士を鼓舞するタイプの男ではないことも理解している。

 士気向上に貢献できるとは、とても思えなかった。

 

「新たな柱の誕生か……俺も精進しなければな!」

 

 自分が炎柱になれば、父は安心してくれるだろうか。

 自分が炎柱になれば、父は喜んでくれるだろうか。

 自分が炎柱になれば、父は以前のように笑ってくださるだろうか。

 

 そんな想いが杏寿郎の心を過る。

 

「だが今はまだ柱ではない! 先のことより、今だ! よし、走ろう!!」

 

 杏寿郎は駆け出し、結局現場までの十里(約40km)を超える距離を走り続けた。

 到着したのは多摩川からほど近い農村地帯。遠くには今も残る武家屋敷が見えていた。

 

 到着した杏寿郎は、夜に備え休む場を探した。

 

「さすがに宿はないな」

 

 村をぐるりと一周してみたものの、昔の街道として使われていたような場所でもない限り、村に宿などはない。

 どこかの納屋でも借りようかと杏寿郎が思っていた時だ、

 

「ちょっとそこのお兄さん」

 

 女の声がして呼び止められた。

 見れば胸元を大きく着崩した着物の女がひとり、妖艶な笑みを浮かべ立っているではないか。

 

 咄嗟に杏寿郎は視線を逸らし「何用か」と尋ねる。

 年のころは自分とそう変わらなさそうに見えるが、大変発育のよろしい四肢は大人びて見えなくもない。

 

「あら、随分と初心じゃない。ふふ、お姉さんがいろいろと教えてあげてもいいんだけど」

「断る!」

「そ、即答ね……ふぅん。ってことは、心に決めた人でもいるってこと?」

「っ!?」

 

 杏寿郎は目をかっと見開き、耳まで真っ赤になると口をぽかんと開けたまま固まった。

 それを見て女はくすくすと笑う。

 

「ふふ。ごめんなさい。とりあえずこっちに。鬼殺のお兄さん」

「む? 鬼殺隊のことを知っているのか?」

 

 鬼殺隊は政府非公認の組織であり、その存在を知る者は少ない。

 知っているのは鬼殺隊に救われた者ぐらいなのだが──

 

「夫が鬼殺隊の隊士だから、ね」

 

 そう言って女は艶やかに笑う。

 

「よもや!? では奥方もご主人同様に?」

「違うわ。私は入隊はしてないの。あの方が嫌がるから……あ、こっちに来て。小さな村だから宿もないでしょ? 空き家を見つけて勝手に使ってんの。まだ他の隊士は誰も来てないのよね。あんたはここから近かったみたいね。どこから来たのさ?」

「うむ! 駒澤村からだ!!」

 

 杏寿郎の返答に、女は歩みを止めて硬直した。

 

「え……なんて?」

「駒澤村だ! 俺の生家はそこにある。そこから今朝、駆けて来た」

「か、駆けてって。ここから十里以上離れてるじゃないっ。それに、鎹鴉が任務を伝えたのって、明け方のはずよ?」

「うむ。任務を受けたのが日の出の頃だった故、それから支度をして直ぐに出立した」

 

 現在の時刻は午前八時を周るかどうかというところ。日の出時刻が五時の少し前なので、駒澤村から三時間ほどでここまで到着している。

 それを計算すると、女は再び驚愕する。

 

「ずっと走って来たのかい?」

「うむ! よい鍛錬になった!」

(鍛錬って……息も切らせてないじゃない、この男。そういえば前に天元様に聞いたかしら。燃え盛る炎のような髪の男がいるって。確か……)

「そう。あなたが炎柱ね。でも、柱が来るなんて──」

「それは父上だ! 俺は一般隊士で、柱ではない!!」

 

 快活に笑う杏寿郎に、女は申し訳なさそうに「ごめんなさい」と謝罪する。

 それを気に留める様子もなく、杏寿郎は歩き出した。

 すぐに女も後を追い、杏寿郎に並ぶ。

 

「私の名前は雛鶴。任務の間は、私たちがお世話をします」

「おぉ、そうか! 俺は煉獄杏寿郎。私たちということは、他にも隠か誰かがいるのだろうか?」

「隠ではないわ。私と同じ、天元様の──音柱、宇随天元様の女房なの」

「……にょーぼー……君と同じ????」

 

 杏寿郎には理解できなかった。

 

 女房とは、添い遂げたひとりの女に対して使う言葉ではなかっただろうかと。

 目の前でにこにこと笑う雛鶴以外にも、女房を持つ柱?

 

 雛鶴が案内したのは、村はずれにある一軒の民家。

 

「雛鶴さぁぁー……わっ。派手な髪型ぁ」

「須磨!? 失礼なこと言わないのっ。ごめんなさい煉獄さん、この子ちょっとお馬鹿だから」

「は、ははは。よく言われるので気にしないでくれ」

 

 杏寿郎の顔が引きついっているのは、女房が複数いるという事実のほうだった。

 更に奥からもうひとり、女が出てくる。

 

「もう来たのかい? 早くない」

「走ってきたんですって」

「どんだけ任務好きすぎるんだよ。まぁ入って入って。走ったのなら疲れてるだろ?」

「それがねぇ。ぜんっぜんそんな感じないのよ」

 

 そう言って雛鶴が杏寿郎を見る。

 それから二人を紹介した。

 

「こっちが須磨。で──」

「まきをだよ。よろしくね、えぇっと」

「れ、煉獄杏寿郎です!!」

「ひあっ。い、いや、そんなデカい声出さなくても聞こえるから」

 

 まきをが耳を塞ぎながらそう言うと、奥からひとりの大男が姿を現す。

 

「なんだ、随分ド派手な声がするじゃねーか……ってその髪は」

 

 長身な男は民家の戸に頭をぶつけないよう前屈みになって出てきた。

 銀細工のような髪に、輝石を嵌め込んだ額当て。支給された隊服は、その見事な上腕筋を締め付けないためか袖がない。

 額当てからぶら下がる輝石が、男が動くたびに光を放って揺れた。

 その顔には朱色の模様が描かれ、まさに『派手』の一言に尽きる。

 

「煉獄んところの坊ちゃんか?」

「坊ちゃんではないが、確かに俺は煉獄杏寿郎という名だ!」

「ふぅん……にしても、デケー声だなぁ」

「ありがとう!! それで、君が音柱殿という訳だな!!」

 

 真っ直ぐ前を見て、杏寿郎がそう問う。だが視線の先に大男はいない。微妙にずれている。

 

「……宇随だ。どこ見てんだ、お前」

「宇随殿か! 柱であるあなたのことは、尊敬に値する!! 共に任務が行えること、嬉しく思う!!」

「いや、人の話聞けよ」

「それで、到着早々申し訳ないのだが!」

 

 今度は視線を宇随へと移す。

 ぐるぐる眼に見据えられ、まるで蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かったような気になる宇随。

 一歩後ずさり「なんだ?」と、そう答えるのがやっと。

 

「朝餉を食べずに出て来たので──」

「あ、ご飯ね! うん、大丈夫。ちゃーんと用意してあるから」

 

 と須磨が言うと、杏寿郎の顔がぱぁっと輝く。

 それを見た宇随は、「子供かよ」と感想を零す。

 

「弟が用意してくれた握り飯があるのだが、どうせなら頂いてもいいだろうか?」

「もちろんだよ。ささ、上がって上がって。遠慮しなくていいよ? ここ、空き家だしね」

「といってもちゃんと掃除したから、綺麗なもんさ」

「だけど握り飯があるなら、そんなに入らないんじゃないの?」

 

 と雛鶴は言ったが、このあと三人の女房と宇随はドン引きすることになる。

 

 体躯の大きな宇随の手ほどもある巨大な握り飯が三つ。添えられたのは出汁巻き卵、二本と大根の漬物一本丸ごと。

 それだけでも驚くというのに、杏寿郎は更に須磨たちが用意した味噌汁を五杯、麦飯三杯、魚の塩焼きをぺろりと平らげる。

 

「ご馳走様でした! 走ったあとなので、少し控えめにしておこう」

 

 などと涼しい顔をして言っている。

 

「おい、まきを。米……米調達してこい」

「あ、あいよ」

「雛鶴と須磨も野菜をしこたま仕入れてくるんだ」

「わ、分かったよ」

「経費で落ちるかしら……」

 

 宇随はてきぱきを女房らに指示を出し、なんのことかサッパリといった様子の杏寿郎を見た。

 

(ド派手すぎるだろ、こいつの胃袋は) 

 

 宇随の財布はこのあと、ド派手に吹っ飛ぶことになる。 

 

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