鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第八〇話:信じる

「夢乃は貴様とは違う! 彼女を侮辱するなっ」

 

 踏み込み、跳躍する。

 日輪刀を抜きざまに一閃──が、鬼はすぐさま反応してこれを躱す。

 

「なっ、何を怒る!? あの女が人でないことは一目瞭然だろうっ」

「黙れ!」

 

 鬼は鬼同士。気配や匂いで察するのだろう。

 ひとめで夢乃が人間ではないことに気づいた鬼は、獲物を横取りしにきた邪魔者だと認識したようだ。

 

「彼女は違うっ。貴様のように人を喰らう鬼ではないっ」

「は? 飢えを満たせるのは人間の血肉だけなんだぞ? 他の肉は食べ物じゃねぇ。俺たちはそういう生き物なんだ」

「それは貴様や他の鬼たちだけのことっ。夢乃は決して人を──」

「なんでそう思う? 人間を喰わない証拠でもあるのか?」

「証拠ならある! 彼女自身の口からそう聞いた!!」

 

 屋根上から地面へ、杏寿郎と鬼は戦場を移した。

 

 杏寿郎の言葉を聞いて鬼は嘲笑う。

 

「知っているかぁ? 身内の言葉は証拠としては使えないってことを」

「なに?」

「だいたい女から聞いたってだけで、それが真実かどうか分かりはしないだろう? それともお前は、あの女が産まれた時からずっと見て来たのかよ」

「見られる訳ないだろう! 彼女は俺が生まれる以前に、鬼にさせられたのだからっ」

 

 けっと、鬼は唾を吐き捨てる。

 

「つまり人間を喰っていない証拠は、どこにもないってことだ。女の言葉が本当のことだって証拠すらないだろう。お前と出会う以前い、実はこっそり喰っていたかもしれない。それを話していないだけかもしれないぞ? ん?」

 

 その言葉は夢乃の耳にも届いていた。

 

 そうだ。その通りだ。

 自分が人を喰らっていない証拠など、どこにもない。

 自身が喰っていないと言ったところで、それが真実だと証明する方法もない。

 

(なのになぜ、煉獄はあっさり信じた?)

 

「人を喰っていない証拠というが、では逆に聞く。彼女が人を喰ったという証拠が、どこにある!」

「ぐっ……。証拠……証拠、だと」

「そうだ! 君は元は警官だった男だ。証拠もなしに人を疑うのはよくないだろう!」

「証拠……警官……証拠……お……れは……けい、か、ん?」

 

 鬼の顔が歪む。

 その顔はまるで苦痛を感じているかのようだ。

 

 そしてはっとしたように自身の手を見た。

 

「俺……内浦先輩、を……俺……俺が殺した? 俺が喰った?」

「よもや……人であった時の記憶を取り戻したのか?」

「あは……あはは……喰ったんだ。俺は喰ったんだあぁぁぁっ!」

 

 だが、元警官であった鬼は突然狂いだす。

 

「あああぁぁあぁぁぁっ!」

 

 突然鬼の腕がぼこぼこと膨れ上がり、そして形を変えた。

 それは警官が持つサーベルにも似ていた。

 

 キーンッと甲高い音が響く。

 

 腕の一部と化しているサーベル相手では、刀同士の時とは勝手が違う。

 だが──

 

(未熟な剣術だ。たいした鍛錬も積んでいないのだろう)

 

 その刃には重みが感じられなかった。

 ただがむしゃらに腕を振り回しているだけにしか見えないその太刀も、杏寿郎の前では赤子も同然。

 

「人であった頃の記憶が戻ったのならば、せめてその志だけでも……人として、全うして欲しかった」

「あ──?」

 

 鬼は杏寿郎に対し、憎悪の目を向けたまま……その動きをピタりと止めた。

 

 鬼の視界が斜めにずれていく。

 そして……地面を転がった。

 

 

 

 

 

「先ほどの女性は無事か?」

 

 元警官だった鬼の頚を撥ね、その消滅を見届けてから杏寿郎は夢乃の下へとやって来た。

 彼女の傍には横たえられた女性がいる。だが胸は上下しており、生きていることが伺えた。

 

「欠損部分は完全には再生できていないが、元々一噛みされた程度だったからまぁ大丈夫だろう。出血もあるが、致死量ではない」

「そうか。あとは隠に任せて、俺たちは引き上げよう」

 

 杏寿郎は気を失っている女を抱え、戸口が外れた家の中で彼女を横たえた。

 隠と、そして何より村の者がやってくるだろう。

 

 室内の蝋燭に明りを点け、杏寿郎はその場をあとにした。

 外に出ると夢乃が待っていて、二人は音もなく村から出て行く。

 

 随分と離れた場所まで来ると、そこで夢乃が口を開いた。

 

「煉獄。お前、本当に私が人を喰らったことがないと思っているのか?」

「ん? 思っているぞ。君が食べていないと言っているのだから、そうなのだろう」

「言ったから信じるって……それじゃあ他の鬼が同じように喰っていないと言えば信じるのか?」

「信じないな! 君だから信じるっ」

 

 それを聞いて、夢乃は嬉しいような恥ずかしいような、同時に呆れて物も言えないという心境に陥る。

 

「私と他の鬼と、いったいどこに線引きがあるんだ……」

「さぁ! どこだろうな!!」

「奴が言ったように、私が嘘をついているとは考えないのか?」

 

 問われて杏寿郎は即答する。

 

「ないな!」

 

 月を見上げ、快活な笑みを浮かべる。

 

「俺は君を信じる! 信じている!! 俺に嘘は言わないとな!!」

 

 相手の目を見る訳でもなく、明後日の方角に視線を向けキッパリと答える。

 その言葉を夢乃は、胸を締め付けられる思いで聞いていた。

 

(私はお前に何度も嘘を言っている。嘘の気持ちを……伝えているのに……)

 

 好意を寄せられていること。

 嬉しいとすら思うのに、その気持ちは伝えずに迷惑だと告げている。

 

 そんな嘘すら見抜けない男が、何を言っているのだ──と思う。

 

(それとも煉獄……あれが嘘だと、気づいているのか?)

 

 淡い期待か、それとも悟られる恐怖か。

 夢乃は急にその場から逃げ出したくなり、自然と歩みが早くなった。

 

「夢乃?」

「……さ、先に行くっ。このまま歩いていたら、朝日で焼け死にそうだからなっ」

「む? ならば走ろう!」

 

 すぐさま杏寿郎が夢乃の横に並ぶ。

 その行動が、更に夢乃の心を締め付けた。

 

「い、いい! お前はのんびり帰れっ。私は……途中で寄り道するからっ」

「む? どこかへ行くのか?」

「ま、町に寄って帰る。せっかく出てきたし、いろいろと入用の物を買って帰りたい……から」

「買い物か! ならば付き合おう!!」

 

 そこで夢乃はピタリと足を止める。

 

 嘘を見抜いているかもしれない……という思いは、今この瞬間に吹き飛んだ。

 

(そうだな。煉獄がそんな器用なはずがない)

 

 はぁっと深く息を吐き捨て、それから、

 

「付いて来なくていい。むしろ来るな。女には女の事情というものがあるのだからっ」

 

 と、杏寿郎を蔑むような目で睨んで駆け出した。

 

 女の──という単語を耳にして、杏寿郎は頚を傾げる。

 だがなんとなく想像して、顔を赤らめた。

 

(肌着……だろうか? 確かに荷物持ちにはなれんな)

 

 そんなことを考えながら、星空の下をとぼとぼと歩き出す。

 

 

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