鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第八十八話:炎柱ノ伍

 路地の奥では杏寿郎と下弦の弐の戦いが続いていた。

 既に杏寿郎はボロボロだが、辛うじて致命傷は免れている。

 

 下弦の弐は恐怖すら覚えていた。

 

 目の前で血まみれになっている男は、以前自分の前に現れた炎柱と同一人物なのか?

 姿は似ているものの、その鬼気迫るものは別人のように見える。

 

 杏寿郎が一歩踏み出せば、下弦の弐は慌てて引き金を引いた──が、弾が出ない。弾切れだ。

 しかし今手に握っている短銃が、鬼が持つ最後の武器だった。

 

(くそっ。手持ちの火器全て使い切ったのか!?)

 

 たじろぐ鬼に対し、杏寿郎が更に一歩踏み出す。

 

「それで終いか?」

 

 杏寿郎にそう問われ、鬼は発狂したように叫んだ。

 

「きいいいいいいいいいいいいいいいいっ」

 

 このままでは殺される。

 殺したいのであって、殺されたいのではない。

 

(奴を──炎柱を早く殺して、奴の存在を否定しなければ! 他に、他に武器は!?)

 

 その時、鬼の懐からぽろりと零れる物があった。

 

 どのくらい前だったか、鬼がまだ人であった時に使っていた──愛刀。

 

 それを目にした時蘇るのは、人であった自身が死ぬ間際の光景。

 そしてかつての、懐かしき仲間たちの姿。

 

 その仲間も、もう誰一人生きてはいない。

 志半ばにして、みな散ったのだ。

 

 刀など──銃の前では無力。

 

 嘲笑ってそう告げた男たちには、既に復讐を遂げている。

 そして自らは刀を捨て、銃を武器として使うようになった。

 

 だがどうだ?

 

 目の前の男は刀を持ちて、怯むことなく立ち向かってくるではないか。

 今もこうして────

 

 ドンっと、杏寿郎の剣圧によって石畳の地面がえぐりとられた。

 鬼はその攻撃を躱し、そして掴んだ。

 愛刀を。

 

 それと同時に、各地に分散していた影を呼び戻し自らが纏う。

 その姿はまるで漆黒の狼。

 ただに二足歩行の、そして全身が刃であるようないで立ちであった。

 

「煉獄……杏寿郎、であったな? つまり、俺が以前見た煉獄とは、別人か」

「あぁ……そうだ」

(随分と風貌が変わったな。あの皮膚、少しでも触れれば皮膚がえぐりとられる)

 

 杏寿郎は瞬時にそう判断し、思案する。

 

「俺の名は佩狼。煉獄杏寿郎、ここからはひとりの武士として、貴様を正々堂々と殺す」

「……分かった。それはこちらも望むところ」

(雰囲気が変わった。奴の言葉に偽りはない。影に触れれば命はない──つまり、触れさえしなければよい!)

 

 杏寿郎の刀を握る手に力が籠る。

 呼吸を整え、その精度を上げた。

 

 一瞬、羅刹の域に達する──が、呼吸を沈め、常中まで抑えた。

 

(心を燃やせ。煉獄の名を冠した奥義──)

 

「炎の呼吸、玖ノ型──」

 

 全身の闘気が練り上げられる。

 

「煉獄ゥぅうぅぅッ!」

 

 だんっと杏寿郎が駆けた。

 漆黒の狼に杏寿郎が迫る。

 

「無駄だ! 貴様の力では俺の血鬼術は破れな──な!?」

 

 皮膚そのものが血鬼術の塊である佩狼は、受け止めた日輪刀をあっさり折る……つもりだった。

 だがその剣圧によって血鬼術が削ぎ落され、そして──

 

「うおおおおぉぉぉっ!」

「ぐっ」

 

 杏寿郎の赫い炎刀は、佩狼の頚を、そして肩から二の腕にかけてえぐり取ることに成功した。

 

 ボロり……と崩れ落ちる中、佩狼は最後に「いい太刀筋だった」と、そう言い残して塵と化した。

 

 

 

 

 

 満身創痍な状態で、杏寿郎は日輪刀を支えに一歩、また一歩と前進していた。

 が、疲労困憊に出血も多く、足がもつれてずるりと倒れ込んだ。

 

「まったく……銃弾を避ける修行は、何の役にも立っていないみたいだな」

 

 倒れ込む杏寿郎の視線に、細くしなやかな腕が飛び込んでくる。

 その腕を自然と掴み、そして縋った。

 

「不甲斐、ない」

 

 苦笑いを浮かべ、杏寿郎は自身を支えてくれた人物を見上げた。

 

 夢乃だ。

 

「甘露寺、は?」

「自分の心配を先にしろ……。まぁ、お前が心配するほど、あの娘も軟ではなかったということだ。ほら、傷」

 

 夢乃はそう言って杏寿郎を座らせると、自らの日輪刀で自身の掌を切った。

 つぅーっと血が流れ、血鬼術を使う。

 

「弾が貫通しているものはいいが、残っているものの傷は塞がないからな。塞げば体の中に弾が残ったままになってしまうから。ちゃんと外科手術を受けろ」

「わか、った。傷を、塞いだら、君は……奴が市中に、設置した……」

「爆弾はもうない。お前の部下が全て見つけて、解除したからな」

「そう……か。なら、よかった」

 

 ほっとしたのか、杏寿郎の体から力が抜けてゆく。

 その体を、彼女はしっかりと受け止め、そして優しく頭を撫でた。

 

「よくやった──とは言い難いな。こんなボロボロじゃ、他の隊士の見本にもなりはしない」

「相変わらず君は、手厳しい、な」

「もっと自分の命を大事にした戦い方をしろと言っているのだ。他の隊士がお前の真似をすれば、鬼殺隊はあっという間に壊滅だぞ。お前に出来ることが、他の隊士にも出来ると思うな」

「すまん。気を付けるとしよう」

 

 夢乃の腕に抱かれた杏寿郎は、その耳に彼女の鼓動を聞いた。

 

(生きている……俺も、そして夢乃も。鬼であろうと、彼女は生きているのだ。俺と同じように)

 

 死者ではない。

 ならばもとに戻す方法が必ずどこかにある。

 そう信じて、今は少しでもこの時間が長く続けばと願った。

 

 が、そうもいかないようで、

 

「隊士たちがお前を探しに来たようだ。私は行くぞ」

 

 そう言って夢乃は杏寿郎の体をそっと離した。

 

「待ってくれ」

 

 杏寿郎は咄嗟に彼女の手を取り、行かないでくれと目で訴える。

 それを察したのか、夢乃はもう一度、杏寿郎の頭を抱き寄せた。

 

「先に……帰ってる。お前はしっかり治療を受けて戻って来い。さすがに外科手術までは出来ないからな」

「ん……了解した」

 

 後ろ髪を引かれる思いであったが、杏寿郎の耳にも彼の名を呼ぶ声が聞こえて来た。

 今度は杏寿郎の方からそっと彼女から離れ、それから足に力を入れてなんとか立ち上がる。

 塞がれた傷から出血はもうないが、弾丸の残った傷はそのままだ。

 

「無理はするな。迎えが来るまでじっとしていろ」

 

 そう声がすると、夢乃の気配はすぅっと消えた。

 

 と同時に、甘露寺の声が聞こえてくる。

 

「しは──煉獄さん!?」

「かんろ……じ、無事だったか」

 

 倒れ込みそうになるのを必死に堪えて、だが駆けてきた甘露寺はその体をしっかりと抱きとめた。

 遅れてやってきた隊士たちは、彼が歩いて来たその先に鬼であった者の衣服が落ちていることに気づく。

 

「やった……煉獄さんが十二鬼月を倒したんだ」

「煉獄さんが……炎柱に」

 

 そんな声が聞こえ、甘露寺はわっと泣き出した。

 

「煉獄ざんがぁぁ~、はじらでずよぉ」

「お、おい……。甘露寺隊士、も、もういいから煉獄さんを放してやれ」

「煉獄さんの手当てをしなきゃならないんだ。離れろって」

「れんごぐざぁぁ~んっ」

「分かったから離れ──おい、なんだこの馬鹿力っ。おい、おいってば!!」

 

 耳元で泣きじゃくる甘露寺の声は、杏寿郎には届かず。

 東の空が薄っすらと白み始めたのを見ながら、彼は夢乃のことを考えていた。

 

(ちゃんと、陽光から隠れられる場所を見つけただろうか……ギリギリまで引き留めてしまったな……帰ったら謝っておかなくては)

 

 瞼を閉じ、そしてもう一度開けて空を見上げた。

 

(母上……見ていてくださいましたか? 夢乃にはダメ出しをされましたが、杏寿郎は母上との約束を、しっかりと果たしました。いつか母上が仰っていた、弱き人を守る、柱になります)

 

 

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