「杏寿郎? まさか柱が出てくるような任務なのか」
「小芭内! 久しいな」
甘露寺を伴って町へとやってくると、藤の家紋の家には伊黒小芭内がいた。
他に隊士の姿はなく、彼ひとりのようだ。
「あぁ、そういえば杏寿郎。おめでとう」
「うむ! 誕生日はとうに過ぎているが、受け取っておこう!」
「……いや、そっちではなく柱就任」
「おぉ、そっちか。小芭内、俺は君にも期待しているぞ」
期待、とは柱になることを、ということだ。
伊黒はそれが分かっていて、首を振る。
「ところであっちにいるピンク頭は?」
縁側に座っている甘露寺を見て、伊黒はしかめっ面になった。
背を向けているので、容姿までは分からない。
基本的には、他人に対してあまりいい感情を抱かない伊黒である。
「うむ。一応継子という体ではあるが、彼女には自身の呼吸を見つけて貰うのが目的で面倒を見ている」
「自分の? 炎の呼吸から新しい呼吸を派生させるつもりか」
「うむ! だがなかなかうまくいかない!」
「ふん。まぁ特有の呼吸を派生させるのは、そう簡単ではないからな」
と、水の呼吸から独自の呼吸を派生させた男が言う。
そのことを思い出して、杏寿郎はガシっと伊黒の手を掴んだ。
「小芭内!」
「な、なんだっ」
「君から彼女にアドバイスをしてやってくれないか!」
「断るっ」
「即答だな! よし、甘露寺、こっちにきたまえ」
相変わらず話を聞いてない──伊黒は内心でそう思い、縁側に座るピンク頭を見た。
振り返った甘露寺は、みたらし団子を頬張ってもひょもひょと答える。
ごくんと団子を飲み込むと、ぱぁっと満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
その姿を見て、伊黒は絶句する。
そして慌てて杏寿郎をわし掴みして、奥の部屋へと引きづった。
「な、なんなんだあの隊服は!?」
「うむ! 女性隊士の新しいデザインらしい! 俺もよくは知らない!!」
「んな訳あるかぁー! あ、あんな目のやり場に困るような、た、隊服がある訳ないだろうっ」
「しかし彼女は確かに、眼鏡を掛けた隠に公式のものだと言われて手渡されたと」
本当にそいつは隠なのか? と伊黒はつっこみたくなる。
だが心当たりがあった。
隊服制作部門の眼鏡を掛けた隠が確かにいる。
そしてその眼鏡には、よからぬ噂があった。
女性隊士の隊服を、勝手にアレンジして配布している──と。
(アレがそうなのか……いやアレはマズいだろう)
伊黒は改めて見る。
隣の部屋へはきょとんとしてこちらを見つめる甘露寺がいて、その彼女の胸元は大変けしからんレベルでおっぴろげられていた。
伊黒は別にいやらしい男ではない。異性に対して興味もあまりない。
だが、それでも視線はおのずと彼女の胸元に行ってしまう。健康な男子たるゆえんだ。
「どうにかならないのか、アレは」
「ならんな!」
「お前は平気なのか?」
「見ないようにしている!」
杏寿郎の平然とした態度に、伊黒は大きなため息を吐いて諦めた。
見ないようにするしかない、と。
「甘露寺、こちらは伊黒小芭内。俺の友だ」
友と紹介され、伊黒の心はくすぐったくなる。
そんな風に呼んでくれるのも、そう呼べる相手も杏寿郎しかいないと彼も思っていた。
「伊黒さん! 甘露寺蜜璃です。よろしくね」
「……」
甘露寺は握手をしようと手を差し出すが、伊黒はその手を取ろうとしない。
での、杏寿郎が伊黒の手を取って甘露寺に差し出した。
甘露寺はその手を握ってぶんぶんと振り回す。
「お、おいっ」
「うふふ、よろしくね(キャー、包帯で口元を隠してるなんて、なんだかカッコよくてステキ)」
その時、伊黒の首元にあった白い布──もとい、白蛇の鏑丸が飛び出した。
「シャーッ」
「きゃ!? 蛇? 白蛇なの?」
「鏑丸、よせ」
「シャッ……シュルル」
甘露寺の腕に噛みつこうとして、鏑丸は飛び出した。
敬愛する主人が困っているのを見て、腹を立てたのだろう。
だが伊黒に窘められ、頭を垂らして彼の首元へと戻っていく。
「まぁ、鏑丸って名前なのね。可愛いわ白蛇ちゃん」
「か、可愛い? 蛇を恐れないのか?」
鏑丸を見て可愛いと言う女を始めて見た。
最終選抜でも鏑丸を見て気味がる人間はいたが、可愛いと言ったものはいない。
そのことに驚いていると、甘露寺の顔が近づいた。
「白蛇は幸運を呼ぶ神様のお使いだって聞いたことがあるの。鏑丸くんはきっと、伊黒さんに幸運を運ぶ蛇神様のお使いね」
「シュルッ」
神様の使いだと言われた鏑丸は、恥ずかしいのか、伊黒の髪に自らの顔を埋めている。
「うふ、可愛いわ鏑丸くん」
そう言って笑みを零す甘露寺を見て、伊黒の頭にも「可愛い」の文字が浮かぶ。
「うむ! 交流も出来たところで。甘露寺、この小芭内は水の呼吸から独自の呼吸を派生させた男だ」
「え? 独自の?」
「へ、蛇の呼吸という」
「そこでだ甘露寺! この任務の間、伊黒に呼吸の派生について学んでみるのはどうだろうか?」
「伊黒さんに?」
甘露寺が伊黒を見つめる。
伊黒は彼女からの視線をまともに受けられず、そっぽを向いてしまった。
その姿を見て、甘露寺は以前言われたことを思い出した。
──君と結婚出来る人間の男なんていませんよ。
──熊や猪、牛あたりなら可能でしょうね。
お見合いの席で相手方の男に言われた言葉。
幼い頃から怪力の持ち主で、且つこの頭だ。まともに相手をしてくれる男など今まで誰ひとりとしていない。
鬼殺隊なら、と思ってはいたが、やはりをれは甘えだったのだろうかと改めて思う。
「で、でも、私なんかじゃご迷惑をお掛けするだろうし」
先ほどまで朗らかな笑みを浮かべていた人物とは思えないほど、甘露寺の声は暗かった。
だから思わず声を上げた。
「そ、そんなことはないっ。お前が望むなら、俺が面倒を見てやろうっ」
伊黒はそう言った。
良かったと言うべきか、残念だと言うべきか。
鬼狩りの任務はその日の夜に終わってしまった。
だが伊黒には次の任務の指示がない。
指示がない隊士は、基本、休みのようなものだ。
「では小芭内もともに、夜の巡回へと行こうではないか!」
「……いいだろう」
(キャーッ、伊黒さんも一緒だなんて、嬉しいっ)
恋多き乙女、甘露寺蜜璃の心は弾んでいた。
伊黒小芭内、そして煉獄杏寿郎。
歳も近く、ともに容姿も人となりも良し。
彼女のハートはときめかないはずがない。
そのときめきこそが刀を振るう原動力であることを知るのは、ほんの数日後であった。
とある町で、杏寿郎は報告のための書類を作成するからと藤の家紋の家に引き籠った。
夜、伊黒と甘露寺が町の巡回に出ると、たまたま偶然、男が鬼に襲われている場面に遭遇した。
男は無傷であり、気が動転して助けに駆け付けた甘露寺に抱き着いた。
「きゃっ」
「甘露寺!?」
突然のことで慌てふためく甘露寺と、彼女に縋る男を引きはがそうとする伊黒。
その好機を鬼が逃すはずもなく──
背を向けていた伊黒が襲われ、負傷した。
「キャーっ、伊黒さんっ。ヤダ伊黒さん、死なないでぇ」
「落ち着け甘露寺っ。ただのかすり傷だっ」
「でもでもだって。どうして私みたいな女を助けようとするんですかっ。私、助けて貰わなきゃいけないほどか弱い女じゃないんです。怪力だし、頭だって変だしっ」
「何を言っているんだ君はっ。君は……君は誰がなんと言おうと、とても可憐な女性だ!」
(私が……可憐な女性)
可憐という言葉にトキメキ、自分を助けようとした伊黒の姿にもトキメキ。
そのドキドキが胸を熱く支配していく。
そうして彼女は気づいた。
この熱い乙女心こそが、自分の原動力であると。
甘露寺と伊黒さんのイチャイチャは書きたいけど
でもそうじゃないねん!
ってことでアッサリまとめました。