鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第六十九話:胡蝶

「では留守を頼んだぞ、千寿郎。甘露寺は千寿郎と共に鍛錬に励むように。本当は里に帰してやりたいところだが、君がどうしても次の最終選抜に出たいと言うならそうもいくまい」

「も、もちろんです! 師範がいなくても私、千寿郎君と毎日鍛えますから!」

 

 一年でもっとも寒い二月。

 だがこのところは雪も降らず、穏やかな冬を迎えられていた。

 

 鎹鴉が杏寿郎に任務を告げに来たのは、今年に入ってこれが二度目の任務になる。

 育手になる以前で考えれば、月に四、五度の任務が入ることも珍しくはなかった。それを考えれば随分と穏やかな日々のように思える。

 

 だが今回はこれまでと若干事情が異なるようだと、甘露寺は肌で感じていた。

 

「師範……今度の任務は長引きそうなのですか?」

 

 いつになく真剣な面持ちの杏寿郎を見て、流石に甘露寺蜜璃も狼狽える。

 

「現場まではそう遠くない。今から出立すれば日暮れ前には十分に到着できる。だが──」

 

 今回は合同任務だが、相手はおそらく十二鬼月であろうということだ。

 潜伏しているのは大きな町で、住民の多い場所では探し出すのも至難の業。

 二、三日で任務が終わるとはとうてい思えなかった。

 

「相手がもし十二鬼月であった場合、下手をすると柱への救援要請が必要になるかもしれない。もしそうなった場合でも、鬼を逃がさぬようその場に留めておく必要がある。長丁場になる可能性も高い」

「そう、なんですか。気を付けてくださいね、師範」

「兄上、ご無事を祈っております」

「ははは、心配するな。俺は死なない、決して死なん」

 

 千寿郎と、そして甘露寺の頭を順に撫で立ち上がる。

 

「兄上、道中で召し上がってください。昼餉用にと作っていたものです」

「うむ。ありがとう、千寿郎。戸締りをしっかりと、忘れるな」

「はい」

「甘露寺、多少無理をするぐらいで鍛錬に励むように」

「はい、師範」

「では、行ってくる」

 

 刀を腰に差し、杏寿郎は家を出た。

 門の所まで同行した千寿郎が火石を打ち鳴らし無事を祈る。隣の甘露寺は祈るように手を組んで見送った。

 

 二人は杏寿郎の姿が見えなくなるまで見送り、やがてゆっくりと屋敷に引き返す。

 

「さぁ、鍛錬鍛錬! 千寿郎師範、よろしくお願いね」

「はい──え? し、師範!?」

「さぁ、行くわよぉ~」

 

 甘露寺は千寿郎の手を引き、道場へと向かった。

 そんな二人を見守る訳でもなく、少しだけ開いた障子から外を見つめる者がいた。

 

 煉獄槇寿郎。

 現炎柱であるが、ここのところ招集には一切応じていない。

 朝から酒に浸り、息子たちにきつく当たる父親だ。

 

(十二鬼月……下弦か、それとも上弦か……。痣者でもなければ、上弦の鬼を倒すことなどできはせん。杏寿郎、分かっているのか? お前は俺と一緒で、才能のない者だということを)

 

 その視線はやがて空へと昇り、眩しそうに眼を細める。

 

(瑠火……俺は……俺は臆病者だ)

 

 自らの死ではなく、失うことを恐れるあまりに二人の息子にきつく当たってしまう。

 最近では酒も深まり、二人の顔を見ただけでも怒りが込み上げるようになった。

 刀を振るうことが、ただ死に近づくだけだと何故理解できないのか──と。

 

 ぴしゃりと障子を閉じ、槇寿郎は煉獄家に伝わる手記に目を通す。

 何度も何度も読んだそれは、長年伝えられただけあって紙も脆くなってきている。

 

「そろそろ写本をお作りになられては? 槇寿郎さん」

 

 生前、妻である瑠火がそう言っていた。

 自分は字があまり得意ではないから、二人の息子どちらかに任せたい──その時にはそう返事をした気がする。

 その返答に瑠火は笑っていた。

 槇寿郎も笑っていた。

 

 だがその笑顔はここにはもうない。自分の笑顔さえ。

 

「くっ」

 

 失ったもの、これから失うかもしれないものの姿が過る。

 何もできない、何もしない自分に腹を立て、その怒りの矛先を先祖の手記へと向ける。

 

 くしゃりと頁を握り、直ぐに我に返った。

 皺の出来た頁を伸ばすが、僅かに破れてしまっている。

 そして手記そのものを壁に投げ捨て、それから机の上に置いたままの酒壺に手を伸ばした。

 

 が、中身は空。

 昨夜、全て飲み干した後だった。

 

「ちっ」

 

 壺を手に立ち上がると、槇寿郎は部屋を出た。

 道場からは息子と、居候中の甘露寺の声が聞こえてくる。

 

 一瞬、そちらに足を向けようとしたが思いとどまり、壺を手に屋敷を出て行った。

 

「くだらん。痣のない者など、みな死ぬだけだ。みな……」

 

 そう呟く彼の目は、怒りと、そして悲しみに満ちていた。

 

 

 

 

「カァー!」

「伝えてくれたか?」

 

 杏寿郎は腕を伸ばし、鎹鴉を留まらせた。

 任務の事を夢乃に伝えるため、鴉を飛ばしていたのだ。

 火急であったのと、山林とは正反対の方角に向かう為、連絡は鎹鴉に任せていた。

 

「今日ハ鴨肉ゥーッ」

「そうではない。ちゃんと伝えたのかというのを聞いているのだ。まったく、なんと食い意地の張った鴉か」

 

 夢乃がその場にいれば、盛大なつっこみが入っただろう。

 まんまと餌付けされている鎹鴉だが、役目はちゃんと終えている。

 

 今回の合同任務には柱は参加せず、だが参加者の中に胡蝶しのぶという名前が挙がっていた。

 

「しのぶ殿……階級はいくつであったか」

「胡蝶シノブウゥゥ。甲。キィーノォーエェー」

「なんと!? 俺と同じか……」

 

 杏寿郎より二つ年下の少女は、彼よりも幼くして鬼殺隊士となっている。

 だが隊士になってまだ二年も経っていないはずだと、杏寿郎は記憶を振り返る。

 

 亡くなった姉のカナエが隊士となり、一年半ほどして妹のしのぶも隊士になった。

 姉のカナエはとんとん拍子に階級を上げて行ったが、妹のしのぶはそうもいかず。姉妹での任務であれば姉の支援もあって成果はあげられたものの、ひとり、もしくは他の者との合同任務では苦戦を強いられてもいた。

 

「しのぶ殿は小柄だからな。その分腕力にも劣るし、鬼の頚を斬れるだけの力もない。よく甲まで上りつめたものだ。きっと並々ならぬ努力をしたのだろう」

 

 それは姉、カナエの仇を討つためだろうことは察しが付く。

 復讐とはかくも人を強くするものかと、杏寿郎は考える。

 それは自分にはない感情だ。

 煉獄の者として生まれたからには、鬼殺になることが運命づけられていた自分には──。

 

「さぁ、急ごう。案内をしてくれ」

「カァー。北東ー、コッチダー」

 

 杏寿郎は鎹鴉の飛んでいく方角に向かって駆け出す。

 全集中の常中。そして羅刹へ。

 一気に駆け、村を超え、町を過ぎ、途中で千寿郎が用意した弁当を食べると再び走る。

 予定通り、日が暮れる前に目的の町へと到着すると、待ち合わせ場所となっている藤の家紋を掲げる家を尋ねた。

 

「失礼するっ。鬼殺隊隊士、煉獄杏寿郎。合同任務を遂行するために馳せ参った」

 

 玄関先でそう声を掛けると、まず出てきたのは──

 

「あら、煉獄さん。お久しぶりです。最近は蝶屋敷にいらっしゃらないから、どうしているのか心配していたんですよ」

 

 笑みを浮かべた胡蝶しのぶだった。 

 




さて、しのぶさんです。

どう絡んでいくのでしょうね。
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