鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第五十六話:贈り物

「今夜は暑いな!!」

「暑いなら声量を抑えろっ。聞かされているこっちが暑いわっ」

 

 梅雨が明け、初夏も過ぎると夜でも蒸し暑さを感じる時期になった。

 杏寿郎が任務で千歳に行き、もちろんそれに夢乃も同行。

 鬼の実力は大したこともなく、早々に任務を終わらせ駒澤村へと引き返す。

 日中は暑いからと、杏寿郎も夜のこの時間に移動をしていた。

 

「君は麻の着物を買うべきじゃないのか? な、なんだったら俺が──」

 

 買ってやろう。

 そう言おうとして彼女を見た時、思わずその姿に見惚れてしまう。

 

 暑さのせいでうなじに掛かる髪をかき上げ、ふぅっと息を吐く姿に。

 

 見られていることに気づいたのか、夢乃がキッと杏寿郎を睨んだ。

 

「なんだ?」

「あ、いや……この先の町で呉服屋へ行こう」

「い、いい。別に……」

「暑いのだろう!」

「お前の声がな!!」

「よもや!? では呉服屋へ行こうっ!」

 

 杏寿郎との会話が成り立たないことにも、夢乃は慣れてきた。

 というより、こういう時は意図的なのだということも理解するようになった。

 話を強引にまとめているのだ、この男は。

 

 そして決まって屈託のない笑みを浮かべ、嫌だと言い張れなくなってしまう。

 その笑みに絆されているのだ、夢乃も。

 

「こんな時間に開いているのか、呉服屋がぁ」

「大丈夫だ! 大きな町だからな!! アレな通りが多いし、営業をしている店もあるだろう!!」

 

 アレな……と、目線を明後日の方角に向け、頬を赤らめる杏寿郎。

 その姿を見て「あぁー」と納得する。

 

 要は自分が普段利用する店と同じということだ。

 

 遊郭や娼館の近くに構えた店は、夜遅くまで開いていることが多い。

 娼婦を連れた男が、女に着物や装飾品を貢ぐこともあれば、秘め事の際に衣服を汚してそのままでは帰宅できないからと新しいものを用立てたりするためだ。

 

 贈り物をする──というのが嬉しくてたまらない杏寿郎は、自然を歩みも早くなる。

 上背で劣る夢乃がやや遅れ始めると、それに気づいた杏寿郎が振り返って手を伸ばす。

 

「走るぞ、夢乃っ」

「はぁ? なんで──きゃ」

「はははははははは。集中集中!」

 

 強引に夢乃の手を引き、杏寿郎は愉快そうに走り出した。もちろん加減はしてある。

 

 夢乃は鬼であることから、血鬼術さえ使わなければ体力を消耗することは早々にはない。

 それが仇となって、結局町に到着するまで杏寿郎に手を引かれて走り続けることになった。

 

「よし! 呉服屋を探そう!!」

「わ、分かった……分かったから手を離せ馬鹿」

「ん? んん……」

 

 繋いだ手をじっと見つめ、それから杏寿郎の顔が耳まで真っ赤に染まる。

 同じように、夢乃もまた頬を染めてそっぽを向いた。

 

 離さねば──と思いながらも、それがあまりにも躊躇われる。

 

 細く、杏寿郎に比べて小さなその手には、剣士にとって当然のようにある剣だこの痕が、触れれば分かるほどに残っている。

 ここまで走って来たからか、それとも杏寿郎と触れているからか。その手は熱を帯び、杏寿郎にもそれがハッキリと伝わった。

 

 このままずっと──

 

 その願いから、杏寿郎は再び手を握り返す。

 杏寿郎の行為に、夢乃の肩がビクりと震えた。

 彼女は俯き、どうしていいのか分からない様子で狼狽える。

 

 そこへ──

 

「あぁん? なんだぁ、男同士かと思ったら、こっちはねーちゃんだったのか。なんでぇ、紛らわしい」

「だーら言ったじゃねえか。こりゃ男装したべっぴんだって」

 

 突然酔っぱらいに絡まれると、杏寿郎は慌ててその手を離した。

 

「お? いいじゃねーか、お手々繋いでろよぉ」

「あんちゃんが手ぇ放すってんなら、俺がよぉー」

 

 そう言って酔っぱらいのひとりが夢乃に手を伸ばす。

 その手を払い退け、更に杏寿郎は彼女を守ろうと胸元に抱き寄せた。

 

「お、おい煉獄っ」

「君たちには指一本触れさせない!!」

 

 ぎんっと見開かれた焔の瞳は、いつも以上に燃え盛る。

 それを見せられた酔っぱらい二人は、一瞬にして酔いが冷め慌てふためく。

 

「じょ、冗談だってよぉ、なにムキになってんだ兄ちゃん」

「そ、そうそう。いやぁ、お似合いだねぇ。じ、じゃあ俺たちはこの辺で」

 

 逃げ腰だった二人は、ガクガクと震えながら最後には脱兎のごとく逃げて行った。

 それを見て、こめかみの欠陥を浮き上がらせていた杏寿郎は大きく息を吐き捨てる。

 

「酒は飲んでも飲まれるなとはよく聞くが、他人に迷惑をかけるようなら飲むべきではないな!」

 

 杏寿郎は酒が嫌いだった。

 父、槇寿郎を見ればそう思うのも仕方ないだろう。

 酒さえなければ、父も落ちぶれることはなかったのに。昔の優しく、強い父のままであったのに──と。

 

「……なせ」

「ん? どうした夢乃」

「……離せ……苦しい……暑い」

「ん……はっ!?」

 

 胸に抱いた夢乃が、上目使いで杏寿郎を見上げている。その視線を受け、杏寿郎の鼓動が弾んだ。

 そこで夢乃がもう一度「苦しい」と呟くと、気づいてようやく杏寿郎は彼女を解放した。

 茹で上がった蛸のように真っ赤になった夢乃は、解放されるとすぐさま手で自身を扇いだ。

 

「す、すまんっ」

「い、行くぞ。さっさと行かねば、店が閉まる」

「あ、ああ。そうだな。ついでに団扇でも買おう」

 

 二人は夜の繁華街へと足早に向かい、まだ商い中の呉服屋を見つけて中へと入った。

 

 

 

 

 

「彼女に合う服を見繕ってくれ。なるべく涼し気なやつをな」

 

 杏寿郎がそう言って呉服屋に入ると、夢乃の容姿を見た店員の目が輝いた。

 

「ぶらうす?」

「えぇ。最近は女性の間でも洋装が流行っておりますよ」

 

 まず店員が勧めてきたのは洋装だった。

 着物であれば仕立てに何日と掛かる。だが洋装であればサイズさえ合えばすぐにでも用意できると。

 それに、女としては上背のある夢乃ならが、男物の洋装でも似合うだろうと言うのだ。

 

「その上から羽織りを、こうしてねぇ」

 

 店の女将はあれやこれと洋装、羽織を持ち出し次から次へと着せ替えていく。

 困惑し杏寿郎に助けを求めるように視線を送るが、にこにこと笑ってうんうん頷いているだけだ。

 

 誰も助けてくれない。

 それどころか暇をしている他の店員も集まって来て、終いには髪結いのりぼんや簪、そして町で流行っているというブーツまで出してくる始末だ。

 

「い、いや、それはいいっ。歩きにくいしっ」

「そんなことはありませんよ?」

「走りにくいだろうっ」

「走らなければよいでしょう?」

 

 女は淑やかであれ。

 その教えは今も続く時代だ。

 

 だが履き慣れないもので野山を駆けることは出来ない。

 

「それはいらない!」

「あぁん、残念」

 

 それから閉店時間が過ぎてなお、夢乃の着世界ごっこは続いた。

 やがて呆れた店主が「さっさと決めて差し上げろっ。お客様もお疲れだろうにっ」と声を張り上げた所ところでようやく買い物は終わった。

 

 げっそりとやつれた夢乃と、洋装と和装に身を包んだ──いや包まされた夢乃を見てほくほく顔の杏寿郎。

 

 元々着ていたものは風呂敷に包まれ、それは杏寿郎が手に持っている。

 

 結局最終的に選んだのは、シンプルな詰襟ブラウスと麻の羽織。それと袴だ。

 男物のシャツも良かったのだが、肩幅に合わせれば胸が圧迫され、胸に合わせれば肩幅も袖丈も全てが大きくなる。

 結果として女性もののブラウスでなければ入らなかった訳だ。

 

 白いブラウスに青紺の羽織と、同じ色の袴。髪は紺色の大きめりぼんで結わえられている。

 足元はいつもの草履だ。

 

「袴の具合はどうだ? 既製品があったが、サイズや色味は?」

「丈が合っているのだからどうでもいい」

「それはよかったが、色は? 気に入らないのなら──」

「拘らない」

「そうか! なら桃色の袴でも──」

「桃!?」

 

 くるりと踵を返そうとする杏寿郎の腕を、夢乃が慌てて掴む。

 杏寿郎が見下ろすと、真っ赤な顔でいやいやと首を振る夢乃が見えた。

 

「ははははは。冗談だ、冗談。君が嫌いな色でなければそれでいい」

「き、嫌いじゃない」

 

 その言葉に対し、杏寿郎は「何が嫌いではないのか」と問いかけたい衝動をぐっと堪える。

 色のことを尋ねたのだから、その返事が色のことを指しているなど分かり切っている。

 それでもどこか心の片隅で、この想いが少しでも届かないかと期待しない訳ではない。

 

 きゅっと袖を掴んだ夢乃は、杏寿郎の肩に頭をこつんとぶつけ、それから呟くように「ありがとう」と言う。

 

 ただそれだけだというのに、杏寿郎にとっては至福のひと時となる。

 

「うむ! さぁ、帰ろう!」

 

 こんな日々がいつまでも続くことを祈って。

 そしていつか……陽の下で彼女と歩める日が来ることを祈って。

 

(鬼を人に戻す方法……本当にないのだろうか?)

 

 隣を歩く夢乃を見やり、杏寿郎はそんなことを考えた。

 

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