「絵描きか……そいつが十二鬼月かどうかは」
「まだ分からん!」
「誰も見ていないのか」
「うむ! しかし十二鬼月であれば眼球に数字があると言うが、流石にそんな目を持つ者がいれば町人も気づくだろう?」
首を傾げる杏寿郎に、夢乃は「隠せる」と短く答えた。
それから杏寿郎の顔をぐいっと自分に向かせ、そして目を閉じる。
「ゆ、夢乃?」
瞼を閉じた夢乃を前に、杏寿郎の胸が高鳴る。
これはどういう状況なのだろうか?
杏寿郎がごくりと喉を鳴らすと、夢乃の瞳がすぅっと開かれた。
そこには普段とは違う、銀色に光る瞳があった。
「どうだ。瞳の色が違うだろう?」
「う……うむ」
「こんな風に、目の色や数字は隠せる」
「な、なるほど!」
さっと視線を逸らした杏寿郎を見て、今度は夢乃が首を傾げる。
どうした、と尋ねても杏寿郎は答えず笑っている。
その杏寿郎は明後日の方角を見つめたまま夢乃に尋ねる。
「鬼が潜伏しているとすると、どういった所だろうか?」
「そうだな。実は街中に潜伏している奴らの方が見つけにくい。建物の中なら陽光は避けられるからな。潜伏先を探すより──」
夢乃がぴくりと反応する。
すぐに杏寿郎も気づき、夢乃を隠すように動いた。
「画材屋を当たれ」
背後からそう声が聞こえた次の瞬間、彼女の気配はすぅっと消えた。
夢乃が気配を消し、遠ざかった理由は杏寿郎の目の前にある。
「煉獄さん? どうしましたか? 誰かとお話していましたか?」
そこには胡蝶しのぶの姿があった。
顔は笑ってはいるが、その笑みはどこか冷めきっているようにも見える。
姉カナエが生きていた頃のしのぶを知っている杏寿郎だからこそ、そう感じるのだろう。
杏寿郎はいつものように覇気のある声で返事をする。
「うむ! 町の人にだな、少し話を聞いていたのだが無駄骨だったようだ!」
「そうですか。それにしても、大きな町ですし、空き家もたくさんあるでしょうから……探すのは大変そうですねぇ」
「そうだな! だが──もし鬼が似顔絵の絵師であったなら、画材を取り扱う店に出入りしていたのではないだろうか?」
しのぶの気配を察知してその場から離れた夢乃が去り際に残した言葉だ。
「日が暮れた後も商いをしている店を当たれば、行方不明者や変死体が出始めた頃から姿を見せるようになった者に心当たりのある店主もいるかもしれない!」
「そうですね。さらにここ数日で姿を見せなくなった……となると、絞られるかもしれません」
「うむ! では商いをしている店を探すべきだな!!」
「私は他の隊士の皆さんに、このことを話して来ます。煉獄さん、おひとりで行かないでくださいね」
にこりを微笑んではいるが、しのぶからが「勝手をするな」という圧が感じられる。
それに気づいている杏寿郎は、無言で頷いてその場で待機した。
「煉獄さん。今度の鬼のことですが」
杏寿郎はしのぶと肩を並べて歩いていた。
「十二鬼月かもしれない、ということか?」
「そうではなくて……いえ、それも関係しているのですが。その十二鬼月だった場合……私に、譲って頂けませんか?」
「しのぶ殿に? いや、譲る譲らないの話でもなかろう」
杏寿郎は驚き、しのぶの顔を覗き込む。
どんな顔をして言っているのかと思えば、今も笑みを湛えたままだ。
「私、柱になりたいんです」
「……そうか」
姉のカナエのように──とは聞かない。
それを言うのは酷だと、杏寿郎にも分かっているからだ。
「煉獄さんも、炎柱を目指していらっしゃるんですよね?」
「目指しているというより、俺は煉獄だからな!」
煉獄家の者として生まれたからには、炎柱となるのが定め。
「そうですね。でも……今回は譲って頂きたいのです。その為に、お館様にもお願いして、今回の合同任務に参加させていただいたのですから」
「うむ。俺は別に今すぐ炎柱にとは考えてはいない! まだまだ力不足だからな!! だがしのぶ殿、無茶はするな」
労わるように声を掛けたが、彼女の笑顔はぴくりとも動かず、逆に冷たささえ感じられる。
杏寿郎は口を閉じ、黙って彼女の後について歩いた。
「あ、一軒ありました。聞いてみましょう」
頷き、杏寿郎がまず店内へと入る。
閉店準備をしていたようで、店主はやや不機嫌そうな顔を向けてきた。
「済まない店主。少し尋ねたいことがあって」
「客じゃないのか。もう店じまいなんだがねぇ」
「すみません。人を探しているのですが、ここ最近人気だという似顔絵師をご存じないですか? わりと最近になってこの町に来た方のようなのですが」
しのぶが杏寿郎の隣からひょっこりを顔を出し、やや幼くも見えるその笑顔を店主へと向けた。
こうして笑顔を浮かべていれば、愛らしくもあるしのぶにに店主の視線は自然とそちらへ向けられる。
「あぁ、なんでも薄気味の悪い絵を飾っているという若い絵師だろう?」
「はい、その方です。ご存じですか?」
しのぶの期待するような視線は、だが店主の首が左右に振られたことで落胆へと変わる。
「なるほど。客としてうちにきてやしねーか、それを聞きに来たのかい?」
「ご名答です。ここにはいらっしゃっていないのですね?」
「あぁ、うちの客じゃねえな」
「ありがとうございます。お忙しいところ、すみませんでした」
しのぶはそう言って店を出る。杏寿郎も店主に頭を下げ後を追うと、既に彼女は次の店を探すためにすたすた歩きだしていた。
「簡単には見つからないようだな」
「そうですね。だけど先ほどのお店の方も仰ってましたし、狙いとしては当たっているようですよ、煉獄さん」
「ん?」
しのぶに名を呼ばれ、何故そのタイミングで自分の名が呼ばれたのか理解していない杏寿郎は、首を傾げてみせる。
その様子を見て、今度はしのぶが首を傾げた。
「あらあら。煉獄さんが提案したんじゃないですか。画材屋を調べてみてはどうかって」
「む……よもや! そうであった。はっはっはっはっは」
(本当は夢乃から教えられたことなのだが、それをここでいう訳には……)
「変な煉獄さん……さ、次のお店を探しましょう。画材を扱うお店なんて、まずは早々あるものじゃないですし」
見つけるだけでも一苦労だとしのぶは言う。
その時見せたしのぶの笑顔は、先ほどまでの冷たさを感じるものではなく、いくぶん穏やかそうに見えた。
どこか子供ぽさの残る笑顔を、杏寿郎は以前にも見ていた。
彼女の姉、胡蝶カナエが生きていた頃のものだ。
(今でも忘れていないのだな、笑い方を)
杏寿郎はほっとした。
心が完全に凍り付いてしまっていたら、彼女は生き急ぐかもしれない。
死んでほしくはない。
彼女の姉のためにも。
そう思わずにはいられなかった。
(そう言えば。カナエ殿と言えば、夢乃が以前出会っていたな。友人になって欲しいと懇願されたようだが。しのぶ殿はそのことを知っているのだろうか?)
もし姉のカナエが夢乃のことを話していたならば。
しのぶと夢乃は親友になれるだろうか──と考える。
だが、姉のカナエと違ってしのぶは、元々鬼を酷く憎んでいた。
そしてカナエを殺害したのも鬼だ。
たとえ夢乃が人を喰らわない鬼だと説明しても、それを信じてくれるかどうかは分からない。
(しのぶ殿にしても、夢乃にしても。心から信頼し合える友が出来れば、また変わるのだろうか)
町のどこかにいるであろう夢乃に思いを寄せ、杏寿郎はしのぶの後を追った。