「えぇ~っ。それじゃあ新しい柱の方は、私よりひとつ年下の女の子なのですか!?」
胡蝶しのぶが虫柱に任命されたその日、その報告を鎹鴉の要から聞いた杏寿郎は、弟子でもある甘露寺蜜璃にその話を聞かせた。
同じ女の身であり、更には自分より年下で、鬼殺隊最強の称号でもある柱となった胡蝶しのぶという人物に対し、甘露寺は興味を抱く。
「どんな子なのかしら。きっととても凛々しくカッコいい子ね。はぁ~、憧れちゃうわ。私も頑張らなくちゃ」
「うむ! 頑張ることはいいことだ甘露寺!」
「はいっ! 私、今度の選抜試験に出てみようと思います!!」
「「え!?」」
甘露寺の突然の告白に、杏寿郎だけでなく傍にいた千寿郎まで驚いて声を上げた。
そろそろ言い出す頃だろうとは思ってはいたが、次──というのには流石に杏寿郎も驚きを隠せない。
「次……となると、半月後になるが?」
「へ? そんなにすぐなんですか? ん~……頑張ります!」
「あ、兄上っ。蜜璃さんはまだ修行を初めて一年にも満たないんですよ?」
甘露寺が煉獄家で修行を始めたのは、昨年の八月のこと。
ようやく半年が過ぎたあたりだ。
「で、でも千寿郎くんっ。次を逃しちゃうと、その次はいつになるか分からないのでしょ?」
「そ、そうですけど……でも……」
鬼殺隊の入隊試験である最終選抜は、『いつ』と決まった時期に行われているわけではない。
隊士の補充が必要と判断されれば育手の下に報告がいき、その二カ月後に行われる。
年が明けて暫くして、煉獄家にも近日行われる最終選抜の日程が報告された。
「師範っ。今の私では、選抜に合格することは出来ませんか?」
「……それは」
答えられない。
合格するということは、生き延びるという事。
落第するということは、死ぬという事だ。
最終選抜がどんなものか。それは甘露寺にも伝えてある。
生き残るか死ぬか、二つに一つだと聞き、甘露寺も最初は怯えたものだったが。
(それでもなお、最終選抜に参加したい……ということか)
「師範、お願いしますっ。客観的に見て、今の私の実力では生き残れると思いますか!?」
客観的に見て──
煉獄は迷うことなく答えた。
「君なら必ず生き残れる」
そうは言っても、実力だけでは生き残れない。
恐怖に打ち勝てる心が無ければ。
杏寿郎にとっての不安要素はそこだった。
鬼に対しる恐怖心を持たない、普通の環境で生まれ育ち、今まで鬼の姿を見たことのない甘露寺がどこまで耐えられるか。
「君の実力は、育手の俺も驚くほど成長している。だが──それだけでは生き残れないぞ」
「力だけじゃ……ダメ、ですか?」
杏寿郎は頷く。
「心を強く持て。鬼を恐れても、決して怯まず前へ進むんだ」
「恐れても……いいんですか?」
「慢心するよりはいい。恐れても、恐怖心に負けなければいいのだ。心を燃やせ、自分を信じろ!」
「はい! じゃあ、最終選抜に?」
教えられることは全て教えた。
あとは本人次第だと、杏寿郎は考える。
「俺から教えられることはこれでお終いだ。ご家族の下に戻り、よく話し合うといい」
「……はい」
もし両親が反対しても、甘露寺は最終選抜を受けるのだろう。
杏寿郎はそう思って、これ以上は何も言わなかった。
兄がそうであるから千寿郎も口を挟まず、
「蜜璃さん、桜餅をたくさん用意して待ってますから」
と、笑顔でそう言った。
翌日、甘露寺は煉獄家をあとにし、生家へと帰って行った。
途端に煉獄家は静かになる。
「蜜璃さんがいなくなって、この家がなんだか広くなった気がしますね」
「甘露寺は巨躯ではなかったぞ?」
「兄上……そういう意味ではありません」
「むぅ……」
ではどういう意味なのかと尋ねようとしたとき、遠くから杏寿郎の名を呼ぶ声がした。
「キョージュロ! キョージュロオォォ」
「どうした、要」
「任務ダ」
ばさばさと羽を折りたたみながら、杏寿郎が差し出した腕へととまる。
そして辺りを見渡し、要は首を傾げた。
「蜜璃ィー?」
「甘露寺は親元へ帰った。俺も育手は終わりだ」
「蜜璃ィ、辞メルノカァー?」
「いや、次の最終選抜に参加する。だがその前に、ご家族ともう一度話をするようにと」
最終選抜の意味を知る要は甘露寺の無事を祈る。
杏寿郎は要を優しく撫でたあと、任務の報告を聞いた。
調布の村で鬼が出たという情報が入った。
しかも襲われた者のうち、ひとりだけ生存者がいたが──
「その生存者が人を襲った……か」
「兄上、もしや?」
「そうであろうな。恐らく、最初に襲った鬼は鬼舞辻無惨。そして生き残ったというのは、血を分け与えられて鬼と化した村人」
杏寿郎は唇を噛みしめ、それからすっくと立ちあがり隊服へと着替えに行く。
すぐさま千寿郎が台所へと向かって、兄のために握り飯をこさえた。
杏寿郎が身支度を整える間に、鎹鴉の要は羽ばたいて空へと舞い上がる。
主人に言われずとも、勝手知ったるなんとやらで目的の場所へと飛んでいくのだ。
「カァーッ。夢乃。夢ェェーノ!」
山林のあばら家へとやって来ると、襖も障子も全て閉まっており中へは入れず。
しかしこの時間は太陽が出ているので、呼んだところで住民は出てこない。
いや、出て来れない。
そこで要は自ら障子を開けようと足を延ばす。
べり──と音がして障子紙が破れると、要は首を傾げたあとにぃーっと笑って障子に頭を突っ込んだ。
ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして中へと潜り込むと、そのまま奥へと目指す。
途中で住人である夢乃が出てくると、
「おい、さっき紙が破れる音がしただろう?」
と呆れた顔で尋ねて来た。
「出入口ヲ作ッテヤッタノダ」
「いや、穴を開けただけだろう! ったく、日が暮れたら直しておかなきゃ……」
「任務ダ夢乃!」
「私の任務ではないだろうっ」
そうツッコミながらも、夢乃は要からの報告を聞いた。
聞いて、そして顔色を変える。
「無惨か……もしくは上弦の鬼だろう」
「上弦?」
「そうだ。奴らは無惨の血を多く分け与えられている。その血の一部を他人に与えることも出来る」
与えられた血はやはり鬼舞辻無惨の血だが、人を鬼に変える行為自体は鬼舞辻本人でなくても可能なのだ。
「鬼に変えられた村人というのは、退治されたのか?」
「サレテナイ!」
「そうか……煉獄はもう発ったか?」
「マダ! 支度チュウダーッ」
「暗くなったら追いかけると伝えてくれ。あぁ、煎餅を持って行くか?」
そう尋ねながら夢乃は座敷牢へと戻る。
潰した餅を薄くのばし、それを七輪で焼いていたのだ。
要は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら傍に寄る。
夢乃は焼いた煎餅を細かく砕き、それを小さな巾着へと入れた。それを要に差し出すと、彼は爪を引っ掻け持ち上げる。
「一度に食べ過ぎるんじゃないぞ」
「カァーッ」
一声鳴くと、要は再びぴょんぴょんと跳ねて縁側へと向かう。
そして自身が開けた穴から出て行くと、杏寿郎の下へと飛んで行った。
羽音を聞いて夢乃がため息を吐き捨てる。
「障子の張替えは、戻って来てからだな……」