「という訳だ千寿郎」
「……えぇ!?」
千寿郎が驚くのも無理はない。
兄が客を連れて来た。しかも女だ──と思ったら客は客でも、兄から剣の指導を受けることになったという若い女性だ。
千寿郎とて九つの少年だ。年上の若い女性と一つ屋根の下で一緒に暮らすという状況は、直ぐには受け入れがたい。
「よ、よろしくね、千寿郎くん」
にっこりと笑う甘露寺に、思わず千寿郎も釣られて笑みを浮かべる。
だが直ぐに顔を引き締め、兄の杏寿郎の手を引いて奥の部屋へと急いだ。
「お弟子さんって兄上、あの方はご自宅から通われるのですか?」
「いや、甘露寺の実家はうちからは遠く、住み込みになる」
「す、住み込みって!? うちには俺と兄上と、それに父上の三人。男ばかりなんですよっ」
「うむ! だが本人は何も気にしていないようだ!」
「き、気にしていないって……いいのかなぁ」
襖の隙間からちらりと顔を出せば、気づいた甘露寺と目が合う。
甘露寺は千寿郎に向かって手を振り、笑みを浮かべた。
その様子はこれから男所帯に居候する乙女の不安など微塵も感じられない。
「とにかく、お部屋をご用意しないと。あぁ、でも夕餉の支度もまだだし」
「部屋は俺に任せろ。千寿郎は夕餉を頼む。あと大事なことを伝えておこう」
杏寿郎が弟の肩をがしっと掴み、真剣な眼差しで口を開く。
「甘露寺は──」
「か、甘露寺さんは?」
ごくりと喉を鳴らす千寿郎に伝えられたのは。
「俺と同じ胃袋の持ち主だ」
という、千寿郎を青ざめさせるには十分な言葉だった。
「はぁーん。千寿郎くんの作ったご飯、美味しいぃ」
「ありがとうございます、甘露寺さん」
「えぇー。蜜璃でいいわよぉ千寿郎くん」
「え、えと。ありがとうございます、蜜璃さん」
満足気に甘露寺は笑みを浮かべ、それからおかわりを所望する。
(まるで兄上が二人……)
「うまい!」
「はい、美味しいです」
「うまい!」
「はい、これも美味しいです」
炊きたてのお米が次々に消えてなくなる現象を見ながら、千寿郎は思う。
(明日からお米は三升炊こう)
──と。
「師範は千寿郎くんと二人暮らしなんですか?」
「いや! 父上がいらっしゃる。が、父とはもう何年も一緒に食事をしていない」
「え、どうしてですか?」
甘露寺のそんな質問に、杏寿郎は眉尻を下げて苦笑いを浮かべるしかない。
「父上は……酒を飲まれていてな。自室に閉じこもっておられるのだ」
「……あの……実は聞いちゃいけなかったですか?」
「ん? いや、君は暫くこの家に居候する身なのだから、隠していても仕方のないことだろう。な、千寿郎」
「はい。お恥ずかしい話ですが、父上は……ほとんど部屋から出てきません。でも蜜璃さんのこと、父上にご報告しておいた方がよろしいのではないですか兄上」
「うむ。あとで俺の方からご報告申し上げる」
兄弟の深刻そうな表情に、甘露寺は気圧され黙ってしまう。
それから申し訳なさそうに、
「ご挨拶、お伺いしたほうがよくないですか?」
と二人に尋ねた。
甘露寺の言葉を聞いて顔を見合わせた兄弟は、揃って考え込む。
「千寿郎、今日はどのくらいお飲みになっている?」
「えぇっと……たぶん一升はお飲みになっているかと……」
「そうか。なら今夜はやめておいた方がいいだろうな」
「そうですね。蜜璃さんが父上に挨拶されるなら、朝方の方がいいと思います」
「明日、ですか?」
煉獄兄弟は揃って頷く。
夕餉の後、千寿郎が屋敷内を案内し、その間に杏寿郎が父の下へと向かう。
父、槇寿郎の部屋には明りが灯っていた。
部屋の前で一度深呼吸をし、それから「父上」と声を掛ける。
返事はない。いつものことだ。
だから杏寿郎もいつものように、返事を待たず話を始めた。
「父上。鬼殺隊本部より、甘露寺蜜璃という入隊希望者の指南を仰せつかりました。それで──」
パサっと、何かが障子に当たる音がした。
杏寿郎が障子を静かに開くと、そこに文が落ちていた。
「お前が育手? はっ、ばかばかしい。いったい何を育てるというんだ。なんの才もないお前が……」
「……上のお考えです。俺はそれに従うまでのこと。甘露寺が明日、父上に挨拶をしたいと申しております。ご在宅のほど、お願い申し上げます」
「ふんっ。勝手にするがいい」
落ちていた文を拾ってから杏寿郎はそっと障子を閉める。
「おやすみなさいませ、父上」
その言葉にも返事はない。
杏寿郎は音もなくその場を立ち去り、それから改めて文を読んだ。
槇寿郎に宛てた文ではあるが、内容は息子の杏寿郎に育手として甘露寺蜜璃の指南を依頼した──というものだった。
「説明の手間を省いてくださったのか。有難い」
ほのかに藤の香の匂いが残る文に対し、杏寿郎は頭を下げる。
居間へと戻ると、心配そうな表情の千寿郎が待っていた。
「どうでしたか?」
「うむ。お館様が文にてお伝えくださっていたようだ。恐らく鎹鴉を使ったのだろう」
それを聞いて千寿郎がほっと胸を撫で下ろす。
「そうでしたか。父上は承諾されたのですね?」
「勝手にしろと言われたが、するなとも言われていないので大丈夫だろう。ところで甘露寺は?」
「蜜璃さんなら、先にお風呂に入っていただいています」
「そうか! ならば西瓜を切ろう!!」
「はい!」
二人は笑顔で庭へと向かう。
大きなたらいに浮かべた三つの西瓜。杏寿郎が二つ持ち、千寿郎が一つ持つ。
それを土間へと運び込み、杏寿郎が包丁を光らせ六つ切りにしていく。
今か今かと甘露寺を待つ間、杏寿郎はじぃーっと西瓜を見つめ続けていた。
「兄上、ダメですからね」
「う、うむ」
弟にたしなめられ、杏寿郎は正座で待った。じっと西瓜を見つめたまま。
それからしばらくして、
「お待たせしました~。あ、西瓜だぁーっ」
「やっと上がったか!? さぁ、食おう!!」
「はぁ~いっ」
「ということで、明日から育手として甘露寺を鍛えることになった」
「……それで、お前……その西瓜はいったい何個目になるんだ?」
西瓜を手土産に夢乃の下へとやって来た杏寿郎は、さっそく四分の一を平らげている。
「ん? んー……これで今日は二玉分だな! どうした夢乃。頭でも痛いのか?」
杏寿郎は眉間を押さえる夢乃の顔を覗き込む。
「腹を下しても知らんぞ」
「うむ! 心配をしてくれるのは嬉しいが、二玉ぐらいでは俺の胃は悲鳴を上げたりしない! それよりも君は食べないのか? 西瓜は嫌いだったか?」
「嫌いではないが、お前の食べっぷりを見ていると、胸やけしそうになる」
「よもや!? では俺は向こうを向いて食べよう!!」
夏の夜。
古びた屋敷の縁側に腰掛け西瓜を手にした杏寿郎は、横を向いてシャクシャクと音をたて西瓜を頬張る。
夢乃は小さくため息を吐くと、ようやく西瓜を口に含んだ。
「ん。甘いな」
「うむ! しっかりと吟味して買ってきたからな!!」
それから二人は暫く無言で西瓜を楽しんだ。
絶対夜中にトイレいくやつ