杏寿郎が氷月夢乃という名の鬼と出会って一カ月後。
耀哉から呼び出され、打ち直された純白の刀を受け取った。
「それを持っていれば、きっと彼女の方からやって来るだろうから。渡してあげてくれるかい?」
「承知しました、お館様!」
嬉々として刀を受け取った杏寿郎は、右の腰にそれを差して耀哉に深々と頭を下げた。
この刀がある限り、再び夢乃と出会うだろう。
その日を楽しみにしつつ、杏寿郎は一月前に渡された文の内容を思い出していた。
結局、当時の産屋敷当主はうたかさの丘に鬼殺隊を送ることはしなかった。
満月が近づくたび、夢乃から当主宛てに文が送られ続けた。
それは当時の当主が亡くなる時までずっと続いたのだ。
当時の当主は最後の最後に返事を送ったようだが、その内容までは分からない。
ただ夢乃からの最後の文にはこう書かれていた。
お館様の言いつけ通り、私はこれからも鬼を狩り続けましょう。
いつか訪れる日のために。
解放される日を迎えるために。
それだけが書かれていた。
(解放……すなわち鬼舞辻無惨を倒す日のことか)
鬼の始祖、鬼舞辻無惨を倒せば、彼によって鬼となった者たちはみな死ぬ。
そう言われていた。
「む。いかん! お館様に文をお返しするのを忘れていた!! よし、また今度にしよう!!」
杏寿郎は特に気にした様子もなく、足軽に産屋敷邸から出て行った。
同時に新たな任務に赴く。
西の峠の湯治場で鬼が出たという報告があった。
辛の隊士が三名向かったのが半月前のこと。しかし報告は何もない。
そこで己の隊士が二名向かったが、これまら十日経っても音沙汰はなかった。
鎹鴉の案内に従って、杏寿郎は西へと向かう。
三日後には鬼が出たという山間の峠の町へと到着した。
「うむ! なかなか大きな湯治場だ。美味いものもありそうだな!!」
杏寿郎は食べることが好きだった。
人の数倍の量をぺろりと平らげる大食漢なのだ。だが毎日のように激しい鍛錬をしているのもあってか、無駄な肉は一切ない。
湯治場は本来ならまだ陽のあるこの時間、旅の者や町の者で通りは賑やかなはず。
しかし人通りはまばらで、湯治場とは思えない静けさが町を包んでいた。
そんな空気も読まず、杏寿郎は満面の笑みを浮かべてのしのしと歩く。
彼の頭の中には、どこの飯屋に入るべきか、名物はなんであろうかとそのことしかない。
時折鼻を引くつかせ、美味そうな匂いはないかと嗅ぐほどだ。
そして見つけた一軒の飯屋には客のひとりもおらず、それすら気にする様子もなく杏寿郎は店内のど真ん中のテーブルへと座った。
「い、いらっしゃいませ」
「む? この店の子か?」
「は、はい。お品書きでございます」
そう言って店の奥から出てきたのは幼い少年であった。
受け取った品書きに目を通し、鮎の塩焼き定食を注文する。
(味噌汁にサツマイモは入っているだろうか?)
大好物であるサツマイモを思い浮かべながら、注文を受けて奥へと引き返す少年を見た。
年の離れた弟、千寿郎の姿がふと脳裏に浮かぶ。
先ほどの少年の方が二つ三つ年上だろうか。
(千寿郎も今頃頑張っているのだろう。俺も頑張らねば!)
ほどなくして運ばれてきた鮎の塩焼き定食の味噌汁は、残念ながらサツマイモではなく豆腐とネギの素朴な具材であった。
「うん、うまい!!」
「ほ、本当ですか? 姉ちゃん、お客さんが味噌汁美味しいって」
少年は嬉しそうに店の奥に向かってそう叫んだ。
のれんからひょっこり顔を覗かせたのは、杏寿郎とそう年の変わらぬ若い娘。
その顔を見て杏寿郎は首を傾げた。
「はて? 面影が似ているような?」
「似ている? うちの姉ちゃんと誰か似ているのですか?」
「うむ! 君の姉上をもっとこう……獲物を狙う獣のような鋭い眼差しにするとな!!」
「え、獲物を……」
「うむ。うまい!」
杏寿郎は鮎を一口食べ、また「うまい! うまい!」と連呼する。
右の腰に差した刀の持ち主、氷月夢乃を思い浮かべながら改めて少年の姉を見た。
「店の切り盛りは二人でやっているのか?」
「今はね。ここ一月ほど、客足が遠のいちゃって……父ちゃんと母ちゃんは畑仕事を手伝わせて貰ってんだ」
「客が来ないのか? 何故だ?」
少年はやって来た姉と顔を見合わせ、それから消え入るような声で話した。
「お、鬼が出るって噂が……」
「二カ月ほど前から、町の人や湯治場のお客さんが行方不明になる事件が起き始めたんです」
「みんな駆け落ちしたんだろうって噂していたんだ」
「駆け落ち?」
少年と姉の話では、最初に消えたのは若い男女だったという。
この二人、お互い親が決めた別の異性と婚約をしていたのだが、それに反対して駆け落ちしたのではという噂が最初のもの。
他にも湯治場に来ていた若い男は、旅籠の若女将と一緒に消えたり、夫婦で来ていたうちの女房が町の男と一緒にいる姿を目撃され、のちに二人揃って行方不明になったなど。
最初は誰もが「駆け落ちだろう」と話していた。
だが偶然にしても、駆け落ちで行方不明になる男女が短い期間で十組以上も出れば怪しむもの。
「そしたら半月ほど前に、とうとう人死にがあって……」
「旅の方がお三方、惨たらしくに殺されて発見されたのです」
半月前といえば、辛の隊士が町に派遣された時期と被る。
もしやと思った杏寿郎は、姉の言葉で確信した。
「そのご遺体……半分以上が失われていたのです。まるで獣に食われたかのように」
その言葉を杏寿郎は、最後の味噌汁を啜りながら聞いた。
「うむ、うまい! 馳走になった。お代はここに置いて行く。よいか、陽が落ちてからは決して外を出歩かぬことだ」
「あ、ありがとうございました」
「心配しなくていい! もう大丈夫だ!!」
元気にそう言って、杏寿郎は店を出る。
飯屋の少年は何がどう大丈夫なのか分からず、首を傾げて杏寿郎を見送った。
明日からの更新はその日に書けた話数だけアップする感じになります。
書き溜めも増やしたいので、二話以上かけた場合は一話だけ書き溜めに回す感じで。
時々、煉獄さんが崩壊するかもしれませんがご愛敬ということで^^;