「では留守を頼んだぞ、千寿郎。甘露寺は千寿郎と共に鍛錬に励むように。本当は里に帰してやりたいところだが、君がどうしても次の最終選抜に出たいと言うならそうもいくまい」
「も、もちろんです! 師範がいなくても私、千寿郎君と毎日鍛えますから!」
一年でもっとも寒い二月。
だがこのところは雪も降らず、穏やかな冬を迎えられていた。
鎹鴉が杏寿郎に任務を告げに来たのは、今年に入ってこれが二度目の任務になる。
育手になる以前で考えれば、月に四、五度の任務が入ることも珍しくはなかった。それを考えれば随分と穏やかな日々のように思える。
だが今回はこれまでと若干事情が異なるようだと、甘露寺は肌で感じていた。
「師範……今度の任務は長引きそうなのですか?」
いつになく真剣な面持ちの杏寿郎を見て、流石に甘露寺蜜璃も狼狽える。
「現場まではそう遠くない。今から出立すれば日暮れ前には十分に到着できる。だが──」
今回は合同任務だが、相手はおそらく十二鬼月であろうということだ。
潜伏しているのは大きな町で、住民の多い場所では探し出すのも至難の業。
二、三日で任務が終わるとはとうてい思えなかった。
「相手がもし十二鬼月であった場合、下手をすると柱への救援要請が必要になるかもしれない。もしそうなった場合でも、鬼を逃がさぬようその場に留めておく必要がある。長丁場になる可能性も高い」
「そう、なんですか。気を付けてくださいね、師範」
「兄上、ご無事を祈っております」
「ははは、心配するな。俺は死なない、決して死なん」
千寿郎と、そして甘露寺の頭を順に撫で立ち上がる。
「兄上、道中で召し上がってください。昼餉用にと作っていたものです」
「うむ。ありがとう、千寿郎。戸締りをしっかりと、忘れるな」
「はい」
「甘露寺、多少無理をするぐらいで鍛錬に励むように」
「はい、師範」
「では、行ってくる」
刀を腰に差し、杏寿郎は家を出た。
門の所まで同行した千寿郎が火石を打ち鳴らし無事を祈る。隣の甘露寺は祈るように手を組んで見送った。
二人は杏寿郎の姿が見えなくなるまで見送り、やがてゆっくりと屋敷に引き返す。
「さぁ、鍛錬鍛錬! 千寿郎師範、よろしくお願いね」
「はい──え? し、師範!?」
「さぁ、行くわよぉ~」
甘露寺は千寿郎の手を引き、道場へと向かった。
そんな二人を見守る訳でもなく、少しだけ開いた障子から外を見つめる者がいた。
煉獄槇寿郎。
現炎柱であるが、ここのところ招集には一切応じていない。
朝から酒に浸り、息子たちにきつく当たる父親だ。
(十二鬼月……下弦か、それとも上弦か……。痣者でもなければ、上弦の鬼を倒すことなどできはせん。杏寿郎、分かっているのか? お前は俺と一緒で、才能のない者だということを)
その視線はやがて空へと昇り、眩しそうに眼を細める。
(瑠火……俺は……俺は臆病者だ)
自らの死ではなく、失うことを恐れるあまりに二人の息子にきつく当たってしまう。
最近では酒も深まり、二人の顔を見ただけでも怒りが込み上げるようになった。
刀を振るうことが、ただ死に近づくだけだと何故理解できないのか──と。
ぴしゃりと障子を閉じ、槇寿郎は煉獄家に伝わる手記に目を通す。
何度も何度も読んだそれは、長年伝えられただけあって紙も脆くなってきている。
「そろそろ写本をお作りになられては? 槇寿郎さん」
生前、妻である瑠火がそう言っていた。
自分は字があまり得意ではないから、二人の息子どちらかに任せたい──その時にはそう返事をした気がする。
その返答に瑠火は笑っていた。
槇寿郎も笑っていた。
だがその笑顔はここにはもうない。自分の笑顔さえ。
「くっ」
失ったもの、これから失うかもしれないものの姿が過る。
何もできない、何もしない自分に腹を立て、その怒りの矛先を先祖の手記へと向ける。
くしゃりと頁を握り、直ぐに我に返った。
皺の出来た頁を伸ばすが、僅かに破れてしまっている。
そして手記そのものを壁に投げ捨て、それから机の上に置いたままの酒壺に手を伸ばした。
が、中身は空。
昨夜、全て飲み干した後だった。
「ちっ」
壺を手に立ち上がると、槇寿郎は部屋を出た。
道場からは息子と、居候中の甘露寺の声が聞こえてくる。
一瞬、そちらに足を向けようとしたが思いとどまり、壺を手に屋敷を出て行った。
「くだらん。痣のない者など、みな死ぬだけだ。みな……」
そう呟く彼の目は、怒りと、そして悲しみに満ちていた。
「カァー!」
「伝えてくれたか?」
杏寿郎は腕を伸ばし、鎹鴉を留まらせた。
任務の事を夢乃に伝えるため、鴉を飛ばしていたのだ。
火急であったのと、山林とは正反対の方角に向かう為、連絡は鎹鴉に任せていた。
「今日ハ鴨肉ゥーッ」
「そうではない。ちゃんと伝えたのかというのを聞いているのだ。まったく、なんと食い意地の張った鴉か」
夢乃がその場にいれば、盛大なつっこみが入っただろう。
まんまと餌付けされている鎹鴉だが、役目はちゃんと終えている。
今回の合同任務には柱は参加せず、だが参加者の中に胡蝶しのぶという名前が挙がっていた。
「しのぶ殿……階級はいくつであったか」
「胡蝶シノブウゥゥ。甲。キィーノォーエェー」
「なんと!? 俺と同じか……」
杏寿郎より二つ年下の少女は、彼よりも幼くして鬼殺隊士となっている。
だが隊士になってまだ二年も経っていないはずだと、杏寿郎は記憶を振り返る。
亡くなった姉のカナエが隊士となり、一年半ほどして妹のしのぶも隊士になった。
姉のカナエはとんとん拍子に階級を上げて行ったが、妹のしのぶはそうもいかず。姉妹での任務であれば姉の支援もあって成果はあげられたものの、ひとり、もしくは他の者との合同任務では苦戦を強いられてもいた。
「しのぶ殿は小柄だからな。その分腕力にも劣るし、鬼の頚を斬れるだけの力もない。よく甲まで上りつめたものだ。きっと並々ならぬ努力をしたのだろう」
それは姉、カナエの仇を討つためだろうことは察しが付く。
復讐とはかくも人を強くするものかと、杏寿郎は考える。
それは自分にはない感情だ。
煉獄の者として生まれたからには、鬼殺になることが運命づけられていた自分には──。
「さぁ、急ごう。案内をしてくれ」
「カァー。北東ー、コッチダー」
杏寿郎は鎹鴉の飛んでいく方角に向かって駆け出す。
全集中の常中。そして羅刹へ。
一気に駆け、村を超え、町を過ぎ、途中で千寿郎が用意した弁当を食べると再び走る。
予定通り、日が暮れる前に目的の町へと到着すると、待ち合わせ場所となっている藤の家紋を掲げる家を尋ねた。
「失礼するっ。鬼殺隊隊士、煉獄杏寿郎。合同任務を遂行するために馳せ参った」
玄関先でそう声を掛けると、まず出てきたのは──
「あら、煉獄さん。お久しぶりです。最近は蝶屋敷にいらっしゃらないから、どうしているのか心配していたんですよ」
笑みを浮かべた胡蝶しのぶだった。
さて、しのぶさんです。
どう絡んでいくのでしょうね。