「この羽織を……私のために?」
「うむ。仕立てに時間がかかってしまったが、改めて君の鬼殺隊への入隊を祝って」
「蜜璃さんがお越しになる前に仕上がってよかったです」
満開の桜が散る中、甘露寺蜜璃は煉獄家に訪れていた。
選抜試験に合格した甘露寺は、もう杏寿郎の弟子ではない。いち隊士として、共に戦う戦友となる。
合格してから一カ月ほど経つが、まだ最初の任務は与えられていない。
そんな甘露寺は、煉獄家へと来ていた。
「君には才能がある! その証拠に、君は短期間の修行で最終選抜に合格したのだから! これからは仲間として、共に頑張ろう!!」
「師範……ううん。ありがとうございます、煉獄さん」
瞳を潤ませ、甘露寺は真っ白な羽織りを抱きしめた。
それからはっとしたように面を上げると、
「そうだ、さっそく着替えてもいいですか?」
と尋ねる。
以前、甘露寺が使っていた部屋で彼女は真新しい隊服へと着替えると、杏寿郎と千寿郎の待つ縁側へと向かった。
(まだちょっと肌寒いわ。この隊服、冬はきつそう)
「えへへ、どうですか煉獄さん?」
そう言って縁側へとやってくると、甘露寺の姿を見て杏寿郎が固まった。
甘露寺が着る隊服は、これまで見て来たどの女性隊士のものとも違う。
下に着込んだ白いシャツは、首元の第一ボタンまではとまっている。だがその下はボタンはあるものの、とまってはいない。それがへその近くまでぱかーっと開いており、もちろんそれが見えるという事は上に着る黒の隊服も同じだ。
下着は付けておらず、故に丸見え状態だ。
谷間が。
「な、なんだその恰好は!?」
「えぇぇ!?」
女性の中でも豊満な胸を持つ甘露寺故に、その破壊力は絶大だ。
さすがの杏寿郎も顔を赤らめ、同時に青ざめもした。
「ふ、普通じゃないんですかこれ?」
「あられもない! 俺はそのような隊服を着た女性隊士は見たことがないな!」
視線をわずかに逸らしながら、杏寿郎が答える。
「えええぇっ!? で、でもこれが公式デザインだって、眼鏡をかけた隠の方が」
「も、もしかして新しいデザイン……でしょうか?」
と千寿郎がフォローするが、彼とて(そんな訳ないですよね)と内心思っている。
だが兄の杏寿郎は違ったようだ。
「うむ、なるほど! そういうことなら仕方ないな!」
と納得しているようだ。
(ほ、本当にこれが公式でいいのだろうか……男性隊士の方が困るのではないかと思うのだけれど)
実際に今、杏寿郎は甘露寺の胸元を見まいと明後日の方向に視線を向けている。
これでは女性隊士との合同任務なぞ、まともに出来ないだろう。
「ところで甘露寺。今日はなにか用があってここへ来たのではないのか?」
「え、あの……用ってほどのものでもないのですが……」
杏寿郎に尋ねられ、甘露寺は言葉を濁す。
彼女は杏寿郎に用があったのではなく、この一カ月、悩んでいたことを相談しようとして煉獄家を訪れたのだが──。
彼女のためにと羽織を仕立ててくれた煉獄兄弟を前に、その内容を口には出来ずに。
そんな時だ。
鎹鴉の声が聞こえたのは。
「カァーッ。伝令、デンレーイッ」
「要ではない? 兄上」
伝令を伝えたのは杏寿郎の鎹鴉である要ではなく、それは──
「産屋敷家の鎹鴉だ」
「伝令イィーッ! 柱合会議。炎柱ァ、至急柱会議ニ向カエェ!」
しかし鎹鴉が伝えたのは、現炎柱である煉獄槇寿郎にではなく、何故か杏寿郎であった。
「兄上、どうなさいますか?」
「……直ぐに戻る」
そう言って杏寿郎は立ち上がると、父の部屋へと向かった。
その後姿を千寿郎は心配そうに見つめる。
(父上はここ数年、柱合会議にもお出になっていられないし……このままでは)
柱として除名もあり得るのではないかと、千寿郎は不安になる。
と同時に、それも致し方ないことだとも。
「俺は行かん。行きたければお前が出ればいい。俺には関係のないことだ」
槇寿郎は今日も朝から酒を煽り、既に泥酔状態に近かった。
部屋の障子を開けるよりも先に、酒の臭いがしたほどだ。
「しかし父上は、今現在も炎柱として──」
「五月蠅いっ。関係ないと言っているだろう!」
槇寿郎が投げた杯は杏寿郎の頬を掠め、背後の柱にぶつかって割れる。
振り返った槇寿郎の顔は怒りに震え、その目には誰に向けられているのかも分からない憎悪が満ちていた。
「お前も俺も、たいした人間にはなれないのだ! どんなに鍛錬を積もうとも、歴代の炎柱のように──全て無駄なのだ!!」
槇寿郎は口を開けばこうだ。
杏寿郎は鬼殺隊の最終選抜に参加すると言った時も、無事に選抜を終え、生きて帰って来た時も。
──どんなに努力しようとも、俺たちは凡人でしかない。無駄なのだ。
そう繰り返してきた。
それでも杏寿郎の心は折れることなく、日々弛まぬ努力をしてきた。
全ては母、瑠火の教えを守るため。
弟、千寿郎を守るため。
そして煉獄の名に恥じぬ生き方をする為に。
父、槇寿郎の部屋の隣には、煉獄家が代々受け継いできた羽織がある。
白い羽織の裾は、まるで炎をあしらったかのように染め上げられ、それを纏えば一目で炎柱と分かるものだ。
以前は槇寿郎もその羽織を纏い、任務に赴いていたのだが──。
襖の奥に見えるその羽織に視線を送れば、かつて母瑠火の言葉が蘇る。
「あの羽織は炎柱のみが纏うことを許されたものです。いつかあなたも……父上のように立派な炎柱になるでしょう。その時には──」
その時には、父から羽織を譲り受け、その役目を担うのです。
幼いながらにも、その時杏寿郎は決意した。
きっと父のような立派な柱になってみせる──と。
その父は今、酒に溺れ任務すら放棄している。
だからといって、父を軽蔑するつもりもない。
父槇寿郎は確かに立派な炎柱であったし、その功績は失われるものではない。
だからこそ──
(俺が父上の代わりに)
覚悟を決めろと、愛する人からもそう言われた。
覚悟を決めるだけの力も、ようやくついた。
(迷う必要はない。俺は……俺がっ)
すっくと立ちあがり、槇寿郎へ一礼すると杏寿郎は部屋を後にした。
縁側へと戻って来た杏寿郎の目には迷いはなく、「すぐに出かける」と、待っていた二人にそう声を掛けた。
「そうか……やっとその気になったようだな」
「カァァ」
鎹鴉の要を肩にとまらせ、走り書きされた文を夢乃は読み終えた。
そこには短く「産屋敷邸へ行く。柱合会議に出席する。杏寿郎」とだけ書かれていた。
柱でもない者が、たとえ身内であろうとも出席できるものでもない。
煉獄家は代々鬼殺として柱を送り出してきた家柄だが、例外は認められない。
それでも出席するということは、自ら柱となることを申し出るということ。
その資格が杏寿郎にはある。
階級、そして鬼の討伐数。ともに柱となるための条件は満たされているのだから。
だがそれだけで無条件で柱になれる訳でもない。
認められなければならないのだから。現柱たちに。
「さて、いったいどんな無理難題を吹っ掛けられるだろうな」
「杏寿郎、大丈夫カ?」
「ま、大丈夫だろう」
そう思いつつも、夢乃には一つ、気になることがあった。
数カ月前の、鬼を喰う鬼の存在を。
そのことを何故か急に思い出して、不安がよぎる。
「要。お前、煉獄の所へ戻れ。もし急な任務を言い使わされたなら、その内容を知らせにおいで」
「……分カッタァ」
そう返事をすると、要は漆黒の羽根を広げて肩から飛び降りる。
あばら家の畳の上をぴょんぴょんと跳ねると、そのまま自らが開けた障子の穴から外へと出て、大空へと舞い上がった。
日差しが差す時間でもあるので見送ることも出来ず、夢乃はふぅっと息を吐きだした。
「確か、銃を使う鬼だと言っていたな。鬼だというのに、銃を使うなんて珍しい。そういえば──」
銃を使う鬼という言葉を自ら口にして思い出す。
何年か前、杏寿郎と出会うよりも少し前に、銃を使う鬼の話を愈史郎から聞いたことがあったことを。
「だけどある日突然、ぷっつりとその姿を現さなくなった。だから鬼狩りにやられたんだろう」
というのが愈史郎の言葉だ。
(まさか同じ鬼……ではないだろうな……)
その鬼はただの鬼だという話で、柱試験ならば十二鬼月が討伐の対象になる。
あり得ない。
がが同時に絶対とは言い切れない。
何故なら──
(無惨の血が追加されれば、ただの鬼も十二鬼月に上りつめることは出来る)
もしそうであれば、厄介なことになるだろうと夢乃は思った。
剣と銃では相性が良くない。
そして真っ直ぐ過ぎる性格の煉獄ならば、致命傷にならないと分かれば真っ向勝負を仕掛けるだろう。
(無茶をしなければいいが──といっても無駄か)
夢乃はもう一度息を吐き捨てた。
更新ずっとさぼっていました。
リアルで御仕事入ったり、お絵かき楽しかったり、Twitterのほうで
お手製の鬼滅フレークシールプレゼント企画やったり、息子が春休みに入ったりで
執筆時間が削れてしまい・・・
明日から小学校が始まるので、ちょっと書く時間が出来ると思います。
さて、物語は遂に外伝部分!
外伝を追いつつ、少しずつ改変したお話になってまいります。
それが終わればまたちょっとオリジナルの話をぶっこんで、そして・・・