鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第六十四:黙っていたことがある

 初雪の翌朝。

 駒澤村にある煉獄家では──

 

「積もったな!」

「積もりましたね」

「寒いですしはぁ~ん」

 

 杏寿郎、千寿郎、そして甘露寺の三人は、太陽が出ると同時に雪かきを開始した。

 玄関先から門扉まで。そこから通りに出て、近隣住民が歩きやすいように道を作る。

 

 小一時間ほどして朝餉をとり、その後再び雪かきへ。

 

「師範んん~。終わりませぇん」

「雪はもう止んでいるのだ! 必ず終わる!!」

「でも師範~。もうご自宅から随分離れたところまで雪かきしましたよぉ」

「そうだな甘露寺! 松山殿のご自宅前までつなげたい!!」

 

 それってどこのお宅ですかと甘露寺が尋ねれば、杏寿郎はここから十三軒向こうの家だと答える。

 煉獄家の近隣は、高齢夫婦の二人暮らしという家も多い。

 雪が積もった日は、こうして煉獄兄弟がまとめて近隣の雪かきもする。それが日常になっていた。

 

「甘露寺の実家も、今頃は雪かきに追われていることだろうな!」

「うちはその、お店で働いている方々もいますから」

「そうか! 人手があるというのはいいことだ!!」

「はい、そうです……あれ?」

 

 鋤を手にし、甘露寺は通りの向こうからやって来る人物に視線を送る。

 気づいた杏寿郎も通りに視線を向けると、身なりの良い中年の男と、奉公人らしき者が二人、こちらに向かってやって来る。

 

「お父さん……」

「よもや!? 甘露寺のお父上か?」

「はい。でも、どうしたのかしら。あ、もしかして弟たちになにか!?」

 

 思わず駆け出した甘露寺だったが、父だという男は笑顔で彼女を迎える。

 

「蜜璃、元気にしていたかい?」

「お父さん、どうしたの!?」

「いや、年末にお前が帰って来ると話したんだが、下の子たちが駄々をこねてね」

「え?」

 

 明日はクリスマスで、蜜璃の弟妹たちがどうしても姉と一緒に祝いたいと。そう言って聞かないので、仕方なく蜜璃を迎えに来たと父は話す。

 

「ところで蜜璃、その方がお前のお師匠さまかい?」

「あ、そうなのお父さん。こちら、煉獄さん」

 

 紹介されて杏寿郎は姿勢を正し、頭を下げた。

 

「煉獄杏寿郎と申します」

「蜜璃の父です。娘がお世話になっております。大変でしょう? 剣術など一度もやったことのない子ですから。いくら特異体質だとはいえ、素人同然ですし。そんなのでやって行けるのかどうか……」

「いえ! ご息女は大変筋がよく、今ではもう素人は言えない腕前です」

「そ……そうですか」

 

 杏寿郎は嘘は言っていない。心から、甘露寺はいい剣士になるだろうと思っている。

 だが、甘露寺父は娘が褒められたことに対して、あまり喜んでいないようだ。

 

(何故だろうか? 甘露寺のことをお認めになられていないのか?)

 

 それはまるで、自分の父のようだと思った。

 どんなに努力しようと、父は自分を、そして千寿郎を認めようとしてくれない。

 

 無駄だ。

 才能がない。

 

 そう言って突き放すのだ。

 

「煉獄さん。そういう訳でして、申し訳ありませんが娘を連れ帰っても……」

「もちろんです! 年末年始は実家で過ごすことは聞いておりましたし、数日早まっただけですから」

「すみません、ご無理を言って。蜜璃、この雪だからね、早めに帰ろう」

「は、はい。師範、すみません。それじゃあ私、準備してきます」

「うむ! お父上もお疲れでしょう。ご息女の準備が終わるまで、我が家で休まれては?」

 

 と言ったものの、今いる場所から煉獄家まではまだ随分とある。

 一行は雪道を進んで煉獄家へと到着すると、甘露寺は着替えるために部屋へと向かった。

 

 そこで甘露寺父は改めて杏寿郎に問う。

 

「煉獄さん。蜜璃は本当に……その……」

 

 千寿郎が茶を手にやってくる。

 神妙な面持ちの甘露寺父を前に、千寿郎も兄の隣で次の言葉を待った。

 

「蜜璃は、鬼殺として本当にやっていけるのでしょうか?」

「心配には及びません。甘露寺は先ほども言った通り、筋がいい。まだ炎の呼吸の技は巧く使えてはいませんが、すぐに──」

 

 そこまで言って、杏寿郎ははっとなる。

 

(認めていないのではない……。彼は甘露寺の事を心配しているのか)

 

 悲痛な面持ちは、これまで鬼殺隊となって任務をこなす間に幾度と見て来た顔だ。

 

 鬼に襲われ、窮地を鬼殺隊に救われた者たち。

 藤の家紋をつけた家は、鬼殺隊隊士を無償で迎え入れてくれる。

 彼らは鬼の恐ろしさを知っているからこそ、鬼と戦う隊士らを心から心配してくれた。

 

 藤の家紋の家を出る際、彼らは隊士の身を案じてくれた。

 その表情と、今杏寿郎の目の前にいる男の表情はよく似ていた。

 

「甘露寺が剣士として、全く使えない者であったなら……そうであったなら、とっくに破門しております」

「……そう、ですよね」

「申し訳ありません。ですがご息女は確かに……確かに立派な剣士たりえる才能の持ち主です」

「……そこまで仰っていただけるとは。本体ならば喜ぶべきところなのでしょうが。ですが父として、あの子の身を案じずにはいられない」

 

 それが親として当たり前なのだろうと杏寿郎は理解している。

 同時に、杏寿郎の中である仮説が生まれた。

 

(もし……もし父上も俺のことを……)

 

 心配してくださっているから、あのように冷たくあたるのだろうかと思わずにはいられない。

 もしそうだとしたなら、どんなに幸せかと。

 

 同じことを思ったのか、隣に座る千寿郎は兄をじっと見つめていた。

 それに気づいた杏寿郎が、弟を見て微笑む。

 

「お父さん、お待たせ。師範、千寿郎くん。ばたばたしてすみません」

「いや! 足元が悪いのでな、気を付けて帰るのだぞ」

「蜜璃さん、朝からずっと雪かきを手伝ってくださってましたし、大丈夫ですか?」

「うふふ、千寿郎くんありがとう。でも私、体力には自信あるから大丈夫!」

「ふふ。兄上の修行にも堪えていますもんね。お気をつけて蜜璃さん。次こちらにいらっしゃるのは──」

「年明けの五日の日に、また私がこちらまで連れてきますので」

 

 そう言って甘露寺父と、後ろに控えていた者たちが立ち上がる。

 

「煉獄さん。これ、つまらないものですが、弟さんとお召し上がりください」

「あぁ、カスタプリン(プリン)だわ!」

「かすたぷりん?」

 

 風呂敷包みを受け取った杏寿郎は頸を傾げる。

 

「卵を使った蒸し菓子です。雪も降って気温も下がりましたから、こうして持ってくることも出来ました」

「ということは、あまり温かい場所には置いておかない方がよろしいのでしょうか?」

 

 と千寿郎が尋ねると、甘露寺親子は揃って頷く。

 

「そうですね。日持ちもしませんし、早めに召し上がっていただけるとよろしいかと」

「分かりました。わざわざありがとうございます」

 

 珍しい菓子を貰い、杏寿郎は満面の笑みを浮かべる。

 

 それから甘露寺親子を見送ると、さっそく部屋に戻って風呂敷の中身を確認した。

 包みの中は木箱があり、中には黄色いつるんとしたものが入った瓶が五つ。

 

「ほぉ。蒸し菓子と聞いたが、蒸しパンとはまったく違うのだな」

「そうですね。茶碗蒸しに似ているようですが。でも冷たいし」

「冷たい茶碗蒸しか!」

 

 ほんのりと甘い香りのするそれを、杏寿郎が一つ持ち上げる。

 

「母上にお供えしようか、千寿郎」

「はい!」

 

 瓶を千寿郎へと手渡し、二人は仏間へと向かう。

 仏壇にカスタプリンをお供えし、手を合わせて目を閉じた。

 

「母上。甘露寺のお父上からカスタプリンなるものを頂きました」

「母上。とっても美味しそうです」

 

 二人は目を開くとお互い顔を見合わせ、それから仏間を後にした。

 

「父上にも?」

「そうだな。こたつの上に文を添えて置いておこう」

「はいっ。でもあとひとつ、余りますね」

「うむ。五つあったからな。千寿郎、お前は二つ食べてもよいのだぞ?」

 

 言われて千寿郎は表情を明るくしたが、直ぐに「いえ兄上が」と。

 

「おいおい。弟を差し置いて二つ食べる兄などいないぞ」

「で、でも。兄上はいつも任務でご苦労をなさっておいでですし」

「いいや。千寿郎が食べるのだ」

「兄上が!」

 

 と言ったところで二人は噴き出す。

 

「よもやだな! 我が家にもうひとり家族がいればよかったな!!」

「ふふ、そうですね。うちは四人家族ですし、五つだと余ってしまいます」

「こんなことなら甘露寺に食わせてやればよかった!」

「どこかにおすそ分けしますか? 例えば……」

 

 そう口にして、千寿郎は庭先の雪を見て思い出す。

 舞う雪のようにふわりと現れた鬼の事を。

 

 呼吸を使い、日輪刀で鬼を狩る──鬼狩りの鬼のことを。

 

「千寿郎、どうした?」

「あっ、いえ。なんでもないんです。なんでも……」

 

 兄にじっと見つめられ、視線を逸らしてはその先に降り積もった雪を見る。

 

「誰か、食べさせたい相手でも思い出したか?」

「はい……あ、いえ! いません、そんな人はっ」

 

 慌てて否定する弟の頭を、杏寿郎が優しく撫でる。

 千寿郎が思い浮かべる相手を、杏寿郎は理解した。

 

「千寿郎。兄はお前に、黙っていたことがある」

「黙って?」

 

 杏寿郎はもう一度、弟の頭を撫でた。

 

 

 


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