大晦日のその日。
連日の大掃除も終わり、煉獄兄弟は朝から山林の屋敷へと行っていた。
「兄上、そろそろよくないですか?」
「まだだ! まだその時ではない!!」
二人が焚火を見つめながらそんな会話をしていた。
「きっともう焼き上がってますよ」
「いやしかし……もう少し」
「焦げてしまいますっ」
「むぅ」
千寿郎が構わず焚火の中に投げ込んでいたある物を取り出す。
それを棒で突き刺して焼け具合を確かめる。
「うん。絶対これでいいです!」
「むぅ。千寿郎がいいと言うなら……どれ、全部取り出すか!」
そう言うと杏寿郎は焚火の中に投げ込んでいたある物──さつま芋を棒を使って全て取り出していった。
「あっつ、あつあつっ」
「兄上気を付けて。今お盆を持ってきますのでっ」
縁側に置いてあったそれに焼き芋を乗せ、二人はほくほく顔で屋敷内へと入る。
奥の座敷牢では夢乃が本を読み漁っていた。
千寿郎が煉獄家から持って来た本だ。
「焼けたぞ夢乃!」
「焼けました!」
二人の声に面を上げた夢乃が呆れ顔になる。
ここには三人いるが、お盆に乗せられた焼き芋の数は人数の倍以上ある。しかもひとつひとつが大きい。
表情の意味を察した千寿郎が、空いた手で兄を指差す。
「まぁそうだろうな」
それだけ言うと彼女は立ち上がり、茶の用意を始めた。
ちゃぶ台が出され、その上に焼き芋がどんと乗せられる。
「大晦日に芋か」
「今年最後の芋だな! 農家さんに感謝し、よく味わって頂こう!!」
「明日はおせちを持ってきます」
「千寿郎がひとりで用意するのか? 大変だろう」
「いえ、慣れていますから」
慣れとはいえ、千寿郎はまだ十歳の少年だ。
ひとりで手の込んだ料理を用意するのは大変だろうと、
「材料を持ってここに来なさい。私も手伝ってやるから」
「え、いいんですか?」
「よもや! 夢乃の手作りおせちか。それはいいな!!」
「お前は食わなくていいぞ」
「んなっ。君は意地悪だな! 意地でも俺は食べるからな!!」
はいはいと夢乃にいなされた杏寿郎は、不貞腐れて唇を尖らせる。
その隣で千寿郎が困ったように笑った。
「あの、では今から材料を取りに行ってもいいですか?」
「ん。早い方がいいだろう。ほら煉獄、お前も荷物持ちでいってやれ」
「食べさせてくれるのだろうな」
「弟を手伝ってやらん男に食わせる飯はないぞ」
「では行こう、千寿郎!」
「ぷふ、はい兄上。じゃあすぐ戻ってきます」
そう言って煉獄兄弟は自宅へと引き返す。
それを屋敷の中から見送り、夢乃も準備をするために厨房へと向かった。
竈の前に立つ二人を、杏寿郎は後ろから眺めていた。
ときおり重いものを運ぶときに駆り出される程度で特にすることもなく、ただただぼぉーっと二人を見つめるだけ。
「暇なら羅刹の訓練でもしていろ。時間を無駄にするな。お前には限られた時間しかないのだからな」
振り向きもせず、夢乃はそう言う。
その言葉に杏寿郎は首を傾げた。隣の千寿郎もだ。
「限られた時間?」
「お前は人間だ。人間である限り、老いて死ぬのが当たり前だ。それは限られた時間だと言えるだろう」
「そうか。そうだな……」
「私とは違うのだ、時間を大事に使え。常に進み続けているのだから、お前たちの時間は」
その声はどこか物悲し気に聞こえ、隣に立つ千寿郎は彼女の顔を見上げた。
だがその表情に変わりはない。むしろ感情の欠片すら感じなかった。
「時間を大事に……か。確かにそうだ! なら俺は腹ごなしにその辺を走ってこよう! もちろん羅刹の状態を維持してな!」
すっくと立ちあがると、杏寿郎はそのまま外へと出て行く。
一分一秒でも無駄にしない。
先ほどまで見ていた光景を、幸せな日常へと変えるために。
山林の中にある屋敷とはいえ、周囲は小高い山程度。ぐるりと歩いて一周しても小半時──30分も掛からない。
足場の悪い山道を走り、沢を飛び越えひたすら走る。
全集中常中・羅刹の状態を切らさないように、とにかく走った。
障害物となる山の中を走り回って二時間ほど駆けただろうか。
屋敷の方から千寿郎の声がして戻って来ると、その手に重箱を抱えて玄関先で兄を待っていた。
「終わったのか?」
「はい。こっちはうちように。父上と一緒に食べられたらいいのですが……」
「そうだな。正月ぐらいは、父上も出て来て下さればいいのだが」
「兄上、お蕎麦屋さんに予約していた年越しそばを受け取りにいかなきゃいけませんので、俺は先に帰ろうと思うのですが」
「なら俺も一度帰ろう。汗を流したいし、朝からずっと家を空けているからな。夜までは戻っていようと思う」
とは言うものの、既に陽は傾き薄暗くなり始めている。
出来ればこのままここにいたいと思う気持ちもあるものの、父をひとり残しておくのも忍びない。
陽の当らない場所まで出て来ていた夢乃は「帰れ帰れ」といつものように邪険にしてくる。
が、それが親切心からだということは、杏寿郎にも分かっていた。
「除夜の鐘が鳴り終わる前には必ず来る」
「年末年始ぐらい家でゆっくりしていろ」
「いや! 時間を無駄にはしたくないのでな!!」
そう返されては何も言えない。
夢乃はため息を吐き捨て「分かった」とだけ答える。
その返答に満足すると、杏寿郎は弟と並んで屋敷を出た。
「兄上、よかったですね」
「うむ!」
そんな声が聞こえて来て、夢乃は再びため息をつく。
つきはしたが、その表情はどこか嬉しそうだった。
──が、それも一瞬で凍り付く。
(私はいつまでこんなことを続けるのだ……もう、奴に私が教えてやれることなんてない。あとは繰り返し鍛錬を続けていれば、奴なら自然と身体能力も上がるだろう。もう面倒を見てやる必要なんて、ないんだ)
鬼である自分が人と関わるのはよくない。
近いうちに柱になるであろう杏寿郎と、これ以上一緒にいては何かと問題もあるだろう。
鬼殺の者が鬼とつるんでいるなど、知られてはならないことだ。
(なのに産屋敷のご当主は……)
もとはと言えば産屋敷家現当主が引き合わせたようなものだ。
最初こそ偶然の出会いだったが、二度目の出会いは必然なもの。
刀を持っている杏寿郎を追い、そして打ち直されたそれを受け取って今に至る。
刀を打ち直すために刀鍛冶の里に出してくれたのは現当主であり、彼女のことを杏寿郎に知らせたのも彼。
(ご当主は何故あいつに私の事を──刀を返すだけなら、別に話さなくてもよかったろうに)
その結果、煉獄杏寿郎という隊士は段違いに成長できたのは言うまでもない。
だがそのせいで、夢乃は彼と関わってしまった。
親友だった者が天寿を全うし、それを見送ってから数十年。
見知った鬼殺隊隊士たちも全て見送った。
鬼に殺された者、生き延びたが病で亡くなった者、天寿を全うした者。
誰もが彼女を置いて逝ってしまう。
関りを持たなければ、人の死も悲しくない訳ではないが、辛いと言うほどでもない。
それを知ったから、もう二度と人と関りを持つまいと決めたというのに。
杏寿郎がここへやってくる前に、こっそり出て行こうか。
そう思っていると、
遠くから鐘を突く音が聞こえて来た。
「除夜の鐘……もうそんな時間だったか」
ひとりで考え事をしていると、あっという間に時間が過ぎ去っていた。
除夜の鐘が鳴り終わる前に必ず来る──そう杏寿郎は言っていた。
今ここを発てば会わずに出て行ける。
そうは思っても体が動かない。
井草の香りがまだ残る畳に座し、自然と視線は玄関へと注がれる。
自分でも分かるほどに、夢乃は待っていた。
息を切らせ、走ってくるであろう男のことを。
「奴との鍛錬なんて、受けなければよかった。関わるべきじゃなかったんだ……こんな……こんな……」
愛おしいと思うようになるなら、関わずべきじゃなかったのだと自分を責める。
必ず別れの時が訪れると分かっていながら、惹かることを止められない。
ならばせめて自分が先に逝けることを、夢乃は願った。
願い、そして涙する。
「はぁ、はぁ。戻ったぞ夢乃!」
その時、間の悪いことに杏寿郎がやって来た。
慌てて涙を拭うが、時すでに遅し。
「ど、どうした! 何故泣いている!?」
「火鉢の灰が目に入ったんだ。顔を洗ってくる」
「う、む。そうか? 本当にそうか?」
「うるさいなぁ、ついてくるなっ」
心配そうに顔を覗く杏寿郎を払いのけ外へと飛び出すと、晴れ渡った夜空を見上げて呟いた。
「あぁ、人であったらどんなによかったか……」
──と。