夜になって、夢乃が杏寿郎と合流し二人で村を見て回った。
「最初に襲われたのは、この村の村長一家だそうだ。悲鳴を聞いて駆け付けた若い駐在がその後襲われ、その彼が……」
「鬼になったのか」
杏寿郎は頷く。
遅れて駆け付けた同僚の駐在が、倒れている彼を発見。
重症だったために村唯一の医者の下へすぐに運び込んだが、直後に目を覚まして医者と、担ぎこんだ駐在とが襲われた。
二人とも若い駐在に肉を喰われ、絶命している。
「その様子を看護婦が見ていたそうだ」
「それで、駐在は?」
「二人を喰ったあと、逃げるようにして出て行ったそうだ。翌朝、村にある空き家を探したそうだが見つかっていない」
「本能的に陽の当らない場所に逃げたのだろうが……山までは結構遠いな」
遠くに山が見えるが、人の足でも数時間はかかる距離にある。
しかし鬼である限り、陽光は避けなければ生きてはいけない。
「既に死んでいるといいんだけどな」
「そんな簡単なことなら、俺がここに呼ばれる訳もないだろう」
「まぁそりゃそうだ。で、隠れていそうな場所の目星は?」
「うむ! この先に線路が通っている。その線路を敷くための工事に使われた小屋が、今でも残っているそうだ」
村の中で駐在の姿は見つからなかったが、代りに点々とした血痕が見つかった。
その血痕が数年前に終わった工事現場へと向かっていたらしい。
「村人は恐ろしくて様子を見に行けなかったようだが、陽が出ているうちに炙り出していればこうはならなかったのだろうな」
「人を喰う者など、誰も近づきたくはないだろう。その後に襲われた者は?」
「いる。三人やられているらしい」
「鬼化して早くも五人か……急激な血肉の摂取は、鬼を狂暴化させやすい。早めに頚を刈らねばな」
そう言うと夢乃は先に立って歩き出す。
村にはまだ電気は通っておらず、更に村から離れた道に街灯などあるはずもない。
杏寿郎の手には提灯が握られているが、その灯りではたいした範囲を照らすことも出来ず。
しかし夢乃の目には当たりの景色がしっかりと見えていた。
「いるといいのだがな。直近で人を喰ったのはいつだ?」
「四日前だそうだ」
「んー……空腹を覚える頃だろうな」
「出払っている可能性もありそうだな」
二人が歩く道をやって来るならいいが、入れ違いになれば村でまた被害者が出るかもしれない。
そう考えると、途端に二人の足は止まる。
先に口を開いたのは夢乃だ。
「引き返すか?」
「……そうだな。工事現場の小屋へは、明日、明るいうちに行ってみよう。もしいたとすれば、陽の光に晒せば済むことだしな」
言うが否や、くるりと踵を返して元来た道を引き返す。
杏寿郎は真っ直ぐ前を見据え、夢乃は辺りを注視する。
すると夢乃の目に映る影があった。
畑の中を進む影は、野菜泥棒にしては何も持っていないように見える。
その進む先にあるのは村。
「煉獄っ」
名を呼ぶだけで夢乃は走り出した。
影は確実に自分たちより村に近い位置にいる。しかも駆けているのだ。
すぐさま杏寿郎も後に続くが、手にした提灯の火は当然消えることに。
気づいた夢乃が手を伸ばす。
杏寿郎は一瞬きょとんと眼を丸くしたが、すぐさまその手を掴んだ。
「奴の方が先に村へ到着するっ」
「構わないっ。全力で走ってくれ!」
「元よりそのつもりだ」
ぐいっと杏寿郎の手が引っ張られる。
杏寿郎がそれについて行き、やがて二人は村へと戻って来た。
村は普段よりも提灯が下げられ、比較的足元は明るい。
夢乃がつないでいた手を離そうとするが、一瞬、その手を杏寿郎がきゅっと握った。
──が、すぐに離す。
やや名残惜しそうに自らの手を見つめたが、気持ちを切り替え鬼へと集中した。
悲鳴が上がる。
すぐ先の通りからだ。
角を曲がっても、そこに鬼の姿はない。
「上だ! 煉獄、受け取めろっ」
「なに? ──いや、承知した!」
屋根の上だ。
鬼は家人を襲い、屋根の上で運び上げていたのだ。
夢乃が跳躍し、ヒト跳びで屋根の上へと上がると、流石の鬼も慌てて身構えた。
が、
「氷の呼吸、参ノ型──氷月斬り!」
屋根へ着地するのと同時に、利き足を踏ん張って一気に加速する。
その速さに反応できなかった鬼は、だが寸でのところで獲物を離して頚を斬られることから逃れた。代償に両の腕を飛ばして。
その腕が掴んでいた村の女性は、腕の一部を喰われてはいたが生きている。
恐怖に歪んだ顔で悲鳴を上げながら屋根から落下したが、そこには既に杏寿郎が駆け付けていた。
落ちて来た女性を見事キャッチし、そっと地面へと下ろす。
(一口喰われた程度か。命に別状はないが、出血が続くのはよくない)
「夢乃! この女性の傷の手当てを頼むっ。その者は俺が斬るっ」
杏寿郎はそう叫ぶと、駆け出して柱や桶を踏み台にして屋根へと跳んだ。
「出血が酷い。止血せねば命に係わるやもしれん」
「分かった」
すれ違いざまにそう伝えて、今度は杏寿郎が前に立つ。
夢乃は鬼の方を向いたまま、とんっと屋根を蹴って地面へと下りた。
「な、なんなんだ、お前たちはよぉ」
「鬼殺隊だ。君は鬼になったばかりで知らないだろう。俺たちは鬼を滅するための者だ」
「お、鬼ぃ? 鬼ってなんだ。なんなんだよ!」
(まだ自分が鬼になったことを理解していないのか。哀れなり)
眉尻を下げ、杏寿郎は鬼を憐れんだ。
(彼女も初めはそうだったのだろうか)
鬼殺隊であった自分が、狩るべき相手──鬼になっていたと知った時、彼女はどんな絶望を感じたのか。
それを考えただけでも、杏寿郎の胸は痛んだ。
それは目の前の鬼に対しても同じである。
「人を守るべき警官が、人を襲う鬼になってしまったこと。君の心中は察する。だが──だからこそ!」
「警官? 鬼? なんなんだよ、なんなんだよ! 俺は──俺は誰なんだよ!」
人であった頃の記憶を既に失っている鬼は、癇癪を起したように叫び出した。
その姿が杏寿郎の胸に刺さる。
「君は人を喰らう鬼となった。故に滅せねばならない。君はもう……、人ではないのだ」
「俺が……人間じゃ……ない? それがどうしたって言うんだ?」
「なに?」
自分が何者か分からず、嘆いているようだったから同情した。
だがその鬼は自らが人でない存在だというのは理解していたようだ。
そして──
「俺は腹が減っているんだ。あれは俺の食事だ! 邪魔をするな、横取りをするなっ」
「くっ。人を餌としてしか見ていないというのか」
「後から来て、俺の飯を奪う気だろうがそうはいかねぇぞっ」
「食事を奪うだと?」
短期間で人を何人も喰らうと狂暴化しやすいと、夢乃は言った。
目の前の鬼がその状態なのだろう。
既に杏寿郎の心から同情の念は無くなった。
鬼なのだ。
目の前の男は、既にただの鬼と化している。
「案ずるな。痛まぬよう、一撃で頸を撥ねよう」
「女に貢ぐためか!?」
「な、に?」
鬼は地面を指差してそう叫ぶ。
「あの女、俺と同族だろう! 奴に食事を与えて貢ごうってんだろう!」
その言葉を聞いて、杏寿郎の中で何かが切れた。