「寿命の前借と言うが、今のでいくらになるのだ?」
「傷自体は裂傷だけだから、せいぜい半年程度だ」
「なんだ。意外と安いのだな」
「欠損でなければ大したことはない。──血鬼術──齢譲再生」
傷つけた自身の掌に術を掛け再生する。
それを見て杏寿郎は違和感を抱く。
(鬼ならば血鬼術でなくとも再生するのではないのか?)
「傷は癒した。多少の増血効果も施してはいるが……あとは本人の気力次第だな」
「うむ! 助かった、礼を言うぞ!! ありがとう!!」
「……ぅぐ」
何故この男はこうも暑苦しいのか。
本日何度目かになる眉間を抑え、それから夢乃は空を振り仰いだ。
「雲が出てきたな。雨になるぞ」
「ぬ? おぉ、本当だ。振り出す前に山を下りねば」
「太陽が雲に隠れれば、日中でも鬼は活動できる。むしろ日中だろうと、陽の光さえなければいくらでも……気を付けるのだな」
「心配をしてくれるのか!」
「……さっさと山を下りろ」
「うむ! ではまた会おう、夢乃!」
また──何故そんな挨拶をするのか、夢乃には到底理解できなかった。
鬼である自分との再会を約束するというなら、その時には首を刎ねてくれるとでも言うのだろうか。
今だ意識を戻さぬ隊士を背負い、ずんずんと山を下りていく杏寿郎。
その背中を見つめながら、夢乃は不思議と笑みが零れた。
杏寿郎が山を下りたところで、遂に雨が降り始めた。
「いかん。降り出してしまったか」
杏寿郎は町へと急いだ。
鬼との遭遇よりも、雨に降られることの方が今は厄介だ。
背中に背負った隊士は出血過多で、体温の低下はよろしくない。
故に駆けたが、宿の一軒でも借りて休ませるか──そう思っていると、町の方から悲鳴が聞こえた。
「よもや!?」
杏寿郎は疾走する。その背に男ひとり背負っていることを感じさせない素早さで、そして背中の男の負担にならぬよう、流れるような動作で走った。
悲鳴が聞こえた先で背負った男を降ろすと、すぐさま抜刀して一軒の家屋へと滑り込む。
「炎の呼吸、壱ノ型──不知火!」
鬼がいる──杏寿郎は本能でそう悟り、一瞬の判断によって技を繰り出す。
駆けながら足にぐっと力を込め、瞬歩のごとき速さで鬼との間合いを一気に詰める。
今まさに、この家の住人を食らおうとしていた鬼へと向かって刃を振るう。
焔を纏った赫き刃を振り下ろし、杏寿郎は鬼の首を袈裟斬りにする。
ごとん──
首を斬られた鬼は、自分の身に何が怒ったのかも理解できないままに崩れ落ちた。
まるで紙人形が燃えて崩れるように、鬼もまた風に吹かれ塵と化す。
「うむ! 間に合って良かった!!」
家の住人は怪我さえあったものの、その傷は深くはない。何より死人が出ていないようでほっとする。
しかし──
(随分とあっさり死んだな。それに、この程度の鬼であれば辛の隊士で十分対処できたはず)
そう思う杏寿郎もまた、鬼殺隊士となってまだ一年と少し。
それでも階級は戊。十段階中、上から五番目だ。
実力で言えばもっと上なのだが、あまりにもとんとん拍子に階級を駆け上がればやっかみを産むだけ。
煉獄家の者として生まれ、幼少期から元柱である父の槇寿郎から手ほどきを受けた杏寿郎は強くて当たり前──鬼殺隊の中にはそう思う者も少なくはなかった。
それゆえ確かな実績を残さねばならない。
杏寿郎は休む間もなく、常に任務に赴いていた。
実力があるからこそ、杏寿郎は違和感を覚える。
(もしかして鬼は一体ではないのかもしれない。だが近辺に鬼の気配はなし……やはりあの山か?)
怪我を負った家人の応急処置をし、他に怪我人がいないのを確認して杏寿郎は外に出る。
意識を失ったままの隊士の首元に触れ、その脈があるのを確かめるとほっと胸をなでおろした。
「主人! 怪我の具合も大事なさそうでなによりだ。俺は仲間の介抱をせねばならないので、これにて失礼する!」
「あ、ありがとうございます?」
突然現れた鬼に、あわや食われかけた家人は杏寿郎によって救われた。
だが炎を護って嵐のようにやって来て、状況も把握できぬうちに再びどこかへ行ってしまう。そんな杏寿郎を、ぽかーんと口を開けて見送る家人だった。
その杏寿郎はというと、隊士を背負って宿を探していた。
そもそも営業しているのかどうかも怪しい宿ばかりだ。何軒目かに見つけた商い中と書かれた看板を掲げた宿に入ると、すぐさま気を失ったままの隊士を寝かせるために布団を敷くよう頼んだ。
「お、お召し物はどういたしましょう?」
「うむ! 着替えさせねば布団を汚してしまうな。では脱がせよう!!」
哀れ隊服をひん剥かれた気絶の隊士は、杏寿郎と二人の女中によって浴衣に着替えさせられた。
その時に杏寿郎は怪我の確認としたが、腹の傷以外にも恐らくあっただろう小さな傷すら一切見当たらないことに驚いた。
(あの術があれば医者いらずだな。しかし口ぶりからすると、死んだ者には効果がないだろう)
部屋でひと段落した杏寿郎は、窓から見える山に視線を向ける。
また会えた。
親方様の言っていた通りだ。
ともすれば──
「しまった。刀を返してしまえばもう俺の前に現れないかもしれない」
そんなことを口にした。