鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第六十二話:年の瀬、慌ただしく

「それで、結局その鬼は見つからなかったのか?」

 

 杏寿郎の問いに夢乃は無言で頷いた。

 

 手負いの鬼の言葉通りに北へと向かった夢乃だったが、共食いの鬼を見つけることは出来なかった。

 だが鬼がいたのは確かなようだ。

 町では人が人を喰っていた──という噂話で持ちきりだったからだ。

 しかも人を喰っていた方の人間は、銃を持っていたという。

 手負いの鬼との話とも辻妻が合う。

 

「しかし鬼が銃か。なかなか厄介な組み合わせだな」

「鬼殺隊は刀を使う。銃との相性は良くないな」

「だからといって銃では鬼の頚は斬れぬ。こればかりはどうすることも出来まい」

「銃弾を玉鋼製にしたところで、頚に穴を開ける程度だしな……」

 

 二人の周囲には、いつになく重い空気が漂う。

 鬼殺の剣は対峙する鬼に接近しなければ頚を斬ることは出来ない。

 対して銃は遠距離からの攻撃が可能だ。

 刃が届くよりも先に銃弾は飛んでくる。

 

 武器の相性でいえば最悪と言っても過言ではない。

 

「銃相手に、どう戦うか……君ならどうする?」

「どうもしない」

 

 問われた夢乃は素っ気なく答える。

 

「私は鬼だ。銃弾を浴びようと、死ぬことはない」

「だが君には再生能力がないだろう。血鬼術を使って治療をしながら戦うと?」

「そんなまだるっこしいこともしない。銃弾であれば小さな穴が開く程度だ。無視して突っ込み、さっさと頚を撥ねる。それだけだ」

 

 治療はその後で行えばいい。そう言い放つ。

 だがこれは鬼である彼女だから出来ることであり、杏寿郎が同じことを行うことは出来ない。もちろん他の鬼殺の隊士でもだ。

 

「そうだな……人間であるお前や他の隊士であれば……何発か受けるのを覚悟するしかないだろう。急所に当たらぬよう、そこは注意しなければならないが」

「それはそうだろう。しかし銃弾を避けるというのは……」

「飛んでくる弾を躱すのは無理だ。だが鬼であれ、武器を使うのであれば前動作がある。それに──」

 

 銃は狙いを定めて撃たなければならない。その為に視線はおのずと狙った場所を見ることになる。

 

「相手の視線をよく見ろ。腕、指先の動きにも注視するんだ。そうすればどこを狙い、どのタイミングで引き金を引こうとしているのか分かるはずだ」

「簡単に言ってくれる」

「んー、じゃあ訓練するか?」

 

 そう言って夢乃はその辺に落ちている小石を拾い上げた。

 それを指先で弾き、木に当てる。

 

「銃弾が発射される速度はこんなもんじゃないだろう。だからこっちを確実に躱せるようになって、初めて反応出来るようになるかも?」

「うむ。集中力を磨く鍛錬にもなるだろう。よし、やってみるか!」

 

 その日から鍛錬のメニューに石当てが加えられた。

 じっと立っている杏寿郎の周囲を夢乃がうろうろと動き回り、突然彼女が石を指で弾いて当てる──というものだ。

 いつどのタイミングで飛んでくるのか分からない石を、彼女の動きから読み取って躱すしかない。

 しかも夢乃と杏寿郎との距離は決して離れてはおらず、少しでも回避動作が遅れれば石が当たる。

 

「むぅ。なかなか難しいものだな」

「簡単だったら訓練の意味がないだろう」

「それもそうだな。よし、続けよう!」

「時間切れだ。日付が変わる。もう帰れ」

「む! も、もう少しっ」

「嫌だ。帰れ。私は汗を流したいんだ。だから帰れ」

 

 畳みかけるような帰れコール。

 汗を流す=風呂に入るということなので、こうなっては杏寿郎もここにはいられない。

 渋々と羽織を手にあばら家から引き上げる。

 

 常中・羅刹。

 対銃器戦を想定した訓練。

 そして剣による打ち込み。

 

 秋が深まる程には日暮れが早まり、鍛錬の時間もそれに伴って長くなる。

 

 呼吸の精度も上がり、年の瀬を迎えるころには羅刹も半日以上継続することが出来るように。

 

「これで二本目だな!」

 

 利き手とは逆の左手で竹刀を握り、それでも夢乃から二本に一本は確実に取れるようにもなった。

 力だけでなく、反応速度も格段に上がった杏寿郎は、半年前から随分と成長している。

 その成長ぶりに一番驚いているのは夢乃自身だ。

 

(こいつ……羅刹の会得も早かったが、吸収力が半端じゃない。利き手に持ちかえられたら、三本どころか、五本に一本取るのも難しくなるな)

 

 鬼舞辻を倒すという目的なのだから、本来は頼もしい限りなのだが。

 そこは夢乃とて剣士の端くれ。

 武士に憧れ幼少期から剣と振るってきた者としては歯痒くもある。

 

「よし! 三本目、行くぞ!」

「取らせはせん!」

 

 寒々しい夜空に、カーンっという甲高い音が舞う。

 

 一合、二合、三合。

 激しくぶつかり合う竹刀は、やがて一本が宙に舞った。

 

「ふぅー……ふぅー……。君の剣技は、まるで軽業師のようだな」

「力では男に負ける。それは当たり前のことだ。だからいかにして相手に勝つか──というのを考えた結果、相手の剣を飛ばすのが最適だと判断した」

 

 宙に舞ったのは杏寿郎の竹刀。

 強烈な突きを叩きこもうとして、それを真正面から受け止められた。と思った瞬間、夢乃の竹刀がくるりと回転して、あっという間に杏寿郎の手から竹刀が消えた。

 

 夢乃は合気道のように、相手の威力を利用した攻撃を仕掛けることが多い。

 それは力に乏しい女だからこその戦い方なのだろう。

 

「次は取る!」

「疲れた。帰れ」

「よもや!? 勝ち逃げか夢乃!」

「勝ち逃げもなにも、三本やってお前が二本取っているのだから、お前の勝ちだろう」

「いやダメだ。五本中四本取らねば俺の勝ちとは言えない!!」

「何故そうなる……」

 

 もう嫌だとばかり夢乃は縁側に置いてある火鉢のところへと行って暖を取る。

 そんな彼女に杏寿郎は唇を尖らせ抗議の眼差しを向けた。

 

「焦るな。二本取ってからの三本目で取り返されたというのは、それだけお前自身が慢心し、油断したということだろう」

「ぐっ……」

「それに、手が痛い」

「む?」

 

 火鉢に当たる夢乃は、右手をさする仕草をした。

 杏寿郎の竹刀を一瞬でも受け止めた際に手首を痛めたのだ。

 いなすタイミングが僅かでもずれていれば、骨を折ったかもしれない。

 

「痛めたのか!? す、すまない」

「そんなことでいちいち気に病んでいたら修行にならないぞ。だいたいお前、弟子には随分と厳しくしているようじゃないか。すぶの素人に素振り千回、町内走り込み三十周。打ち込み三十本と……鬼だろ」

「鬼ではない! 俺は人間だ」

「だからそうじゃなくて……いやいい。ところで甘露寺といったか? よく続くな」

 

 杏寿郎は手拭いを桶に汲んであった水に浸し、それを夢乃へと渡す。

 せっかく暖をとってはいるが、傷めたのなら冷やすのが一番だろうと思って。

 夢乃は渋々といった顔でそれを受け取り、右の手首にくるりと巻いた。

 そんな彼女の隣に腰を下ろし、杏寿郎は真っ直ぐ前を見ながら話す。

 

「うむ! 実は俺も予想外ではあったのだ。剣を握ったこともなく、鬼殺隊に入ろうと言うのだから生半可な気持ちでは呆気なく命を落とす。そうならないように強くなって貰わねば、もしくは……」

「厳しくすることで、諦めてくれれば。と考えたか」

「だがそうはならなかった。まだまだ剣の腕は未熟だが、彼女ならきっと最終選別を突破して立派な剣士になるだろう!」

「お前の下で修業を始めてまだ四カ月ほどだったか。流石に最終選別に出すには早いだろう? せめてもうあと一年は修行をして、それからじゃないのか?」

「俺もそう考えているのだが……甘露寺はそうは思っていないようだ」

 

 鬼殺隊入隊試験でもある最終選別は、特に決まった時期に行われているわけではない。

 鬼殺隊隊士の人数が減り、補充を必要とする頃に行われる。

 が、隊士が命を落とすのは、日常茶飯事を言っても過言ではない。

 月によって多かったり少なかったりというのはあるが、年間を通じた殉職者の数は四、五十人ほどいる。

 一度の最終選別で生き残るのが片手で数えるほど。それを考えれば、隊士の補充は毎月にでも必要なほど。

 

「まさかもう受けると言っているのか?」

「いや。言葉には出していないが、俺には彼女がそう考えている気がしてならない」

「早すぎるだろう」

「そう思うのだが、思うと同時に甘露寺なら今の状態でも選別を突破するのではと思ってな」

 

 空に浮かぶ月を見上げ、そうは言ったものの杏寿郎は小さくため息を吐く。

 関わったからには、相手の命を危険には曝したくない。そう思うからだ。

 

「今はもう年の瀬だ。さすがに次に行われる最終選別に送り出す気はしないが、近いうちにそうなるだろう」

「お前の目から見て大丈夫そうだというのなら……まぁそうなのだろうが」

 

 育手の下で修業をした経験はあっても、育手自身になった経験のない夢乃にとってはそれ以上言えることもなく。

 未だ顔も見たこともない相手の無事を祈るしかない。

 

「その時が来るまでに、しっかりしごいておくことだな」

「うむ! ん?」

 

 杏寿郎が見上げた夜空から、白いものが舞い降りてくる。

 

「初雪……か」

「ん? あぁ、どうりで冷えるはずだ。しかもこの雪……」

 

 二人は舞い落ちる雪をじぃっと見つめ、同時に口を開く。

 

「「積もるな」」

 

 水気を含まぬ大粒のぼた雪が、次々と地面に落ちては白く染め始めた。

 

「煉獄、冗談は抜きにして帰れ。この分だと明日は積もるだろうな」

「うむ、そうしよう。明日は朝から雪かきに追われそうだ。夜にはこっちの雪かきも必要になるかもしれんな」

「太陽が出なければ日中からやって……ん? そういえば年の瀬だったな?」

「そうだが……やはり君には太陽暦で記した暦を贈ろう。といってももう十二月も二十三日になる。年が明けてからにしよう」

「二十三日!?」

 

 いつ十二月に入ったのか、それすら夢乃は気づいていない。

 鬼となってから月日など気にする必要もなくなったからだ。

 しかし、珠世には「次は年末頃に」と言ってある。

 

「煉獄。私は人と会う約束をしているから、暫く留守にするぞ」

「人と!? い、いったい誰とっ」

「誰とだっていいだろう」

「むぅ……」

 

 杏寿郎は不貞腐れて唇を尖らせる。

 大きくため息を吐き捨てた夢乃が「医者だ」と、ぽつりと漏らした。

 

「医者?」

「と言っても、正規の医者ではない。闇医者みたいなものだ。鬼のな」

「鬼!?」

「鬼舞辻の支配から解放されている鬼は、何も私だけではないということだ」

 

 その言葉はにわかに信じがたいが、実際に鬼舞辻に支配されていない夢乃が目の前にいるのだから真実なのだろう。

 同時に杏寿郎は思い出す。

 冨岡義勇との合同任務の際、下弦の鬼の血液を夢乃が採取していたことを。そしてその血をどこかに届け、研究するのだと言っていたことを。

 

「そうか……。その鬼も鬼舞辻を憎んでいるのだな」

「案外、奴を憎んでいる鬼はいるのかもしれない。望んで鬼になった訳ではない者もいるだろうし」

「鬼舞辻に反旗を翻す鬼もいると?」

「それはどうかな。奴の支配を解く方法は分からないし、支配されている限り奴には逆らえない。その意思を示しただけで、喰われて死ぬとも言われているし」

 

 名を口にするだけで、その呪いは発動するのだと夢乃は言う。

 だから鬼舞辻の名を口にしているということが、奴から支配されていない証なのだと。

 

「とにかく、私は彼女の下に行かなければならない。この身に変化が生じていないか、検査をする為にな」

「彼女……女か! よし、なら安心だっ」

「何が安心なんだ……助手というか、金魚の糞のように付きまとっている男もいるがな」

「金魚……その男も鬼か?」

 

 これ以上は喋らない──という意思表示なのだろう。

 夢乃は人差し指を口の前で立てて、それ以上は話そうとしない。

 

「年末に行くと約束をしていたから、直ぐにでも行かなければ」

「冷えるぞ、今夜は」

「風邪をひくことはない。先延ばしにすれば、住居を変えてしまうかもしれない。同じところに長居できないからな」

 

 そう言って夢乃は支度をする為、奥の座敷へと向かう。

 すぐに戻って来た夢乃は、火鉢の中の炭を鉄箸で取り出し焼き物の器に移した。

 杏寿郎が火鉢を抱え、座敷牢へと運び込む。

 縁側に運んだのも杏寿郎だ。

 それが鍛錬のはじめとあとの日課になっていた。

 

「年末までに戻れそうか?」

「んー、そうだな。今から出立して、急げば明け方には到着する。雪次第だが、遅くなっても明日の朝は雲で覆われて太陽は出ないかもしれないし」

 

 出るようなら日が暮れてから動いても、その日のうちに到着できる。検査には一日二日で済むから、年末には帰れるだろうと話した。

 それを聞いて杏寿郎は安堵する。

 

「では新年は共に祝えそうだな!」

「祝う? あぁ……祝うものか……こうなってから、祝うなんて気にもならなかったものな」

「む? 嫌か?」

「んー……」

 

 どう答えていいものかと、夢乃は思案する。

 新しい年を迎えることが、好きか嫌いかと言えば──腹立たしい、だ。

 好きでも嫌いでもない。ただただ生きていることが腹立たしいのだ。

 

 けれど──

 

(けれど……そうだな……たまには──)

 

 自分を気遣うような視線を向ける男と一緒なら。

 ふとそう思い、自然を笑みが零れた。

 

「初日の出は見ないからな」

「当然だ! で、では、きっと千寿郎がおせちを作るだろうから、それを持ってこよう」

「持って来るって……あ、お前っ。千寿郎に私の事、話していないのだろう?」

「……すっかり忘れていた! よもやよもやだ。はははははははははは」

 

 呆れたように杏寿郎を見つめる夢乃は、大きなため息を吐きだした。

 

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