鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第七十六話:胡蝶しのぶ

「んぐっ──」

 

 紙から紙へと飛び回る鬼を、一瞬の隙をついて頚を斬り落とそうとしのぶは刃を振る。

 だが最初の一撃以外、体に掠りはするものの頚には一度も届いていなかった。

 それどころか、しのぶの方が受ける傷が増えてきている。

 

「ほらほら、動きが止まってしまうと──血鬼術、描画捕縛紙」

「くっ」

 

 僅かでも足を止めれば、奴の血鬼術の術中にはまってしまう。

 そのたびにどこからともなく氷柱が降り注ぎ、鬼としのぶとの間に壁を作った。

 

「ちっ──いまいましい氷柱め。鬼殺隊が他にもいるようだな」

「……それはどうでしょう? 蟲の呼吸──」

 

 自由の身となったしのぶが仕掛ける。

 ──が、技は出ない。

 

(蟲の呼吸ではダメ)

 

 突きが主体となる蟲の呼吸はしのぶが編み出した。

 花の呼吸の派生であり、今現在、使用できるのは彼女のみ。

 

 全ての攻撃が突きであり、鬼の頚を斬り落とすには向かない技ばかりだ。

 だからこそしのぶは止めた。

 

「お前の頚は必ず!」

「無駄無駄無駄無駄無駄!!」

 

 再び紙が舞う。

 と同時に辺りに冷気が漂った。

 

 建物内だというのに舞う雪が、白い紙と相まって視界を遮る。

 

「氷の呼吸、弐ノ型──冷蒼蓮華」

 

 数枚を除いて一刀両断されてゆく紙。

 呆気にとられ見つめるしのぶは、次の瞬間には宙を舞っていた。

 

「へ?」

「まったく。お前は何をやっているんだ」

「夢乃……さん?」

 

 腕を掴まれ、そのまま二階から一階へと落下するしのぶ。

 着地の瞬間に襟首を掴まれ、くるりと反転させられすとんと床に立つ。

 

「邪魔をしないでくだ──」

 

 最後まで言い終える前に、しのぶの体は柱に叩きつけられた。

 

 夢乃はしのぶの襟首を掴んだまま、彼女を柱に押し付け鋭く睨む。

 あまりにも不甲斐ないしのぶの戦いぶりに、苛立ちすら感じていたのだ。

 

「それがお前の戦い方か? よくそんな無様な戦い方で甲にまで上りつめたものだ。やはり姉の七光りか?」

「なっ、なんですって!」

「だいたいその刀で何を斬るという? 奴の言葉ではないが、それでは鬼の頚など落とせないだろ。そもそもそれは頚を落すために作られたものではないはず。違うか?」

「くっ」

 

 図星だ。

 しのぶの刀は彼女の体躯に合わせて軽量化し、軽量化したことで鬼の頚は斬り落とせなくなっている。

 その代わり、鬼に有効な毒を刃から抽出できるよう特殊な造りになっている。

 

 夢乃はそれを見抜いていた。

 何よりしのぶからは微量な薬物の匂いがしている。

 

 母方の祖父は町医者で、多少はその知識もある。

 何よりしのぶから香るのは、鬼となってからは不快に感じるようになった藤の花の香りだ。

 

「姉の真似をしてどうする」

「うっ……じゅ、十二鬼月の頚を取ることが、柱になるための──」

「違うっ。頚を取る必要などない。十二鬼月を倒せばいいだけだ。その方法まで指定はされていないはず」

「わた……私は姉のような柱に──」

 

 姉の意思を継ぐために、姉のように振舞った。

 姉のような立派な柱になるために、姉と同じ方法で鬼の頚を刈る。そう決めていた。

 

 だが──

 

「お前は誰だ!!」

 

 銀色の眼差しがしのぶの心に突き刺さる。

 

 誰だ──と問われ、しのぶは咄嗟に答えられなかった。

 

「お前は胡蝶カナエか?」

「ち、が……」

「どんなに真似ようと、お前は胡蝶カナエにはなれない! 姉にはなれないのだ!!」

「そんな……こと……」

 

 分かっている。

 分かっているはずだった。

 

 分かってはいても、求めずにはいられなかった。

 姉のように振舞うことで、姉がまだここにいるのだと……そう錯覚したかったのだ。

 

「胡蝶しのぶ!」

「──!?」

 

 名を呼ばれた。

 ただそれだけだ。

 

 そだけであるのに、しのぶははっと我に返った気がした。

 

「胡蝶しのぶ。お前は非力だ。だからこそ、お前にはお前の戦い方があるのだろう。無様な姿を見せるな。姉が……悲しむぞ」

「ぅ……」

 

 しのぶは唇を噛みしめる。

 その時、バサっと紙が舞う音がした。

 

「吾輩を無視して、いつまで話し込んでいる?」

「五月蠅い蠅め……惑わされるな。奴は十二鬼月になって、まだそれほど経っていない。陸だというのがその証拠だ。集中しろ。奴が手にしている紙全てに血鬼術が施されている訳ではないぞ」

 

 口早にそう伝えると、夢乃は再びその場から離れる。

 彼女が去り際、

 

「あの時、お前の姉の手を取っていれば、何かが変わっていただろうか」

 

 そう、絞り出すような声がしのぶの耳に届いた。

 

 その言葉を聞いて、しのぶは僅かに口元をほころばせる。

 

(ねぇ、聞いたカナエ姉さん。あの人……姉さんとお友達になる気はあったみたい。ふふ、姉さんの言ったとおりね)

 

 ──鬼とだって、きっといつかは分かり合える。

 

 そう語っていた姉カナエの言葉は間違っていなかった。

 残念なのは、今この場にカナエの姿がないこと。

 

 でも。

 

(姉さんはここにいる……私の心の中に。だから──)

「すみません。やはり私にはあなたの頚を落せそうにありませんので──」

「そうだろうそうだろう。お前に吾輩の頚を落せるだけの腕力がないのは、その形状の刀を見ればすぐに分かる。かわいそうに、こんなひ弱な小娘すら鬼狩りとは、鬼殺隊とやらはよっぽど人手不足と見る」

 

 鬼は真剣にそう思っているようで、その顔はいたって真面目だ。

 どこかずれた感覚を持ち合わせているのか、しのぶにとってはそれが腹立たしい。

 思わず笑みを浮かべたまま、彼女は眉間に皺を寄せた。

 

「ご心配には及びません、私のような小娘でも、お前ごとき簡単に殺せますから」

 

 そうして蝶が──

 

 舞った。

 

 

 

 

 

(なるほど。意識を集中させれば、紙から漏れ出る奴の血鬼術の気配も分かるのね)

 

 室内に舞う紙は数十枚とあるが、実際に血鬼術が施されたのはほんの五、六枚程度。

 それ以外はただの紙だ。

 

 血鬼術が施された紙は鬼が自在に操っているため、常にしのぶの周囲を漂っている。そのせいであたかもそこかしこから鬼が出入りしているように見えたのだ。

 

「仕掛けが分かってしまえばなんてことはありませんねぇ。特に殺傷能力のある血鬼術でもありませんし」

「ぐっ」

 

 しのぶはこれまでの奴の攻撃を振り返り結論付ける。

 血鬼術そのものに殺傷能力はない。

 術を施した紙と紙の間を行き来するだけの術なのだ。

 攻撃事態は鬼がその手で直接行っており、武器すら持っていない。

 絵筆は画布に姿絵を描くときに使う、いわばただの道具だ。

 

「注意するべき点は、あなたに絵を描かれることですが。それも私が動き回っていれば、不可能なのでしょう?」

「だからじっとしていろと言っているだろう!」

「あらあら。じっとしていろと言われて、じっとしている馬鹿はいませんよ?」

 

 先ほどまでと一転し、しのぶの表情には余裕が出来ていた。

 頚に固執することを止め、隙を見計らっては刀でちくりと刺す。

 それはまるで蜂のようだった。

 

 ただそれを繰り返す。

 

 何度も何度も。

 

「ふんっ。しかし小娘。さきほどから痛くもない攻撃ばかりで、どうやって吾輩を殺そうというのだ?」

「そうですね。そろそろ死ぬ頃だと思いますよ? どうですか、どこか傷みませんか?」

 

 尋ねられ、鬼は律儀に首を傾げて自身の体をぺたぺたと触る。

 特に痛むところはないと確認し、呆れたように鼻で笑うと同時に吐血した。

 

「はぐっ……あっ……あぐぁっ!?」

「とびっきり痛みを伴う毒にしてみました。体の内側から剣山でぶっ叩くような、そんな痛みになるといいなぁっと思って調合したのですが。どうでしょう?」

「ああぁぁっ!? かっ、がっ。ぅごあぁっ」

「あぁ、よかった。苦しんでおられるようで、何よりです。思った通りに仕上がったようですね。でも──」

 

 しのぶは独特の形状をした日輪刀を一閃する。

 

「とても五月蠅いので、この毒はやめにしましょう」

 

 そう言って、彼女は鬼の体に刃を突き立てる。そして手元にある小さな突起に触れて、柄の内部に仕込まれた毒を注入した。

 

「はがっ──」

 

 鬼は口を大きく開いて何かを叫ぼうとしたが、それは叶わなかった。

 大量の血液がそこから漏れ出し、声が掻き消される。

 そのままどうっと倒れた鬼の口からは血泡が溢れ出し、体はぴくぴくと痙攣を続けた。

 

「十二鬼月さん。ひ弱な私でも、鬼は倒せるんです。こんな私に倒されちゃう人が十二鬼月だなんて、そちらこそ人材不足が深刻なようですねぇ」

 

 皮肉たっぷりにそう告げたが、既に鬼は事切れていた。

 

 鬼が嫌う藤の花の花粉を混ぜた毒は、鬼の体を異常な早さで腐らせていった。

 

 

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