鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

94 / 107
第九十三話─:巡回──其の祇

「それは……大変だな、千寿郎」

 

 杏寿郎は要に文を持たせ、先に生家へと届けさせていた。

 甘露寺を入れて五人が、煉獄家に弟子入りするのだ。さすがにいきなり連れて行くよりは、先に知らせた方がいいだろうと判断したのだろう。

 

 鰻の蒲焼を手に夢乃の下へとやって来た千寿郎は、苦笑いを浮かべながらため息を吐く。

 

「しかしいきなり五人か。大丈夫なのか?」

「みなさん隊士の方ですので、兄上が任務の時には同行する形になるそうで……ああぁ!?」

「ん?」

 

 千寿郎は叫び、それから夢乃を見た。

 

 兄の任務に隊士が同行する。

 なら、目の前にいる夢乃はどうなる?

 

「ゆ、夢乃さんは……他の隊士の方がいたら、どうなされますか?」

「どうって……あぁ、そうだな。さすがに私は同行できんだろう。悟られてしまうだろうし」

 

 鬼殺隊の、しかも柱が鬼を共に連れて任務を遂行している──などと知られるわけにはいかない。

 どんなに夢乃が人を喰らわない鬼だとして、この百年間のことを誰が無条件で信じられるのか。

 

 家族を鬼に喰われ、復讐のために鬼殺隊に入ったような隊士なら、怒りの矛先を杏寿郎に向け兼ねない。

 

 夢乃は心のどこかで安堵していた。

 

 これで煉獄の下を去れる──と。

 しかも継子が傍にいるのであれば、使命感から腑抜けになることもないだろうと。

 

 同時に寂しくもある。

 煉獄の傍にいる必要があると、自分自身に言い聞かせる口実が無くなったことに。

 

 それを察してか、千寿郎が夢乃の着物を掴んだ。

 

「い、行ってしまわないでください夢乃さん! 兄上が戻っていらしたとき、夢乃さんがいなければ悲しみますっ」

「千寿郎……。いなくなればそのうち、お前の兄も忘れてしまうだろう」

 

 そして別の恋を見つけるはず。

 

 それでいい──そんなのは嫌だ──その方がいいに決まっている──忘れなかったらどうするのだ?

 

 そんな気持ちが揺れ動く。

 

「兄上は決して夢乃さんの事を忘れたりしません! 俺も忘れません!」

「ぅ……」

「だから……行かないでください……」

 

 千寿郎は俯き、肩を震わせる。

 最初に出会ってから間もなく二年。それは夢乃の弟が、鬼に喰われた年になったということ。

 夢乃にとって弟との最後の記憶にある姿が、どうしても千寿郎と被ってしまう。

 

 自然とその肩を抱き寄せ、頭を優しく撫でてやる。

 

「ゆめ……」

「どうすればいいのか……私にも分からない。分からない……どうしたいのか」

 

 憂いを帯びた彼女の瞳に、千寿郎は僅かな希望を感じ取る。

 

(夢乃さんがもし……もし兄上のことを好いていてくれているなら)

 

 夢乃がここに留まる口実を作ってやれば、引き留めることは出来るのではないか──千寿郎はそう考えた。

 そして──

 

「夢乃さんっ。お、俺のために……ここに残ってくださいっ」

「え? 千寿郎のために?」

「はい! 兄上が怪我をしてお戻りになるたび、生きた心地がしませんでした。だけど夢乃さんが一緒なら、直ぐに怪我も治してくださいましたから安心できていた」

 

 けれど隊士が一緒であれば、杏寿郎の怪我を直ぐに癒すということも出来ない。

 しかしそれは仕方ないのだが、せめてここに戻って傷の治癒をして欲しい。

 瀕死の重傷を負うようなことがあれば、きっと要が飛んで来てくれるだろう。

 

「だから、せめてここにいてくれだされば、すぐにでも兄上をお救いできますっ」

「それは……そう、かもしれないけれど」

「お願いします夢乃さん。俺……俺……兄上に死んで欲しくない」

 

 夢乃を引き留めるための口実であったはずが、いつしか千寿郎は目に涙を浮かべていた。

 嘘偽りのない言葉。

 千寿郎は兄を失いたくないと思っている。

 それを現実にしてくれる存在が夢乃であり、兄の傍にいてくれることがどんなに救いだっただろうか。

 

「お願い、しま、す。夢乃、さん」

「千寿郎……」

 

 むせび泣く千寿郎を抱き寄せ、それから背中をとんとんと叩いた。

 まるで赤子をあやすように、夢乃は暫く彼の背をとんとんと叩き続けた。

 弟が泣くときには、よくそうやってあやした記憶があったから。

 

「分かった……ここにいよう。私の方でも、鬼の情報を探すために夜は動くことになるが。だけど戻って来る。ここに」

「本当ですか!?」

「ん。別に、煉獄の為じゃない。千寿郎のためだ」

「ふふ。でも俺だって煉獄ですよ?」

「む。そういえばそうだ。ぷふっ」

「ふふふ」

 

 二人はようやく笑みを浮かべ、それから少し冷めてしまった鰻の蒲焼を食した。

 

「そういえば千寿郎。兄の分はいいのか?」

 

 重箱には鰻がたっぷり入っていた。とても二人前とは思えない量だ。

 

「でも追加で五人分用意することは出来ませんし……父上にも二人前お願いしてきたんです」

「あぁ、そうか……隊士を五人連れてくるのに、アレの分だけとはいかないか」

 

 それでこの量である。

 さすがにこの量は食べれそうにない──と思っていた夢乃だったが。

 

(煉獄の食べっぷりを見ていたから気づかなかったけれど……千寿郎もよく食べるもんだな)

 

 そう。

 煉獄千寿郎は、兄ほどではないが意外と食べるのだ。

 

 日の出前から起きて朝稽古をし、庭や門前の掃除に朝餉の支度。それから学び舎に通い、昼に終わると食事の支度。そして買い出しと稽古。

 常に動いているので、腹が空くのだ。

 

 三人前あった鰻は、千寿郎が二人前をペロリと平らげ平然としている。

 

「よし! それじゃあ俺はこれで帰ります。来るときに布団を干して来たので、取り込んで、それから掃除をして……」

「大変……だな……。煉獄が帰ってきたら、手伝わせればいい」

「いえ! 兄上はいつ任務が入るか分かりませんし、家にいるときぐらいはゆっくり休んで頂きたいので」

 

 そう応える千寿郎に、夢乃は(甘やかせすぎだ)と思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。