「ん……うぅ……」
「お! ようやく目を覚ましたか!」
杏寿郎は既に夕食も済ませ、敷かれた布団には入ることなく常に刀を傍に置いて座った状態で休んでいた。
晴れていれば満天の星空が見えるだろう時刻。
ようやく隊士の意識が戻った。
「こ、ここは? あなたは……れっ、煉獄さん!?」
「うむ。俺は煉獄杏寿郎だ!」
黄色と赤の、炎を思わせる髪色の持ち主など、煉獄家の者以外にいようはずない。
わざわざ名乗らずとも、鬼殺隊の者なら誰でも知っていることだ。
だが杏寿郎には関係なかった。
どこまでも空気の読めない男だからだ。
「じ、じゃあ、もう鬼を?」
「一体倒した。ちなみに君を襲った鬼は──」
杏寿郎は自分が屠った鬼の容姿を伝える。すると隊士は首を左右に振った。
「やはりか。では鬼は最低でもあと一体いるのだな」
「いえ、たぶんあと三体です」
「なに!? それはまた随分と大所帯だな」
「それで最初に討伐に向かった辛は全員やられたようなんです……俺たちも……」
己の隊士は二人。
この町に到着して、二人は別々に鬼を探した。
鬼は本来群れることはない。
群れればそれだけ獲物の奪い合いにもなりかねないからだ。
だから鬼は一体だろう、という先入観から己の二人は油断した。
その油断は先に到着していた辛の隊士も同じだっただろう。
「別行動をし、俺は付近の山を捜索したんです。そうしたら鬼を発見して……」
一対一ならよかった。
だが鬼は二体いた。いかもその顔立ちはよく似ていて、人間でいう兄弟のように見えたと隊士は言う。
「兄弟……」
杏寿郎は呟くようにして言った。その時彼の頭では、家で待つ弟、千寿郎の姿が浮かんだ。
「俺が倒した鬼は、四十を過ぎたぐらいだっただろうか」
「お、鬼が言っていたんですっ。『おとうに報告しろ』って」
「家族か!? よもやよもや。家族で鬼とは……」
では残り一体は母親だろうか?
何故家族で鬼などにと、杏寿郎は思わずにはいられない。
「ところで──」
「ん? なんだ!」
先ほどまで眠っていた隊士は、自分が浴衣姿であることからここが旅籠であろうというのは理解した。
だが分からないことがある。
確か自分の腹は、鬼の爪によって切り裂かれたはず。
内臓が飛び出すのではないかというぐらい酷い傷だった。
それがどうだろう。
ない。
どこにもないのだ。
浴衣の前を開き、自身の腹をまじまじと見つめる隊士。
それを見て杏寿郎は悟った。そして後悔した。
(しまった……わざと浅い傷を残して貰うべきだった!)
傷を綺麗に消すことなど、医者にだって出来やしない。ましてこの短期間ともあれば、普通であれば不可能だ。
それが可能に出来るのは鬼ぐらいだろう。
というより鬼は自己再生によって、例え手足を切り落としてもまた生えてくるのだから気色が悪い。
「……どうした!」
「え? や、どうしたというか、傷が……」
「傷がどうした! どこにもないな!! はははははははは」
杏寿郎は無理やり誤魔化した。そして明後日の方角に視線を向ける。
「夢でも見ていたのではないのか? そう、例えば鬼の術による幻だったのかもしれないな!」
言えるはずもない。
元鬼殺隊の鬼の術によって、傷を癒したなどと。
鬼に家族を奪われ鬼殺隊に入る者は多い。
目の前の隊士がもしそうであるならば、自分が鬼によって命を救われたなどと考えたくもないだろう。
こういうことに関してのみ、杏寿郎は空気が読める。
読める空気と読めない空気の線引きは、弟である千寿郎にしか分からないのだ。
「ま、幻だった……のか」
「うむ! 幻だ、幻!! さ、もう少し休め。明日、外が晴れたら鬼退治だぞ!!」
もっとも、出血多量の彼が鬼退治に参加するには無理がある。
杏寿郎はこれから、どうやって彼を宿に残して鬼退治に行こうかと考えなければならなかった。