鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第九十六話──竈門炭治郎:壱

「では甘露寺。これからはひとりの隊士として、頑張るのだぞ」

「はい、しは──煉獄さん」

 

 炎の呼吸から派生した恋の呼吸。

 それを会得した甘露寺蜜璃は、杏寿郎の継子としての任を解かれてひとり立ちすることになった。

 

 この日の夜、そのことを夢乃に伝えようとあばら家へと向かった杏寿郎だったが、そこに彼女の姿はなく。

 座敷牢に置かれたちゃぶ台に、一枚の紙が置かれてあった。

 

 ──医者へ行く。

 

 短くそう書かれただけだが、杏寿郎は理解した。

 

 定期的に血を抜いて検査をしている。

 以前その話を聞いていたし、数カ月おきにその医者の下へ向かっているのは知っていた。

 数日のうちに戻ってくるだろう。

 

 そう思ったのだが、それよりも先に要が伝令を持って飛んで来た。

 

「すれ違いになってしまうか」

 

 ちゃぶ台の上に置かれた紙に、杏寿郎は筆を執って文字を書き加える。

 鎹烏に伝令を飛ばすのに必要なため、筆と墨汁は常に持ち歩く。

 

 ──任務に行く。帰って来た時、君がいてくれることを願う。

 

 そうしてあばら屋を出て、西へと向かった。

 

 

 

 

 

 珠世の下で検査を行い、いつもと変わらぬ結果を聞いて彼女の住処を出たのは陽が暮れてすぐのこと。

 日の出に備え、夢乃は山の中を歩いていた。

 普通の人間であれば、まともに歩く事も出来ない険しい山道だが、夢乃には関係ない。

 だが進む先に人の気配を感じ取って首を傾げる。

 

「こんな時間に、こんな山奥に人? 迷ったのか」

 

 もし万が一、鬼に出くわそうものなら、その人間の命はないだろう。

 そう考えてから、自分が鬼で、これからその人間の下へ向かおうとしていることに気づいて思わず笑ってしまう。

 

 自分以外の鬼に出くわそうものなら──と、心の中で訂正した。

 

 足早に気配の下へ向かう途中、夢乃はピタリと立ち止まる。

 

「罠? しかもそこかしこに」

 

 猟師の罠にしては数が多すぎる。

 夢乃は慎重に歩き、罠を躱しながら進んで行った。

 するとその先にひとりの少年が倒れていることに気づく。

 

 罠にかかったのか?

 人間を捉えるための罠なのか?

 

 首を傾げていると、気づいたのか少年が体を起こす。

 その体が小刻みに震えだすのを見て、もしやこの少年は自分に気づいているのか? と夢乃は思った。

 

 そして突然脱兎のごとく駆け出す。

 

「存外、元気なようだ」

 

 そう口にした瞬間、少年が罠に触れ──横から丸太が振り子のように現れ、少年が左に吹っ飛んだ。

 夢乃が慌てて反応する。

 

 少年が吹っ飛んだ方角に先回りし、彼を受け止めた。

 

(この少年、受け身をとった?)

 

 まともに喰らえばただでは済まないはず。

 だが少年は無事だった。ただし無傷ではない。

 

「大丈夫か?」

 

 そう声を掛けたが、少年は身動き一つしようとしない。

 もしや、そう思って別の言葉をかける。

 

「心配するな、取って食おうとは思わないから」

 

 すると少年が反応する。

 距離を取ろうとしたのだろう。だが夢乃が少年の着物を掴み、引き寄せる。

 

「うわっっぷ」

「また罠に掛かるつもりか? 君の後ろには落とし穴があるんだぞ」

「え?」

 

 少年がちらりと振り向く。

 そこで夢乃は少年を解放し、自らが進んで足を伸ばした。

 かさかさと落ち葉が崩れ、そのにぽっかりと空いた穴が現れる。

 覗き込めば、穴の深さは一間半(約2.6m)ほど。底には竹槍がみっちりと突き立てられていた。

 

「随分と……殺しにかかってるな」

「う、鱗滝さん……」

(鱗滝? いや、同名なだけか)

 

 鱗滝という名。しばらく前に水柱であった男の名だと、夢乃は記憶している。

 珍しい名前ではあるが、同名の人物がいたっておかしくはない。

 

 が……こんな罠を仕掛け、子供に課している鱗滝という名の人物ならもしや、と思わなくもない。

 

「君、こんな夜遅い時間に、どうして山なんかで」

「え、あの……」

 

 そこで少年ははたと思い出す。

 目の前の袴姿の女からは、確かに鬼のニオイがするのだ。

 だが同時に優しいニオイもする。

 人間を襲おうとも、食おうともしない鬼なんているのだろうか?

 

「感の鋭い子だ。普通の子供であれば、私が人でないことに気づいたりはしない」

「やっぱり、鬼……なんですね」

 

 夢乃は頷く。

 

「あの、どうして俺を「しっ」んん!?」

 

 突然、夢乃が少年の口を押える。

 その理由を少年はすぐに知った。

 

 鬼だ。

 

 少年の鼻に別の鬼のニオイがしたのだ。

 目の前の鬼とは違う。人を喰らう鬼のニオイだった。

 

「動くんじゃないぞ。いいね?」

 

 言われて少年は頷いた。

 見上げた女の鬼の顔は、穏やかな笑みを浮かべている。

 その笑みはどこか、死んだ母に似ていると思った。

 

 が、すぐに女の顔から笑みが消え、次の瞬間にはもうそこにはいなかった。

 少年がニオイを頼りに女の鬼を探す。

 見つけた──そう思った時には、もう一体の鬼と対峙するまさにその時だった。

 

「ひっひぃっ。そのガキをよこ──」

 

 斬っ。

 

 有無を言わさず、夢乃は鬼の首を刎ねた。

 

「へ? なん、で」

「何故? なにが何故なんだ?」

「なんで……鬼の、おまえ、が……鬼を、狩る」

 

 刀を鞘に納め、首だけになった鬼を見下ろす。

 

「理由が必要か?」

 

 そう聞き返したが、既に鬼は塵と化していた。

 

「……弱い」

 

 ひとことだけそう言って、夢乃は踵を返し少年の下へと戻った。

 少年の目には、再び刀を抜こうとしている女の鬼の姿が映る。

 

 後ずさる。

 

 刀を抜く、かと思った鬼は、自身の掌を斬りつけただけで納めてしまう。

 その手から流れる血は赤く、人間のそれと同じ。

 

「血鬼術──治癒再生」

 

 霧となった血が、少年の体にまとわりつく。

 

(優しいニオイ……この人は、いったい)

「麓まで送ろう。もう帰りなさい」

「え、でも俺、自分の足で山を下りないと、鱗滝さんに怒られます」

「鱗滝……もしかして君は……鬼殺隊に入ろうと考えているのかい?」

 

 少年は戸惑う。

 と同時に興味を惹かれた。

 

(この人からは、優しいニオイがする。俺を襲おうともしない。禰豆子も……眼を覚ましたらこの人のようになるのだろうか)

 

 だから尋ねた。

 

「俺の……俺の妹の禰豆子は、鬼に……襲われました」

「……そうか」

「生きているんです。生きて……」

「鬼になったか?」

 

 鬼に襲われ、だが生きている。

 その結果はいくつかあるが、少年がここで鱗滝に修行を課せられているのであれば二つしかない。

 

 一つは喰われて死んだ。

 もう一つは鬼になった。

 

「俺は……禰豆子を元に人間に戻すために鬼殺隊に入ります」

「ん? 元に戻す?」

「はいっ。俺は竈門炭治郎ですっ。禰豆子は今眠っていますが、目を覚ましたらあなたのようになりますか?」

「眠って……いや、しかし鬼になったのだろう? 人を──」

「禰豆子は誰も襲っていません! 誰も食べたりしていません!!」

 

 人を襲わず、食わず。

 自分や珠世、そして愈史郎のような人を喰らわない鬼が他にもいたのか。

 夢乃は禰豆子という名の鬼に会ってみたいと思った。

 

「そう。嫌なことを聞いた、悪かったね」

「あ、いえ、俺の方こそ急に大きな声を出してすみません」

「とにかく麓へ行こう」

「で、でも。鱗滝さんに」

「心配するな。さ、おいで」

 

 夢乃は罠を避け、炭治郎を誘導する。 

 

 罠を回避して山を下りれば鱗滝に叱られる。

 炭治郎はそう思ったが、何故か前を歩く鬼に任せても大丈夫だと思った。

 

「あのっ。あ、あなたの名前は?」

「ん? あぁ、私は──夢乃だ」

 




時系列がハッキリしないものの
煉獄さんが柱になったのは桜の季節。
竈門家が無惨に襲われたのはたぶん二月か三月。
で、炭治郎は鱗滝さんのところで二年間修業しているので
たぶん煉獄さんが柱になった年の二、三月に物語が始まっていると思うんですよ。

そんな訳で炭治郎がここで登場しました。
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