鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第八十九話─:炎柱ノ陸──襲名

(これで煉獄も柱だ……もう……教えてやることなど何もない。何も……)

 

 だから消えよう。

 最後に千寿郎へ、兄の無事を知らせてから。

 

 そう夢乃は思っていた。

 これ以上、杏寿郎の傍にいては、死を恐れるようになってしまう。

 生きて……生きて杏寿郎の傍にいたい。

 そう考えるようになってしまうから。

 

 陽が暮れてから煉獄家の近くまでやってくると、門の前には千寿郎の姿があった。

 

「千寿郎」

 

 離れた場所からそう声を掛けると、気づいた彼が駆けてきた。

 その表情は苦痛に歪み、涙を浮かべるほどに。

 

「夢乃さんっ。夢乃さんっ」

 

 胸に飛び込んで来た千寿郎をしっかりと受け止めると、夢乃はその髪を優しく撫でた。

 

「大丈夫……とは言えないかもしれないが、安心しなさい」

「怪我を負ったのですか? 夢乃さんの血鬼術では治せないような──」

 

 慌てる千寿郎の口元に、夢乃は指先を押し当てる。

 

「銃を使う鬼だった。貫通している傷は塞いだが、体内に弾が残っているものは塞ぐことは出来ないから。治療を受けてから戻って来るから、心配するな」

「無事、なんですね? 兄上はっ」

「あぁ、無事だ。しかしボロボロだけどな」

「無事でよかった……無事で」

 

 安堵して、千寿郎は再び目に涙をいっぱいに浮かべた。

 

「でもよかった」

「よかった?」

 

 千寿郎は涙を拭いながら「夢乃さんがいてくれて」と言葉を続ける。

 

「兄上、すぐ無茶をするから……。でも夢乃さんが近くにいてくれれば、直ぐに兄上の怪我の治療もしてくださいますし。何より……何より兄上が、生きるという選択肢を選んでくださいます。夢乃さんのために」

「私の……」

 

 ズキンっと、夢乃の胸が痛んだ。

 

 杏寿郎はずっと夢乃をひとに戻すと言っている。

 その願いを叶えるために、死を選ぶことは無いだろう。

 

 自分のために生きる道をなんとしてでも模索しようとする。

 杏寿郎は本当にそうであるなら……自分はこのまま去ってしまって大丈夫なのだろうかと不安になる。

 

「夢乃さん、どうかしましたか?」

 

 不安が顔に現れていたのだろう。

 千寿郎が心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。

 

「あ、いや……大丈夫だ。そんなに……君の兄上は私がいなければ」

「えぇ、ダメですね。あ、ごめんなさい夢乃さん。兄上が貴女の事を好きでも、貴女は兄上の事を……。で、でもっ。好きという感情で兄上がなんとしてでも生きようって思ってくださることは、俺にとってもとても嬉しいことでっ」

 

 好きという感情が人を生かす。

 それは夢乃にも十分に理解できた。

 現に自分がそうだから。

 

 生きて……可能であれば人として生きて、煉獄杏寿郎という男の傍に寄り添いたい。

 

 そう願わずにはいられないのだから。

 

 その願いを打ち払うために、杏寿郎の傍から離れようとした。

 だが自分に好意を寄せている男の前から消えれば、その男がどうなるか。

 失意のあまり、任務も手につかなくなるかもしれない。

 

「もし……もし私がいなくなったりしたら……」

「え!? ゆ、夢乃さん?」

「もしだ。もしの話だ」

 

 千寿郎は不安気な表情で夢乃を見た。

 それが「もしも」の話には聞こえなかったから。

 そして振り返る。

 自身が生まれ育った家を見て、悲痛な面持ちで言葉を続けた。

 

「分かりません。だけど……父上は変わられた」

「君たちの父君?」

「はい。父は……母上が亡くなられてから、人が変わりました。きっと辛かったんです。母上を失って、悲しみが強すぎたんです」

 

 兄は父のようにはならないと信じている。信じてはいるけれど、実際には分からない。

 最愛の人を失うと言うのは、きっと想像できないほどに辛いのだろうと。千寿郎はそう話す。

 

「だから……夢乃さんがお嫌でなければ……兄上の傍にいてあげてください。ほら、血鬼術で直ぐに傷も再生できるのですし」

 

 そう言って千寿郎は笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 山林の屋敷に戻って来た夢乃は、千寿郎の言葉が頭から離れないでいた。

 

 兄上の傍にいてあげてください──。

 

 そう懇願する千寿郎の言葉が。

 

 彼の下から離れよう。離れて、この気持ちをすぱっと忘れよう。

 そう思っていたのに、これでは離れることができない。

 

 彼の前から消えることで、彼が父親のようになってしまったらどうする?

 任務にも支障をきたし、注意力が散漫になったらどうする?

 それが原因で鬼に敗北したら、どうする?

 

 そんな考えばかりが頭の中でぐるぐると駆けまわった。

 

「ふぅ……」

 

 ぱたり──と、畳の上に寝そべる。

 どんなに考えようと、答えは見つからない。

 

(自分は鬼で……煉獄は人……。共に生きていけるはずもない。鬼舞辻が生きている限り、私が死ぬことは無い。逆に鬼舞辻が死ねば、私も消滅する。灰となって、散るのだ)

 

 杏寿郎が天寿を全うすることを願っている。

 だがそれは、また自分だけおいて逝かれるということ。

 だから鬼舞辻無惨が倒され、灰となって散ることを望んでいる。

 そこに今は、人になって生きたいという願いも加わった。

 

(もし……もし本当に人に戻れるとしたら)

 

 そんな希望を、抱いてもいいのだろうか。

 そんな不安を抱きつつ、この日夢乃は久方ぶりに眠った。

 

 出血多量で、体力を維持するために眠るそれではなく、ただたんに眠ったのだ。

 そして夢を見ていた。

 

 煉獄杏寿郎が何者かと戦っている。もちろん鬼だ。

 その鬼を夢乃は記憶の奥底にずっと隠して、蓋をしていた。

 思い出したくない存在。

 

 自分の人としての命を刈り取った鬼──上弦の壱。

 

「煉獄! 戦うなっ、逃げろ!」

 

 叫んでもその声は届かず。むしろその場に自分は存在していないようだった。

 

 互いに刀を構え、一閃するたびに火花が散る。

 

 杏寿郎と上弦の壱の姿が次第に遠くなっていった。

 

「煉獄! 煉獄!! 戦ってはダメっ。逃げてっ。煉獄うぅーっ!」

 

 無数の刃が杏寿郎に振り下ろされ──その瞬間、夢乃は目覚めた。

 

「はぁっ、はぁっ」

 

 がばっと起き上がって室内を見渡す。

 

(夢……今のは夢だ)

 

 それを確かめるように、畳に触れてその感触を確かめた。

 

 ここは今は使われていない、山林にある煉獄家の別荘。

 さきほど杏寿郎と上弦の壱が戦っていた場所ではない。

 それを確かめると、ほっと胸を撫でおろす。

 

 土間に視線を向けると、薄明かりが差し込んできているのが分かった。

 

「もう朝になっていたのか」

 

 自分が眠るなんて珍しい。だがあんな夢を見るのであれば、二度と眠ってなるものかと夢乃は誓った。

 

 数日後、煉獄杏寿郎は手足に包帯を巻いた姿で帰宅。

 夜には千寿郎に付き添われ、山林の屋敷へとやって来た。

 

 その屋敷に夢乃の姿は──

 

 まだ、あった。

 

「ボロボロめ」

「不甲斐ない!」

「包帯を外せ。再生してやるから」

「うむ! しかし来週また胡蝶に診て貰わねばならないのだが」

 

 だったら中途半端に再生してやる。

 夢乃はそう言って、杏寿郎に手招きをする。

 

 招かれた杏寿郎は、直ぐに嬉しそうにほいほいとそれに従った。

 

 それを見て千寿郎はくすりと笑う。

 

「千寿郎、どうした?」

「何か面白いことでもあっただろうか、千寿郎!」

「あ、いえ。なんでもありません」

 

 すぐ顔に出る兄の気持ちなど、夢乃には筒抜けだろう。

 それでもああして招くのだから、きっと夢乃も……。

 

 そう、千寿郎は期待していた。

 

 それから半月ほどして、手足の包帯が取れた杏寿郎は──

 

「よく頑張ったね杏寿郎。君は凄い子だ。これからは柱のひとりとして、この鬼殺隊を支えて欲しい。みなも、異論はないね?」

 

 産屋敷耀哉にそう問われ、反論する者は誰もいない。

 あの不死川実弥も悪態はつくものの、杏寿郎の実力は本物だと納得している。

 

 この日、

 煉獄杏寿郎は──

 

 炎柱となった。

 

 

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