バキャッと、激しい音が響く。
木製の古びた扉には、それでも鍵がこしらえてあった。
夢乃はそれを蹴り破ったのだ。
「あらあら、随分と乱暴なんですねぇ」
「お淑やかにしていても、ここから出られる訳でもないだろう」
「まぁそうですけど」
破壊された扉を憐れむように見下ろすと、しのぶはその先の通路を見た。
「真っ暗で何も見えません」
「この先は緩やかな上り坂だ。真っ直ぐではないので、先がどうなっているかは分からない」
「この暗がりでも見える目は、時々羨ましいと思うことがありましたが……本当に羨ましいですね、鬼の目は」
「なら鬼になってみるか?」
夢乃はわざと声に嫌味を持たせて話す。
するとしのぶは
「今ここで死にますか?」
と返してきた。
くくっと、夢乃が笑う。
からかわれていることを知り、しのぶは少しだけ唇を尖らせた。
「こ、ここの鬼は──似顔絵師なのですよね?」
「そうだろうな。奴を見たわけじゃないから、まだ何とも言えないが」
「鬼をご存じではない? 貴女はいったい、何をしにここへ」
夢乃はすぐには答えない。まさか杏寿郎について来た、などと言えるはずもない。
少しだけ考え、それからこう答える。
「鬱陶しい奴だから」
──と。
「はぁ……鬱陶しいから……で、どうなさるのですか?」
「そりゃあ……頚を刈るに決まっているだろう」
「頚って……普通の刀で斬っても、鬼は死にませんよね?」
夢乃は返事をしない。答える必要もないと思ったからだ。
そのことにしのぶは苛立ち、だが前を歩く夢乃の腰を見て驚愕した。
「え? どうして鬼であるあなたが、日輪刀を?」
「奪った」
特に悪びれた様子もなく答える鬼に対し、しのぶは違和感を覚えた。
他人から奪ったにしては、その物腰は堂に入っている。まるでそれが長年、そこにあることが当たり前のように。
「つまり、元鬼殺隊隊士の方……ということですね?」
「ちっ。聞いたことを素直に受け入れればいいものを」
「ふふ。鬼は嘘をつきますから。まぁ貴女の場合、他の鬼とはちょっと……違う嘘のようですけども」
夢乃の今の反応が、しのぶの言葉を肯定する形となった。
だからと言って、しのぶが彼女に同情も、そして親近感を抱くことは無い。
ただ──
(姉さん。この鬼と何故友達になろうなんて思ったの?)
それだけが気にはなっている。
確かに他の鬼とは少し気配が違う。それはしのぶにも分かるのだが、どこがどう違うのかと言われれば答えられない。
(鬼は所詮鬼。姉さんは人を喰らわずに生きてきたなんて妄想を抱いているけれど、きっとこの人だって──)
そこまで考えて、しのぶはある疑問にぶつかった。
(何故……私を助けるの?)
自分が思っているような鬼であれば、自分を助ける理由などない。
血鬼術で別の場所に飛ばされようと、この暗闇でも見える目を持つ鬼であれば抜け出すのも簡単だろう。
現に今、鬼の夢乃はしのぶを誘導しながらスタスタと歩いているのだから。
むしろ自分は足手まといなはず。
「何故……」
「ん?」
思わず漏れ出た声は、疑問をぶつけたモノ。
「何が?」
問い返され、しのぶは困惑する。
思わず漏らしてしまった自分自身に。そして、自分を助けた鬼の行動に。
「んー……遊郭、だな」
「ゆ、ゆうかく!?」
二人はようやく地上へと出た。
今月ようやく十六歳を迎えるしのぶにとって、夜のこの時間の遊郭は刺激が強かった。
「安心しろ。どうやら使われていないようだ、ここは」
そう言って夢乃は辺りを見回す。
通路はこの建物に繋がっていた。
地下室に出た二人はギシギシときしむ階段を上り一階へと出たが、そこに灯りはなかった。
だが壁板の隙間から外の灯りが入り込み、天井はありこち抜けている有り様。しのぶの目でもなんとか状況が判断できる程度の光源はあった。
「さて、地上に出たわけだが……どうする?」
「どうって……うっ」
──ここを出ればあなたには死んで頂きますよ?
しのぶはそう言った。
だから夢乃はわざと頚を差し出してみせている。
きゅっとしのぶは唇を噛んだ。
やらなければ──と思う反面、自分を助けた鬼への興味が湧いているのも事実。
腰の剣に手を伸ばすが、果たして自分にこの鬼は倒せるのかという不安に襲われた。
悪戯っぽく笑みを浮かべて首を傾げている今ですら、目の前の鬼に隙は無い。
「ま、冗談はおいといて……どうだ? ひとりでやれるか?」
「え? ──!」
しのぶがそう尋ねられた時、あばら家と化した建物の二階から強烈な気配を感じた。
別の鬼だ。
目の前にいる鬼とはまったく違う、不快な気を放つ存在。
「この町に巣食う鬼……」
「手伝ってやろうか?」
にやりと夢乃が笑う。
それをしのぶはきつく睨みつけ、それから首を振った。
「十二鬼月ならば、私が倒さねばならないんですよ」
「ふぅん。柱になるためか。なら手出しはせず、静観してやろう。せいぜい頑張ることだ」
それだけ言うと、夢乃は姿を眩ませる。
近くにいることは気配で分かるが、どこ──なのかまでは分からない。
どこかを睨んだあと、しのぶは一度浅く呼吸を整えた。
十二鬼月と口にして、それでも敢えて手出しをしないと言い放ったということは。
(そういうこと、なのよね?)
しのぶは意を決し、朽ちかけた階段に足を掛けた。