「お、お世話になりました」
夏が間もなく終わる頃、五人いた弟子たちは甘露寺を残してみな煉獄家を出て行った。
既にここにはいない三人は、挨拶もなく逃げるようにして出て行っている。
(よもや……俺は人を導けるような器ではないという事か)
四人目は挨拶こそして出て行ったが、出ていく理由も何も話さないままだ。
落ち込む杏寿郎の後ろで、甘露寺が狼狽える。
(どうしてかしら? どうしてみなさん出て行っちゃうのかしら?)
その理由は甘露寺にも分からない。
元々はごく平凡な町娘であった甘露寺だが、そもそも生まれながらにして他人とは違い過ぎる体質の持ち主だ。
それまでの人生が生温く感じ、煉獄家に来てからの鍛錬の日々が彼女にとって丁度よく感じるほど。
だが、それは他の隊士にとっては違う。
元々平凡な暮らしをしていた彼らは、鬼に身内を襲われ、復讐のために鬼殺隊となった。
育手の鍛錬に耐え忍んで隊士になったものの、杏寿郎の鍛錬はその比ではなかったのだ。
「無理。絶対、無理」
それが四人の出した結論であり、鬼の首を落す前に鍛錬死したのでは意味がないと、煉獄家を脱走したのだ。
杏寿郎は普段自分が行っている鍛錬を、彼らにもやらせているだけ。
その普段が既におかしいことを、彼は知らない。
そして彼からの鍛錬しか受けていない甘露寺もそれがおかしいことを知らない。
ちなみに弟の千寿郎も同じだし、酔っぱらい同然の父槇寿郎もだ。
煉獄家全員がおかしいのだ。
四人目の弟子──継子とも言える隊士が煉獄家を出て行ったその日、杏寿郎は久々とも言える山林のあばら家へとやって来た。
「俺は、人に教える者として向いていないのだろうな」
「また消えたか?」
「……今回は挨拶をして出て行った。だが理由は教えてくれなかった」
「ふぅーん」
団扇片手に話を聞いていた夢乃に対し、杏寿郎はやや頬を膨らませご立腹な様子だ。
「君のその反応、まったく俺に同情していないな」
「なぜおまえに同情してやらねばならんのだ」
「冷たいな、君は!」
「氷の呼吸の使い手だからな」
「むぅっ」
杏寿郎は夢乃が持つ団扇を奪い取ると、自らの火照った体を冷ますために思い切り扇ぐ。
だが一振りした瞬間、バキっという音と共に団扇の持ち手が折れた。
「あ……すまん……」
「……お前、弟子どもにどんな鍛錬をさせてきた」
「ど、どんなとは……特別何かをという訳でもなく、毎日の俺の日課と同じことを」
「それは前に聞いた。だから内容を話せ」
折れた団扇を奪い返した夢乃は、それで杏寿郎の頭を小突く。
特に痛い訳でもないが、反射的に頭を摩りながら杏寿郎は答える。
陽が昇る前に起き、まずは村を一周。全力疾走で。
その後は煉獄家を中心に、町内を軽く十周──全力疾走で。
終われば庭に置いてある大岩に縄を掛け引っ張る。杏寿郎は毎日六尺動かすと、元の位置にまた戻している。
ここまでやったら一度汗を拭き、ようやく竹刀を手にして素振りを千本。
それから──
「あぁもういい。分かった。弟子どもが逃げたのは、単にお前の鍛錬について来れなかったからだ。どうせお前、にこにこ笑いながら毎日それを平然とやっているのだろう」
「わ、笑っているかどうかは分からぬが、幼い頃からの日課だったからな……な、何かマズかったのか? 単調で温かっただろうか?」
「お前、自分の普通が他人の普通ではないと気づかないのか」
「ふ、普通ではないのか俺は!?」
「普通じゃない。あと付いてきているあの娘も普通じゃない。自覚しろ」
そう言われて杏寿郎は愕然とする。
自分は
普通ではない。
そんな風に思ったことが、一度もなかったのだ。
確かにお向かいの伊納尾のおばさんと自分が違うのは理解している。
彼女は鬼殺隊の隊士ではなく、ごく普通の一般女性なのだから。
だが弟子──いや、元弟子たちは一般人ではない。鬼殺隊隊士だ。
だから自分と同じように鍛錬を積み、厳しい修行を乗り越えてきている。
「なのに俺と彼らは違うのか……」
「ほんの二、三年前までは、刀すら握ったことがなかったような者たちだろう。お前と一緒にしてやるな。あとな、あの娘はそもそも生まれた時から普通じゃないんだぞ。それも含めて、他の者が同じと思ってやるな」
「刀すら握ったことがない……それも……そうだな。俺は煉獄家に生まれ、鬼狩りになることが決まっていたから、物心つく頃には当たり前のほうに振るっていたが」
だがそうでない者のほうが世の中には多い。
「ま、自分基準で鍛錬させる限り、付いて来れる者は早々いないだろうな」
「むぅ……」
杏寿郎は腕を組み考え込むが、出た結論は──
「いや、やはり手を抜くのはよくないだろう。俺は……誰にも死んで欲しくない」
「死んで欲しくないから、厳しい鍛錬は続けると?」
「うむ!」
元気よく返事をした杏寿郎の顔には、迷いも不安もなかった。
「俺たちが相手するのは人ではない。鬼だ。厳しい鍛錬にも打ち勝つ肉体と精神が無ければ、生き延びることは出来ない」
「……お前の馬鹿みたいな日課を平然とこなせれば、柱にもなれるだろうな」
「うむ! そうだな!!」
杏寿郎の顔に迷いはない。
(こいつの言葉も一理ある。確かに生温い修行を続けたとて、強くはなれないのだから。生きるためには、厳しい修行も乗り越えねばならないのは分かる)
不器用ながら、これが杏寿郎の優しさなのだろうと──そう夢乃は解釈する。
ただ……
(問題はその優しさを受け止められる人間が、いったい何人いるのか……ということだな)
夢乃のそんな心配をよそに、杏寿郎は満面の笑みを浮かべていた。
「おはよう! 甘露寺! 今日も一日、頑張ろう!」
「は、はい、煉獄さん!」
(よかったわ。師範、元気になったみたい。昨日の夜出て行ったようだけど、何かあったのかしら?)
何があったのか──気になったが、それよりもなによりも、朝餉の献立のほうが気になった甘露寺であった。
「まずは走り込み!」
「はい!」
駆け足──とは程遠いスピードで二人は門を出ていく。
「甘露寺、どうだ! 自分の呼吸に、何か気づけそうか!?」
「自分の呼吸……こう、ドキドキがギューンでバーン! な感じはするのですが、それがどう呼吸に繋がるか、まだよく分からなくって」
「……ぎゅーんでばーんか! ははは、君の例えは俺には難しいな!」
(夢乃なら分かるだろうか? ……いや、尋ねた途端に怒鳴られそうだ)
聞くのは止そう。そう杏寿郎は思うのだった。
しかし甘露寺の呼吸が完成しないのでは、この鍛錬も意味がない。
基本は出来ている。
だが産屋敷耀哉が言うように、彼女は炎の呼吸の『使い手』ではないと、最近は杏寿郎も思い始めている。
炎の呼吸の技は出せるが、炎の呼吸特有の力強さというものが感じられない。
筋力とかそういうものではなく、技の重みというものが甘露寺にはないのだ。
むしろ軽くすら感じる。
(そう言えば夢乃も、最初は水の呼吸の継子であったと言っていたな。やはり相談してみるべきか)
今夜にでも──そう思っていたのだが、
『杏寿郎ォー、任務。任務ダァー』
「要? 鬼か」
村を一周したところで、鎹鴉の要が飛んで来た。
駒澤村からほど近い山の奥の小さな村で、住民が数名行方知れずとなっている。
隊士を向かわせたが、その隊士も音信不通になったという。
「分かった。甘露寺、行くぞっ」
「は、はい!」
二人は煉獄家へと戻るとすぐに身支度をし、既に知らせを聞いた千寿郎が用意した弁当を持ってすぐさま山へと向かった。
思い出したかのようにまた書き始めました。
たまーに更新します。
たまーに