八月のある日。
杏寿郎は鬼殺隊本部へと来ていた。
正確には呼び出されていたのだ。
「育手……ですか?」
「はい。煉獄様にはある女性の剣術指南役として、育手の役に当たって頂きたいのです」
そう話すのは産屋敷家当主、耀哉の妻である産屋敷あまねであった。
当主からの手紙を杏寿郎へと手渡すと、庭先に控えていた隠へと目配せをする。
その隠が更に別の隠へと合図を送ると、着物姿の娘を連れてやって来た。
娘はおろおろとしながらもあまねにはしっかりと頭を下げ、次いで杏寿郎へと視線を向け──そして──
(きゃぁーっ! 派手な髪色だわ。私と一緒ね。ステキ)
ときめいた。
「この方は産屋敷家に出入りする商家の娘さんでして」
「か、甘露寺蜜璃といいます。十六歳です。よ、よろしくお願いしますっ」
「商家の?」
杏寿郎は首を傾げる。
産屋敷家に出入りする商家といえば、大店も大店である。
不自由のない暮らしが約束されているはずであるし、煉獄家のように代々鬼殺を生業とする家柄でもない。
煉獄家のような家柄はそう多くはない。
過去には今よりももっと多くあったが、長い年月の間に子を残すことなく絶えた家もある。
たいていは家族を失って復讐のために鬼殺隊に入るが、自ら進んで入隊する者もいない訳ではない。
前の前の商家の娘が前者なのか、それとも後者なのか。
その答えはあまねの口から知らされた。
「甘露寺様は特異体質の持ち主でございまして」
「特異体質、でございますか?」
「はい。甘露寺様、お話してもよろしいですか?」
あまねが甘露寺自身に確認を取り、彼女がそれに頷くのを見てから言葉を続けた。
「甘露寺様の筋肉密度は、常人の数倍はあります」
「筋肉の密度……それはつまりその……あの細身の中身はほとんど筋肉、と?」
杏寿郎の質問にあまねが静かに頷く。
女としてはもちろんだが、甘露寺は人としても常識を逸脱した力の持ち主であると。
いろいろと事情があってありのままの自分を偽ってみたが、それではダメなんだと思い至り、この恵まれた体を生かすために鬼殺隊への入隊を希望している旨まで話した。
なお事情については伏せられたが、それを聞こうという野暮な考えを持たないのは杏寿郎の人柄だろう。
「ご両親は納得済みなのでしょうかあまね様!」
「甘露寺様」
その答えは甘露寺自身から話すようにということなのだろう。
甘露寺はおどおどと口ごもりながらも「はい」と答えた。
「も、もちろん両親は心配しました。弟や妹も……でも私っ、自分に嘘をついて生きていたくないんです! こんな私でも、人のお役に立てるならそうしたい!」
(それに、ここなら強い殿方もいっぱいいらっしゃるし、きっとステキな旦那様も見つかるはずですものっ)
キッパリと答えた甘露寺をまっすぐ見つめ、それから杏寿郎は頷く。
「うむ! 人の役に立ちたいという君の気持に、嘘偽りはないようだ!! 立派な心掛けだと俺は思う!! 共に世のため人のため、弱き人を助ける力となろう!!」
「はい! よろしくお願いします煉獄さん──いえ、師範!」
ぱぁっと満面の笑みを浮かべる甘露寺を見て、可愛い子だ──と杏寿郎は素直に思う。
ただその可愛いは、弟の千寿郎に抱く可愛いと同じものである。
感情を素直に表現する甘露寺と、普段は冷めたような表情を浮かべる夢乃と比べてしまう。
(だがあれはあれで、時折見せる笑みが愛い)
と、思い出して一瞬頬が染まる。
それを振り払い、杏寿郎はあまねに一つ尋ねた。
「してあまね様。何故俺なのでしょうか?」
「彼女には炎の呼吸の素質があるようだ──と、お館様が仰いましたので。事実、呼吸の中では炎の適性が僅かにありましたから」
「そうですか! ならば俺が責任を持って彼女を育てましょう!!」
「隊務の傍らで何かと大変かと思いますが、なにとぞ彼女の事、よろしくお願いします」
あまねはそう言って深々と頭を下げた。
その言葉の意味するところは、鬼殺隊として立派に──ではなく、どんな苦境にも生き残れるようにという願いが込められていた。
甘露寺の両親がどんな想いで娘の鬼殺隊入隊を認めたか。
そのぐらいは杏寿郎にも理解できる。
だからこそ杏寿郎は、真っ直ぐな瞳で応えた。
「承知いたしました! この煉獄杏寿郎、必ずや甘露寺を決して何者にも負けない隊士に鍛え上げてみせます!」
そう言って屈託のない笑みを浮かべた。
「師範には弟さんがいらっしゃるんですか?」
「うむ! 少し年の離れた弟では、名は千寿郎という。優しい子ゆえ、直ぐに仲良くなれるだろう!!」
「わぁ。楽しみです。私にも弟がいるので、小さい子と遊ぶのは慣れているんですよ」
「いや、千寿郎はそこまで小さくは……とにかく、暫くは住み込みになるな」
「はい師範!」
しかし困ったことになったと、今になって杏寿郎は思う。
本部を出て煉獄家へと戻る間、甘露寺は自分の身の上話をしていた。
五人姉弟であることや、何度も見合いをしては全て破談になったこと。自分の髪は桃色と草色である理由など。その話を聞いて杏寿郎は豪快に笑い、こちらも髪色について話をすると、甘露寺も興味深そうに聞き入っていた。
そしてこれからの事を話しているうちに、甘露寺の実家と煉獄家が決して近い距離にある訳ではないと知ると、住み込みでの修行しかないということが判明。
(部屋はいくらでもある。しかし男所帯の我が家に、甘露寺ひとり置いてもよいものか)
一瞬、夢乃の顔が過る。
(だからといって彼女の下に預ける訳にもいくまい……どうしたものか)
若い娘をひとり、男所帯の中に置いても良いものかと心配になる。
「甘露寺。俺は父上と弟の三人暮らしだ。つまり煉獄家に女はいない。それでだ……その……」
「はい?」
「女は君ひとりということになる!」
「はい! そうですね!」
杏寿郎の声が大きくなれば、それに合わせて甘露寺の声も大きくなった。
「つまりだ!」
「はい!」
「不安はないか!?」
「はい!」
元気よく答えてから甘露寺は首を傾げた。
「あの、不安はないかというのは?」
「い、いや。男所帯の中に若い娘がひとりでは、不安だろうと思ったのだが?」
「そうなんですか?」
こてんと首を傾げたまま、更にその深さが増す。
どうやら何も気にしていないようだ。
甘露寺が気にしていないことを自分が気にしても仕方がない。
父も自分も弟も、間違いなど起こり得ないのだからその点は安心だ──と杏寿郎は自分を納得させる。
「うむ! この話は終いにしよう!! 少し急ぐとするか。夕方前には帰宅したい!」
「はい! はぁ、それにしても暑いですねぇ」
「そうだな。しかし夏は暑いだけではないぞ甘露寺!」
「他になにかあるんですか、師範?」
「ある!」
通りを歩く杏寿郎は、前方を指差し満面の笑みを浮かべた。
「あいすきゃんでーだ!」
「ステキです師範!」
「西瓜だってあるぞ! 土産に買って帰るか!!」
「キャーッ」
自転車でアイスキャンディーを売り歩く男の下へ、二人が全力疾走したのは言うまでもなく。
こうして師弟の親睦は食を通じて深まることになる。
もちろんこの後、八百屋から西瓜を六玉お買い上げになって、杏寿郎が四つ、甘露寺が二つ抱えて煉獄家へと帰宅した。
【甘露寺蜜璃ちゃんについて】
*原作では17歳でお見合い破断→鬼殺隊に入ることを決意とありますが
この流れだと煉獄さんが柱になる年齢が19歳になってしまいます。
煉獄さんのあとには伊黒さん、蜜璃ちゃん、無一郎君と控えていますので
時系列的にかなり無理があるかな──という判断と、煉獄さんには18歳の誕生日前に十二鬼月撃破→18歳誕生日過ぎて傷が完治して柱就任という流れにしたく
原作設定をここでは無視した形で進めさせていただくことにしました。
また蜜璃ちゃんの生まれを大店の商家としていますが、甘露寺という名前の華族?があったそうで?
かなりいい所のお嬢さんというイメージで書いて行こうと思います。