鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第七十七話:救えた命

「柱就任おめでとう」

 

 しのぶの背後に現れた夢乃が、悪戯っぽく言う。

 鬼に祝われる気分はどうかと言わんばかりに。

 

「ありがとうございます。では次は──」

 

 あなたの番だと言おうとして、しのぶは目を見開いた。

 

「なっ、何をしているのです!?」

「血鬼術──治癒再生」

 

 自身の左手を刀で傷付け血を流す夢乃を見てしのぶは慌てたが、その血が煙のように変貌して更に驚いた。

 その血煙は怪我をした箇所に付着し、すぅーっと傷を塞いでいくではないか。

 

「その血鬼術は他者にも有効なのですね」

「まぁそういうことだ感謝しろ」

 

 どの傷もそう深くはない。致命傷になる傷はひとつもないのだ。

 それで感謝しろと言う鬼に対し、しのぶは思わず噴き出してしまった。

 

「感謝しろって。ぷふっ。こんな怪我、薬を塗って行けば数日で完治しますよ」

「だが傷が残る。私の血鬼術なら、傷は残らないぞ?」

「あら、では感謝しなければなりませんね。傷まない、優しい毒で殺して差し上げますよ」

「心にもないことを」

 

 にやり、と夢乃は笑った。

 しのぶが自分に殺意を抱いていないことはすぐに分かる。

 

「あの程度で手こずるとは、先が思いやられる柱だな。あの下弦の鬼は、つい最近十二鬼月になったばかりだ。目玉の陸という数字からも分かるように、最弱の十二鬼月と言ってもいい」

「最弱……ですか?」

「人を喰らい、力をつけた後では厄介だったぞ、あの血鬼術は」

 

 確かに──としのぶも思う。

 数枚程度の紙にしか術を施せない状態だったからこそ、大して恐ろしくもないが。

 あれが数十枚規模になればどうだったか。

 

 姿を画布に書き写す速度がもっと速かったらそうだったか。

 考えただけでも恐ろしい術だ。

 

「もっと精進することだな」

「そうですね。貴女にはいろいろと借りを作ってしまいました」

 

 そう言ってしのぶは傷のあった場所を見る。

 隊服は引き裂かれているが、そこに傷はない。

 

(この力が鬼殺隊のために使われたなら、どれだけの隊士が救われるか……)

 

 しのぶはそう思わずにはいられなかった。だがそれが認められるはずもない。

 鬼殺隊は鬼を滅するための組織であり、共存するための場ではない。

 隊士の中には家族を鬼に殺された者も多く、自分もそのひとりだ。

 鬼と打ち解けるなど、そう簡単にできることではない。

 

「考えていることは分かる。だが……どんな形であれ、私は鬼だ。その事実だけで憎悪の対象とする者は多いだろう」

「夢乃さん……」

「よしとする者、しない者との間で亀裂が生じる。なら、私の存在は鬼殺隊に知られぬまま、これまで通りの方がいい」

「……あなたはそうやって、ずっとおひとりで戦って来られたのですか?」

 

 夢乃は答えない。答えないが、その悲し気な表情が「そうだ」と物語っている。

 

(姉さん……カナエ姉さんが友人になろうとした鬼なら……私も……)

 

 その時、隣の部屋で物音がした。最初にしのぶが立ち入った部屋だ。

 

「見ない方がいい」

「どういうことですか?」

「奴が死んで、血鬼術が解けたのだろう」

「では、絵に閉じ込められた人たちが!?」

 

 飛び出そうとするしのぶの腕を、夢乃が掴んで止める。

 何故──と言いたげなしのぶに向かって、夢乃は首を振った。

 

「絵の状態を見ただろう? あれで……生きていると思うか?」

「!?」

 

 画布に描かれた人の姿は、ほとんどが体の一部を欠損させていた。

 中には白骨化した部分まであるような絵だ。

 

 生きていたとしても、絵から解放された瞬間に──

 

「それでも……それでも!」

 

 しのぶは手を振りほどいて駆け出した。

 となりの部屋に入ると、その口元を覆う。

 

「うっ……これでは……」

 

 そこにあったのは無数の遺体。

 音がしたのは画布から解放され、畳の上に遺体が投げ出されたからだろう。

 

「ぅ……あぁ……」

「誰か!? 誰か生きているのですか!!」

 

 声がした。

 遺体を掻き分け、しのぶは声を漏らした者を探す。

 

「胡蝶?」

「生きていますっ。誰か生きている人が! いたっ」

「なに?」

 

 しのぶが一本の腕を掴んで引きずり出そうとするが、その細腕ではそれも叶わず。

 夢乃が手を貸し、ようやく生存者を遺体の山から出すことが出来た。

 

 出来はしたが、その体は他の遺体たちとそう変わらない。生きていることの方が奇跡と言えるほど。

 

 若い女だ。まだ欠損していない顔だけが、性別と年齢を分からせる。

 

「ぁ……ぅぁ……」

「痛むのですか!?」

 

 だが女は首を振る。その目は遺体の山を見つめ、肉の落ちた腕を伸ばす。

 

「あの中に誰か……身内か、見知った者でもいるのか?」

 

 夢乃がそう言うと、女は頷き、かすれた声で「あか、ちゃん」と呟く。

 しのぶははっとして遺体の山を見た。

 その時には夢乃が遺体を掻き分け、そして小さな塊を見つけたようだった。

 

「驚いたな……血の臭いがきつすぎて、私でも気づかなかった」

 

 そう言いながら振り向いた夢乃の腕には、小さな赤子が抱かれていた。

 その腕が僅かに動いているのがしのぶの目にも分かる。

 

「ぁ……」

「夢乃さん、その子を」

「分かっている」

 

 肉がそがれたその手が、赤子を求めるように伸びた。

 女の腕に赤子を抱かせると、女は満面の笑みを浮かべ──そして、次に我が子をしのぶへと差し出す。

 

「おね……が……ぃ」

「わ、私に?」

 

 慌てて夢乃に視線を向けるが、彼女は首を横に振る。

 

「人は太陽の下で生きるものだ。私では陽の光の下に出してやれないだろう」

「そ、それはそうですが……」

「別にお前が育てなきゃならない訳じゃない。お前が信用できる相手に託せばいい」

「そ、れも……そうですね。分かりました。貴女のお子さんは、私が責任を持って里親を探します。だから安心してください」

 

 死にゆく者に安心して死ねというのも酷なものだが、しのぶにはそう言うしかなかった。

 女はしのぶの言葉を聞き安心したのか、眠るように息を引き取った。

 

「結局、救えたのはこの子だけなんですね」

「救えた命があっただけよしとしろ」

「……そう、ですね」

 

 母親の死を知ってか知らずか、赤子はしのぶの腕の中で眠っている。

 確かな温もりを、しのぶはその腕に感じながら僅かに瞳を潤ませた。

 

 そんな時だ。

 

「しのぶ殿おぉぉぉーっ!」

「胡蝶さぁぁーんっ」

 

 派手な音を立てながら、聞き覚えのある声が近づいて来る。

 しのぶは困惑した。

 このまま杏寿郎や村田が来れば、夢乃と鉢合わせさせてしまう。

 

 しのぶの腕では夢乃を倒せないし、倒す気も既に失っている。

 だが煉獄杏寿郎ならどうだ?

 

 炎柱の息子にして、腕力も体力も十分にある。剣技の腕も申し分ないはず。

 

「夢乃さ──」

 

 振り向いた時には既に彼女の姿はなかった。

 

 いつの間に──と思うのと同時に、しのぶは安堵した。

 

(ふふ。逃げ足の速い人だこと)

 

「しのぶ殿、無事だったか!」

「ふあぁぁ、よかった。本当によか──え?」

 

 夢乃の気配が完全に消えた頃、杏寿郎と村田が階段を駆け上がって来た。その途中でバキっと大きな音がしたので、恐らく杏寿郎あたりが板を踏み抜いたのだろう。

 部屋に入るなり村田の顔色が真っ青になる。

 

 そこには十ほどの遺体が転がっており、その姿はあまりにも無惨なものだったからだ。

 

 

 

「鬼は倒したようだな、しのぶ殿」

「えぇ、なんとか……ですが。村田さん、煉獄さん。申し訳ありませんが、隠の方々を呼びに行っていただけませんか? あ、そもそもお二人はどうやってここへ?」

「うむ! あの製紙屋から少し行った先に、絵師が住んでいると聞いてそちらに向かったのだ」

「そ、その長屋に行ったら、どうも地下に空洞があるようだって煉獄さんが言うんですよ。それでね」

 

 畳を捲ると、そこには地下に通じる縦穴があった。

 灯りとロープを用意して下へと降りると、そこは竹槍のあった場所。

 なんとか降り切ると血の跡を二人は見つけた。

 

「俺なんか、胡蝶さんが鬼に食われたんじゃないかって思ったんですけどね、煉獄さんがそれは絶対にありえないって」

「うむ! こうして五体満足無事で何より!」

「つまりお二人もあの地下の通路から来たのですね。じゃあここはいったい……」

「「さぁ?」」

 

 杏寿郎と村田が同時に頸を傾げ、三人は窓の外を見た。

 二階から見えるのは、提灯と蛍光灯とで明るく照らされた夜の町。

 しかし日付はとっくに代り、出歩く人の姿はほとんどなかった。

 

「遊郭……の外れみたいですね」

「……こんな所にまで繋がっていたのか。ここは随分ぼろぼろだが、今は使われていない建物のようだな」

「そのようです。夜が明ける前に、この状況をどうにかしないと。それと……」

 

 しのぶは腕に抱く赤子を見た。

 

「しのぶ殿、その赤ん坊はもしや?」

「はい。唯一の生存者です。その方の、坊やなんです」

 

 その方、とは、ひとり遺体の山から離れた場所で横たわる者のことだというのは杏寿郎にもすぐに分かった。そして既に息をしていないことも。

 杏寿郎が手を合わせると、村田も慌てて同じようにする。

 

「村田殿。俺は隠の者に報告をしてくるので、君は他の隊士たちに連絡を。しのぶ殿も村田殿と一緒に藤の家へ。赤ん坊を休ませた方がいい」

「そう、ですね。そうします。煉獄さん、あとはお願いしますね」

「心得た。しのぶ殿も一度休むといい。十二鬼月を倒したのだ、疲労もあるだろう」

「え!? やっぱりそいつ、十二鬼月だったのか」

 

 杏寿郎は鬼の遺体のそばまで行き、その瞳に数字が刻印されていることを確認した。

 辛うじてまだ肉体は保たれているが、数刻もすれば崩れてしまうだろう。それほどまでに鬼にとって藤の毒とは強力なものなのだ。

 

(夢乃……さすがにしのぶ殿に斬られてはいまいだろうが……)

 

 杏寿郎が夢乃の心配をするが、今はこの惨状が人目に触れないようにしなければならない。

 

 しのぶと村田が古びた遊郭を出た頃、すぅっと夢乃が姿を現す。

 

「無事だったか!」

「無事でない理由がどこにある? あ、言っておくが私はアレを倒すのに手を貸してはいないぞ」

「だがしのぶ殿は助けたのだろう?」

「危なっかしい娘だ」

 

 そう話しながら夢乃は笑う。

 

「助かる」

「お前のためじゃない」

「しのぶ殿のためか?」

「……胡蝶カナエのため……かな」

 

 夢乃は夜空に浮かんだ月を見上げてそう言った。

 

「そうか。カナエ殿のためか」

 

 杏寿郎も並んで月を見上げ、それから町に潜伏している隠へと連絡を入れるために走った。

 

 

 

 

 

 一週間後──

 

「しのぶ。これからは蟲柱として、この鬼殺隊を支えて欲しい」

「はい。この胡蝶しのぶ、ひとりでも多くの命を救えるよう、力を尽くします」

 

 新たに蟲柱が誕生した。

 

 




しのぶさん編がやっと終わったorz

さぁ、次は煉獄さんだ。
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