「それは……大変だな、千寿郎」
杏寿郎は要に文を持たせ、先に生家へと届けさせていた。
甘露寺を入れて五人が、煉獄家に弟子入りするのだ。さすがにいきなり連れて行くよりは、先に知らせた方がいいだろうと判断したのだろう。
鰻の蒲焼を手に夢乃の下へとやって来た千寿郎は、苦笑いを浮かべながらため息を吐く。
「しかしいきなり五人か。大丈夫なのか?」
「みなさん隊士の方ですので、兄上が任務の時には同行する形になるそうで……ああぁ!?」
「ん?」
千寿郎は叫び、それから夢乃を見た。
兄の任務に隊士が同行する。
なら、目の前にいる夢乃はどうなる?
「ゆ、夢乃さんは……他の隊士の方がいたら、どうなされますか?」
「どうって……あぁ、そうだな。さすがに私は同行できんだろう。悟られてしまうだろうし」
鬼殺隊の、しかも柱が鬼を共に連れて任務を遂行している──などと知られるわけにはいかない。
どんなに夢乃が人を喰らわない鬼だとして、この百年間のことを誰が無条件で信じられるのか。
家族を鬼に喰われ、復讐のために鬼殺隊に入ったような隊士なら、怒りの矛先を杏寿郎に向け兼ねない。
夢乃は心のどこかで安堵していた。
これで煉獄の下を去れる──と。
しかも継子が傍にいるのであれば、使命感から腑抜けになることもないだろうと。
同時に寂しくもある。
煉獄の傍にいる必要があると、自分自身に言い聞かせる口実が無くなったことに。
それを察してか、千寿郎が夢乃の着物を掴んだ。
「い、行ってしまわないでください夢乃さん! 兄上が戻っていらしたとき、夢乃さんがいなければ悲しみますっ」
「千寿郎……。いなくなればそのうち、お前の兄も忘れてしまうだろう」
そして別の恋を見つけるはず。
それでいい──そんなのは嫌だ──その方がいいに決まっている──忘れなかったらどうするのだ?
そんな気持ちが揺れ動く。
「兄上は決して夢乃さんの事を忘れたりしません! 俺も忘れません!」
「ぅ……」
「だから……行かないでください……」
千寿郎は俯き、肩を震わせる。
最初に出会ってから間もなく二年。それは夢乃の弟が、鬼に喰われた年になったということ。
夢乃にとって弟との最後の記憶にある姿が、どうしても千寿郎と被ってしまう。
自然とその肩を抱き寄せ、頭を優しく撫でてやる。
「ゆめ……」
「どうすればいいのか……私にも分からない。分からない……どうしたいのか」
憂いを帯びた彼女の瞳に、千寿郎は僅かな希望を感じ取る。
(夢乃さんがもし……もし兄上のことを好いていてくれているなら)
夢乃がここに留まる口実を作ってやれば、引き留めることは出来るのではないか──千寿郎はそう考えた。
そして──
「夢乃さんっ。お、俺のために……ここに残ってくださいっ」
「え? 千寿郎のために?」
「はい! 兄上が怪我をしてお戻りになるたび、生きた心地がしませんでした。だけど夢乃さんが一緒なら、直ぐに怪我も治してくださいましたから安心できていた」
けれど隊士が一緒であれば、杏寿郎の怪我を直ぐに癒すということも出来ない。
しかしそれは仕方ないのだが、せめてここに戻って傷の治癒をして欲しい。
瀕死の重傷を負うようなことがあれば、きっと要が飛んで来てくれるだろう。
「だから、せめてここにいてくれだされば、すぐにでも兄上をお救いできますっ」
「それは……そう、かもしれないけれど」
「お願いします夢乃さん。俺……俺……兄上に死んで欲しくない」
夢乃を引き留めるための口実であったはずが、いつしか千寿郎は目に涙を浮かべていた。
嘘偽りのない言葉。
千寿郎は兄を失いたくないと思っている。
それを現実にしてくれる存在が夢乃であり、兄の傍にいてくれることがどんなに救いだっただろうか。
「お願い、しま、す。夢乃、さん」
「千寿郎……」
むせび泣く千寿郎を抱き寄せ、それから背中をとんとんと叩いた。
まるで赤子をあやすように、夢乃は暫く彼の背をとんとんと叩き続けた。
弟が泣くときには、よくそうやってあやした記憶があったから。
「分かった……ここにいよう。私の方でも、鬼の情報を探すために夜は動くことになるが。だけど戻って来る。ここに」
「本当ですか!?」
「ん。別に、煉獄の為じゃない。千寿郎のためだ」
「ふふ。でも俺だって煉獄ですよ?」
「む。そういえばそうだ。ぷふっ」
「ふふふ」
二人はようやく笑みを浮かべ、それから少し冷めてしまった鰻の蒲焼を食した。
「そういえば千寿郎。兄の分はいいのか?」
重箱には鰻がたっぷり入っていた。とても二人前とは思えない量だ。
「でも追加で五人分用意することは出来ませんし……父上にも二人前お願いしてきたんです」
「あぁ、そうか……隊士を五人連れてくるのに、アレの分だけとはいかないか」
それでこの量である。
さすがにこの量は食べれそうにない──と思っていた夢乃だったが。
(煉獄の食べっぷりを見ていたから気づかなかったけれど……千寿郎もよく食べるもんだな)
そう。
煉獄千寿郎は、兄ほどではないが意外と食べるのだ。
日の出前から起きて朝稽古をし、庭や門前の掃除に朝餉の支度。それから学び舎に通い、昼に終わると食事の支度。そして買い出しと稽古。
常に動いているので、腹が空くのだ。
三人前あった鰻は、千寿郎が二人前をペロリと平らげ平然としている。
「よし! それじゃあ俺はこれで帰ります。来るときに布団を干して来たので、取り込んで、それから掃除をして……」
「大変……だな……。煉獄が帰ってきたら、手伝わせればいい」
「いえ! 兄上はいつ任務が入るか分かりませんし、家にいるときぐらいはゆっくり休んで頂きたいので」
そう応える千寿郎に、夢乃は(甘やかせすぎだ)と思わずにはいられなかった。