鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第六十一話:共喰いの鬼

「では行ってくる。夜は戸締りはしっかりするように」

「はい、兄上。どうかお気をつけて」

「師範、行ってらっしゃいませ」

 

 神妙な面持ちの千寿郎とは違い、甘露寺はいつものように朗らかな笑みを浮かべて杏寿郎を見送った。

 

 九月に入っても残暑が残るこの時期。

 育手として後輩の育成に当たっている杏寿郎にも、鬼殺の任務は与えられる。

 比較的その頻度は低くはなるが、一般隊士としては最高位の甲としてその力が必要な時には呼び出されることになる。

 

「つまり厄介な鬼ということだな!」

 

 出立前に夢乃の下へ向かい、任務の内容を告げる。

 まだ陽も高いこの時刻では、夢乃は同行することは出来ない。

 

「松沢までか……日暮れ前には到着しそうだな」

「うむ。早ければ君が到着する前に終わるだろう。なんだったら留守番をしているか?」

 

 杏寿郎は冗談のつもりで言ったのだが、夢乃は真剣な面持ちで考え込む。

 

「そうだな。留守番はしないが、たまには出かけるかな」

「よもっ。ど、どこに出かけるのだ?」

「……お前のいないところ」

 

 静寂な空気が流れた後、杏寿郎が項垂れ方を落す。

 そんな彼に向かって夢乃は「情報集めだ」と説明する。

 

「ひとつ所にずっと居ては、外のことがまったく耳に入ってこない。鬼舞辻の動向もそうだが、世間一般の情報がだな、入ってこないのだ」

「そうか……次からは新聞を持って来ることにしよう」

「あぁ、それは暇つぶしにもなるので助かる。ま、今回は少し遠出をして、鬼の動向を探ってみよう」

「ふむ。では今回は別行動だな。残念ではあるが、君もたまにはひとりで羽を伸ばしたいだろう。だがくれぐれも気を付けてくれ」

「お前こそ。無駄に怪我をするなよ。血鬼術での再生はしてやれんのだからな」

「心得た! では行ってくる!!」

 

 こうして杏寿郎が出立し、陽が暮れたのちに夢乃も屋敷を出た。

 

 

 

 

 

 夜の町を歩く夢乃に酔っぱらいが絡む。

 よくあることだ。

 

「お姉ちゃん、こんな時間にひとりかい?」

「ばーか。まともな女がこんな時刻にひとりで出歩く訳ねーだろう。客引きに決まってらぁ。なぁ?」

「そうかそうか。いくらだいお姉ちゃん」

 

 酒の臭いをぷんぷんさせ、二人の男が言い寄って来る。

 面倒くさそうに足早に立ち去ろうとするが、男たちは追いかけて来て見逃してはくれない。

 

 夢乃が舌打ちすると、二人は顔を見合わせ、それからにやりと笑う。

 

「なかなか気の強いお嬢ちゃんじゃねえか」

「いけねーなぁ。客相手にそんな態度はよぉ」

 

 そう言って男が手を伸ばす。

 その手をぴしゃりと払い退けると、夢乃は怒りをあらわにする。

 

「失せろ」

 

 ただその一言で男たちは腰を抜かした。

 怒りの感情をむき出しにし、鬼の本能が表に現れる。

 紺色の瞳が銀色に変貌し、獲物を狙う猛禽類のように輝いた。

 更にそこには覇気が加わり、男たちの肝を冷やす。

 

 地べたに座り込んでガクガクと震える男たちを見下ろし、再び舌打ちすると夢乃はそのまま立ち去った。

 

「ここにも鬼の気配はないか……」

 

 町を練り歩き、鬼の気配がないと知ると次の町を目指す。

 

(先日の神社にいた下弦の鬼……あいつは十二鬼月になったばかりの奴だった……恐らく十二鬼月になったことで、子飼いの鬼どもを集めて宴を開いていたのだろうな)

 

 冨岡義勇が滅殺した十二鬼月は、下弦の禄。

 元々群れを成していた鬼なのか、十二鬼月となって群れるようになったのか。

 とにかく子飼いの鬼を集めて、祭りに乗じた人狩りを行っていた。

 

 ただの鬼から十二鬼月入りを果たすと、自らの力を誇示するかのように群れを作ろうとするものもいる。

 そうして人狩りの宴を開くのだ。

 同時にこれが原因で鬼殺隊に存在を知られ、駆逐されることになる。

 

(下弦の禄が補充されていれば、今度は馬鹿騒ぎをしないよう躾けるか)

 

 あれから数カ月過ぎているので、確実に下弦の鬼は補充されていることだろう。

 どこかで新しい鬼の群れが出来ていれば、そこにいるかもしれない。

 

 そう思って鬼の気配を探るために町から町へと練り歩いているのだが……。

 一晩歩いてその気配はついぞ捉えることは出来ず。

 夜が明ける前に古びたお堂を見つけて身を隠した。

 

 夜になり、行きとは違う進路から駒澤を目指す。

 

 途中、廃村を通りかかった時だ。

 

(鬼……手負いか?)

 

 気配と共に血の臭いが漂って来る。

 夢乃は音もなく、そして気配も完全に消して近づくと、全身を鉛球でえぐられたようなボロボロの男はひとり、住民のいない民家の軒先に倒されていた。

 

 普通であれば生きているはずはない。

 だがそこは鬼である。

 

 全身に無数の穴が開いていようと、その男の背中は上下している。

 

 夢乃はわざと足音をさせ、鬼に自分の存在を気づかせた。

 するとそれまでピクリともしなかった鬼の男の顔がゆっくりと動く。

 その目は恐怖に怯え、鬼らしさの欠片も感じられない。

 

「共食いか」

 

 吐き捨てるように夢乃が言うと鬼は目を見開き、ガクガクと震えだす。

 

「た、助けてくれ」

 

 鬼が懇願する。

 その言葉を耳にし、夢乃の瞳が怒りに染まった。

 

「助けてくれ……お願いだ。なんでもするから人間を──血肉を持って来てくれ」

「助けてくれ、だと? 同じ言葉で命乞いをする人間を、お前はいったい何人殺めて来た」

「ぁ……?」

 

 夢乃の瞳が銀色に光り、その気配が一気に膨れ上がる。

 

「何人喰った!?」

 

 すらりと抜刀。

 周囲の空気が一気に冷やされ、彼女の吐く息が白く染まった。

 

「ひっ!? た、助けてくれ! お、俺はまだ三人しか喰ってねぇんだっ。やっと、やっと病から解放されて、これからだって時にあんな奴に出会うなんて」

「……あんな奴?」

 

 振り下ろされる白い刃は、鬼の頚を撥ねる直前で停止する。

 それを見た鬼は手を口に当て、涙を流しながらがくがくと震えた。

 

 ただの刀であれば恐れる必要はない。

 だが鬼は本能でこれが日輪刀なのだと理解する。

 それを見たのも初めてだが、これに頸を斬り落とされれば灰になると鬼の本能が伝えているのだ。

 

「あんな奴とは誰の事だ」

「ひ、ひぃ! 鬼だ。俺たちと同じ鬼だ! 銃を持った鬼が……鬼を喰ってやがるんだ!」

「銃……」

 

 人であった頃にそれを武器として使っていたのだろう。

 ともすれば警官隊の者だろうかと夢乃は考える。

 市民を守るべき者が鬼などとと思いはしたが、自分もまさに鬼殺隊でありながら鬼と化した身。

 

 ふっと吐き捨てるように夢乃は妖しく笑みを浮かべて鬼を見下ろす。

 

「その共食いの鬼はどこで見た?」

「ど、どうすんだ。奴は強ェーぞ」

「私が弱いとでも?」

 

 チャキんと音がして、鬼の頚に冷たい刃が触れる。

 ビクリと体を震わせ、鬼は這うようにして刃から逃れようとした。

 

「それで、どこで見た? どこで襲われた? いつ?」

「き、北だっ。こっから北の町だっ。襲われたのは昨日だ!!」

「そうか」

 

 それだけ言うと、夢乃は表情ひとつ変えずに刀を振った。

 

「え……助けて……くれるんじゃなか……た、の……か」

 

 チンっと刀を鞘に納め、夢乃は冷ややかな視線を足元に転がる鬼に向ける。

 

「約束なんてしたか?」

 

 踵を返し、それ以後振り返ることなく夢乃は北へ向かって歩き出す。

 

 体が徐々に崩れゆく鬼は、その後姿を恨めしそうに睨む。

 

「助け……て……」

 

 助けてくれと、そう命乞いする人間を何人喰ったのか。

 

 三人喰った。

 三人それぞれみな「助けてくれ」と泣き叫んでいた。

 

 自分も──助けてくれと願った。

 幼少期から患っていた病によって、医者からは長くは生きられないと告げられていた。

 死にたいと思ったことは一度もない。

 生きて、生き抜いて──

 

「生きて……俺は何をしたかったんだ? 人間を辞めてまで……人を喰ってまでして、俺は……」

 

 思い出そうとすれども、脳裏に浮かぶのは自分が喰らった三人の泣き叫ぶ顔。

 そのうちの一人は確か、学び舎の友だったはず。

 

「あぁ、そうだ……俺はあいつと……祐三と……野球……したか……」

 

 塵と化すその最後の瞬間に、鬼は自分の夢を思い出した。

 その夢を叶えるために、友を喰らったことを。

 

 涙と共に鬼は塵となり夜空へと舞った。

 


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