鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第七十五話:十二鬼月

 いつ底が抜けるだろうかと心配になる階段を上ったしのぶは、気配のする奥の部屋へと向かう。

 だがその足はすぐに止まった。

 

「紙……」

 

 廊下には無数の紙が落ちており、先ほどのことが思い返された。

 

「踏めばまた別の場所に飛ばされてしまうのかしら? ねぇ」

 

 しのぶがそう語りかけたのは夢乃相手ではない。

 前方の部屋にいるであろう鬼に向けた言葉だった。

 

 それに呼応するかのように、ぽぉっと部屋に明りが灯された。

 提灯を持って現れたのは、年の頃三十といった男だろうか。

 一見すればどこにでもいる風貌ではあるが、提灯に照らされた瞳には確かに「下」「陸」という文字が浮かんで見える。

 

「十二鬼月、確定ですね」

 

 穏やかな口調ではあるものの、しのぶは既にその刀を抜いていた。

 鬼の男はそれを見て目を細める。

 

「随分と細い刀身……それでいったい何を斬るというのだ?」

「もちろん、あなたの頚ですよ」

 

 言うや否や、しのぶは飛び出す。

 廊下に散りばめられた紙を踏むことなく、一瞬にして間を詰める。

 

「血鬼術──誘画流転」

 

 鬼はそう口にすると、短ら紙を踏んだ。

 一瞬にして鬼の姿は紙に吸い込まれ、しのぶの刃は空を斬る。

 

「どこに!?」

 

 と言った瞬間、足元に激痛が走る。

 

「痛っ──」

 

 飛びのき、先ほどまで立っていた場所を見れば、その足元に落ちていた紙から鬼の手が生えていた。

 

(紙から紙に移動するというの? 厄介ですね)

 

 ならば──と、しのぶは呼吸を整える。

 

「蟲の呼吸、蝶ノ舞──戯れ」

 

 ふわりとしのぶの体が宙を舞う。それに合わせて風が起き、散らばった紙が浮きあがった。

 それをしのぶは確実に切り裂いていく。

 

「細いその刀身でも、紙ぐらいは斬れるということか。うむ、なんと美しい舞いか。絵に書き留めておきたい。そのまま、そのままじっとしていろ」

「はぁ? 何を仰っているんですか? 私はあなたの頚を……」

 

 と、しのぶが言い終えるよりも早く、鬼は部屋へと消えていく。

 鬼を追ったしのぶは、その部屋に足を踏み入れた瞬間に表情を曇らせた。

 

「惨いことを……」

 

 そこにあったのは絵。

 だがただの絵ではない。

 

 そのほとんどが、体の一部を欠損させ、恐怖に顔を歪めた人の姿が描かれている。

 

 いや、正確には描かれているのではなく、紙の中に閉じ込められた鬼の餌となった人たちだ。

 

「素晴らしいだろう? こうしておけばいつでも好きな者を喰うことができるんだ。いわば保存食というやつさ」

「攫った人たちを、みんな絵に閉じ込めたのですね」

「当たり前だろう。それ以外の使い道があるのか?」

 

 鬼は悪びれる様子もなく、そしてしのぶを見ることもなく一心不乱に紙に絵筆を立てていた。

 その姿に、そして先ほどの回答にしのぶは怒りをあらわにする。

 

「人は、お前の保存食などではないわ!!」

「動くなっ」

 

 鬼が突然振り返り一喝する。

 ピンっと立てられた絵筆は、まるで描く被写体を観察しているようでもあり。

 そしてしのぶの体が動かなくなった。

 

(しまったっ。これも血鬼術なの?)

 

 しのぶが唇をギリリと噛む間、こちらを向いているはずの鬼の左腕が器用に動いて背面にある画布へと絵を描いていく。

 しのぶの目には、画布に描かれた自身の羽織が見えた。

 そして──

 

(奴に描かれた羽織が……消える!?)

 

 自身が来ているはずの羽織が、描かれた部分からすぅーっと消えているのだ。

 

(描かれた部分から絵に取り込まれるということ!? くっ)

 

 抵抗しようにも動けない。

 

(誰か……煉獄さん……村田さん……)

「カナエねえ……さん」

 

 姉の名を呼んだ瞬間、しのぶと鬼との間に巨大な氷柱が出現した。

 途端にしのぶの体は自由を取り戻す。

 

「気を付けろ。完成してしまえばお前もあの中だぞ」

 

 手を引かれ、しのぶは部屋から脱出した。

 助け出したのは夢乃だ。

 

「て、手助けは──」

「必要ないか? こちらとしては無駄に奴の餌が増えるのは困るのだよ。お前も知っているだろう? 鬼は人を喰えば喰うほど力を増すと。下弦の禄か。対した奴ではないが、これ以上人を喰うと厄介だ」

「わ、分かっていますそんなことっ」

「あと、奴の視線と筆。その直線上に立つな。体の自由を奪う血鬼術だ」

 

 それだけ言うと、夢乃は再び姿を消す。

 実際には跳躍して距離を取っているだけだが、暗闇の中では人であるしのぶには見えない。

 そして暗闇でも視界が開けている鬼と言えど、遮蔽物越しに見ることは出来ない。

 

「んー、今誰かいたなぁ。妙な気配をした奴が」

「さぁ、どうでしょう」

 

 氷柱が消滅し、鬼は急に現れたもうひとりの姿を探した。

 だが見つけることは出来ず、さほど興味なさげに首を傾げてからしのぶへと視線を戻した。

 筆は立てていない。

 

 それに安堵してしのぶは再び舞う。

 

「動くなと言っているだろうっ」

「お断りします」

 

 血鬼術の狙いを定められない様、しのぶが素早く移動して鬼を翻弄する。

 相手はどうやら体術を苦手とする鬼のようだ。しのぶの動きにまったくついて行けていない。

 狼狽し、右に左にと視線を泳がせている。

 

 元々絵描きだったのか、鍛えた様子もまったくないその体は、小柄なしのぶからも痩せ細って見える。

 

(だったら私にだって──)

 

 その頚を狙えるのでは──と思った。

 

 十二鬼月。それを倒すことが柱になる条件。

 

 姉の仇を討つために。

 姉のようになるために。

 

 柱になるために、自分は十二鬼月を倒す。

 そう心に誓った。

 

 鬼の頚を取ると誓った。

 

 姉に近づくためにはそうしなければならないと、そう思ったから。

 その為に鍛錬を積んで来たのだ。

 非力な自分でも、鬼の頚を落せるようにと筋力を鍛えて来た──つもりだった。

 

「たあぁっ!」

 

 その奇抜な形をした刃を一閃。

 細頚ならば落とせるはず──と思ったしのぶの手は止まった。

 

 切っ先は鬼の頚に食い込みはしたものの、ただそれだけであった。

 

「くっ」

「いやはや。そんな細い刀で吾輩の頚が斬れる訳なかろう。むしろ人の頚ですら無理というもの」

(こんなガリガリ鬼の頚すら落とせないというの!? 私は……私はカナエ姉さんのように──)

 

 姉のように出来ないのかと自問自答を繰り返す。

 

 非力なのは分かっている。

 だが姉の仇を討つためには──

 姉のような柱になるためには──

 

「お前の頚、絶対に落としてみせる!」

「無理だと言っただろう。血鬼術──誘画流転」

 

 鬼は再び紙の中へと姿を消す。

 だが紙は床にしかない。視線を足元に向ければ、鬼の腕が伸びようとする紙が見えた。

 その紙に向かってしのぶは刃を振り下ろす──が、切れたのは紙だけ。

 寸でのところで鬼は腕を引っ込めたようだ。

 

「ふむ……これはいかんな。ならばこうしよう」

 

 別の紙から出現した鬼は、手にした紙を天井に向かって放り投げた。

 そして再び血鬼術を使い……

 

「さぁ、吾輩の絵が完成するのが先か、君が吾輩の頚を落すのが先か。勝負といこう! ひゃははははははははっ」

 

 白い紙面が舞い、そこから鬼の絵筆が飛び出して来た。

 

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