「だったらこのまま黙っていればいい」
「しかしそれでは千寿郎がかわいそうではないか。あの子はあれは君のことを随分と気に入っているようだからな」
「あぁ、そういえば兄上みたいだとか言われたな。いったい私のどこがお前と同じだというんだ」
「俺と同じでは嫌か!?」
「嫌だな!」
「即答か! 俺は悲しいぞ!!」
日付が変わろうかと言う時刻に、そんな会話をしながら歩く二人。
積雪量はまだそうでもないものの、歩く者のいないこの時刻では、道はすっかり白く染まっている。
「そうだ! 知っているか夢乃! くりすますというものを!!」
「キリシタンがどんちゃん騒ぎしているあれか?」
「……君の考え方は時々古めかしいな」
「……考え方がばばくさくて悪かったな。これでも百云十歳だぞ」
「俺が悪かった。忘れてくれ!」
夢乃にすごまれ、狼狽する杏寿郎。
それを見て思わず夢乃は噴き出し、それから「くりすますがどうした?」と問い返す。
「う、うむ。外国ではキリストという神の誕生を祝う時期なのだそうだな!」
「イエス・キリストだろう。それぐらいは知っている」
「そうか! さんたくろーすという老人が現れ、子供たちに贈り物をするという話は?」
「老人が? なぜ?」
「知らん!!」
二人は同時に首を傾げ、奇特な老人もいたものだと話す。
雪が降る中、二人の歩みは遅く。
自然と別れの時刻を遅らせているようでもあった。
「都会の方ではくりすますに特別な料理を食べるそうだ。任務でそちらに行くことは何度かあったが、そういうものはまったく食べたことがない。夢乃はどうだ?」
「んー……あぁ……あるかも?」
「なんと!? どんなものだ??」
「かすていら。南蛮往来の」
「よもや!? 夢乃はかすていらを食したことがあるのか!! う、うまいのか?」
興味津々な様子で食いついて来る杏寿郎に、若干の優越感を感じながら「もちろん」と答える。
「しかしかすていらは高級品だろう?」
「んー……タダで食べたな」
「タダ!?」
この時期に珠世の下へ行くと、時々そうした高級菓子を出されることがある。
持って来るのは珠世に言い寄ろうとする男の患者たちだ。
愈史郎が怒り狂って「お前が全部食え!」と出してくるのだ。
自分が不在の時はどうしているのかと尋ねれば、竈で消し炭になるまで燃やすという。
どのみち珠世も愈史郎も料理を口にすることは出来ない。出来ないのだから処分するしかないのだ。
という話を杏寿郎に聞かせる。
「なるほど! 鬼であっても食事ができるからこそ、棚ぼたと言う訳だな!」
「まぁそうかも? また何かあるようなら、土産に持って帰って来てやろう」
「い、いやっ。別に催促した訳ではっ」
慌てる杏寿郎に、彼女は鼻で笑い「千寿郎への土産だ」と言ってくるりと舞う。そして足早に前を歩き、分かれ道でぴたりと足を止めた。
「じゃあまたな、煉獄」
「うむ。気を付けるのだぞ」
「お前こそ、雪かきのときに足を滑らせてこけるなよ」
「はははははは、気を付けよう」
そうして二人は別々の道に向かって歩みだす。
杏寿郎は一度振り返ったが、その時には既に夢乃の姿はなく。
彼女は呼吸法を使って一足飛びに駆けたあとだった。
深々と降り積もる白い雪が、僅かにその形跡を残す。
名残惜しそうに杏寿郎は彼女が去った後を見つめるが、やがて踵を返して家路へと着いた。
「まぁ、夢乃さん!? こんな雪の中をいらしたのですか」
「おい、ちゃんと雪を落して入って来いっ。床が濡れるだろう!」
「愈史郎、お風呂に湯を張ってください、今すぐに」
「はい珠世様!」
明け方近くになって、夢乃はようやく珠世の現在の住居へと到着した。
夜の間ずっと揺り続けた雪は朝には20センチほどまで積もり、夢乃の肩や頭にもそれは残っていた。
雪を払った夢乃がようやく中へ入ると、珠世はすぐに戸口を閉ざした。
まもなく夜明けが近づいている。
今はまだ雲に覆われてはいるが、長くは続きそうにない。
「雪はこれで終いでしょうね。恐らく小一時間もすれば雲も晴れてくるでしょう」
「えぇ。雲の切れ間から星も見えていましたし」
珠世が差し出した手拭いを受け取り、夢乃は髪についた雫を拭き取る。
「危険を冒してまで、無理して今日来なくてもよかったのに」
「近くまで来ておいて、続きはまた今夜というのも……それまで寒空の下で身を隠すのも嫌でしたし」
「まぁそうでしょうけども……お風呂の準備が出来るまで、紅茶でも飲んで温まりましょう」
珠世はにこやかに笑みを浮かべ、部屋の奥へと案内する。
全ての部屋に雨どいがあり、それらはしっかり閉ざされていた。
太陽光が入らないようにするためだ。
「そうそう、夢乃さん。今年はクッキーというものを頂いたの。召し上がって」
「また愈史郎が怒り狂ったんでしょうね」
「当たり前だ! 夢乃、お前が責任もって全部食え!!」
「なんの責任だ。私にどう責任があるという。食べるけど」
風呂釜に火入れをして戻ってきた愈史郎が、珠世の持つクッキーの箱を指差して「食え」と脅すように言う。
とにかく愈史郎は、珠世が他の男から物を貢がれることを嫌う。
大半は焼いて捨てるが、中には自分たちの生活に使えるものもあって全部とはいかない。
食べ物は時期が近ければこうして夢乃に押し付けられる。
食事が出来る唯一の鬼だから。
「ん、美味しい。……これは日持ちするのだろうか?」
「昨日いただいたもので、四、五日は大丈夫なはずですよ」
「持って帰るのか? だったらあれとあれも持っていけ」
愈史郎は別の部屋へと向かうと、暫くして木箱を二つ手にして戻って来た。
見るからに高級感漂う菓子箱だ。
「随分と高級そうな菓子箱だけど、何を貰ったんです珠世さん」
「かすていらとちょこれいとなの」
「ちょこ!? え、凄く高級品!!」
愈史郎が持って来た箱を受け取り、蓋を開けて覗き込む。
開けたのはちょこれいとの箱だ。
ここ数年でちょこれいと生産も増えてきたが、それでもまだまだ高級品に変わりない。
「どうぞ、召し上がって」
「はい、いただき……」
そこまで言ってから、夢乃は杏寿郎の顔を思い出す。
かすていらの話をした時、杏寿郎の目は輝いていた。同時に羨ましそうにもしていた。
「あの……二つとも持ち帰ってもいいですか?」
「えぇ、いいですけど……あぁ、そうですね。一緒に召し上がってくれる方がいらしたのよね」
「い、いや、いたというかいるというか。その……」
顔を赤らめ口ごもる夢乃を、珠世は眩しそうに見つめる。
その珠世の横顔を、恍惚とした顔で愈史郎が見つめる。
それからすぐに真顔になり、愈史郎が夢乃に向かって言う。
「男がいるならそう言えばいいだろう!」
「おとっ!? ち、違うぞ愈史郎! 煉獄はただの……」
「ただのなんだ」
「おやめなさい愈史郎。人の恋路にちょっかいを入れるものではありません」
「こ、こいじ!? いや珠世さん違いますっ。違うんですっ」
夢乃は愈史郎と珠世、交互に誤解を解こうとするが、頭が真っ白になって何も思い浮かばない。
終いには誤解を解くことを諦めて項垂れた。
「はぁ……珠世さん、血ぃ抜いてください」
「夜には戻られるのです?」
「天気次第で。夜中のような降り方をするようなら、流石に休んでいきます」
その言葉に愈史郎が眉をしかめる。そして別室へと向かい、そこで彼はてるてる坊主をこしらえはじめた。
珠世が注射器で夢乃の血を数本に分けて抜き取り、それぞれに違う薬品を投入していく。
「夢乃さん、痛みますよ」
「ん」
珠世がメスを手に、夢乃の腕を僅かに裂く。
「傷口に集中して。傷が塞がるのを思い浮かべてください」
「んー……」
「全集中の呼吸で止血するのとは違いますよ」
「うぅ……集中と言われるとどうしても……ん、やはりダメですね」
鬼であれば傷を負っても一瞬で再生する。それは下っ端の鬼でも同じだ。再生の速度が変わるものの、メスで斬った程度であれば直ぐに回復する。
たとえ手足が欠損しても、数分もあればまた生えてくるのだ。
だが──
夢乃に再生能力はない。
代わりにあるのが血鬼術による治癒能力。
自らの血を代償にして、自信と他者、その両方の傷を癒せる。
「夢乃さんには無惨の血が少なすぎる。それ故に再生能力が伴わなかったのでしょうけれど……けれど陽光を克服するには至らない……。血の量とは関係がないのでしょうかね」
「どうなんでしょう。まぁ……私は他の鬼とは明らかに違うのは間違いないけれど。どうせなら陽光も克服できる鬼だったらよかった」
「だけどそうであったなら、あなたは確実に無惨に狙われているでしょうね。今ですら彼に見つからない様、細心の注意を払っているのですし」
夢乃が血に適合しなかった──と無惨は思っている。
だが生きて、そして治癒の血鬼術を得ていると知られれば、厄介者として処分される。
珠世はそれを心配していた。
だから鬼狩りの際には、特に十二鬼月と対峙するときには顔を見られぬよう注意するようにと伝えてある。
無惨は他の鬼の目を使って見ることができるから。
だが下っ端鬼の目まで常に監視しているわけではない。
「無惨が求めているのは、陽光を克服する鬼……そんな鬼がもし現れれば、奴はその鬼を喰って自らその力を手にすることでしょう」
「無惨が陽光を克服なんかすれば、更に鬼の数が増す。それだけは絶対に阻止しなければ……」
そう考えれば夢乃が陽光を克服していないのは、不幸中の幸いなのかもしれない。
二人が神妙な面持ちでいると、廊下からバタバタと足音が近づいて来た。
「夢乃、安心しろ! お前が男の所に帰れるように、てるてる坊主を作ってやったぞ!」
バンっと戸を開けて入って来た愈史郎は、てるてる坊主十体を手にしていた。
「……ご苦労さま」
「愈史郎……お湯は沸きましたか?」
「は!? 見てまいります珠世様!!」
再びばたばたと駆けて行った愈史郎は、浴室から大きな声で「沸いております珠世様!」と声を上げた。
「だそうです。さ、温まっていらっしゃい」
「ありがとうございます、珠世さん」